君が見つめてた画面僕たちの自撮り写真
まいったな 可愛いじゃん
どんなおとぎ話にもめでたしめでたしの先
そう,マニュアルは要らないさ2人で作り上げようこれからを
これからもずっと
僕はずっと君のプリンスさ。
ヨーロッパ圏の列車などは原因不明の3時間の遅延などは頻繁に起こる物であると聞く,なんならアフリカ諸国や中央アジア等ではそもそもくるはずの電車が来ないこともザラらしい。それに対して日本の列車は定刻通りに着く上に2分程度の遅れでも謝罪と遅延理由のアナウンスがしっかり流れる。それだけ秒単位での時間管理とそれに合わせて大勢の社員が寝る間も惜しんで働いているということだろう。それが今日が日曜日で世間は休日の朝であるにもかかわらず,だ。え…マジ駅員さん社畜……いつもお疲れ様です…働きたくねぇなぁ……
などといつも通り専業主夫を志すための意志確認をしているうちに電車は上野駅に到着し,自動ドアが開く。気温も高くもなく低くもないためドアが開いた時特有の外と内側の境界がはっきり分かれているような感触はなかった。
ところでこんな情景描写はさておき,なぜいつもなら「ぷいきゅあがんばえ〜」と泣きながら応援している時間帯にわざわざ千葉を出て上野駅に来ているのかというと,本日は彼女である雪ノ下との初デートなのである。個人的には前回タピ活したプロムのための下調べもデートにカウントしたいのだが,その帰り道にウチの氷の女王が「あれはただの下調べよ。次はちゃんとそういうの抜きで……行きたいのだけれど……」と顔を赤らめながら袖をつまんできたので後に引けなくなって即日程調整してしまった。氷感も女王感もねえな。可愛すぎんだろ。
必要な説明をしているうちに駅を出る。集合場所は国立科学博物館前。一応到着の連絡は入れたが返信はない。時間に余裕があるが自然と早歩きになる。人混みを掻き分けながら進んでいくと蒸気機関車が見えてきた。彼女はその蒸気機関車前のベンチに座り,俯いてスマホをいじっていた。
やっぱり綺麗だ。
という感想と共になぜスマホを見ているのに返信が来ないんだ,という疑問が浮かぶ。こちとらヒーリングッとするのも後回しにできるほど,どこか小町に似ている声の悪と戦う少女の応援をするという使命を放棄するほど心の何処かでは楽しみにしてきているのに。
「おい、雪ノ下」
つい少し荒げた声が出てしまった。しかし次の瞬間後悔する
「あら,おはよう。比企谷君。」
少しびっくりした様子で挨拶が返ってきた。彼女の手元のスマホを見るとこないだの下調べの時に撮った自撮り写真が映っていた。視線に気づいた彼女は顔を赤らめながらスマホの画面をOFFにする。
「ごめんなさい。気づかなくて。メールも届いていたのはわかっていたのだけれど,あの…さっきの写真見てたら夢中になってしまったの…」
と申し訳なさそうに弁明する彼女。可愛いかよ…
「こっちこそすまん。待たせた。」
自分なりに誠意を込めて謝る。
「全然大丈夫よ。待ち合わせの時間に遅れたわけでもないでしょう?まぁ,私より遅かった分楽しませてもらえれば良いわ。行きましょう。」
と微笑み立ち上がる彼女。おう,とだけ返事をし,歩幅を合わせ博物館へと入っていく。
入ってすぐパンフレットをもらい館内マップを見る。さすが国立,世の中の科学的な物全てを網羅しているんじゃないかと思うくらい展示物が多そうだ。
*
鉱物がたくさん展示してある部屋に来た。明らかに高そうなものからその辺に落ちていそうなものまで沢山ある。いろいろ見ているとコンクリートのような黒い岩の中に薄い緑色のガラスのような塊が詰まっているようなものが飾られていた。そこまで鉱物に興味はないのに不思議と惹かれた。
「比企谷君。あなた8月8日生まれよね。これ,あなたの誕生石のペリドットよ。あなたに似て少しくすんだ色なのね。でも比企ヶ谷君と違って色は霞んでいても透き通っていて綺麗ね。」
「なんで面と向かって教えた覚えがねえのに覚えてんだよ。怖えよ。霞んでいるのは自分でも理解しているしそこが気に入っているから良い。だが俺だって心はそこの石膏みたいに脆くてピュアなんだぞ。もっと慎重に扱え。」
と軽口を叩きながら歩いているとさっきのものとは対照的に白い岩に小さなワインレッドの色した結晶が散りばめられた石を見つけた。解説を見たところ石榴石(ガーネット)らしい。
「おい,これ雪ノ下の誕生石じゃね?なんか…お前っぽくないな。」
特に複数で固まっているところとか。
