あっつい。クソ暑い。全然集中できねぇ。
「店長。冷房つけてください。全然勉強に集中できません。」
「無理だな。修理業者来るのは明日だ。だから臨時休業にしてるのになんでここに勉強しに来るんだよこのガキ」
「まさかこんな状況だとは思わないじゃないですか。今日午後からここでシフト入る予定だったから早めに来たのになんでこんな大事なこと言わないんですか。今日俺来る意味無かったじゃないですか。」
「何言ってんだ。先週仕入れてきたフローライトの八面体作れてないだろ。それやるのに呼んだんだよ。」
「まさかあの30kgは超えてるような重さの中国から来た段ボール達じゃないでしょうね?俺絶対やりませんよ。」
「そんなこと言わずにやってくれよー。俺1人で淡々と作業するの寂しいんだよーー」
「おっさんがじゃれつかないでください暑苦しいし気持ち悪い。」
今日は午前中は暇だったので、バイト先である「beryl」に来ていた。
期末テストも終わり,そろそろ夏休みが始まる。彼女ができてからはじめての夏休みではあるが、2人とも受験生である。互いの邪魔はしないと決めている為特に予定は立てていない。雪乃も俺と同じ大学の推薦を狙っているらしいのだ。しかも同じ大学の。(by由比ヶ浜情報)彼女とは言えど受験する上では敵なのである。夏休みが明けたらすぐ試験になってしまう為,この夏が勝負ともいえる。
「しかしお前も理系科目もよくできるようになったなぁ…来た頃なんて本当に高校生か?ってレベルだったのに」
「まぁ,こんな石関係の勉強と比べたら簡単ですし店長の説明が普通に上手いんでそのおかげだと思います。おかげさまでこないだの定期テストで雪乃に並ぶことができました。」
そう。この店長いつもへらへらしているがT大の理系で地学を専門に研究していたのだ。すごい知識がある上に教え方も上手い。正直こんな入り組んだところで細々と喫茶店を開くより学習塾開講した方が稼げるんじゃないかと思う。
「それはお前さんがよく頑張ってるからだ。んで,褒めたところで意味ねぇぞ。しっかり働いてもらうからな。昼飯食ったら始めるぞ。」
「はぁ…了解です…」
***
昼食後
カンッ…ガンッ…パキッガリッ
淡々と2人で中国産の蛍石を割り,劈開を利用して八面体にしていく。結晶面がきれいに残っているものはそのままにして,別で売る。そうでない塊状のものだけ選び出し,割っていく,裏の作業場はみるみる紫や青色のカラフルな粉だらけになっていく。
「ところで八幡。お前彼女とデートしたりしねぇの?最近全然話聞かねえけど。」
「あぁ。お互い受験近いんで邪魔しないようにって決めたんですよ。」
「ばっかお前何言ってんだ。高校生最後の夏だぞ?遊んでこいよ遊んでなんぼだろ?俺だって高校3年の夏は天然記念物の山登ったりして石取ってたぞ?」
「なにやってんすかダメじゃないですか。てかそれでその学歴かよ。チートすぎんだろ」
「しゃーないから俺が手助けしてやるよ。おい。スマホ貸せ。電話かけてやる」
「やめてくださいあと一箱残ってるんですからいいから作業してください」
ガチャッ。
ドアが引かれる音がする。が,鍵が閉まっている為開かない。臨時休業の貼り紙貼り忘れたか?おそらく外で戸惑っているであろうお客様に臨時休業の旨を伝えに行く。
「俺外見てきます。」
「おう。頼む。」
汗を拭いながら山尾さんが言う。
「すみません。本日空調の故障のため休業にさせていただきま……って雪乃か。どうしたんだ?」
「どうした?じゃないわ。何?このLINEは?」
〜
お互い大事な時期だ。夏休みの間は勉強に集中するために干渉しないようにしよう。
頑張ろうぜ。
〜
「おい。お前さっきの言い方だと話し合って決めたみたいな雰囲気だったじゃねえか。こんな一方的に言うのは流石にねぇぞ」
雪乃だと分かった途端やってきて俺の後ろからスマホを覗き込む山尾さん。
「そうですよね。で?比企谷八幡君?夏休みの予定は?あなたのことだから空いているわよね?」
