上手に振る舞っているつもりで嘘をつけない心があるさ。
時には傷ついたり笑顔を忘れる日もあるだろう
だけど僕らその手を繋いで力に変えていけるように
9月下旬にもなるとちらほらAO入試や推薦入試に行く人たちが現れ,クラスの中にも今までとは違う緊張感が走っている。
決定的に変わったのがクラス内の葉山の立場だ。成績優秀でかつ有名な大学の指定校推薦組。ほぼ受験が終わっているようなものだ。世の中はそのような所謂「勝ち組」に純粋に憧れられる人間だけではない。
実際現在行われているほぼ年一回の薬物乱用防止の為の授業でのディスカッションで葉山がリーダーシップを発揮する度に一瞬嫌な空気になる。去年の文化祭の後に俺が散々感じたような空気に。
きっとこの小さな変化が今までのクラスの調和を乱し,この独特な緊張感を生んでいるのだろうか。いや,これに関しては卵が先か鶏が先か,みたいな話かもな。とりあえず俺にとってはただでさえ居辛いクラスがもっと居辛くなっただけだからさほど問題ない。言ってて悲しくなってくるわ。
***
休み時間
もうすぐ授業始まる時間ではあるが飲み物を買いに自販機に向かう。
席から立ち上がり自分の席から近い出入り口に向かって一歩踏み出す。しかし思わぬ障害が現れた。出入り口を塞ぐように男子生徒3人組が駄弁っているのだ。しかもちょっと悪ぶってる系の一番相手にしたくないタイプの。名前は忘れた。
仕方ねぇ。あっちから行くか。
諦めてもう一つの出口から出る為方向転換する。
「おい,テメェなに俺のこと避けてんだよ。」
声をかけられる。はぁ…本当にめんどくせぇ。
「すんません。話を遮るのはちょっと忍びないと思ったんで」
「お前前から思ってたけどなんかウゼェんだよ」
「すんません。」
クラス内の視線が徐々に集まる。結衣と戸塚が心配そうな顔でこっちを見ている。ちょっとまずいな。
「お前らやめておこうよ。こんなことでトラブル起こしてもなんもいいことないぞ?一旦落ち着け。な。」
葉山が俺と3人組のリーダーっぽいやつの間に割って入る。それは今回は悪手だぞ。お前が動くべきじゃない。
「あぁ?テストの点数良いからって調子に乗ってんじゃねぇぞ。」
「おい。ヒキタニ。てめぇのせいでこんな大事になってんだよ。黙ってねぇでなんとか言えよ。無駄に頭いいんだろ?」
「おうおう,流石成績トップクラスの葉山隼人さんは違いますなぁ〜休み時間も点数稼ぎですか。」
ほら。言わんこっちゃない。こいつらは葉山に対して嫉妬している連中だ。今のお前はただこいつらをヒートアップさせる着火剤でしかない。
葉山の顔つきが一瞬変わった。嫌な予感がする。
「あぁ,その通りだな。お「すまん。気を悪くしちまったらなら謝る。次から勘違いさせるようなことはしない。」……比企谷…」
頭を下げておく。
柄にもない事をした。クラスが一瞬で静まり返る。全員からの視線に耐えきれなくなったのか3人組は舌打ちをしながら自分の席に戻った。
クラスにざわめきが戻ってくる。葉山は何か言いたげな目でこっちを見ている。
「もうすぐ授業はじまんぞ。」
とりあえず今は聞かない。
「あ…あぁ。」
偶然狙ったかのようなタイミングで先生が入ってきた。クソ。飲み物買いそびれたじゃねぇか。
***
昼休み
クラスに居辛い為チャイムと同時に購買に向かい,サラダパン,コロッケパン,焼きそばパンを買い,自販機でマッカンを買ってベストプレイスへと向かう。
ここは本当にいつでもいい風が吹いて心地が良い。とりあえずコロッケパンから食うか。
