リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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A’s44 「執務官のお仕事、です?」

 クラナガンの産業地区に存在する廃棄された工場に降り立つ白い衣服を纏った人物が居た。

 シロノ・ハーヴェイ執務官。管理局最強騎士と詠われたゼストの弟子でありながら、最年少執務官の名で馳せたエリート魔導師にして、先日付けで総合魔道師ランクS-を取得した十五の少年。彼を知る者曰く、冷酷の執務官。一切の慈悲無く犯罪者を凍り付かせるのは凍結魔法だけでなく、執務を執行する際に発せられる雰囲気からその二つ名は付いた。

 

「……時間になりました、作戦を実行します。クイントさん、其方の動きに問題無いですか」

『はいはーい! 問題無いわよ。それじゃ、お仕事を開始するわ!』

 

 モニターに移る地上本部員の制服を豊かな胸で押し上げるクイントと呼ばれた女性は、両手に装着したリボルバーナックルと名付けられたアームドデバイスを胸前でガツンと噛み合わせ、獰猛な獣の如く笑みを浮かべて作戦実行の合図を送った。ハンドサインと共に前に出るは精鋭の地上本部防衛部隊の面々、それに続く様にシロノもまたS2Uを構えて工場の上へと跳躍する。予め斥候部隊によって観測された情報により、シロノは屋根を突き破る形で取引現場に居る麻薬密売人たちに強襲を掛ける。

 突然現れたシロノに目を見開かせた密売人の男が絶句する。クラナガンには数週間前からとある噂が流れていた。それは、冷酷なる執務官が帰還を果たし、荒れた秩序を守るために現場へと現れるというものだ。彼らはそんな噂を鵜呑みにせず鼻で笑ったが故に、現実となった目の前の光景を現実と思いたくなかった。

 本来、管理局地上本部の制服は茶色を素色とした事務員と実務部隊の紺色に大別される。そして、数ある海へのポーターがある故に海の色たる青色を素色とした制服を着る管理局員も存在する。その中で、異質とされるのは黒色だった。その色は刑罰の執行者をイメージさせる黒色であり、逮捕権を有する執務官の色だ。

 そして、目の前の少年が着ている執務服。そのバリアジャケットの色は――白。

 教導部隊もまた白を素色としているが、その風貌とは全く違う其れ。彼らが正義を示す色ならば、その白は黒を塗り潰す色だった。白い執務服を着ている人物は唯一人しか存在しない。

 

「地上本部の白き鴉だとッ!?」

「執務を執行する。大人しく墜ちろ」

 

 S2Uを一閃し着地と同時に傍に居た一人を打ち払う。一瞬にして顎を打たれた男は何をされたか分からずにブラックアウトしてその場に崩れ落ちる。底冷えする声が耳から進入し密売人たちの心を凍て付かせる。そして、そんな四人を嗤う様に幽鬼の如くゆらりと揺れた瞬間、シロノの姿はその場から消えていた。いや、正確には四人の瞳から消え失せたのだ。

 

「――二人」

 

 密売人たちの一人が腹に突き刺さる鋭利な角度から放たれたボディブロウによって内臓を打たれ意識を飛ばす。人は過剰な域まで痛みが達すると自然と自身を守るために意識を落とす。一歩間違えれば内臓が破裂していただろうその一撃を躊躇い無く行った白き執務官の雰囲気に残された三人は膝元を震わせ始める。年下の子供がこんな雰囲気を出せるのかと驚嘆と畏怖が凍り付いた心に楔を打つ。そして、三人目が倒れる音が聞こえて二人は膝を絶叫の如く笑わせた。何せ、目の前に居たシロノが突然ブレたのだ。調子が悪くなったテレビに映ったノイズの様な一瞬の出来事でありながら、人の視覚の隙を突いた事で完全に見失ったのだ。目の前の少年が幽霊であると言われた方が真実味を持てるくらいにゆらりと消えた。

 

「――結べ凍て付く檻よ、フリーズプリズン」

《Open Set. Freeze Prison》

 

 二人の背中側の空間がブレる様に揺れ、その場に何時の間にか立っていたシロノの両腕には和に通じる古風な籠手が装着されており、手甲に存在する蒼い宝玉の淡い色が魔法を発動を物語っていた。氷の棺に閉じ込められた瞬間、冷た過ぎる冷気がその隙間から漏れる。中に居たであろう人物を絶対零度の瞬間凍結魔法によって意識ごと氷漬けにしたのだ。

 自身の役目を終えたシロノは僅か八秒で状況を終了させた事を喜ぶ事もせず、冷徹な表情でディスプレイを浮かべて短い文章をタイプして送信する。すると、遠く離れた場所で硬い何かが砕かれる様な音が聞こえた。

 此度の作戦の概要は麻薬密売人を一網打尽にする事ともう一つ思惑があった。それは、ブローカーが溜め込んでいた違法物の場所を特定し押収する事だ。シロノが行ったのは囮の先陣。密売人たちに媚を売っていたブローカーたちが幹部級である四人の反応が無くなった事を察して逃げ出す所を地上本部防衛部隊の精鋭が其処を特定し強襲、捕縛と押収するというプランだった。廃工場地帯の一角に扉があるとまでは探る事ができたが、その複雑にして難解な地形であるが故に場所特定までは行かなかった。そのため、蟻の巣をつつく行動を取ったのが今回の作戦の概要である。

 先程の音は発見されたブローカーが逃げ込んだであろうアジトの扉をクイントがその豪腕によって吹き飛ばした音に違いない。進捗状況をインカムから尋ねれば予想通りの答えが返って来た。クイントの突破により、蟲を使い魔とするメガーヌの召喚術によって内部の掌握及び防衛隊隊員による制圧が可能となり、今回の山場は呆気無く終わる事となった。