「いや,夏休みは夏期講習が「小町さんからここでアルバイトを始めた日には塾を辞めたと聞いているけれど。で?どこの夏期講習なのかしら?」……はい…空いております…」
「そう。店長。申し訳ありませんが来週の土日これをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。そいつはお嬢ちゃんのもんだ。いくらでも好きに使ってやってくれ。ただ今日だけは貸してくれねぇか?少し作業が残ってるんだ。」
「ええ。大丈夫です。ありがとうございます。では。お忙しい時に失礼しました。八幡?すっぽかしたらどうなるか。わかっているわよね?」
「……はい。…」
嵐のように来て,嵐のように帰っていった彼女。
「山尾さん。俺…どうすれば良いですかね」
「んなもん知らねえよ。とりあえず高い下着と水着買っとけ。」
なんだこの最低なオッサン。あざっす。参考にさせてもらおう。
***
土曜日 朝3時
鬼の様に電話がなり,起こされる。こんな時間に誰だよ。
ほとんど開いていない目でスマホを見る。着信が15件。全て雪ノ下雪乃。
抗議のメールを送ろうとするとまたスマホに着信が入る。
「もしもし。八幡。着替えて出てきて。最悪寝癖のままでもいいわ。10分以内に出てきなさい。」
「いやもしもし。じゃねえよ。何時だと思ってるんだ。こんな朝早くになんだよ。俺海に行くっては聞いたが朝8時って聞いたぞ?」
「いいから。早く出てきなさい。」
***
8分後
言われた通り10分以内で着替え,髪のセット等の身支度を終わらせる。そういや荷物は何を持てば良いんだ?とりあえず財布とケータイか?水着とか必要なのか?どこ行くのか知らないが。とりあえず出てから聞けば良いか。
「おい雪乃。俺は一体何を持っていkふグゥッ」
強面の男3人組に体を拘束され,黒塗りの高級車に連れ込まれる。あれ?黒塗りの…高級車?俺の貞操が危ない。○貞より先に処○を捨てることになってしまう…
「八幡にしては早かったわね。3人ともありがとう。築地。出発して。」
「はい。雪乃様。」
なんてことはなかった。
「おい。普通に怖いからこういうやり方はやめてくれ。あといつになったらこの手錠と目隠しを外してくれるんだ?」
そういうプレイなのか?
「何考えてるの?変態。罰として目的地に着くまではそのままでいてもらうわね。」
「まじかよ……あと俺財布とスマホしか持ってねえぞ?それでも大丈夫か?」
「えぇ。事前に小町さんや山尾さんから生活品やら全て預かってあるわ。安心して頂戴。」
「グルだったのかよ…」
「あなたは安心して寝ていれば良いわ。おやすみ。」
「こんな状況で果たして気持ちよく寝られるのだろうか。」
***
○時間後
なんだかんだめちゃめちゃ深い眠りについていたようだ。アイマスクというか目隠しってすげえな。いつのまにか揺れ方が車とは違う何かゆったりとした揺れになっている。嫌な予感がする。
いつのまにか手錠は外されており,恐る恐る目を開けるとそこは小さめのベッドが二つ並ぶビジネスホテルのような部屋であった。
窓を見るとそこは雲ひとつない青空で下を見ても土成分は一切なく,一面クソ青かった。
「雪乃ォ!何がどうなってる!?」
「あら,やっと起きたのね。お寝坊さん?」
ドアの方から声がする振り向くとサングラスをかけた雪乃がいた。相変わらず可愛いな。
違う違う。そうじゃない。
「お前これ洒落にならねえぞどういうことだ」
「どういうことも何もただフェリーに乗ってるだけじゃない。予約取るの大変だったのよ。2泊3日。あ,結局月曜日まで貴方の時間を貰うわね。」
「乗ってるだけ、じゃねえよまだ現実を受け止め切れねぇよ。なんで初めてのフェリー乗船を水曜○のダウンタ□ンのク☆ちゃんスタイルで迎えなきゃいけないんだ。俺の初めてをかえせ」
「騒がしいわ。とりあえず船内を散策したいから用意してもらえる?貴重品だけ持ってもらえれば良いわ」
「はぁ…ちょっと待ってろ。」
正直色々と腑に落ちないしつっこみきれてないが小町達が用意したであろうスーツケースの中からいつも貴重品を入れているサコッシュを取り出す。
