リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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5 「魔法の資質、です?」

 ひゅっと風が切れる音がした。

 すずかは顔を洗ってタオルで水気と眠気を拭い去り、ファリンと共にリビングへ戻ってきた時だった。広大な庭の手前、リビングと繋がる中庭の所でシロノが出会った時の服装で展開したS2Uを振っているのが見えた。

 重心が真っ直ぐに保たれ、地面を少し抉る程に踏み込んだ発条を腰の回転に巻き込み上げ、下段後方から薙ぎ払う様に放たれた一撃はひうんと風を切り飛ばし、残心を残してピタリと止まったシロノはふぅぅと息を吐いて次の型を放つ。右腕を引いた際にS2Uが可変し、二股の砲身の間から青白い魔力光が迸り一メートル程の直剣型魔力刃が伸びる。ズドンッと勢い良く踏み込み、背中の筋肉の発条を膂力に変換して突き出す。三メートルはあった距離が一瞬で詰まり、仮想敵が居ると思われる箇所へ叩き込まれた。残心を残し、そこから突き切り上げる。上方へ跳ね上がったS2Uが再び可変し、魔力刃を霧散させて二股が内側に閉じる。一メートル程の槍となったS2Uをシロノは手首を回し、腕をしならせて飛来する何かを打ち払う様に振るう。くるんと回して前へ突き出した際に初め見た二股状に可変し、青白い魔法陣を展開し消えた。シロノはS2Uを下ろしてその場に立ち尽くす。深呼吸の様に息を強く吸って弱く吐いた。

 

「……AAランク撃墜、か。はぁ、もっと強い奴を仮想敵にしたいな。魔法込みだと人が偏るからなぁ。ゼストさんはもっぱら槍だけの戦闘だし、あの人魔法使わないで強いし。クロノじゃ千日手で決着付かないし……」

 

 ぶつぶつと呟きながらシロノはS2Uをカードに戻してポケットに仕舞い込む。額の汗をシャツの裾で拭い、ふぅぅと息を吐いて体の中の熱を吐き出した。すずかは昨夜に聞いた自己鍛錬という単語を脳裏に浮かべ、薄暗い廃ビルの中では注意していなかったシロノの体付きにほぅと惚ける。

 激戦区で二年程絞り込まれた肉体は割れた腹筋や若干盛り上がる肩甲骨付近の背筋の逞しさ、Tシャツの上からでも分かる鍛え上げられた筋肉の軽鎧はとても男らしいものだった。汗で湿った髪を振り分けプチ美形に分類される戦士の顔が現れる。すずかはその真剣な顔に見蕩れてしまう。恋した乙女は惚れ直し易いらしい。そんな初々しい妹に遠目で見やる忍はあららと笑みを浮かべる。あんな時期もあったなぁ、と思いながらシロノたちに朝の挨拶をかけた。

 

「おはよう、すずか、シロノ君」

「あ、お姉ちゃんおはよう。し、シロノさんもおはようございます」

「おはようございます、すずかちゃん、忍さん。……ノエルさんとファリンさんも」

「おや、気付かれましたか。おはようございます、シロノ様」

「あう、隠れてた訳じゃ……。おはようございますー」

 

 リビングの中庭前に集まった面々にシロノは苦笑する。見られているという視線を感じてはいたが、まさか全員だとはシロノも思っていなかったようだ。朝食の準備をし始めたノエルたちを見送ってシロノは汗を流すために風呂へ、残ったすずかと忍はソファでのんびりとしていた。春休みですずかは後四日程お休みで、忍は大学の講義は午後からであるから朝を急ぐ必要は無い。すずかは習い事をしているが今日は週に二度のお休みの日。シロノとの関係を進めるには良い日だった。

 

「中々良い太刀筋だったわね。恭也とやらせたら面白いかも」

「うん、凄く格好良かった。氷の彫刻みたいに美しくて、振るう度に流れる汗がキラキラ朝日に輝いて……」

「ふふっ、詩人みたいな感想ね。ベタ惚れじゃない」

「え、あ、あぅぅ……」

 