袋を開けパンに齧り付く。咀嚼しながら秋晴れの空を眺めていると隣にに人影を感じる。右を向いてみると葉山隼人が惣菜パンを抱えながら座っていた。
「コーヒー。飲むか?」
そういうと葉山はブラックコーヒーをこちらに差し出す。
「後でもらうわ。今はこいつがある。さんきゅ」
「比企谷いっつもそんな物飲んでるよな。俺は甘ったるいやつは嫌いだから飲めないな。」
「そうか。じゃあお前は千葉県民じゃねえな。そういうお前こそ購買のパンとか買うんだな。」
「偶にはな。」
「……そういう話しに来たんじゃないだろ。」
「…あぁ。………なんでさっき遮ったんだ?お前ならあの後大体何を言うか分かってたんだろ?」
「だから遮ったんだよ。あのやり方は俺だけの専売特許だ。他の誰かがやるのは許さない。前にもそんな話しなかったか?」
葉山はおそらくあそこで怒りの矛先を全て自分に向けて俺に危害が加わらないようにしようとしていた。予想は当たっていたようだ。
「確かにそうだな。でも。あぁするしかなかったと俺は思ってる。」
「お前ならなんとかできただろ。」
「できなかったからアイツらに喧嘩売られたんだよ。それに…今までだって上手くなんて出来てないさ。上手くやれてたら…」
葉山は何かを言いかけてやめる。一瞬仮面を付けていない本来の「葉山隼人」の顔になった。何かを諦めたような。それでいて何かに怒っているような顔に。缶コーヒーを握る手に力が入っているのがわかる。
「……とりあえず報復の可能性があるから優美子達に比企谷の机に何かされないか警戒しておくようお願いしてある。」
「お前に借りは作りたくなかったんだけどな。正直助かる。この時期に参考書無くされたりでもされたらキツい。」
「いや,さっきのは俺も助けてもらったようなもんだよ。」
「俺は自分の為にやっただけだ。下手したら学級崩壊してたかもだからな。そんな最悪な空気の中なんてただでさえ教室に居辛いのに更に居辛くなる。」
「お前らしいな。」
「………ここ。良いところだな。今まで単なる通り道だと思ってた。」
「お前は通うなよ。俺の居場所が無くなる。」
「ははっ。済まないが俺はお前が嫌いだからな。お前の要望は聞かない。」
笑いながらいう葉山。
「ちっ。3人までな。それ以上来たらまじで許さない」
「それは厳しいな。」
それっきり会話は無く,無言で惣菜パンを齧る2人。なんかすげぇシュールだなこの時間。
「じゃあ俺はもう行くよ。これ以上長くいると日菜がうるさくなりそうだ。」
「おう。それは怖いな。コーヒーありがとな。」
「あぁ。お前には幾つもの借りがあるんだ。それくらいどうってことない。」
「そうか。」
マッカンを飲み終わらせ今度はブラックコーヒーを煽る。
クソ苦ぇな。まぁ。マズくはないな。
***
教室に戻ると葉山グループが俺の席を囲むようにして話している。
とてもとてもとても入りづらい。
「あ,ヒッキー来た!」
「うす。なんかすまん。」
「全然大丈夫!ほら。早くこっち来なよ!」
正直この状況で自分の席に戻るのはものすごく嫌だが呼ばれたからには行くしかない。
「は?何謝ってんの?別にヒキオ悪くないんだから堂々としてろし。素直にありがとうでいいの。そゆときは。」
「オカン…」
「は?誰がオカンだし。同い年の女子相手にそれは失礼だから。謝って。」
「すみません…」
「で?ヒキタニ君。因みに隼人くんとはどこまでしたの?ナニしてきたの?」
「なんもしてねぇから。」
「なんか楽しそうな話してるな。」
「とんでもない話の間違いじゃないか?」