「悪い。待たせた。準備できたぞ」
「いえ,大丈夫。行きましょ。」
そういうと彼女は俺の腕に抱きつく。
「じゃ,エスコートよろしくね。」
「いきなりそういうことするなよ心臓に悪い…」
「私だって慣れてるわけじゃないわ。良いから行きましょ。」
ドアを開けると周期的な揺れがある以外は普通のホテルのような通路で,しばらく歩くとロビーに出た。ロビーには噴水なんかもあり,レストラン,バー,売店,さらにはゲームセンターもあった。
「すごいな。未だに船の上とは信じられねえや。」
「まぁ,そうね。それは外に出たらよくわかるんじゃないかしら。あ,あそこにエレベーターがあるわ。屋上にはプールもあるみたいね。」
***
屋上プール
「なんか海にいるのにプールって変な感じだな。」
「確かに不思議ね。まぁ,今の時間はかなり混んでいるみたいだし後でまた来ましょ。水着も部屋に置いてきてしまったし。」
「そうだな。」
本来なら一番はしゃいで良いはずの場面で何故か冷めた会話をする2人。俺は元ボッチでプールとかで遊んだ経験がない上に人混みが苦手で,こういう時どうテンションを上げて良いのか分からず一周回って冷静になっていた。おそらく隣の雪乃の微妙な表情を見る限り同じような心境だろう。
一旦屋内に戻りまた船内をぶらついてみる。
「そろそろお腹空かない?」
雪乃がそう声をかけてくる。
「そうだな。そろそろ12時だ。飯食えるところ探すか。」
近くにあったベンチに座りさっきロビーでもらってきた船内地図を広げる。
「んー。雪乃。何が食べたい?」
「なんでも良い。というと男性のセンスを計測できてかつ男性は自分で選んだ以上奢らざるを得ない雰囲気にできるから一石二鳥だと一色さんに教わったわ。
というわけで,なんでも良いわ。八幡。」
「鬼畜かよ。あいつの言うこと真に受けるとろくなことないぞ。とりあえずここのイタリアンでいいか?」
「ふぅん。その心は?」
「雪乃があまりこってりしたものが好きじゃない。この時点でここのハンバーガーは選択肢から消えた。この感じだとかなり脂がすごそうだ。船酔いしたときキツそうだしな。そして値段,俺たちの年齢という面からここのワインバーも選択肢からなくなる。残ったのはすぐそこの屋上のイタリアンか,ロビーの和食屋,その隣のフランス料理だろ。天気良いし案外風が涼しいから外に出られる方が良いかと思ってな。あとシンプルに俺がピザが食いたい。」
「最後の一言がなければ本当に完璧なのよね…まぁ,そういうところも面白くて好きよ。ではそこに行きましょう。」
俺の腕に腕を通し引っ張り上げる彼女。なんだかんだはしゃいでるなこいつ。
***
レストランで俺はシーフードピザと生ハムのサラダ,雪乃はカルボナーラを頼んだ。
外のテーブル席は思っていたより空いていて,端の方のパラソル付きの木製の席に座った。
「八幡。ピザひと口くれない?」
「おう,良いぞ,一切れ持ってけ。」
「そう言うことじゃないのだけれど…察しの悪い八幡君?「ひとくち」くれないかしら?」
「おう,だから一切れ持っていって良いぞ」
「はぁ…八幡。口を開けなさい」
「は?」
途端に口にカルボナーラが押し込まれる。
「どう?美味しい?」
「本当に心臓に悪い。味なんてわかんねえよ。美味いんじゃねえの?」
「はい。今のを踏まえて,鈍感谷君。「ひとくち」頂戴。」
「はぁ,はい。」
そう言って俺はピザを右手で一切れ持ち,彼女の小さな口に近づけていく。なんだこれ,めっちゃ緊張するな。
「はむっ」
彼女は俺の指ごと頬張る
「痛い痛い痛い。離せバカ」
「ふぁふぁたがふぁっしがふぁふいふぁふぁほぉのぶぁふよ」
「口の限界越えるレベルで物を入れたまま話すな。何言ってるかわかんねえよ」
「ぷはぁ。あなたが察しが悪いからその罰よ。」
「それは悪かったって。」
とはいえどうする。右手は今彼女の唾液まみれ。右手を使えば変態扱いされるだろうしかと言って目の前で拭いたらそれはそれで傷つけるかもしれない。
