リリカルハート~群青の紫苑~ (リテイク版有り)   作:不落閣下

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8 「アリアとの関係、です!?」

「な、何故にここに?」

「分かってるんでしょう?」

「い、いやー。自分休暇中でありまして、皆目付きませんね。……嘘です、ごめんなさい。心配してお越しに来て頂き嬉しい限りです。アリアさん」

「くすっ、本当にシロノはこの姿の私に弱いわね。それで、何があったのよ。堅物のクロノを氷結した様なシロノがあのS2Uを管理外世界の一般人に手渡すなんて尋常じゃ無いわよ?」

 

 グレアム提督の使い魔の片割れ、リーゼアリアが心配した声色でシロノに喋り掛ける。実はシロノの様子では無く別のモノの様子を見に来ていた帰りに、懐かしい魔力を感じて見に来て勘違いされていただけであるが、昔と変わらずの上下関係に安堵していたアリアの内心をシロノは珍しく焦っていて気付く余裕も無かった。もっとも、シロノの場合、猫の姿であるリーゼアリアというよりも、年上の先輩であるアリアに弱いのだが。

 シロノは言い訳を思い浮かべるも、真実を話す以外の選択肢が無かった。そう、自分で言っていた様に一般人への魔法漏洩は犯罪に当たるのだ。そう、一般人への、だ。身内には適用されないのだから。うりうりと小さな前足で頬をつつくアリアに降参したシロノは洗い浚いの経緯と現状を話した。

 

「く、くくっ、くはっ、あははははははッ!? ゆ、誘拐された姫を助けた騎士じゃあるまいしっ、くくっ、くふっ、あははは!」

 

 そして、世にも珍しい猫の大爆笑である。改めて指摘されて恥ずかしさに負けてテーブルに突っ伏したシロノをアリアの前足がぺしぺしと叩く。猫の素体なのでまったく痛くなく、むしろ愛好家なら羨む猫パンチにシロノは色んな意味で屈服せざるを得なかった。一頻り笑い飛ばしたアリアは息を整えながら、ふっとシロノに笑みを浮かべる。もっとも、美人な女性の姿ならともかく猫の微笑であるからニィッとしたものである。

 

「……頼むから後数年はクロノたちに言わないでくださいね。でないと金輪際仕事引き受けませんから」

「あはは、分かってるわよシロノ。って、ちょ、具体的な内容が恐ろしいから止めてよね。シロノの手伝いが無くなるのは勘弁して欲しいわ」

「陸の執務官ですよぼく。なんでアリアさんの資料の手伝いを片手間しなくちゃならんのですか」

「それはシロノが私の愛弟子だからね♪ 仕方が無い事よ」

「……ま、良いですけどね。アリアさんとの付き合いに陸と海の諍いを巻き込みたくないですし」

「ま、ね。お父様も何とかしたいとは思ってるんだけどねぇ……。流石に擦れ違いと悲劇が多過ぎて……」

「止めましょう。これ以上話して何とかなる問題じゃありませんし」

「そうね。シロノが特攻仕掛けない限りは問題無いわ」

「……そういや、聞いてましたねアリアさんも。お願いですから墓まで持っていってくださいよ。……流石にあの時みたいに争いたくありませんし」

「ん、そうねぇ。あの時のシロノは怖かったから勘弁したいわ。本気で死ぬかと思ったし……」

「そう言えば、あの時が初対面でしたね」

 

 シロノとリーゼ姉妹との、いや、アリアとの出会いはクロノが魔法の師匠と称して二人を紹介した時の事だ。クロノとリーゼ姉妹がまだ、シロノが闇の書事件の重傷者の息子であると知らなかった頃。クロノが友人感覚で陸の執務官であるシロノを紹介した時の事だった。

