リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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A’s49  「葛藤の迷路、です?」

「おおぉ……、初めて来たけどほんまにすずかちゃんお金持ちさんなんやなー」

「……うむ、見事な豪邸だな。敷地面積に我が家が幾つ入るのだろうか……」

「そうですか?」

「あー、うん。すずか、一般家庭の見解からすればこんな感じだよ。一生巡り合わない機会と言っても過言ではないぐらいだ」

「そんな事ありませんよ! だって、シロノさんは私のだんにゃっ」

「はいはい、お客さん待たせて何を口走るつもりなんだか……。すみません、それじゃついて来てください」

「ぷはっ、もうシロノさんったら大胆……♪」

 

 ナチュラルにすずかを後ろから抱き抱えて黙らせたシロノの手馴れた様子と、すずかの大変ご満悦と言ったデレデレな甘い声に二人は砂糖を吐きたくなる気分だった。はやては「あかん、新婚さんのノリやこれ」と額に手を置いて唸って、ナハトはナハトで少し興味深そうに二人を観察し始める。後ろから付いて来ているファリンはもう慣れましたと言わんばかりに微笑んでいる。決して、逢瀬の時間が減った事で密度が増した甘い空間に窒息し掛けている訳ではないのだ。慣れても辛いものは辛いのである。ノエルは二人の甘い空間でも特段無く仕事をこなすので、ファリンは尊敬の念を送らざるを得ない。……もっとも、ノエルはたまに忍の戯れでイタしていた頃があるので、耐性がファリンの数倍以上にあるだけなのだが。

 兎も角、敷地内に入り玄関口までの道を歩いている四人と一匹の内、それに気付いたのは必然的にシロノだった。草陰や巧妙にペインティングされて隠された仕掛けの数がまた増えている、と。忍の趣味でもあるこの迎撃機能の拡張は、主に泥棒の捕縛や刺客の足止めに使用されている実践的な物ばかりだ。ゴム弾であっても喰らったら痛いものは痛い。一度、機能を更新した際にその場に居なかったシロノの分が入っておらず、素通りしたら盛大に歓迎された事があった。素手で悪漢鎮圧用ゴム弾を受け止めたり、陽炎により避けたりして無事に玄関口に辿り着いたシロノを待っていたのが恭也(ラスボス)だったのは良い思い出である。

 それから、忍は偶に誤作動させてシロノに対し鎮圧の具合を尋ねる事があるようになった。そのせいで人一倍辺りの観察眼が育ったシロノが執務の際に役立ったりと、怒るに怒れない悪戯のようになっていた。それもあり、こうしてシロノは観察眼により仕掛けを確認するようになった。

 

(……可笑しいな、あれ。アパッチサイズのガトリングな気がするんだけど……。忍さんは何と戦うつもりなんだ……?)

 

 そして、予想斜め上でアクロバティックに決めるのが忍である。此処にジェスを連れ込んだら無敵城塞が出来上がる気がしてしまうくらいに、忍は確かに調子に乗っているようだった。来週辺りにでも誤作動があるかなとシロノは嘆息するのだった。そんなシロノの様子の変化を機敏に察するのは勿論ながらすずかで、次点がアリアである。

 

「シロノさん?」

「にゃ?」

「あー、いや、何でもないよ。恭也さんに言って何とかなるんだったら苦労しないし……」

 

 その返答で何となく忍が関係している事を察した二人は「あー……」と理解の意を漏らした。最近はデバイス製作に夢中らしい忍の技術力は地球の常識を超えつつあった。何せ、魔法である。非日常の代名詞とも呼べるそれを解析できてしまう忍だからこそ、できない事ができそうで恐ろしくも頼りになるのだ。もっとも、殆どそれを趣味にぶっ込む性格であるせいで周りの心労はマッハなのだ。ノエルが自動人形で無ければ辞表を叩き付けて実家に帰ったに違いない。恭也とノエルという二大ストッパーが居るため、その被害が微々たるものであるのが救いと言えよう。

 新しい玩具と言える技術を与えてしまったのがシロノであるからこそ、デバイス関係は度が越えないように忍の舵取りをしなくてはならない。それによって被る被害を全力で被って行くのがシロノの性格の美徳でもあるので、彼を癒す担当であるすずかとアリアはその心労具合を理解しているのである。勝手分からぬはやてとナハトが首を傾げていたが、玄関が近付くに連れてその疑問も飛んで行った。

 徐々に近付くに連れて段々と顎の角度が上がるのだ。それは勿論四階建ての月村邸の全体像を見ようとするならば必然的な事だった。庶民である八神姉妹からすれば豪邸と形容できる月村邸は凄まじい光景である。一度通った道でもあるので、シロノは唖然としている二人に苦笑せざるを得ない。腕の中とその後ろには二人がぽけーっとしている理由を察していない者も居たりするが。

 

「くくっ、すずかのお友達なんだろう? 此れから度々来るんだ。一々呆けていたらずっと家に入れないよ?」

「……っ! せ、せやな! 慣れんとあかんもんな!」

「ふっ、はやては家族は多いが友人は少ないからな。お友達の家に遊びに行くのが初めてだからって昨夜から張り切っていてな……」

「ちょっ! な、何バラしとるんや!」

「語るに落ちたぞ、はやて?」

「ぐぬぬ……」

「家族漫才するなら中でね」

「せやな……」

「うむ、そうだな」

 