いつぞやの悪魔リトル八幡が出てくる。
「もういっそのこと目の前でベロベロ舐めちゃえ!どうせ付き合ってるんだ。今後それ以上のこともするんだろ?」
いつにも増して最低だな。デビル八幡。
「それはいけません!」
あ,天使も来た。
「いっそのこと左手も舐めて貰えば最高なのではないでしょうか?」
お前も最低だな。
そんなことを考えながらなるべく自然に主に左手を使いながら食べ始める。最初からこうすれば良かったじゃねえか。
「あ…ごめんなさい…右手出して…今拭くわね…」
「あ…あぁ。」
そういって俺は右手を差し出す。彼女は真っ赤な顔をしながらウェットティッシュで俺の手を拭く。かわいいな。畜生。舐めておけば良かった。
なんだかんだで食べ終わりセルフサービスの水を飲みながらお互い無言で海を眺める。
所々で魚が跳ねて銀色に光っている他は深い青色。少し目線を動かせば広いプールにはたくさんの人がいる。夏真っ盛りのクソ暑い日なはずなのに風は涼しく心地よかった。それはそれとしてアイス食いたい。
「なぁ,冷たいもん食いたくね?」
「そうね。確かさっきメニュー表にジェラートがあったはずよ。」
「よし。買いに行ってくる。雪乃はどうする?」
「私も行くわ。」
「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりですか?」
思ってたよりいろんな種類があるな、
「雪乃。どれにするか決まったか?」
「えぇ。八幡は?」
「全く決まってない。コーヒー味とオレンジ味で迷ってる」
「そうね…アイスコーヒーも頼めば良いんじゃない?」
「そうだな。すみません。オレンジジェラートとアイスコーヒーください。」
「私もアイスコーヒーを。あとピスタチオジェラート1つください。」
「かしこまりました。料金は合計1360円になります。」
雪乃が財布を開こうとした為止め,自分が支払う。
「これくらい払うのに…」
「そもそもこの船にお前ん家の金で来てるんだ。これくらいさせてもらわないと気が済まない」
「私はただ母さんに「協力」してもらって父さんに「お願い」しただけよ。礼なら母さんにして。」
「言葉のところどころに恐怖を感じたわ。雪ノ下家まじで怖えよ」
「お待たせしました〜。アイスコーヒーが2点とオレンジジェラート1点,ピスタチオジェラートが1点ですねー。ありがとうございましたー」
「ありがとうございます。」
ジェラートとコーヒーを受け取り,さっきまでいた席に戻ろうとするとそこにはすでに水着のお姉様方が4人座っていた。ふともも,良し,顔,及第点。あ,おっp
ゴリッ
脛に回し蹴りが決まった。聞こえてはいけない音がした気がする。
「ー…!!」
声にならない悲鳴をあげつつコーヒーをこぼさないように近くの席に座る。
「八幡?次は目を潰すわよ?」
「本当に申し訳ありませんもう2度と同じ過ちを犯しません」
ぶっちゃけ男子高校生に水着のお姉さんを目の前にして見るなというのは酷だと思うが,総合評価はぶっちぎりで雪乃さんが優勝なので本当に許して欲しい。
「ひとくちくれるなら許すわ。」
「はぁ…了解しました。」
今度は一回で要望通りに「あーん」に成功。
「あ、美味しい。八幡も口開けて。」
「はいはい」
そろそろ慣れてきたとはいえまだ心臓に悪いな。
***
今度は室内を散策する。
「映画館もあるのか。すげえな。」
「ただ最近のものは上映していないみたいね。」
「15分後にタイタニックやるのか。チョイスどうなってんだ。少なくとも船の中で見るもんじゃねえだろ」
「まぁ…名作を並べたってところかしらね。」
「そうだな…とりあえず…映画は…いいか。」
「そうね。部屋のテレビの下にも何本か映画のDVDがあるみたいだし観たくなったらそれを観れば良いでしょう。」
「そんなのもあるのか。スターウォーズはあるか?あるよな。よし見よう。」
***
まだまだ船内を散策する。まだ全部見て回れないとかどんだけだよ。千葉市より広いんじゃない?