葉山と優柔不断の大和が入ってくる。居辛ぇ…
「そういや結衣から聞いたんだけど,ヒキオのバイト先ってアクセサリーとか売りはじめたんだよね。どんくらいの値段?」
「あー…店長が買い付けてきたものは安い物でも数千円,高い物だと車買えるくらいの値段にはなるな。でも俺とかスタッフが作ったシンプルなやつでもいいなら2000円以内で買えるぞ。」
「え?ヒキオそういうの作れんの?意外。」
「え?ヒキタニって案外乙女な趣味持ってる感じ?モテそうだから俺もやってみっかなー」
「大和は絶対下手だからやめといた方がいいぞ。素材が無駄になる。」
「ひでえよ隼人くん」
「つってもほぼ出来てるやつに石を嵌めていくだけなんだがな。」
「ちなみに結衣はネックレスのお金半分ヒキオが出してくれたって言ってたんだけど。ウチらはそういうことやってくれんの?」
「優美子流石にそれは…ヒキタニ君気にしなくていいからね」
「金額と状況による。店長から最低金額はここまでって言うのは全部言われてるからそれ以上なら大丈夫だ。」
「ほぇー。そんなもんなんだ。なんか最近ヒキオ話しかけやすくなったよね。近寄んなオーラが無くなってきてる。あ,そろそろ時間だから戻るわ。」
「おう。」
全員それぞれの席へ戻って行く。
やっと解放された…俺近寄んなオーラなんて出てたの?いや,よくよく考えたらめっちゃ出してたわ。
***
放課後
「そう…そんなことが…」
由比ヶ浜が今日クラスで起こったことについて雪ノ下に話をしていた。
「粗方貴方に対する嫉妬でしょうね。八幡。良かったわね。嫉妬されるような程可愛い彼女がいて。」
「自分で言っちゃうのかよ…まぁ…事実なんだろうけどな。知らんけど。」
「出た!お兄ちゃんの捻デレ!」
「先輩。そこは「確かにそうだな。世界一可愛いのはお前だ。」くらい言うもんですよ。」
「何言ってんだ。少女漫画の読みすぎじゃねえのか?髪についた芋けんぴ取ったくらいじゃときめかねえよ。」
「ところでその人達の対応はどうするつもりなの?まさかとは思うけれどその人達が孤立しないように助けようとかは思っていないわよね?
「どうだろうな。場合によってはやるかもしれねえな。クラスの雰囲気がすごく嫌なんだよ。とりあえず落ち着くまでは何されるかわからねぇし荷物持ち帰らなきゃいけないからめんどくせえ。」
「貴方がクラスの雰囲気なんて気にするのね。本当びっくりだわ。明日千葉県に火山でもできるのかしら。」
「いや,海洋プレートが溶ける場所的にそんなことほぼ起こらねぇな。千葉県にはディスティニーシーのアポロ火山以外存在出来ねぇだろうな。」
「先輩って何気に頭いいですよね。なんか心外ですけど。」
「どうせお兄ちゃんのことですから山尾さんから聞いた話ですよ。」
「そうだよ。何が悪い。」
「でも最近ヒッキーすごい頑張ってるよね。こないだ学年2位だったもんね!」
「そうね。私の下が葉山君じゃなかったのは初めてだったわ。でも数学で負けたのがすごく悔しくてしょうがないわ。なんであの八幡が一位取れたの?」
「夏休みの終わり頃急にberylが4日間臨時休業したろ?」
「えぇ。そうね…そういえばあの時貴方も音信不通になっていたわね。」
「そうだな。俺が「数学をどうにかしたい」なんて軽い気持ちで言ったのが悪いんだがな。その4日間山尾さんと山尾さんの同級生の物理学者にみっちり数学?物理?を叩き込まれてな。それと比べたら文系の定期テストの数学なんてぬるま湯もいいところだ。」
「詳しいことは聞かないでおくわ…その眼を見る限り相当なトラウマのようね…」
