リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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A’s48 「予期せぬ邂逅、です?」

「……はぁ。どうしたもんかなこれは……」

 

 九月に入り、あんなに暑かった日差しが嘘のように気温と共に弱まる中、シロノは月村邸の中庭に設置されたテーブルの椅子に座って資料を眺めていた。集めても集めても不明瞭という事しか分からない案件の行き先に眉を顰めながら。

 ジェスによって齎された資料によれば、連続記憶喪失魔力強奪事件の被害件数は右肩上がり。犯行現場はどれも郊外や夜道で、通り魔的且つ計画的犯行であると言う事、そして、犯人はジャミングに長けた魔導師又は複数犯である事が判明した。常に監視カメラの誤作動により現場が撮れていないのもあり、被害者に犯人の特徴を尋ねなくてはならないのだが、その被害者が記憶を奪われているために何も掴めない。シロノ共々捜査班は後手に回るしかない状況にストレスが溜まる一方だった。

 犯人は管理局員ではなく一般人に絞って強奪目標にしているようなので、交戦による証拠の発見が出来ず捜査は難航していた。シロノは至急情報のバンクと呼べる無限書庫へ記憶に関するロストロギア捜索の依頼を出し、何やら新入り救世主となっているユーノと再会したりしたが未だに結果は出ていない。

 他の案件は着実に片付けているが、この事件だけはシロノでも進みが遅く、時折様子を見に来る頻度が増えたアリアの目から見ても大層不機嫌だった。それにより、追われる犯人の背に走る怖気の確立が上がり、逮捕に貢献したりしているが些細な事だろう。

 囮捜査をやってみてもよいのだが、目敏いと言うべきか勘が良いと言うべきか、既に実行されていて尚且つ非接触という失敗に終わっている。これはシロノの管轄ではない部署の実地したものなので経歴に傷は付かないが、それなりに事件解決に繋がると思っていたシロノの苛々に拍車を掛ける事となった。

 気分転換として癒して貰おうと有給を一日取って土日の二日を地球で過ごす事にしたシロノは、昨夜色々と溌剌して吸血が長引いてしまったすずかが起きるのを待っていた。魔法術式を弄るのは既に飽きたし、鍛錬をするような気分でもないので、穏やかで朝の爽やかな風が吹く中庭で資料をもう一度読み直していたのだ。だが、環境を変えたぐらいで分かるなら苦労している訳もなく、手掛かりと言えぬ一歩足らない電子化した資料を閉じた。

 

「んぅ……、あれ、シロノさん……?」

 

 寝起きなのだろう。ぽけぇとした様子のすずかが頭をふらふらさせながらシロノの背中へとぺったりと抱き付いた。精神リンクにより繋がったパスを辿って来たようで、夢遊病ちっくな様子で意識はぼんやり気味だった。そんなすずかの抱擁に苦笑しつつ、シロノはそっと腕を解いて膝へと抱き上げて招いた。ふわりと甘ったるい匂いが鼻腔を擽り、すりすりと頬擦りしているすずかの愛らしさに進行しない案件への怒りは何処かへと行った。

 ぎゅっと抱き締めてみればむぎゅっと胸板に潰されるすずか。けれどにへへと笑みを浮かべて抱き締め返し、甘い声でシロノの名を呼んだ。そんな子供らしい可愛らしさを発揮するすずかの姿に微笑ましさを感じる。自身の緩んだ頬の感覚に幸せを感じながらすずかの髪を軽く梳けば、さらさらと抜ける柔らかな髪質に心地良さを覚える。

 もうこのまま抱き締めていたい心地に溺れそうになるが、すずかのお腹からくぅと鳴いた可愛らしい欲求にくすりと笑うしかなかった。すやすやと寝てしまったすずかを起こさぬように姫抱きにしたシロノは中庭からリビングへと戻り、ソファで仲睦まじい二人を見て微笑んでいる忍へ一言掛けてから寝室へと歩いて行く。そして、寝室の前に立ったシロノはちらりと角を見やる。