ジムや展望室,さらには小さな美術館みたいな場所もある。長時間船の中にいても退屈しないようありとあらゆる娯楽が揃っているようだ。
現在は船内の商業施設を見て回っている。殆どがジュエリーや高級ブランドの洋服ばかりでとてもじゃないが俺は手を出さないような金額のものばかりだった。
近くのジュエリーショップに入ってみる
「うげぇ…このネックレス500万とかすげえな。買う人いるのかよ…この石は…インペリアルトパーズか?非加熱ならそれくらいの値段でもおかしくないのか…」
「あら。貴方詳しいのね。そしてその言葉はお店に対して失礼だわ。冷やかし君。じゃあこれは?」
雪乃が指さした先には隣のショーケースの中の濃い青紫色でペアシェイプカットの石が嵌め込まれたペンダントがあった。
「もはや文字数しか合ってねえじゃねえか。色的に…タンザナイトか?値段は10万程度か。その値段でこの色の装飾品なら多分加熱処理か何かされてるな。」
「そ…そう…」
少し悔しそうにそっぽを向く彼女。あ,やべ。負けず嫌い発動してたのか。やっちったな。
「あー…あれだ。俺今バイト先で散々石見ててその勉強もさせられてるから知ってるだけだ。逆にそういうのもなくて知ってるお前が怖えわ。」
「そ…そう。べ…別に私が何か分からなかった石を貴方がいとも簡単そうに答えたのが悔しかったわけじゃないわ。ただ物知りなのねと思っただけよ。」
「そう言うことにしておきますか。」
まだ店内を見て回っているとレジカウンター近くにボールペンの展示があった。2000円で宝石を自由に詰め込んでオリジナルボールペンを作れるようだ。割と欲しい。
「雪乃。あのボールペン作らねえか?」
「貴方からそういう誘いって珍しいわね。確かに面白そうね。」
お金を支払い店員さんと制作コーナーに向かう。
「石はこちらのメレダイヤは個数の関係上20粒とさせていただきますが,こちらの各誕生石,貴石の中から3種類お選びいただいて,シリコンオイルをこちらの筒に満たしていただいて完成となります。」
そういうと店員さんはテーブルの下から宝石が大量に入っているジップロックを取り出す。
「どうせならお互いの誕生石にするか?」
「いいと思うわ。でもペンの色は淡いシャンパンブルーよ?赤色と緑色に合うかしら…」
「それなら大丈夫だ。そこにあるツァボライトってやつは緑色をしているがれっきとしたガーネットの一種だ。俺の誕生石も別にペリドットだけじゃない。そこの青いスピネルも8月の誕生石だったはずだ。青と緑なら大丈夫そうか?もしあれならこの2種類ととりあえずダイヤ入れとくか。」
「ええ。ありがとう……そろそろ貴方の知識の量に恐怖を感じるわ。アルバイト先で石を取り扱っているとはいえあなたの業務はレジ打ちと雑用と稀に調理だったはずよ?何が貴方をそこまでにしたの?」
「よく考えてみろ。あの適当自由気ままという言葉を擬人化したような人だぞ。誰でもできるような業務だけ任せるわけないだろうが。こないだだって届いた石の仕分け全部やらされたんだぞ。そりゃ勝手に知識も身につくっつーの。」
こんな話をしながら店員さんの指示を受けつつペンを作っていく,
最後にシリコンオイルを流し込み,蓋が開かないようにしっかり固定して完成。かっけえなこれ。替え芯はステッドラーのものが使えるらしい。山尾さんに自慢しよう。
***
船内の散策に飽き,自室に戻り寛ぐ二人。部屋に戻ってからどれくらい経っただろうか。ローグ・ワンを見終わったところだから大体3時間くらいか?