そんな話をしているとドアがノックされる。
「どうぞ。」
雪乃が声をかけると遠慮がちに開かれたドアからぴょこっと天使が出てくる。
「こんにちは。勉強教えてもらいにきました。あ!八幡!さっきは大丈夫だった?助けてあげられなくてごめんね。」
「おう大丈夫だ。心配してくれてありがとな。どの教科をやるんだ?なんなら何時間でも何日でもつきっきりで教えるぜ。戸塚の為ならいくらでも時間を作る。」
「ヒッキー…なんか…気持ち悪い…」
女子から言われる「気持ち悪い」って「キモい」より殺傷力高いよね。
小町と一色はドン引きしている。これもシンプルに傷つく。
「八幡?貴方本当に戸塚君には優しいのね?わたしそんな優しい言葉かけられた覚えないのだけれど。どういうことかしら?説明して頂戴?」
「返す言葉もございません。本当に申し訳ありませんでした。」
速攻で土下座をし,赦しを乞う。
「そうね…確か釜に満たした油を沸騰させてその中に入ってもらう謝罪方法があったわよね?」
「男塾名物油風呂はマジで死んでしまいますやめてください」
「あはは…あの〜…数学のこの問題教えて欲しいんだけど…」
「あ,これ私もこないだ見かけて解説見てもわからなかったところだ。」
戸塚。すまない。これから俺,比企谷八幡。漢を魅せなきゃいけないみたいなんだ。
「そこの馬鹿は放っておいて大丈夫よ。その問題ね…確かに少し難しいわね…」
許してもらえたみたいだ。後ろから問題文の写真を取り自力で取り掛かってみる。確かにむずいかもな。
***
戸塚に勉強を教えているとまたドアがノックされる。返事をする間もなく男子生徒が入ってきた。嫌な予感がする。
「こんちわーっす!勉強教えてもらいに来ました笑笑笑 あれ〜っ?結衣ちゃんじゃん!ここの部員だったんだ!ほら,俺一年の時同じクラスの!」
やけに馴れ馴れしい。最初に由比ヶ浜に声をかけたあたりビンゴだな。
「久しぶりー。私頭悪いから流石に教えられないなぁ〜…あ!ヒッキー教えるのすごく上手だよ?」
俺に振るなよ…まぁ,仕方ないか。
しかし男子生徒は俺には見向きもしない。
「いやーでもせっかくなら学年一位の雪乃さんに教わりたい的な?おなしゃーす」
「はぁ….戸塚君。ごめんなさい。あとは八幡と二人でやってもらえるかしら。あまり力になれなくてごめんなさいね。」
「ううん。大丈夫!すごく助かる!ありがとう!」
「八幡…この問題…できた?」
「あー。さっき後ろから見させてもらって俺なりに解いてみたんだが…こんな感じでどうだ?」
「ヒッキーすごいね…私その半分も書けてない…」
「いや,俺も当たってるかは分からん。戸塚。一応読んでみて分かんないところとか間違ってそうなところとかあったら言ってくれ。」
「うん!えっと。この図ってどういう意味?」
「あー,これはこの二つの関数の振る舞いがどんな感じか概形を描いたんだ。そうすると求めたい面積の部分がわかるだろ?あとはこの形が明らかに変わる地点で場合分けすれば良い。と俺は思う。」
「そうなんだ!もうちょっとじっくり読んでみるね!」
「結衣ちゃーん。こっちで俺と一緒に古文やろうぜ!確か苦手って言ってたろ?」
そいつはワークを開いたっきりペンを持つ素振りもせず結衣に話しかける。
「そうだねー。でも私今は数学やりたいかも。」
「えー?数学なんて文系なんだからどうせ使わねぇじゃん!」
「文系だろうが理系だろうが入試科目に入っている以上勉強しなければいけないのだけれど。貴方はその認識はあるの?お喋りしに来ただけなら帰って。」
