リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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A’s45 「お、幼馴染、です!?」

「……つまり、原因不明な一時的記憶喪失者が増えている、と?」

『ええ。それも“辺り一面に戦闘痕があるのに関わらず、その場に居た戦闘していたであろうと思われる人物たち”の記憶だけがすっぽりと、ね』

 

 地球から離れ早二ヶ月程たったある日の事。クラナガンの全方位を見やる事のできる位置に建てられた管理局地上本部の一角、シロノの城とも呼べる地上本部専属の執務官室ではやや重い雰囲気が漂っていた。執務室に普段着の執務服を着て座るシロノは、モニター越しに居る深い蒼色の長髪を研究職を彷彿させる白衣に二分にして流す同年代の少女に疑問を投げかけた。

 

「成る程……。ジェス、その情報はどれ程売れている?」

『くくっ、心配せずとも君専属の情報屋だよ私は。売る訳無いじゃないか。それに、この情報は私が放ったのに引っかかったものだから独占状態という奴だ。お買い得だぞ』

「……分かった、請求書に足しといてくれ。詳細を頼む」

『毎度ありがとう。では詳細だが……』

 

 ジェスと呼ばれた薄ら笑いを浮かべる目の熊が印象的な残念美少女は、ひらりと手を振ってシロノのモニターの横に小さなモニターを浮かび上げた。それはこの通信が二人専用の通信デバイスによる秘匿回線を使用しているが故の出来事だ。市販又は局員に手渡されている通信デバイスでは不可能な遣り取りである。

 それが何故出来ているのか。それは彼女はシロノにとってデバイス製作の先生であり、デバイスマイスター持ちの幼馴染であるからだ。幼い頃に公園で只管に鍛錬するシロノを見かけた少女は名を全て語る事なく、ジェスというニックネームだけを教えたのが出会いだった。

 それからシロノは公園で鍛錬する度にジェスと語り合い、お互いに精神年齢が高い事から有意義な関係を築いている。元々機械系研究に興味を持っていたジェスはその類稀な才能を活かしてシロノ提案のミリ単位のスパイボット、それも一切魔法を使わないタイプの代物を作り上げた。そして、趣味の人間観察の一環として様々な噂を拾う様になり、捜査に行き詰ったシロノが何気無く聞いたら耳寄り過ぎる情報が帰って来た事から二人のギヴ&テイクな関係は続いている。

 情報世界の裏の情報を欲しがるシロノと、裏表の世界遍く人間観察したい趣味を持つジェスのコンビはそれはもう絶大な化学反応を起こした。何せ、片や知りたい情報が入ってくるし、片や製作のために足りなかった費用が手に入るのだ。お互いに利用し合う関係。ビジネスライクと少しだけの共犯関係という字面からすれば爛れた関係に見えてしまう、そんな関係になっていた。そして、今も二人の関係は続いていた。

 今回もS4Uの製作を依頼するためにジェスへと回線を繋げたシロノが、ついでに振った話題が無いかという問いへの結果だった。三ヶ月もクラナガンから、いや、ジェスと情報の遣り取りをしていなかったが故に最新の情報が欲しかったシロノからすれば耳寄りの話題だ。それに、ジェスはお勧めする情報に関してはロハな事が多い。それはまるでシロノだけに聞いて欲しいという可愛らしい理由がついてきそうな理由であるからで、精々が何処何処のケーキセットのお土産という安値のものだ。もっとも、それだけを聞くと矢張り少女のお誘いにしか聞こえない。だが、ジェスは大雑把且つ一色に染まらない性格をしているので別に独占欲故の行動ではない。ただ単純に面と向かって語りたいから来させただけなのだ。そこに恋愛感情は無く、異性間ではありえないとされる友情を持ってして成立させているのだ。

 なので、シロノもジェスの意味深な台詞が上辺だけのブラフ、言うなればネタとして使っているのを察しているので恋愛感情が産まれる事に繋がらず、女友達という括りに分類されている。

 

『――と言う具合だな。事件と言うよりはオカルトとして処理されているらしいよ。さて、これの御代だが……、君の恋人の一人称が知りたい』

「……すずかの一人称? これまた斜め上な御代が出たもんだ。まぁ、いいけどさ。わたし、だよ」

『ふむ……、そうか。ならば私は此れからボクと一人称を改めよう。因みに君の真似ではないよ。地球語にある日本語のカタカナでボク、だ。所謂ボクっ娘というジャンルを開拓してみようじゃないか』

「ん、まぁ、構わないが……。本当にそれで良いのか?」

『おや? シロノはもしやボクの顔が見る機会を失って寂しい気持ちでも抱いているのかい? くくっ、それは未来の奥さんに悪い事をしてしまっているなぁ』

「抜かせ。ジェスの事だからジャパニーズサブカルチャーに感化されてお土産にあれこれ買って来させられるのかと思ってただけだ」

『……そうか、その手もあったな。なら、アレを頼みたい。タイトルは忘れたがボクの様な口調と性格をしている友人ヒロインが後半から参戦する高校が舞台のライトノベルだ。他にもあるが、それは別の機会にしておくよ』

「あー……、あの主人公が未だにニックネームで本名が出ないラノベか。分かったよ、次の休みにでも買って来るよ」

『くくっ、宜しく頼むよ。そういえば、あの計画は順調かい?』

「ああ、少し色々とあったが概ね問題無く、な。……なぁ、ジェス。一つアイデアを出すから作って欲しいものがあるんだが」

『構わないよ。何せ少し大目に見繕ってついさっき余りが出る事が分かったからね。アイデア次第では足して貰うがね』

「そうか、なら問題無い。小学生の小遣い四ヶ月分で試作品が出来るレベルだからな」

『ほほう? 低コスト高性能って奴だね。浪漫溢れるじゃないか。して、如何な物かな』

「古代ベルカにカートリッジシステムという魔力補充技術があるのは知っているだろう?」

 