「ふふっ,確かにそうね。なにか失礼なことを考えているような気がしたけど気のせいかしら?」
そんな深い意味のない会話をしながら展示を見ていく。鉱物のコーナーを出る時目に入った最後の鉱物はどこまでも透明で,薄い水色で,細長く,母岩の上に凛と立っているアクアマリンであった。
「雪ノ下,実は3月生まれなんじゃね?」
そんな根拠のない呟きをその部屋に残し,出入り口で不思議そうに小首を傾げながらこちらを見つめる彼女の元へと向かった。
*
「なぁ,雪ノ下。そろそろ次のところ行かねえか?腹減ったんだけど。」
ただでさえ展示が多く,この有名な動物の標本が多く展示されている部屋に来た時には入場してから3時間経っており,時計はその時点で12:30を知らせていた。
「あとちょっと」
ネコ科の動物の標本達を凝視し続ける雪ノ下。現在時刻は14時になろうとしている。ネコ科ならなんでも良いのね……動いたと思ってもヒョウの前からベンガルヤマネコの前に移動しただけであった。まだ続くのか…いい加減自分もここの展示も見飽きたし,丸メガネの魔法使いの飼っていたヘド○ィグに似ているふくろうをみて彼の冒険の妄想をするのも飽きた。
だから今は彼女を眺めることにしている。いつもはアクアマリンのように凛としており実年齢以上に見えるが,好きなものに熱中している様子はとても可愛らしく年下に錯覚するほど幼い印象がある。
ぬぼーっと彼女を眺めているとやっと満足したのか,満足げな笑顔で立ち上がった。
「行きましょうか。比企谷君。」
………ちくしょう。今の顔写真撮っておけばよかった。そう思うほど彼女の少女らしい笑みは可愛かった。
****
展示を大体見終わったので,ミュージアムショップを見て回る。雪ノ下は猫のぬいぐるみを買うようだ。本当に猫好きなのね…俺もいろいろ見ておこう。小町へのお土産も買わなきゃだしな。というか腹減った。まぁ,雪ノ下にお願いして駅前の一蘭で昼夜ご飯食べてから帰るか。
雪ノ下が片っ端から猫やパンさん関係のグッズを吸い込んでいく。それを眺めながら歩いているとふと目に入ったグッズがあった。気付いたら「それ」を手に取っていた。
手持ちのお金で十分足りる。これ買おう。小町,ごめん。小町にはあまり高額なものは買ってやれなそうだ。
「比企谷君。このハンカチなのだけれど緑と赤いのどちらの方が可愛いと思う?」
猫やライオンやらパンさんやらのグッズを大量に抱えた雪ノ下が声をかけてきた。俺は咄嗟に「それ」を隠す。
「あー,赤の方がいいんじゃねえか?知らんけど。」
「そう。なら両方買うわ。ありがとう。」
「それ俺に聞く必要あった?」
それぞれ買い物を済ませ外に出た。少し外は冷えており,金星(なのか?俺はわからない)が茜色の西側の空に煌めいており,深い藍色に染まりはじめた東側の空には,半月よりは膨らんだ月が輝いていた。
****
一蘭にて
「あなたこれがデートだという自覚ある?なんでよりにもよってラーメン屋を選んだの?」
「いや,一蘭だぞ?目の前にあったら来るしかないだろ。それにこちとら誰かさんがベンガルヤマネコの前に1時間半も居たせいで腹が減ってるんだよ」
「うっ…貴方だって恐竜の展示でテンション上がっていたじゃない」
「男の子に恐竜みて興奮するななんて無理な話だ。諦めてくれ。まぁ,無理そうだったら俺が代わりに食うし,無理言ってついてきてもらっちゃったな。次からはちゃんと考える。」
「え,えぇ…多分味も薄めでお願いしてあるし今回は大丈夫だと思うわ。食わず嫌いはよくないものね。」
ほぼ同時に二人のラーメンが届く。味集中カウンターのせいでリアクションが見づらいが,ふと覗いてみるとなんだかんだ言って幸せそうに食べていた。
やっぱりラーメンって最強だわ。
****
「悔しいけど…美味しかったわ…」
いつぞやのあざとい生徒会長のようなセリフを本当に悔しそうな顔でいう俺の彼女。可愛い。
「お粗末様でした。」
俺は勝ち誇った顔をしながら言った。
雪ノ下が急に咽せたのか大きく咳き込む。
「おい。大丈夫か?」
咄嗟に背をさすった。
「え,えぇ,何かが気管に詰まってしまっていたみたい。恥ずかしい。」
「大丈夫だ。よくある。飲み物買って帰るか。とりあえず今はこれで我慢してくれ。」
持ってきていたペットボトルの紅茶を渡す。
「あ,ありがとう」
雪ノ下が受け取り飲み始めた。
あれ…?よく考えたらこれ……いや,付き合ってんなら大丈夫だよな…?