「ごめんごめん!雪乃さんきびいっすわー笑 あ,すげぇこの解説わかりやすい!あざーすあとは自分でやってみるわ!あ,そうだ結衣ちゃんさ,俺また来るかもだからさ,そん時ここ開いてるかどうか確認したいからLINE教えてくんね?」
「今日ケータイ充電切れちゃったんだ…ごめん!」
「そっかそっか!じゃあしゃーないな!んじゃ。またくるわー」
そういうとそいつはさっさと帰っていった。
「私碌な解説ほとんど書いていないのだけれど。」
「まぁ。薄々予想はついてたが,そういうことだろ。」
「そうね…最近こういう人多いから本当迷惑よね。」
「えっ…僕迷惑だった?そうだよね…ごめん!」
「いや,戸塚のことじゃない。むしろ戸塚は大歓迎だ。」
「さっきの男子生徒の事よ。由比ヶ浜さん目当てで来る輩が最近増えたから鬱陶しくて。」
「そうだね…でも大体ゆきのんが追い返してくれるからなんとも思ってないけど少ししんどいかも…」
「お兄ちゃんもさ,少しは目の前で結衣さん困ってたんだから助けてあげるとかしなよ。」
「必要ないだろ。結衣は俺よりもそういうのの対処に慣れてんだ。俺が何かしてめんどくさいことになるよりは良いだろ。それより偶に小町にちょっかい出してくる奴がいるが死にてえのか?あ,小町,それどっからどうみてもtanだろ。どうやったらsinに見えるんだ?」
「あ,本当だ。というかお兄ちゃんに数学教わるとか夢にも思わなかったよ…」
「なんか私褒められた気がしない…」
「私的には偶にくる私目当ての人のおかげで収入源…じゃなかった男の人の友達が増えるのは良いんですけどー,確かに鬱陶しいですよねー。なんでここが学習相談室みたいになったんですかねー。」
「女子こっわ。」
さすが一色。本当ブレないなこいつ。
「なんかね,「学年一位と二位がお悩み相談室みたいな事やってる。」って言う噂が流れてたんだけどそのせいだと思う。多分とべっちあたりが広めちゃったんだと思う。なんかごめんね…」
まぁ,戸部か…ならしゃあねぇな。
「そろそろ下校時刻ね。さ,帰る用意して。」
そういうと雪乃は荷物を片付け始める。結衣と小町はお菓子を鞄に詰め始める。俺は一色とコップを片付けに行く。
いつもの光景。これが非日常になるまであと少し。ふと「卒業」という単語が頭をよぎる。
多分俺,卒業式で泣くかもな。確信は持てないが人生で初めての経験をするかもしれない。と思った。
***
次の日
教室に入ると俺の席の前でまた葉山と例の男子3人が揉めている。前回と違うのが,葉山側に結衣を含むグループの全員がいることだ。周囲の人はギャラリーになる奴,やめろよ,と言いながら中に入っていく奴など混沌としていた。戸塚も止めに入っている。戸塚を巻き込んだら許さねぇ。本当にめんどくせえ。
「てめえなんで邪魔すんだよ。ただの遊びだろ?」
「君達のやろうとしていることは他人に迷惑をかけてるんだ。本当にクラスの雰囲気が悪くなるからやめてくれないか?」
「アンタらなんのつもりなん?ヒキオの机にゴミ入れることの何が面白いの?」
「しらねぇよ。お前らには関係ねぇだろ。」
埒があかない。
行きたくないが行くしかないだろう。なるべく何も知らないふりをしながら。
「うっす。人の机で何やってんだ?」
「比企谷…」
机を見ると鼻をかんだティッシュなどが置かれている。はぁ,流石にそこまでだとは思わなかったわ。
「ごめんね…朝来たら既にこんな感じで…」
結衣と海老名さんに謝られる。いや,お前らは悪くねえだろ。
