クロスライン   作:唐野葉子

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星を見つけた日 中

 

 

 当たり外れというものがこの世には存在する。

 同じ条件に思えても、与えられた権利は同じでも、選択次第で明暗ははっきり分かれる。

 転生特典にもそれは存在し、アタリ能力、ハズレ能力と呼ばれる分類が存在することを僕はZOOに所属してから知った。転生者同士が集まって情報交換をするコミュニティでそういうのを研究する集団があるのだと、情報収集に熱心なヒポーから教わったのだ。

 たとえば幽波紋(スタンド)はアタリ能力の代表格。DISCにより受け渡しが可能という下地が原作にあるが故か、幽波紋(スタンド)によって個体差はあるしトレーニングが必要なのはもちろんだが、たいていは強力な能力がほとんどリスクなしで手に入る。ステータスダウンの報告も数えるほどしかないらしい。その数少ない報告例の一つが僕なのだがさておいて。

 一方でハズレ能力と呼ばれる転生特典は全然使えないというのも含まれるが、ものによっては一歩間違えば命に係わる。というかヒポーの推測によれば転生者のおよそ四割は最初の一年で転生特典に喰われてその短い第二の生を終えているそうだ。

 過負荷(マイナス)はそのハズレ能力の代表格。単純に威力だけ見れば他の転生特典と比べてもトップクラスに入るのだが、過負荷(マイナス)とは単純に便利な超能力ではなくその存在に根深く浸食している在り様。世界から少数派であり弱者であり異形であり異端であることを確定づけられた敗者。あるものは心を壊し、またあるものは単純に迫害の果てに殺され、生き残っている例はごくわずか。こちらもそのごくわずかに僕は名前を連ねている。

 話を戻すと、目の前で理由なんてないんですねなどと失礼なことをつぶやきながらorzな姿勢をとっているヒポーは転生特典の三つ枠すべてハズレ能力で埋めているという猛者である。本人に面と向かって言うとマジ泣きするので要注意。

 不幸中の幸いというべきか、ヒポーのハズレ能力はまったくの役立たずというだけで命や存在を脅かす類のものはなかったから彼女はこうして今日も健やかに生きている。それどころか能力の不利を補うために情報収集をはじめとした努力を積み重ねた結果たいていの人間が認めるくらいには善良で筋の通った人格になったし、また莫大な力が持つ毒に侵されることも一切なかったのでこうなるともはや禍転じて福となすと言ってもよいのではなかろうか。本人は異論たらたらだろうが。

 僕と同様に転生後の容姿についていっさい言及しなかったせいで淫乱ピンク(ステレオタイプ3)にされたというのも好感度が高い。瞳は日本人らしく墨を溶かし込んだかのような黒なので違和感がすごい。

 彼女は家族に恵まれ、両親は彼女のことを捨てなかったおかげで彼女は今も一般家庭の普通の子供と裏社会の一員という二足のわらじを履いて生活している。幸せになってほしいものだ、わりと本気で。

「何も考えずに行動を起こしたみたいに言われるのはいくら引っ込み思案で温厚な僕でも不愉快だなあ」

「……いくらヒポーがお人好しと言われているとはいえ全部に全部ツッコムわけじゃありませんからね?」

「失礼な。どこにツッコミどころがあったというんだ」

「つい一週間前に紅ショウガが切れたという理由でナイトメアにケンカ売った短気で意味不明なおバカはどこの誰ですか!?」

「ナイトメア? ああ、たしか転生者コミュニティでも上位に入る強大な組織だっけ。どこの誰だよ、そんな迷惑な真似したの。ZOOのみんなに迷惑がかかるじゃないか」

「あ、な、た、です!」

 スパコーンとキレのいいツッコミが僕の頭に突き刺さる。彼女のお人好しはちょっとやそっとじゃ治らないみたいだ。苦労しそうな性分だな。まあ、ヒポーのこの性分がなきゃとっくの昔にメンバーの個性溢れすぎるZOOは空中分解していた可能性が高い。

