◆
この世界が何を原作としているのか、僕は知らない。
まあ多少時代が逆行しているとはいえ日本に生まれた時点で警戒したドラゴンボール世界ではないようなので、特に原作を知って回避しようと動く理由もなくなった。星ごと破壊されたらいくらなんでも詰む。
失わせることはできても生み出すことはできない。いかにも
それでも
裏の世界は結構景気が良くてZOOで言われるままにお仕事をこなした結果、僕が所有する他人名義の口座には名門私立を小中高一貫で卒業できる程度の蓄えがある。裏での生活は出費も表とは比べ物にならないとはいえ、それでも決して少なくない額だ。
というわけで今の僕は若干三歳にして遊び暮らし、生活が苦しくなったり指名の依頼が入ったりしない限りお仕事をしないという人生舐めプ中だったりする。はやくNoと言える日本人になって指名の依頼も断れるようになりたいものだ。
あれ、今四歳だっけ? 二歳だったような気もする。ま、いいか。誕生日はろくに覚えていないし、感覚は前世から継続しているので一年一年がとてもおおざっぱに過ぎていくのだ。子供のころは一年の前に一日があって、おやつの三時と門限の五時が大きな転機だったなあ。今も子供か。
先日大きな依頼をこなし、懐が温かい僕は意気揚々と今日という一日を遊びで使い切るつもりで早朝から公園に乗り出していた。子供は遊ぶのにお金がかからなくていい。もう少し年齢が嵩んで時代が進めばポケモンとかモンハンとかでそうは言ってられなくなるのだろうけど、この年代は健康な体と健やかな想像力さえあればいくらでも遊べる。
ごっこ遊びはTRPG愛好者として同じ感覚で楽しめたし、かけっこや鬼ごっこは単純に体を動かすのが楽しい。同年代に比べても僕は貧弱なので容赦ない子供たちにお荷物扱いされたが。ときどき発生する理不尽な俺様ルールも屁理屈のコネ合いならこっちの方が圧倒的に年季が上だ。相手が泣きながら腕力に訴えかけてくるまで僕は負けなかった。
まあ、それらは僕の奇異な外見をつまはじきにしないママさんおよびお子様たちに恵まれたとき限定の出来事だけど。おかげで公園における一人遊びもプロ級だぜ。
今の僕の外見。イケメン銀髪オッドアイ。
詳細を詳しく述べるとまず、男女の区別がつかない中世的な美貌。二つくくりの三つ編みにして前に流している銀髪も相まって立派な男の娘だ。ちなみにこの銀髪、手入れひとつしていないのに腰の下に届くまで伸ばしても枝毛ひとつないキューティクル輝く一品である。
生物学にケンカ売ってる赤ん坊時の十全な思考能力といい、転生特典って実はあんまり望まず意識していないところで一番猛威を振るっているのかもしれない。
次にオッドアイ。実はオッドアイというのは一つの瞳の中に複数の色が混在しているときも使える言葉で、左右の瞳の色が違うことはヘテロクロミアという呼び方がれっきとして存在していたりする。どうでもいい明日使えないトリビアだね。
話を戻して僕のオッドアイはというと、右目は赤と青、左目は青と黄、それぞれ陰陽太極図のモチーフで配色されているというとても傾奇者めいたスタイルだったりする。高速で回転すれば紫と緑のヘテロクロミアに見えそうだけど、残念ながらそんなお茶目機能は搭載されていない。魔眼めいた能力も一切なし。残念無念。
そんでもって服装はコードネームに合わせ猫耳付パーカーに半ズボン。イケメンのみに許される無造作スタイルだ。ただセンスに自信がないので適当なものを選んだだけともいう。
そんな明らかに日本人離れした外見で、保護者らしき大人もつれていない不審者。自覚はないが雰囲気も明らかにヤバいらしい。大人も子供も懸命な人間は僕を遠ざける。しかし今日は見つけてしまった。僕と同様に集団に溶け込めていない女の子を。一人でさみしそうにブランコをこいでいる、茶髪ツインテール触手の将来有望な顔立ちの幼女を。
これは付け込める、もとい遊び友達になれるかも。そう直感した僕はナンパを敢行した。
「こんにちは可愛い御嬢さん。ちょいと僕と遊びませんかね?」
原文そのままである。つまはじきにされるのは外見だけのせいじゃない気がしてきたぞ。まあ仕方がないか。口下手、というかコミュ障だもん。
「え? ふぇえ?」
そんな感じで最初こそ戸惑ってドン引きしていた高町なのはちゃん二歳だが、善良な子なのかこう見えて度胸が据わっているのか構わず話しかけ続ける僕にわりとあっさり適応した。他人事ながらこの子の将来が心配である。
午前中とはいえ二歳児がなんでこんなところに一人でいるのか、砂場で穴掘りしながら尋ねたところ。
「お父さんがね、大けがしちゃって」
「うんうん」