 

「お疲れ様です、此方も帰投します」

『それじゃシロノ君はゼスト隊長と合流して頂戴ね』

「分かりました。……して、その手に抱える二人は?」

『あー……、上にはちょいと黙ってて。師匠命令ね♪』

「……承知しました。ぼくは何も見なかったし聞かなかった事にします」

 

 クイントは五歳程度の少女二人を抱えていた。双子にも見えるが片方の少女は一歳か二歳程歳が離れている様に見える。シロノはゼストによって紹介された徒手空拳の師匠であるクイントの独断に目を瞑った。此度の密売人は臓器ブローカーとの接触も裏取りによって判明しているので、大方がその被害者だろうとシロノは推測した。だが、幼児二人を抱えるクイントの姿は思いの外似合っていて、まるで血が繋がった親子の様に見えてしまった。何故なら幼児の髪色はクイントの青みの掛かる紫髪と同じ色であるし、見比べると何処か面影がある様に見えるからだ。原作知識があれば二人の特徴から判断できただろうが、今のシロノはその記憶を持ち合わせていない。なので、二人目の師匠の言葉を渋々と言った様子で流した。

 副隊長がロストしましたという隊員の報告を誤魔化しつつ、地上本部へと戻ったシロノはブリーフィングルームで腕を組んで待っていた人物へ報告の電子資料を手渡す。短時間でありながら確りと纏められた電子書類を受け取ったゼストは、シロノの隣に居る筈のクイントの姿が無い事に嘆息した。大方また食堂で大食いでもしているのだろうと普段の行動を省みて判断を下したゼストは直立不動のシロノを見やる。

 

(……身体のブレが無いな。拳を使う様になり軸が確りし始めたか。俺の鍛錬に加えてクイントに弟子入りを希望した時は驚いたが良い判断だったようだな……。それに、休日を取らない事で有名だったシロノが週に二度の休暇を取る様になったのも良い傾向だ。休暇中に何があったのやら……)

 

 感慨深そうにふっと笑みを作ったのを内心小首を傾げるシロノをゼストは一瞥し電子資料をオープンしてスクロールする。密売人四人による中規模組織を捕縛出来た事はかなりの功績だ。そして、別件で追っていた臓器販売の手がかりを掴めたのはでかい。もっとも、その一端である実験サンプルである幼児二人を副隊長であるクイントがお持ち帰りしたのでシロノとしては複雑な思いであるが、一応ながら人工子宮によるクローン作成技術の露見と次なる目標の足を掴めた事を添付したので要求を果たしたと言えるだろう。

 ゼストは人間の黒い欲望を垣間見て眉を顰めつつ内容を吟味する。密売人たちは大きなパトロンの意向により商いをしていると見て良い。だが、そのパトロンが誰かが問題だ。それなりの地位を持っていて今回の件を揉み潰す事が出来る人物を脳内でピックアップすると数人の名前が浮かぶ。管理外世界に実験施設を持っていた事から海の人間が関わっている事は明確であり、場所から数人へと標的が絞り込まれる。

 

「……シロノ」

「ドルバイン陸佐、アリウス海尉、メルガース提督、メルトラーダ提督ならば既に資料があります。アリウス海尉が黒、他は別件での黒ですが今回の件には掠りませんね」

「そうか。ならばアリウス海尉の裏を探れ。他の者については後日資料を提出しろ」

「分かりました。既に出来ていますので此方を」

「……お前の仕事は速くて助かる」

「……師匠の気苦労を解消するのも弟子の仕事ですので」

「すまないな。うちの隊員は腕自慢な奴が多過ぎるからな……」

(師匠がその筆頭だと言う事は黙っておいた方が良いよな……?)

「鍛錬の時間を増やすか」

「の、望む所です!」

「ふっ」

 

 シロノが地上本部専属の執務官である理由の大部分がその仕事の速さと正確さである。優秀な情報屋を個人的に抱えるが故に出来る速度であり、更にはデバイスを作成できる数字への強さなどが報告書製作に明確に効果が出ている。地上本部の人間で上から数える方が早い優秀な人物であるが故にお抱えになっているのだ。もっとも、そんな優秀な人員をゼストが抱えられているのは一重に親友のコネ、と言うか最上人事決定権を持つレジアスのお陰である。

 三ヶ月の休暇から帰って来たシロノは以前の焦る様な雰囲気は無く、寧ろ達観した成長が見られた。そのため、無理な執務をさせないために半ばゼストの秘書兼部下と化しているシロノの変わり様に地上本部の局員たちは初め驚きを隠せなかった。クイントはシロノの瞳と顔付きから何やら察した様子でニヤニヤと笑い、メガーヌもまたその鋭い感覚で何事かを察していた。二人はここぞとばかりにシロノを弄ったのは言うまでも無い。

 勿論、シロノは冷静に対処した。具体的な内容は善意で裏でこっそりと処理していた二人の仕事を支障が出ない程度ギリギリまで全て放置したのである。初め二人は首を傾げ、段々と鍛錬の時間が減る事で事態を察し、冷や汗を流して追い込まれ、溜まりに溜まって徹夜寸前となった所でシロノに縋り付き、笑ってない笑みの表情を見てシロノの静かなる怒りに気付いて謝り倒した出来事があった。それ以降二人はシロノを弄る内容に気を付ける様になったらしいのは余談である。




え?
すずかとシロノが涙浮かべて別れるシーン?
一週間に一度月村邸に帰ってるシロノに必要ですかねぇ。
単身赴任です、ええ。本当にありがとうございまし(ry

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