 

「じゃ、アリアさん。すずかを頼んで良いですか?」

「……やっぱりバレてたか。はいはい、可愛く仕上げますよーっと」

 

 悪戯が未然にバレて不貞腐れた声を出した猫形態のアリアがひょこっと角から顔を出し、二人の姿を見て状況を理解したのか人間形態へと戻ってすずかを受け取った。アリアが此処に居るのは単純にシロノの休暇に付き添ったからであり、早朝鍛錬へと行ったシロノは寝室のベッドに寝ている二人を一瞥してから出て行ったので居る事は分かっていた。ミッドに戻ってからアリアを秘書にするためにグレアムの所へ直談判しに行ったシロノは、手放せない案件がありそれを終えるまでは無理だ、という期待できる返事を返された。その時の表情が複雑そうだったのもあって、シロノは初めてアリアを休日に誘った。……勿論、月村邸にだが。

 アリアはやれやれと肩を竦め、すずか一筋なシロノに流し目を送ってから寝室へと入って行った。雌豹の如くお誘いのポーズであるがすずかを抱き込んでいるため全く機能していない。恐らく不満である意を表すために態と行なったのだろう。明確な好意にシロノは苦笑せざるを得ない。朝っぱらからヤる事ヤるような関係ではないし、何よりシロノ自身そこまで盛っている訳でもない。なので、シロノは見無かった事にして食堂へと向かうしかなかった。

 

「……はは。アリアさんには勝てないなぁ」

 

 そう独白してしまうくらいに少し疲れが溜まっていたらしい。年齢がもう少し高かったら美味しく頂かれてしまっていたのではないかと勘繰ってしまう程に、アリアのシロノへのアピールは日に日に高まっていた。

 それはアリアによるすずかと協定を結んだ結果であり、アリアへと視線を向けさせる事で他人のアピールを潰す作戦らしい。だが、シロノにとっては好意に値するアリアからのお誘いなので冷や冷やものである。何せ、すずかのように身体的理由で留まる理由が無い。それにアリアは端から見ても美人の分類であり、先週に思春期真っ盛りな年齢に到達しているシロノからすれば悶々とせねばならない相手である。加えて言えばシロノの初恋の人物であるが故に、後ろ髪が引かれてしまう度に戸惑いとすずかへの申し訳無さで理性を律してきたのである。

 廊下からリビングへと顔を出せば、先程まで紅茶を嗜んでいた忍も食堂へ行ったようでソファには居なかった。このまま食堂へ向かっても良いが、何となくシロノはソファに座って二人を待つ事にした。高級な跳ね返りを背中で味わいながらぼんやりと天上を見上げていると、感じ慣れた魔力の気配が近付くのを感じた。

 

「シーローノーさん♪ えへへ……」

 

 ベッドにダイブするかの如くシロノの胸に飛び込んだ小柄な体を慣れた様子で抱き受け止めた。そして、すりすりとマーキングするかの如く頬擦りして幸せそうにするすずかの姿に可愛さを甘受しつつ、シロノはやれやれと再び姫抱きにした。するりと柔らかくすべすべとした腕で首に手を回されたシロノは、近距離で香る甘い匂いに劣情を若干刺激され、自分の理性がアリアによって予想以上に昂らせられているのを察した。鋼の様な理性によって再び律し、シロノはにまにまとするアリアを隣に連れて食堂へと歩いて行った。

 長いテーブルには既に配膳されたバニラが添えられたホットケーキと牛乳の入ったグラスが人数分用意されており、三人は定位置へと座って忍の号令と共に「いただきます」と手を合わせた。休暇中にもアリアは度々、いや、殆どの日数を過ごしているので既に家族の一員のように溶け込んでいた。翠屋店長直伝の洋菓子技術によりふんわりと焼き上がったホットケーキに全員が頬を緩ませる。食事を必要としないノエルたちも四人の綻ぶ顔を見て微笑を浮かべていた。