「お母さんはお店のお仕事で大変だし、お兄ちゃんとお姉ちゃんはお手伝いでいそがしいし」
「ほうほう」
「わたし、何もできないから。ひとりでいい子にしてるの」
「なるなる」
「でもひとりじゃさみしいから、公園に遊びにきているの」
「結局公園でもひとりだったけどね」
「……うう」
「きゃー泣かないで。アンパンあげるから」
「ぐす、お外に出た後で、何か食べるときは、手洗いと、うがいしなきゃだめ、だよ、ぐすん」
「この子しっかり者のお利口さんだ!」
そんな感じでおおまかな事情を聴きだしたころには二つの穴は地下で開通し、掘り出された土は山となってトンネル工事が着々と進んでいる状態だった。運動が苦手な二人という限定された選択肢の中で選んだチョイスだったけど、やはり穴掘りは良い。いくらでも時間が潰せてしまう。話し合いをしていても相手の顔を見ないで済むしね。
まず驚いた。可愛く言えばびっくりだ。いや、別に可愛くないか。
それはともかく。彼女は自分の周囲の状況を完全に把握している。二歳なのにわがままも言わず、さみしさを押しこらえて。それはおろか自分の無力を嘆いてすらいる。
あり得ない。早熟とかそういうレベルじゃない。二歳っていえば反抗期が始まる年齢。言い換えれば自我がある程度成熟しようやく人間としての第一歩を歩み始める時期だ。創造性を持て余して壁紙にクレヨンでアートを作成したり、冒険心をこじらせて机に登頂した挙句フリーフォールを試みる同年代の子供たちと比べると彼女がどれだけ異常で異形な存在なのかわかる。
「なのはの笑顔があれば元気百倍だよってみんな笑ってくれるの。だからわたしはいつも笑顔でいるの。みんなに迷惑をかけないようにいい子でいるの」
呪うように呪われるように笑顔でつぶやくなのはちゃん。
ああ、もしかしてこれは原作キャラというやつなのかもしれないぞ。子供を主人公にした物語なら不自然なまでに子供らしからぬ子供がいても自然だろう。そう思いついてしまえばあとは結論にたどり着くまで早かった。
よし、この子誘拐しよう。
◆
「あ、もうじゅうにじだ。帰らないと」
公園に設置された時計を見てなのはちゃんが言う。時計まで読めるのかと感心したけど、よく考えてみれば前世の子供のころはおやつの時間の三時と門限の五時を時刻ではなく図式として覚えていた気がする。
これは後から知った話だがやはりなのはちゃんは図式で覚えていた。家族の仕事をはじめとした各種用事の都合上、どうしても水曜の午前中はひとりぼっちになってしまうなのはちゃん。彼女は家族が帰ってくる一時と、その一時間前であり二つの針が真上で重なるという覚えやすい図式の十二時を覚えてしまったそうだ。
それを知った彼女の母親は、近所の公園なら十二時まで遊びに行ってもいいと許可を出したんだって。まあいい子ななのはちゃんが無断でひとり遊びに出かけるわけないよね。
もちろんなのはちゃんのママは近所の人に娘をお願いしますと頭を下げて回ったそうだが、このときママさんたちは井戸端会議に夢中で、素直で率直な子供たちは鈍臭くて暗い雰囲気を纏ったなのはちゃんを放置して鬼ごっこをしていた。世間って冷たいね。
「りんちゃん、ごめんね。わたし、帰るね」
ちなみにりんちゃんとは僕のことだ。リンクスちゃんでは語呂が悪いので縮めてもらった。女の子に誤解されている気がしたけど訂正する必要性は感じない。
「帰って、それでどうするの?」
「ふぇ?」
何を言っているのかわからない。そう表情で告げる純朴な少女に薄汚れた毒を吹き込む。良心が痛むよ、すぐに
「何もできない、弱くてちいさいなのはちゃんが帰って、本当にそれでいいの? お母さんは家とお店に加えて三人の子供たちの面倒まで見なきゃいけなくて大変だろうね。子供が一人減れば食い扶持も少なくなって、負担も減る。お兄ちゃんとお姉ちゃんはどうだろう? 小さな妹の面倒を見るの、学校と家事と両立してしんどくないわけがないよね。なのはちゃんがいなければ休まずやっていたお稽古も再開できるかもしれないのに」
無防備にさらけ出されていた心が錆びた言葉のナイフで滅多刺しにされる。なのはちゃんははっきりと傷ついた顔をした。目が見開かれ、瞳孔が収縮し、小さな手足が細かく震えだす。
「で、でも、みんななのはの笑顔があるから頑張れるって」
「うん、もちろん。だってみんな優しいからそう言うよ」
小さいから仕方がない。むしろ、こんなに小さいのに面倒を見てあげられなくてごめんね。良識ある大人ならそういうだろう。兄や姉といった立場にいる人間も、愛する守るべきもののために小さな足を踏ん張って困難に立ち向かうだろう。