****
帰り 雪ノ下のマンション前
「遅いからわざわざ送ってくれなくても良いのに…」
「いや,こんな美人が夜中に外歩いてたら危ないだろ,それに荷物もこんなにあるだろ。せっかく荷物持ちにできる彼氏がいるんだからそれくらい大丈夫だ。」
「なっ……そ,そうよね。比企谷君にはもったいないくらいよね。感謝しなさい。」
「へいへい。俺のプリンセス様。」
適当に返事をする。渡したいものがある。どう伝えれば良いかわからない。
「それじゃあ,また。」
雪ノ下が手を振りマンションへと入っていく。なんでも良いから呼び止めろ。俺のヘタレ。
「あー,雪ノ下。ちょっといいか。」
「どうしたのかしら。今日いきなり泊めろなんて言われても無理よ。部屋の片付けだってあるし疲れているもの。」
「いや,そうじゃない。なんつーか。これ…受け取ってくれねぇか?いらなかったら捨ててもらって構わない。」
そう言ってミュージアムショップで買った「それ」を手渡す。
「それ」は小さな試験管型のチャームがついたネックレスで,試験管の中にはアクアマリンの結晶が入っていた。
「これ…アクアマリン?私は1月生まれだから誕生石はガーネットよ?こういうものって誕生石を渡すのが定番だったと思うのだけれど…確かガーネットも同じものがあったでしょう?」
「確かにあった。でも,やっぱり今日石の展示見てて雪ノ下はアクアマリンみたいだと思ったんだ。ただの押し付けだ。」
「いえ,確かに「私」らしいのかも。ありがとう」
そう微笑む彼女。
「あー…一応俺も自分のを買ったんだ…中身はペリドットなんだが……」
「お揃いで買った。ってことね。あなたにしてはセンスいいじゃない。」
「うるせぇ。」
「実は…私も渡したいものがあったの。はい。」
彼女から渡されたのは緑のハンカチ。
「考えることはほとんど同じだったみたいね。誠に遺憾ながら貴方とはやっぱり気が合うのかしらね。」
と赤いハンカチを胸の前でひらひらさせながら意地悪く微笑む雪ノ下。
「ところで…今日は楽しかったか?思い返してみれば,やっぱりデートっぽくなかったし,今回は俺がプランを考えたけど結局一箇所しか行けてないし…」
確かに,今回は博物館に行ってラーメン食べただけ。100点満点中10点もいいところだ。高校生が考えるようなデートコースでもないし,俺もちゃんと「彼氏」らしく振る舞えていたかはわからない。雪ノ下は一瞬考える仕草をした後微笑んで
「確かに,デートとしては最低なものだったかもしれないわね。でも,私は貴方と出かけられて本当に楽しかったし,私にとっては100点満点ね。じゃあそろそろ部屋に入るわ。おやすみ比企谷君,また明日。」
「おう。そうか,ならよかった。おやすみ。」
彼女から100点満点をもらえたなら大丈夫か。別に「恋人との過ごし方」なんてマニュアルがあるわけではない。俺たちは俺たちなりに考えて,間違えて,足掻いて一つ一つ作り上げていけばいいのだろう。
空を見上げると雲ひとつなく星が煌めいていた。
オリオン座は西に沈み,空にはヘラクレスと戦った怪物たちが横たわっていた。