いつのまにか白かった部屋は斜陽に染められており,暖かな色になっているというのに不思議と涼しささえ感じられた。
次何みるかなー,とテレビに手を伸ばす。それを遮るように彼女から声をかけられた。
「ねぇ。八幡。プール行ってみない?そろそろ人も少ないと思うの。」
「おう。そうだな…でもお前疲れてないか?ただでさえ体力ないんだから無理すんなよ。」
「あら,いつもの貴方なら「めんどくせぇ。俺は今からプリキュアを応援しなきゃいけねぇんだ。」とでも言うのに。案外乗り気なのね。」
「若干似てるのが腹立つな。俺だって少しは変わったんだよ。」
***
プールに来てみると雪乃の予想通り,家族連れがごっそりいなくなり,老夫婦やカップルが数組いる程度だった。
更衣室で別れ,案の定俺の方が先に出てきた為,更衣室前で待っている。
俺の水着はみんなが予想するようなその辺の大学生や高校生が履くようなもの。いつのまにか小町が買ってくれていた防水のスマホカバーにスマホを入れておく。これすげえのな。この上からスマホ操作できるんだよ。考えたやつ頭いいな。
「お待たせ…」
振り向くと青色のシンプルなビキニに花柄のパレオ姿の彼女がいた。
「お…おう…」
やべえ。直視できねぇ…
「行きましょう。もう暗いとはいえまだ暑いわね。」
「そ…そうだな…あの…似合ってるぞ…」
しどろもどろになりながらも頑張って感想を言う。
「そう…ありがとう!」
顔を真っ赤にしながら答える彼女。嬉しさが限界突破しているようだ。普段から表情はほぼ変わらず冷静な物言いをする彼女だが,初めて言葉に感嘆符が付いているように思えた。
プールに着くと外はもう暗くなっており,満月が水平線から顔を出していた。星はかろうじて夏の大三角が見える程度。プールはネオンカラーにライトアップされており大人な空間となっていた。先程までイタリアンレストランだったところもバーに変わっており,老夫婦はワインを飲みながら空を眺めていた。
ちゃぷん。
雪乃がゆっくりプールへと入る音がした。
「八幡。おいで。」
「おう。今行く。」
セイレーンに魅了された船乗りのように自然と吸い寄せられた気がした。水の温度はほんの少し高めで,心地良い。
「んで,入ったは良いが何すれば良いんだ?」
「私も分からない……」
「そうだな。元ぼっち二人にはプール遊びは少し早えよな。わぶっ」
雪乃に水をかけられる。ピンポイントで顔を狙ってきやがった。
「何すんだ。水思いっきり飲んじゃったじゃねえか」
「あはははっ…わぶっ…ですって…今の動画撮りたかっきゃあ!」
水をかけ返す。
「お化粧崩れるじゃない。このっ」
「ぷはっ,先にやったのはどっちだよっ」
「はぁっ,」
「おらっ」
しばらく水を掛け合う。雪乃の息が続かなくなったところでやめておく。最後に俺が一撃喰らっておいた。
「はぁっはぁっはぁっ……ぷっ…ふふふっ…そういえば去年の夏もこんなことしてたわね。」
「そうだな。記憶が正しければ俺は水着を忘れて側から見てただけだったけどな」
「そうかしら?貴方に水をかけた覚えがあるのだけれど。まぁ,年甲斐もなくはしゃぎすぎたわね。ふふっ…」
「そうだな。久しぶりに水遊びすると楽しいんだな。小さい頃は小町にギャン泣きされるまで水かけて楽しんでたけど高校生になっても割と楽しめるもんなんだな。」
「貴方本当に最低ね……でも私も姉に同じようにやられていたから兄妹ってそういうものなのかもしれないわね…」
「はははっ…簡単に想像できるな。」
「貴方が声出して笑うなんて珍しい。明日雪でも降るのかしら。」
「俺も俺なりにテンションあがってるのかもな。」
少し静かな時間が流れる。
「ねぇ。ところでなのだけれど,貴方は大学はどうするの?」
急に真面目なトーンになる雪乃
「今のところ○○大の経済かなと思ってる。推薦取れるみたいだから推薦で受けてみようと思ってる。」
「そう。私も同じ大学。法学部だけれどね。私も推薦で受けるわ。もし受かったら大学も同じね。」
「そうだな。また一緒だな。」
「そうしたら…また一緒に今日みたいにはしゃいだり…目的もなくふらふら歩いたりできるわね。」
「もし受かれば。だけどな。」
「仮定の話よ。そもそも貴方の最近の学力なら十分現実的でしょ?」
「まぁ,最後まで慢心しないで頑張らなきゃいけないけどな。」
「そうね。お互い頑張りましょう。」
胸のところで小さくガッツポーズをする彼女。
「そうだな。」
またしばらく無言の時間が続く。月は藍色の空に明るく光り,彼女の綺麗な肌を白く照らしている。
「そろそろ一旦出るわね。体冷えてきちゃった。」
「そうだな。腹も減ったし部屋に戻るか?それともまだここにいるか?」
「そうね…時間もいい頃だしそろそろ戻りましょう。あっ……」
何かを思い出したような彼女。少し焦っているみたいだ。
「どうかしたか?」
「いえ…なんでもないわ…」
「そうか。」
また更衣室で別れ,シャワーを浴び,着替える。あ,パンツ忘れた。いいか。ズボンあるし。…もしかして…雪乃も下着を忘れたのか?