そんな潔白で人格者で尊敬すべき彼らの誤算は、まるで見えてない盲点は、その正しく守られるべき立場におり、正常に守られている少女が、異常なまでに守られることに納得していないことに気づいていないということ。
「いや、それだけじゃないか。たしかになのはちゃんが笑っていたら頑張ろうって気分になるよ。なのはちゃん可愛いもの。うん、間違いなくやる気が出る。元気百倍だよ」
厳しい言葉ばかりだったのから一転、肯定されたことになのはちゃんの顔色が戻る。いまだ万全とは言い難いがさっきまで真っ青になってぶるぶる震えていたのとは雲泥の差だ。
経験が足りない。悲しいくらい。少しでもやさしくない世界に触れて薄汚れた人間なら警戒するだろう。でも、いくら異常に聡明とはいえ二年しか人間を経験していないなのはちゃんには致命的なまでに経験値が足りない。
十年後ならこうはいかなかっただろう。十年遅いなどという決まり文句があるが、この場合は十年早かったことが僕の勝因だ。
「でも、それってなのはちゃんの笑顔でなきゃいけない理由ってある?」
「……え?」
何を言っているかわからない。さっきと似た、でも不安と恐怖で色付けされた明確に違う表情でなのはちゃんは無言で語る。言わないで。理解したくない。わたしのよりどころを盗らないで。
無垢な子供が大切に守っている小さな宝物。これさえあれば大丈夫、その幻想を踏みにじる。
二歳。本来なら自我が芽生えて反抗期が始まり、朝ご飯がパンであることに異常なまでにこだわりを見せたり冒険の戦利品としてポケットの中にバッタの死骸を詰め洗濯物を洗濯機一回分ごと被害を加える年齢。
子育てしたことのない大人が思うほど馬鹿ではないが、周囲の状況を把握するなどという人間じみた真似はあまり期待できない発達段階のはず。しかし不幸なことになのはちゃんはある意味大人と同レベルの思考能力を持っている。それこそ家庭の中に置いて明確に自分の立場とそれに付随する義務を求め、義務を与えられない不安におびえ、義務を果たせない自分の無力さに嘆くことができるほど。
そんな彼女を今支えているのは家族を笑顔で支えることができるという自信。自分がいい子できることが家族のためになるという信念。
その支柱、叩き折る。
「昨日テレビ見た犬は可愛かったな。頑張ろうって気になったよ。コンビニで買ったプリンも美味しかった。疲れが取れる気がしたね」
なのはちゃんが顔面蒼白で震えだす。タオルを差し出したくなるほど汗びっしょりだ。頭が良いというのは良い面ばかりではないということか。何事にもプラスとマイナスは存在するということだね。
彼女は僕が何を言いたいのか理解してしまった。
「べつになのはちゃんが笑わなくても、元気の素は世界にありふれているし」
「やめて……」
「べつになのはちゃんがいい子であろうがなかろうが、疲れることは疲れるし、嫌なことは嫌だよ」
「いやだ、おねがい……!」
耳を抑えていやいやと首を振る彼女に巻きつくように近寄り、そっと悪意を注ぎ込む。
「代用可能な
「……あ」
ぺたんと糸が切れたかのように座り込み、呆けるなのはちゃん。その瞳は開かれていながら光が無く、何も映していなかった。二歳の女の子がしていい表情じゃない。
狙った通りになったけど達成感はない。ただ夏休みの宿題を夏休み終了後に両親と先生に怒られながら徹夜して仕上げたような疲労と倦怠感が気持ち悪く口の中に残っている。
おっといけない。
「だけど、僕はそんななのはちゃんが――」
「このおバカァ!」
死角から飛んできたボールがぱかぁんと僕の頭をぶっ叩いた。死角から来ようが睡眠中だろうが即死しようがダメージを誰かに押し付けるのが
あ、くさむら から やせいの てんせいしゃが とびだしてきた!
「普通に仲良くなるのがテンプレ! 説教をかますのが応用! でもでも、初っ端から問答無用に、ていうか問答有用に心折りにいくヤツがどこにいますか! 正直何がしたいのか意味不明過ぎですよ! 理由を述べなさい、400字詰原稿用紙三枚以内で!」
というか見知った顔だった。
「せっかくひとが最後の口説き文句を告げようとしていたところに無粋に割り込んできたことに目をつむって質問に答えるなら、どこにいるのかと問われれば目の前にと答えざるを得ないし、何が理由というなら面倒くさいから来月にまとめて提出するのでお待ちくださいってとこかな」
ここまで一息。息継ぎをして彼女の名前を呼ぶ。
「こんにちはヒポー。こんなところで奇遇だね」
ZOOの数少ない良心のひとつ、ピンク髪のおしゃまな女の子ヒポーだった。正式なコードネームはヒポポタマス。これは本人に言うと怒られるのでヒポーと愛称で呼ばなければならない。