 くつくつとシロノは仲の良い二人の遣り取りに笑みを浮かべ、我が家のように玄関扉の取っ手に手を掛けようとしたが……、両腕がすずかを抱えて使えないのに気付く。そんな何処か抜けている姿を見せたシロノを二人が笑い、すずかとファリンも笑みを浮かべる。結局、長々と玄関外に居た事から様子見に現れたノエルによって扉が内側から開かれた。その際、更にどっと笑いが起きたのもあって、笑われたシロノはがっくりとしつつすずかを抱きしめる力を強めた。

 扉をくぐったシロノはすずかを下ろし、後はごゆっくりと告げて寝室へと逃げていった。そんな珍しい姿を見せたシロノにすずかはくすりと微笑んだが、ミッドでシロノと共にしていたアリアは何となく理由を察した。本日の主役は八神姉妹であり、一週間振りのシロノではない。そうなると会話や挙動の先はシロノではなく八神姉妹となり、すずかを独占できないのだ。シロノからすれば嫉妬そのものである行動で、寝室のベッドで不貞寝する予定なのだろう。

 なら、一人の方が良いだろうとアリアは下りて空気を読む。それに、お客さんがお客さんであるためにアリアは、とても複雑な心境でシロノの背を見送った。

 視線を向ける先は――八神姉妹だった。

 

(八神ナハト……、そしてロッテの報告からシュテルとレヴィという奴まで増えた……。ヴォルケンリッターの姿も確認しているけど……)

 

 アリアはロッテと共に数年前に情報の魔窟と呼べる無限書庫で、闇の書の情報を求めた事があった。それは彼女の父にして契約者(マスター)たるグレアムの指示により、友人を間接的に殺めてしまった贖罪の手段を集めるために必要な事だった。その歴史の記録では闇の書の主はヴォルケンリッターと呼ばれる四人の騎士により護られ、数々の悪逆非道を成したとされている。それは、前回の闇の書事件の当事者だったグレアムもよく知っていた。

 だからこそ、今の闇の書の主の在り方、その環境はイレギュラーと呼べるものだった故に不可解だった。天涯孤独であった筈の八神はやてに“何時の間にか”八神ナハトという姉が存在し、そのナハトの他にシュテルとレヴィという連れが現れた。それにより、はやては家族を得て幸せを得てしまった。更に、グレアムの思惑はその幸せを滅ぼすものでしかなくなってしまった。

 はやてを闇の書と共に凍結封印し、永久術式によりその封印を永遠に繰り返す。それがグレアムの目論見であり、闇の書の悲劇を繰り返さない唯一の手段であった。

 

(……どうしたら良いんだろう。本当にお父様の指示通りにすべきなのかしら……?)

 

 アリアはグレアムに伝えていない情報がある。それは、シロノが齎した考察である。一度は伝えるために戻ったアリアだったが、寸での所で伝えるのを止めてしまった。グレアムの計画は年単位で緻密に組み立てられたものだ。それを考察で潰す訳に行かず、更にはこの計画の正当さにアリアは迷ってしまったのだった。

 それからアリアはシロノの様子を見つつ、無限書庫に篭って情報を更に集め続けた。調べたのは数年前であり、蔵書が増えた可能性や整理により見つけられなかった闇の書に関する物が存在するかもしれないからだ。それにより、幾つかの資料が集まった。

 

(夜天の賢者と呼ばれる伝説……。それに出てくる同行者はヴォルケンリッターのそれと酷似していた……)

 

 古代ベルカの書物を復元した物の中に、夜天の賢者という魔法技術の収集を行う伝説の一節が存在したのだ。アリアは即座にその内容をコピーし、自身の胸の内に潜めた。

 ――彼の者は夜天の賢者。

 ――同行するは四人の友。

 ――烈火の騎士は幾多の戦士を薙ぎ払い。

 ――鉄槌の騎士は幾多の壁を打ち壊し。

 ――湖の騎士は幾多の傷害を癒し。

 ――盾の守護獣は幾多の猛威を噛み砕いた。

 ――幾多の場所を歩みし賢者が持つ書は――。

 何故なら、それは途中で途切れてしまっている物語であった。

 核心に迫るような内容が待ち受けているとして、闇の書が夜天の賢者の書であった場合に幾多の考えが及んでしまう。もしも、憶測が真実であったならば。

 

(シロノの言う通り、闇の書は仮の名……? 闇の書事件を終わらせる別の方法があるかもしれない……)

 

 第一管理世界の古代時代は原因不明の終焉を迎えている。そのため近代ベルカであっても古代ベルカの全てを収集できている訳ではない。故に、アリアには途切れてしまった続きが気になって仕方が無い。打ち明けるならばグレアムではなく、シロノにするべきだと勘が騒ぐ。其れほどまでに続きに連なるべき文字を求めてしまう。

 そして何よりもナハトというイレギュラー要素がアリアの良心を痛める。

 それはグレアムとて同じであるが、こうして身近にその存在を、家族団欒という幸福の実現によって九歳の少女の夢が叶った光景を見てしまっているアリアは特に顕著だった。月村邸での暮らしがそれに拍車を掛ける程に、アリアの常識は移り変わっていた。

 

(……どうしたら良いのかしら)

 

 アリアは一人隅でぼんやりと彼女たちの談笑を眺め続ける。

 決定的な答えの出ない自問自答に胸を押さえつけられるような痛みを感じながら、誰にとっても最善である可能性を見出すために、惚れた少年の信念に引かれるように、考え続けるのだった。


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