更衣室の外で待っていると雪乃が出てくる。少し赤い顔をしながら胸元を押さえている。おそらく本当に下着を忘れたのだろう。少しいじわるをしてみよう。
「雪乃。俺もう腹ぺこぺこだからさ。このまま飯食いに行こうぜ。一階の和食屋の海鮮丼食いたい。雪乃も海鮮丼なら大丈夫だろ?
「あの…一旦部屋に戻らない?」
「財布のことなら心配すんな。俺持ってきてるから。」
「………の……」
「なんだって?」
「下着を部屋に置いてきてしまったの!」
「大丈夫だ。バレない。行こうぜ。」
「……の…」
「はい?」
「白い服だから少し透けてるの!」
涙目で震えながら言う彼女。そろそろやめるか…可哀想だし後が怖いし。
「そうか…じゃあ一旦戻るか…」
***
雪乃が部屋で着替えている間,部屋の外で待つ。さっきは海鮮丼って言ったけどなぁ〜…ラーメンもあるんだよなぁ…旨そう。
「…お待たせ…」
少し不貞腐れた様子で出てくる。
「おう。全然待ってない。行くか。」
「…えぇ。」
***
さっきは可哀想なことをしたので夕飯は彼女の希望通り,ビュッフェ形式のレストランに来た。多くは洋風の料理だが,和食も扱っていた為,俺はまず白米と刺身でセルフ海鮮丼を作った。
皿を持って戻ってくると彼女はフランス料理のフルコースみたいな盛り付けをして帰ってきていた。
「「いただきます。」」
お互い無言で食べ続ける。ご飯中に喋ってはいけませんっておばあちゃんも言ってたしな。
「ねぇ。さっきのアレ。もしかしてわざと?」
ギクッ…
「あれってなんのことでしょう…?」
「そう。貴方もやるようになったわね。明日は覚えてなさい。」
「ごめんなさい」
明日何されちゃうんだろう…そんなことを思いながら次の料理を取りに向かう。
「甘いものとってきて。」
「へいへい。」
***
夕食後はほとんどの施設が閉館していた為,それぞれで大浴場に行った後自室に戻ってきた。
ベッドの上でごろごろしていると彼女が帰ってくる。
「おかえり。」
「ただいま。」
彼女は問答無用で電気を消し,自分の布団に入る。
「今日…,楽しかったかしら?」
「そうだな。想定外のスタートだったがすげー楽しかったと思う。」
「そう…ならよかった…でも…ごめんなさい。今日みたいな連行方法は流石に貴方に悪いわね。今後はもう少し考えるわね。」
「まぁ,マジで死ぬかと思ったわ。でもあそこまでされてないと俺は動かなかったと思う。」
「確かにそうね。今日は疲れたでしょう。もう寝ましょ。おやすみ。」
「おう。おやすみ。」
楽しかったなぁ。まだワクワクで眠れない。彼女と付き合ってから。付き合う前もだが想定外のことばかり起きる。彼女と会っていなければ今でも俺はなんの変哲もない人生を送っていたのだろう。本当に彼女に感謝だな。
窓の方に寝返りをする。海は月の光を反射して銀色に光っていた。