 穏やかな朝食を終え、すずかはシロノを連れて図書館へと歩いて向かった。何でも同年代の友人ができたので紹介したいとの事だった。頻繁に出会う図書館で待ち合わせし、シロノと会わせたらお迎えするんだとすずかは楽しそうに告げた。

 シロノはすずかとの時間が削れる事に文句を言わずに肯定した。時にはこういう時間も良いだろう、と友人と戯れるすずかを見ているのも悪くは無い。二人は手を仲良く繋いで図書館へと歩いて行く。時折擦れ違った人々に微笑ましそうな視線を向けられるが、二人は特段気にした様子も無く指を絡めて微笑み合う。シロノの肩に乗っているアリアは犬も、猫も食わない二人の仲に肩を竦めて不貞腐れるしか出来なかった。そして、そんなアリアのご機嫌を伺う様にシロノは時折その小さな毛並みの良い頭を撫でるのだった。

 図書館が見えてくるとその入り口に居る車椅子の少女にシロノは気付いた。すずかは笑みを浮かべてその少女へと近付いて行く。……もっとも、手を繋いでいるので結果的にシロノを急かす事となったが。足音で気付いたのか顔を上げた少女、八神はやてはすずかを見てぱぁと笑みを浮かべた。

 

「こっちやすずかちゃん!」

「うん! 久し振りだねはやてちゃん」

「一昨日振りやけどなー。で、そっちがすずかちゃんが言ってたシロノさんか?」

「ああ、ぼくはシロノ・ハーヴェイ。君は?」

「あ、八神はやて言います。すずかちゃんとはどんな関係で?」

「あー、うん。今は居候とその主人の妹だね」

「へー、そうなんかー……。えらい格好良い恋人さんやーって聞いてたんやけどぉ?」

 

 にんまりと悪戯気のある笑みを浮かべたはやてにシロノは戸惑った。

 ぶっちゃけこの年齢で十歳の子と恋人です、だなんて公にできない。完璧にそういう性癖な人であると誤解されるのが落ちだろう。助けを求めるようにすずかを見やれば、てへっと舌を出して愛らしい様子だった。

 ――あ、詰んだこれ。

 シロノはロリコンと称されるのを覚悟して力無く頷いた。それにはやてはきゃーきゃーと騒ぎ、すずかと戯れるその姿は歳相応の可愛らしい女の子の姿だった。姦しい二人に完全に遊ばれてると感じたシロノはやれやれと溜息を吐いた。ぺろりと頬を舐めてくれたアリアの気遣いが切実に嬉しかった。ありがとうとアリアの頭を撫でて、シロノは少し立ち直る。恐ろしい凶悪犯よりも純粋無垢な子供の方がよっぽど恐ろしいとシロノは談笑する二人を眺めていた。

 話題やら置いてけぼりにされたシロノは二人が見える位置で壁に寄り掛かっていた。アリアもふんにゃりとリラックスしており、十数分程待ちぼうけをくらった頃に漸くシロノが居た事を思い出した二人は苦笑して謝った。

 

「うちの姉が来るんよ。それまでお喋りしとこかーって言ってたんやけど、シロノさんには言って無かったわ」

「ごめんねシロノさん……」

「まぁ、構わないよ。楽しくお喋りしておいで」

「それには及ばん。皆に敢えて言おう、待たせたな!」

 

 しんなりしていた二人に視線を向けていたシロノは隣から現れた人物を見て、はやてを一瞥して見てから瓜二つな待ち人に視線を向けた。八神ナハトと名乗った少女ははやてが成長したらこうなると形容してしまうくらいに似ていたのだ。シロノが驚いている様子を見て彼女たちは揃って笑う。どうやらこうなる事を予見していたらしい。どっと疲れた気分になったシロノは、頭に置かれたアリアの肉球に慰められながら談笑する三人を道路側の位置で見守っていた。

 美少女三人と一匹に対して男一人という比率は結構クるものがあり、羨ましげな視線と嫉ましげな視線とあらあらという微笑ましいものを見る視線に晒されてシロノが内心呻いたのは言うまでも無かった。


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