 数分後に風呂から戻ってきたシロノは俯いて顔を真っ赤にしているすずかと良い笑顔をしている忍に何となく事態を察して苦笑する。格好は同じではあるがバリアジャケットは衛生的に抜群な性能を持っている。同じ服であると指摘した忍への返しがその言い分であり、勿論ながら却下されたので朝食を終えたら生活用品を買いに行く序でに街を案内される事となった。

 ノエルの作った朝食は洋風なダイニングとは裏腹な基本的な和食であり、鮭の切り身にほうれん草のおひたしとお味噌汁とご飯というメニューだった。納豆が出ていないのは恐らく異世界人であるシロノを配慮したのだろう。もっとも、実年齢よりも日本人としての記憶の方が長かったりするので問題ないのだが、せっかくのお出かけを納豆臭くするのもアレだし、とシロノも気遣いを好意的に受け取って言う事はしなかった。

 

「あ、シロノ様には箸では無くスプーンとフォークの方が良かったでしょうか」

「いえ、あちらにも地球出身の人たちが居ますので。それに、最近のぼくのマイブームは地球食、特に日本食ですので箸で大丈夫です」

「へぇ、そうなの。そしたらミッドチルダ料理ってのがあるのかしら?」

「そうですね、ミッドチルダの料理は西洋系で、ベルカ料理は欧風系寄りです。あ、ベルカというのはミッドチルダと昔、戦争をしていた最後の国の名前で、ミッドチルダ勢が勝った事により終戦を迎え、生き残った人たちの暮らすベルカ自治領の略称ですね」

「二つしか国が無いんですか?」

「あー、そうなるね。地球には沢山の国があるけど、それもまた戦争の名残からだよね。ぼくの世界は、古代ベルカと古代ミッドチルダによる剛と柔の二極だったんです。それはぼくが持つ魔法の杖、S2U、いや、デバイスと呼ばれる補助演算機の魔法形態の大別が図られていたりと様々な名残が残っています。遠距離魔法を主に置くミッドチルダ式、接近戦魔法を主に置くベルカ式。高速演算が売りなミッド式ストレージデバイス、強固な耐久性を持つベルカ式アームドデバイスと大別できるんです。勿論、亜種の魔法やデバイスの研究がされています。まぁ、ぼくの様にデバイスを改造して良い所取りをする人も居ますが」

 

 食事を終えたシロノは黒いカード状のS2Uを邪魔にならぬように真上に向けて展開する。五十センチ程のグリップ付きの柄が伸び、先端の円柱状の演算装置が二股のアームドフレームに覆われる。キンッと可変したS2Uは魔法の杖というよりは重武装な近未来武器と形容できる形をしていた。

 その光景にノエルとファリンは不思議そうに、一度見ているすずかはわぁと声を漏らし、忍はキランと瞳を輝かせてマッドな雰囲気になる。多種多様な反応にシロノは少し良い気分で微笑む。

 

「ここから……ここに使われているストレージデバイスは高速演算が主の仕事です。これは魔法の構築の代理演算を任せるために魔導師、魔法を使うミッド式魔導師が作り上げた形態です」

 

 シロノはつぅっと円柱状の演算装置から柄尻まで指でなぞった。すずかはS2Uに関心を示しながらもそれを伝う指に目が行っていた。目線が下がり切って離れた後も視線が指に集まっているのにシロノは気付かない振りをして、今度は二股状のフレームをなぞって言葉を続けた。

 

「この先に取り付けてあるアームドデバイス用のフレームは耐久性に優れる白兵戦用のもので、ここから展開する魔力刃を固定する役割を持ちます。勿論ここで受け止める事もできますが、ぼくの場合は高速演算装置の保護を主としてますので武器の役割は持ちませんがね」

「先程の型の慣らし、お見事なものでした。一朝一夕のものでは無いでしょう」

「ええ、若輩者ですから槍使いの偉大な先輩に叩き込まれました。おかげでミッド式なのに接近戦ができる陸の執務官と噂になってしまいまして、今回の休暇はマスコミに目を付けられた火消しと休暇取らずに居た自分への戒めみたいなもんなんです。上司から怒られちゃいました」