 シロノのその問いにジェスは得意分野であるが故に口元に弧を歪ませた。完全に乗り気になった幼馴染を見てシロノはらしいと思いつつ、昔に封印していた代物を引っ張り出す。それも、この前書き終えた唯一無二の起爆剤とも呼べる代物を。設計図案をジェスへと送ったシロノは「それを踏まえてだ」と前置きを置いた。

 

「カートリッジシステムは瞬間的な魔力補充という事に適した戦闘続行に有効な代物だ。だが、その副作用としてリンカーコアへのダメージが蓄積する。その副作用を解決するための案は二つ。一つは使用する者のリンカーコアを何らかの理由で強化する事、もう一つは戦闘続行の部分だけに絞って瞬間的ではなく、最大魔力量まで、いや、最大魔力蓄積量までを回復させる言わばポーションの様な使い方をするシステムを考えたんだ」

『バッテリーシステムか。成る程、確かに盲点だね。今の魔導師はリンカーコアという適した魔力生成器官がある故に有限ではあるが魔力をいつでも作り出せる。だから、ストックしておくという考えは産まれなかった訳だ。古代ベルカのカートリッジは戦闘補助がメインであって、失った魔力を回復する手段としては用いられていない。戦闘続行という面では不適格と言って可笑しくは無いね。……本当に面白い事を考えたものだね。今の魔法社会に喧嘩を売る気なのかい?』

「革命だなんて言わ主張の喧嘩だよ。ぼくの計画に必要だと思ってね。昔に背中を見せた案を引っ張り出したんだ。ジェス、君ならばこの案を形に出来るだろう?」

 

 ――質量兵器を模した魔法兵器の開発が。

 その言外の言葉にジェスはゾクゾクと背中を震わせて歓喜する。法に触れる世界に片足を突っ込んでいるジェスであるが故に、法律に反せず通過する事ができるだろうこの図案の恐ろしさと有能さを見抜く事が出来た。十年後の未来で、レジアス司令が訴えた質量兵器運用案による地上局員の底上げと治安維持強化の訴えを鼻で笑える図案である。質量兵器を禁じた法律にどっぷり漬かった今の世を蹴り上げる様な代物だと分からない筈が無い。

 二人は異性でありながらその本質は似ていた。

 片や革命の探求者、片や狂気の科学者。その二人の有り様は何処か壊れていて、然し何処か強靭過ぎていた。一つ間違えれば死ぬであろう地雷原の道を駆ける覚悟を持ったシロノをジェスはとても素晴らしく、そして面白い存在であると感じていた。物議を醸す事は誰だってできる。猿でも知識があれば棒と椅子でバナナが取れるのだ。だが、その物議を現実とさせる行動に出れる人間がどれだけ存在するだろうか。

 無限の欲望というコードネームを与えられた人物が居た。その人物は欲望のままに生きて、欲望の為すがままに死んでいこうと嗤っていた。だが、いつしか欲望の価値が意味が本質が見えなくなり始めて、誰かを遣い潰して己の欲望の解放を、いや、欲望の理解を求め始めていた。そんな時だ。一人で無理なら二人で、二人が無理なら四人で、と。己を増やす事を考えた。それは偶然にも正史と異なる分岐点となり、その一つがジェス――ジェイラ・スカリエッティという在り得ない筈の造妹を造り出した。そして、何の因果かジェイラが求めていた欲望はあっさりと答えが出た。それも、同年代と思われる少年の一言で。

 ――無限の欲望とは何か? そりゃ、人間に決まっているだろう。思考する獣であるが故に到達地点から見える先を求めて、無意識に生きたいと欲望を叶え続ける生物だ。これ以上の欲望の求探者は存在しないんじゃないか?

 探求者ではなく、求探者。

 深めたいから求める者ではなく、求めていたいから深める者。

 シロノ・ハーヴェイという彼もまた正史から外れた存在が、正史から外れた彼女の欲求を満たした。だからこそ、ジェスというニックネームで彼女はシロノに付き纏った。恋愛感情でも友愛感情でもなく、ただ、其処に在りたいからこそ彼女は欲望を忠実に求め続けた。

 そして、今、彼が言っていた夢の一端に触れた。それも、根幹を成すであろう計画の共犯者という、面白すぎて抱腹絶頂してしまいそうな、嬉し過ぎて狂喜乱舞してしまいそうな悦びを感じてしまった。

 

『嗚呼……ッ! 勿論さ、シロノ。いや、ボクの共犯者(トモダチ)! 完全完璧(パーフェクト)に仕上げて絶頂の頂に君臨させる程の出来栄え(エクセレント)を約束しようじゃないか! 共に革命を為して魅せよう! 君が願う――全世界の老害愚者聖人をあっと驚かせる様な素晴らしき世界の成就のために!』

 

 ――無限の求探者。

 それがジェスの出した無限の欲望への答えだった。一つに満足せず、二を、三をと貪欲に求め続ける求探者こそが無限の欲望を内包する人間の真の在り方であると提唱する。ジェイラ・スカリエッティとして造み出された存在の存在意義となり、その根幹であるシロノをサポート&フォローする唯一絶対の存在として在り続ける事を願ったのだから。

 そのジェスの満面の笑みに面食らったシロノは初めてジェスに異性らしさを感じてしまい、意気揚々と彼女がモニターを切った後、天を仰ぐ様にして少し赤面したのは余談である。


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