 ――ああ、あの堕ちた陸の執務官の息子か。

 そのアリアの呟いた一言で、執務により色々と黒いフラストレーションが溜まっていたシロノが静かなる爆発を見せたのだった。明確な殺意と嫌悪の混じる刃の如く鋭い蒼い瞳の輝きに発せられた雰囲気に、親友であるクロノでさえも背筋を凍らせた。S2Uを構える事も無く、ただ、雰囲気と視線だけでリーゼ姉妹を圧倒させたシロノはふっと瞳を閉じて一言謝り、一礼してその場で踵を返したのだ。その直後で、動けたのは意外にも直視されたアリアだった。

 拒絶する様に去るシロノの手を掴み、ただ一言、ごめんなさい、と伝えたのだ。シロノは振り返り、何も無い空虚な瞳を不覚にも見せてしまって。それからだった、アリアが局内でシロノを見かける度に構うようになったのは。弟を心配する姉の様にアリアはシロノに声を掛けた。すまなそうにしていたシロノもいつしか笑顔を見せる関係になったのだった。

 懐かしいと苦笑するシロノと裏腹に引き攣った笑みのアリアの雰囲気は暖かいものだった。至らぬ過去を懐かしめるくらい成長したシロノの顔にアリアは少し心配そうにしていたが、瞳を閉じて開いて思考を切り替えた。アリアが此処に居る理由は半々と言った私情のためだ。冷徹の執務官、本来は海と対する陸の人間である、シロノの動向を知っておきたいと思うのも仕方が無い事だった。

 

「そういえば、これからはどうするのかしら?」

「ここでゆっくり過ごしますよ。管理外世界ですし。ぼくが居るからって何かが起きる訳じゃありませんしね」

「あはは、それもそうね」

 

 それは清々しい嘘だった。

 ――ジュエルシードが落ちて原作が始まるだなんて言えない。

 ――闇の書の持ち主が近くに住んでいるだなんて言えない。

 未来の情報を胸に隠すシロノと今現在の情報を隠すアリアの表情は談笑のそれだ。お互いに交渉の修羅場は潜っている猛者だ。もっとも、シロノは少しアリアよりは浅いかもしれないが、それでも実力はある。お互いにお互いを騙し、見抜けなかった嘘をさらりと流した。

 

「そのすずかって子は可愛いのかしら?」

「あはは、将来が楽しみな感じですよ。でも、まだ九歳の女の子ですから」

「そ、っか。九歳の女の子か……」

 

 ジジッとアリアの脳裏に車椅子の少女の顔が浮かぶ。確かあの子も、と考えてアリアは今が猫の状態で良かったと思った。人間形態だったなら確実に顔に出ていただろうから、本当に助かったと内心でほっとする。もっとも、シロノもそういえばはやても九歳だったな、と浮かんでいるのだが。頭の中を外から見れる訳も無くお互いの思考は通り過ぎる。

 

「……ねぇ、シロノ」

「はい?」

「もし、闇の書の主が居たら、シロノはどうする?」

「ん? それはまた、アレな話ですね。クロノにも聞いてるんですか?」

「うん、クロノは私情は入れないって言ってたけど、内心では少し迷ってる感じだったからシロノはどうなのかなって」

 

 ――お父さんが闇の書の被害者でしょう?

 言外のアリアの言葉にシロノはすっとマルチタスクを起動する。表へ噴出そうとしていた感情をサブへと流し、冷静にそうですねぇと思案顔をした。マルチタスクの使い方が上手くなったな、と自分でも思う。マルチタスクという魔導師必須の思考並列は執務官として、否、シロノという転生者には本当に助かるものだった。表へ噴出そうとする感情へ表ではない場所への逃げ場が与えられる。それはとても便利なものだ。人が何を考えているのか外見で分からなくなるとてもとても便利なものだ。

 ――別に●しても何も変わらないじゃないか。

 シロノの感情がサブへと流れる。もし、この瞬間にアリアが使い魔契約をしていたのなら、その虚無さに目を見開いたに違いなかった。シロノはうーんと考える素振りを見せて、閉じたまぶたの下の瞳は静かに物語っていた。意味が無い、くだらない感情に、意味なんて必要無い。そんなくだらない感情なんて持っている価値すらも無い、と空虚な風が思考をクリアにする。意味が無いなら考えるまでも無く。