「成る程ねぇ。その陸の執務官ってのは何なのかしら?」

「ああ、それはですね。ミッドチルダの首都であるクラナガンを護る地上本部を陸と空、他の次元世界へ次元の波を渡る仕事に就く部署を海と略称してるんです。魔導師には陸戦と空戦技能によって魔導師のタイプが分かれるんです。まぁ、空を飛ぶ素質があるか無いかってだけで、別に陸戦でも空を駆ける工夫が魔法でできますし、技能で大別している程度です。そして、執務官というのは本来違法魔導師を取り締まる逮捕権を有する刑事の様なものでして、主に海が所属の大半を占めてます。なので、陸の事件のみを追う執務官はぼくの父とぼくだけなんです。父は怪我で引退しましたから、最年少陸の執務官、だなんて呼ばれてます」

「ゆ、優秀なんですね……。十三歳とは思えないです」

「あはは……。知識もこちらの大学並みには保有してますし、一応エリートの高給取りだったりするんです。もっとも、他を見向きする余裕も無かったので友人は少ないし家族との触れ合いもあまりありませんがね」

「あぁ、それなら大丈夫よ。頭脳優秀才色兼備な可愛い幼嫁が居るもの」

「お姉ちゃん!」

「それもそうですね」

「シロノさんも!?」

 

 あわたふためくすずかが可愛くてシロノもついノッてしまった。ダイニングに笑い声が響き、家族の談笑に包まれる朝食の風景が其処にあった。シロノはそんな雰囲気に身を任せ、心地が良いと感じていた。執務官という職務は人の黒い場面を直視し続ける職場だ。温かい案件がある訳も無く、ストッパーになりそうな人も近くに居らず、補佐官も無しに孤独の執務官生活を三年も過ごせば幾つか錆付いてしまった感情もあった。楽しい事も無いのに笑える様な性格ではなく、冷酷の最年少執務官だなんて言われた事もあった。磨り減る毎日に訪れた偶然と奇跡的な出会いはシロノという少年を年相応の感情を思い出させるには十分な環境だった。

 むぅと拗ねてしまったすずかを宥めるシロノは名案とばかりに閃いた。ぷにぷにとすずかの左頬をつついていた指を離し、胸前に真上へと向けて置いた。ちらりと見やるすずかに合わせ、先端に青白い球体をぽわっと生み出した。そのままぷかぷかとシャボン玉の様に指から離れていく威力の無い空っぽな魔力の球にすずかは不貞腐れていた顔から未知なる物を見る好奇心めいた明るいものへと変わって行く。忍たちもシロノが魔導師、言わば異世界の魔法使いである事を事実付ける出来事に目を見開いた。わぁと笑顔になって行くすずかにシロノも楽しそうに七つの魔力球をふわふわ動かし、パレードの様に星型やハート型に列を成して遊ばせた。

 

「それ!」

 

 掛け声とクラップで魔力球は弾けて星屑の様にキラキラと煌めいて広がって三十センチ程進んだら霧散して行く。その幻想的な光景にほぅと見蕩れたすずかにシロノは微笑みを向ける。シロノは魔法というものは特段戦闘だけのためにあるものだとは思っていない。今の様に迷子の子供を宥めるために遊ぶ事もあるし、生活魔法という水をお湯に変えるだなんてしょっぱい魔法式を構築してみたりもしている。魔法とは手段であって、目的地ではない。目的地に戦闘だとか遊びだとか分かれて行くのだと、シロノの柔軟な発想は様々な経験と知識になって血肉となっている。検挙率三桁の執務官として目立つ要因になってしまったが、やっぱり笑顔で居て欲しかったのが魔法のきっかけだ。馬鹿げていると言われてしまうかもしれない、けれど、これがシロノの道だ。

 

「ごめんね、すずかちゃん。ちょっと意地悪し過ぎたね」

「い、いえ! 別に気にしてませんから」

「あはは、私もちょっと意地悪が過ぎたね。ごめんねすずか」

「魔法というものは不思議なものですね。先程の直剣状の様なものがあれば、曲芸師の様な使い方もできるとは……」

「そうですね。ぼくにとって魔法は手段です。これを戦闘に生かすのも、笑顔を咲かせるのに生かすのもぼくら魔導師次第なんです。誰かを救うってのは、誰かの笑顔を護る事でもあります。なら、誰かを笑顔にするのも大事な事の一つなんです。……ま、法の目で見れば管理外世界での魔法行使は軽犯罪から重犯罪なんですけどねー」