「で?この雰囲気の何が楽しいんだ?お前らはこれを遊びとか言ってたよな?」
大和が向こうの一人に掴みかかろうとするが葉山はそれを止める。
「ハッ,ヒキタニの反応が面白いからに決まってんだろ?」
パァン
教室に乾いた音が響く。結衣がそいつのことを叩く音だった。そいつの頬は赤くなっている。
「もう我慢できない。本当最低。なんでそんなことができるの?何が理由でヒッキーが傷つかなきゃいけないの?皆に悪いことした?ねぇ。答えてよ!」
「結衣。もう良いから」
「答えてよ。」
結衣はもう止まらない。教室は一瞬で静まり返る。誰も声を発さない。制服が擦れる音すら聞こえない。
「お前ら何してんだ」
沈黙を破ったのはホームルームをやりにきた先生だった。
「せんせぇ。由比ヶ浜さんに殴られましたー。」
「はぁ?誰のせいだと思ってんの?」
すかさず三浦が反応する。
「わかった。詳しく話を聞こう。そこにいる奴ら。全員来い。」
***
結局事情を全て話したところ,結衣は注意だけで済んだが,その男子達は過去のいじめなども全て明るみに出た上に煙草を吸っていたことまでバレてしまい,停学となったようだった。この時期の停学処分となってはもう受験は絶望的だろう。
今は下校中,小町は一色の手伝いのために生徒会に行っており,3人で帰っている。
「ヒッキー…今日は大事にしちゃってごめんね。」
「いや,俺こそ巻き込んだ。本当にすまん。」
「まぁ…でもこれで収まったのならしばらくは大丈夫じゃないかしら。」
「そうだと良いがな…それ以来葉山のグループの人らに頻繁に声をかけられるようになったもんだから心の疲労がキツい」
「あはは…なんかごめんね…私もちょっと疲れた…」
「ここ最近しんどいことばかりだもんな。特に結衣は。」
「うん…」
そんな会話をしていると雪乃に肩を叩かれる。振り向いてみると小さい紙に「今日は許してあげる。手を握ってあげて。」と書いて見せてきた。
どういうことだよ。と目で訴えるが,良いから早く,と睨み返される。
なるべくさりげなく道路側から二人の真ん中に滑り込む。念のため雪乃さんと先に手を繋ぐ。正解だったようだ。
恐る恐る結衣の手を掴んでみる。結衣は一瞬びっくりしていたがすぐに握り返した。
俺はめっちゃくちゃ恥ずかしいのでなるべく早く帰ろうと早足で再び歩こうとするが雪乃に引っ張られ進めなかった。振り向いてみると由比ヶ浜の顔から一滴,雫がこぼれ落ちた。
「ゆきのん…ごめんね…」
「いいの。今は我慢しないで…」
そういうと雪乃は結衣を優しく抱きしめる。
「貴女は本当に頑張ってる。いつも。由比ヶ浜さんは本当に優しくて強い人よ。でも私も貴女に甘えすぎたわ。本当にごめんなさいね。」
「…そんなこと…ない…」
俺は何も言えずただ結衣の手を掴んだまま動けなかった。結衣にはずっと無理させてたんだ。何が対処には慣れてる。だ。慣れてるのと傷つかないのは全くの別問題だろ。なんでそんな簡単なことに気が付かなかったんだ。
「本当にすまん…」
「ヒッキー…」
「落ち着いたら八幡にご飯奢ってもらいましょ。ね。あ,メイク崩れちゃってるわ。直してあげるから場所移動しましょ?」
優しい声音で話しかける雪乃。おい。勝手に決めんな。まぁ,俺もそれくらいのことはしないととは思っていたが。
「…うん」
崩れたメイクでしゃくり上げながら笑う彼女。首元には深い青色の石。そしてそんな彼女を優しく微笑みながら抱きしめる彼女。首元には青空のような石が映えている。そんな彼女達が今までで一番頼もしく,そして綺麗に見えた。