 

「特段無いですね」

 

 何もかも――。

 アリアはその返事に生返事を返してしまう。開いた際に垣間見た空虚な瞳を重ねてしまったから。真剣に悩み抜いた彼女の父の見せる、その瞳と同じだったから――。

 

「それに、闇の書に罪はありませんし」

「は?」

 

 その言葉には流石にアリアも絶句と唖然の混じった驚愕をした。クロノの父を間接的ながら殺したお父様の葛藤と苦しみを否定された様な気がしたからだ。けれど、言ったシロノは飄々としていて空虚では無いけれど、何も無い瞳をしていた。真剣に返されたのだと、アリアは分かってしまう。吹き上がる感情は憤怒? 嫌悪? 否、裏切られたという悲嘆だった。

 

「……何で?」

「何で、と言われてもですね……。客観的に見て、闇の書というロストロギアは在り方が在り得ないんですよ。主が破滅する魔の兵器を作る必要性は戦争という見方をすれば納得できます。しかし、指定の無い無限なる転生機能がそれを否定します。敵の側に移る兵器を作って何の意味がある。ヴォルケンリッター、でしたっけ。過去の内容を見る限り、ベルカ古代騎士の文献と一致する姿とデバイスを持っている守護騎士の意味も分からない。破滅する主を護る騎士は非効率的だ。過去の例からして闇の書を完成させるための蒐集係と言った様子ですが、それならば魔力蒐集ではなく守護騎士を戦争利用するために動かす方がよっぽど効率的です。蒐集した魔力で守護騎士が強くなる事も無く、ただ蒐集に当てられているだけ。なら、闇の書というロストロギアは何のために存在していたんですかね?」

「そ、それは……」

 

 アリアはシロノの情報収集の精度さに戦慄しながらも、自分の答えで闇の書の意味を考えてみるが、矢張り危ないロストロギアとしか思い付かなかった。グレアム提督の力で集めた資料でさえも、その答えに辿り着かない。だから、悲しい最善を選んだ筈だったのに。これが正しいって信じていたのに。

 

「ぼくはこう思います。闇の書は欠陥品だ、と。本来の意図から逸脱した改造を受けた哀れな魔道書型デバイスである、と。本来、魔力か何かを蒐集するために作られた辞典の様な魔道書だったんじゃないか、とぼくは睨んでいます。そして、ヴォルケンリッターの格好からして古代ベルカ時代。危険な戦場で蒐集する主を護るための守護騎士であったなら、全てが繋がるんですよ。無限転生機能もまた、本来はデータベースとなる場所へ一度帰還するための機能であったなら納得が行くんです。仲間に手渡して新たな主へその魔道書を手渡して再び完成するまで放逐する。……ま、これがぼくの見解ですよ。もしかすると、闇の書という名もまた、本来の魔道書型デバイスから離れた名かも知れませんね」

 

 何もかもが砕け散った気がした。シロノの仮説は未来知識が混ざっているものでありながら、アリアが知る闇の書の情報を元とした仮説であると、一番近い人物の一人であるが故に分かってしまう。シロノの推察はあれほど悩んでいた日々を一瞬で上書きしてしまうくらいに、らしい、ものだったから。いつからそんな情報を探していたのか、どうしてそれをもっと早く教えてくれなかったのか、と色々な感情がアリアの心を渦巻く。

 

「だから……、闇の書(アレ)を恨んでも意味なんて無いんです」

 

 ――闇の書と最初に呼んだのは“管理局”なんだから。

 その付け足された言葉の裏に隠された意味をアリアは気付いてしまった。最初に呼んだのならば、その前には他の名で呼ばれていた何かがあるのだ。そして、蘇るのはシロノと忍との絶対零度の会話。まさか、とアリアはシロノを縋る様に見やる。しかし、無常にもシロノは瞳を閉じる。無言で語っていた。闇の書にしたのは管理局の上層部だ、と。そう行き当たるしか無かった。