「それって私たちでもできたりしないの?」

「うーん、実はミッドチルダ人でも三割は魔法を使えない人も居ます。ここ、胸の奥にリンカーコアと呼ばれる魔力を生成する器官があるか無いかで魔法の資質から有無まで決まります。それに、管理外世界だからと言っても、誰よりも先に魔法科学文化が成長したのがミッドチルダってだけですからリンカーコアがあれば可能です。簡易的な方法ですが確かめてみますか?」

「是非!」

「わ、わたしもお願いします」

「あはは……。ノエルさんとファリンさんも如何ですか?」

「いえ、私たちは結構です」

「はい……。無いと思いますから」

 

 ファリンの否定的な言葉に首を傾げたシロノに忍はニンマリと笑みを浮かべて、二人がエーディリヒ後期形と言う細部まで人間を模して作られた芸術品と称される自動人形である事を暴露した。その言葉に思考が一瞬止まったシロノに、すずかを始めノエルとファリンは苦笑する。アニメでは言及されていなかったために普通のメイドさんだと思っていたシロノにとっては驚愕物であった。

 

「つ、月村の科学力は」

「世界一ィィイイッ!! ってね♪」

「忍さんに魔法技術教えたら本気でデバイス作ってしまいそうで怖いなぁ……」

 

 ノエルは叔母である綺堂さくらが、ファリンは忍が試しに探してみたら見つけてしまったエーディリヒ後期形の姉妹機であり、尚且つ二人を修復したのは忍その人である。デバイスマイスター教本を渡したら地球でデバイスを開発できてしまうに違いない人物の魔法資質を調べるのは少しシロノも口元を引き攣らせたが、拝み倒されてしまえば一応でも確かめるしか無かった。

 

「分かりましたよ……。それじゃ、すずかちゃんから調べますね。背中向けてくれる?」

「は、はい! どうぞ!」

 

 シロノはすずかの胸の後ろ側に当たる肩甲骨へ右手を置き、集中して微力な魔力の反応を探る。掌から滲む様に流したシロノの魔力に反応を示し跳ね返ってくる感覚があるかどうかを調べて行く。すずかは少しくすぐったそうに身悶えていたが、数十秒の簡易検査によりシロノのリンカーコアよりも少し小さい存在を確認できた。

 

「……見つけた。大きさはぼくのより少し小さいですが、休眠状態にありますね。外部から魔力刺激を与えたら反応して活動状態になるレベルです」

「わたし魔法が使えちゃうんですか?」

「うん、然るべき訓練と操作方法を学んだらデバイスが無くてもさっきぼくがやったぐらいの事はできる様になるよ」

「や、やったー!」

「おお、なら私にもチャンスが!」

 

 勇み足で近付いた忍はシロノへ背中を向ける。その現金な反応に苦笑しつつ、同じ様に背中に手を触れて魔力を流した。だが、忍はくすぐったい気分にならず、すっと跳ね返る感覚も無く検査が終わってしまう。結果はリンカーコアが無いという残念な事に。それを伝えると忍はがっくりとした様子で椅子へと戻って突っ伏してしまった。その落ち込みように流石にシロノも同情してしまい、ぽろっと宥めの言葉を口にしてしまった。

 

「……情報を他へ漏洩しないのであれば、デバイスマイスター用の教本を読んでみますか? すずかちゃんに資質がある以上目覚めさせなければ不必要ですが……、先程の様子だとそれは無さそうですし」

「本当!?」

「ええ、今になっては忍さんも身内ですから。法が適用されるのは管理外世界へ大きく影響を齎す場合のみで、ちゃんと秘匿してくれれば大丈夫です」

「勿論! 是非ともお願いするわ!」

 

 懇願されてしまったシロノは三ヵ月後に教本を持ってくると約束し、今はS2Uのメンテナンスモードで内部を見せるだけとなった。すずかは勿論ながらお揃いである魔導師の道に一歩踏み出す事になり、そのまま魔法の訓練になりそうになったが、ノエルの鶴の一声によりシロノの生活用品の買い物を思い出し、全員苦笑して準備を始める事になった。


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