 アリアは漸く察した。あれほどまでにすずかのために管理局への入局反対の意味を。局員の汚職や密売等を案件とするシロノが、信頼していない組織を信用するなんて馬鹿らしい思考停止の愚考である、と。十三歳という若い少年がここまで聡いか、クロノを見ているアリアなら分かる。異常だ、と。しかし、その異常を受け止めるしかなかった。アリアはシロノが嫌いじゃない。むしろ、好きな分類だろう。もし、親愛なるグレアムからシロノの使い魔になれと言われたなら渋るが拒む事はしないくらいには。

 

「アリアさんが何を悩んでいるのか、ぼくには分かりません。けど、貴方のために何かができるなら、遠慮無く言ってください。ぼくはアリアさんを信頼してますから」

 

 その言葉に不覚にも胸が同時に痛む。恋愛的な感情と、騙す罪悪感が胸を、アリアの心を貫く。全てを吐き出してしまいたいと、思ってしまうくらいに辛かった。

 

(シロノ、その言葉は反則よぉ……ッ!)

 

 アリアはそっとその感情を隠した。痛む胸を隠す様に座り込んで、何とも無い顔で礼を言った。シロノはそんなアリアの様子を見て、凄まじい罪悪感を感じていた。全てを言い終えてからA'sの内容を思い出すポカをしていたからだ。もっと早く気付いていれば程々に仄めかしていただろう。しかし、仕事柄か、つい執務官モード事務シフトで物事の考察を語ってしまった。

 やばい、と感じたのはアリアの預かり知らぬ感情から流した一筋の涙を見てしまったからだ。こりゃ、最悪の場合グレアム側に組する事も考えなきゃな、と身の振り方を考える。原作が始まってすら居ないのになんでこんなに困らなきゃならんのだ、とシロノは深い溜息を吐いた。それをアリアが自分がシロノの手を振り払った様に感じてしまい、更に意気消沈してしまう結果に陥った。

 どんよりとした雰囲気にシロノはキャラじゃないんだけどな、と嘯いてアリアを抱き上げて胸の中に収めた。泣き出しそうなアリアの顔が見えない様に抱き締めた。そんな不器用な優しさにアリアは不覚にも泣いてしまった。ロングヘアの美人な人間形態になり嗚咽を漏らしながら瞳から流れるアリアの涙がシロノの胸を濡らして行く。

 

(あー……、この体勢デジャヴ。経緯は違えども状況が同じだ……)

 

 もしかして自分は不幸な女性に好かれる運命なのかもしれないなぁ、とシロノは冷静に客観的に自己を解析しつつ空を見上げながら思う。自惚れ、だったら良かったのにな、と爪が肌に食い込む程にシャツを掴まれている状況と柔らかい二つの膨らみに葛藤する気持ちをサブに追いやる。暫く胸の中で泣いたアリアはすとんと猫形態に戻る。その際背中を向けている辺りで察して欲しいが、その顔は人間だったなら真っ赤になっていたに違いなかった。

 

「その、なんだ。恥ずかしい所を見せちゃったわね。ロッテには内緒よ?」

「あはは、分かってますよ」

「……墓まで持っていってね頼むわよ」

「……そちらも持っていってくださいね」

 

 対価としてはどちらもジョーカーであり、四歳下の婚約者と乙女の涙はお互いに墓に持っていこうと二人は笑い合う。始まりはどうであれ、終わりが良ければ美談だと誰かが言った。確かにそうだな、とシロノは思う。全てが美談になってしまえば、悲しむ人なんて居ないのにと願ってしまう。けれど、そんな筈じゃ無かった世界は牙を向くのだと、遠目ながら理解していた。誰よりも転生者(イレギュラー)であると分かっていたから、この世の誰も知らぬ空虚な病人だった少年は笑うしか無かった。後数日もすれば、数奇な必然に巻き込まれる運命なのだから。


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