「あー、もう、いいです。覆水盆に返らず、こぼれたミルクを嘆いても始まりません」

 がしがしと乱暴な動作で頭をかくヒポー。僕よりもさらに細い髪質の桜色が風を含んでふわりと膨らんだ。その適度なさじ加減のポジティブさが好きだよ。

「じゃあ雑談は横に置いて真面目に理由を述べるけど、八割はなんとなくってところかな」

「なんとなくで転生者コミュで結ばれていた不可侵協定を破ったのですか!? さすが過負荷(マイナス)適合者!」

 ウェーイとバンザイするヒポーが面白すぎてからかいたくなるけどぐっと我慢。というか、やっぱりなのはちゃんは原作キャラで、僕の知らないところで不可侵協定なんて結ばれていたのね。

「初めて聞いたみたいな顔されても困ります。ちゃんとこの前説明しましたよね」

 ごめん、興味がないことは覚えられないんだ。

「……園長からリンクスがコード000に抵触したって聞かされた時は心臓が止まるかと思ったんですからね。まだ二歳で心臓麻痺なんて起こしたくありませんよ」

「ああ、僕らまだ二歳だったか」

「覚えてなかったんですか……」

「ほら、僕フォックスと一緒にいること多かったし」

「そういえばやけにあなたに懐いていましたね、あの子。まあそれなら納得……じゃなくて! 話を逸らさないでください。八割はもうあなただってことで諦めますけど残りの二割はまともな理由があるんです……よね?」

 お願いしますよわりとマジで、と全身で語るヒポー。これは期待に応えねばなるまい。

「なのはちゃんさ、とっても強い心を持ってるよね」

 あれはまさに鉄のハート。このままじゃこの子は人の痛みがわからない悪魔か魔王の生まれ変わりみたいな存在になっちゃうと思う。

「うーん、原作を知る身としてはだいたいあってると言わざるをえません……かな?」

「あ、やっぱりそうなんだ。だから今のうちに心に折り目を付けておくべきだと考えたわけです、うん。ついでに誘拐して身代金でも要求しようかと」

「その理屈はおかしい」

 過負荷(マイナス)適合者を理解しようとしたヒポーがバカでしたなどと失礼なことを言いながら地に膝をつくヒポー。リアクションがいちいち大げさなのでいじるのがとても楽しい。いぢめるのは大好きだけど、傷つけるのは嫌い。これって僕がおかしいだけかな。

 主人公(エリート)を目の敵にするのは悪役(マイナス)の本能みたいなものだから深く考えても仕方がない。どうも膠着状態を僕が破ってしまった臭くてそこは純粋に申し訳ない気もするけど。

「……それでも、わたしは」

 一瞬、誰の声だかわからなかった。意識の外側から急に流れ込んできたそれは燃える鋼のように触れることが叶わない熱を含んでいて。

 ヒポーとの会話にすっかり夢中になっているうちに人形と化していたなのはちゃんが復活していることにまったく気付けなかった。

「それでも、わたしはお家に帰るんだ。だってあそこはわたしの家だから。お母さんが笑ってて、お兄ちゃんが笑ってて、お姉ちゃんが笑ってて、真っ白い病院の中で今は眠っているお父さんがいつか帰ってくる場所だから、わたしもあそこで笑っているんだ」

 それは輝く星にも似た強い光。月とも太陽とも違うけれど、確かに暗闇の中で迷う人々を導いてくれる。

「たしかにわたしは小さくて弱いよ。それはりんちゃんの言うとおり。否定はできないよ。でも、それでもわたしはあそこにいるために全力で、ほんとうに全力全開で頑張るの」

 てっきり僕は、なのはちゃんは硬くて脆い鉄の意志の持ち主だと思っていた。

 折れず曲がらずよく斬れる玉鋼メンタルの持ち主だったでござる。高町なのはは化け物か。勝てるビジョンがまったく思い浮かばない。それはいつものことか。

「ありがとう、りんちゃん」

 さすがにお礼を言われるのは予想外だけど。

「わたし、どこかで自分が小さくて無力だってことを認めていて、諦めていた。でもそれを認めたくなくて、いい子でいなきゃって思うのと同時に、これだけ頑張っていい子にしているんだからもういいよねって安心してた。それじゃダメなんだよね。わたしがいくらいい子にしていてもマイナスは消えないんだもん。わたしが、わたしにできる方法で、わたしなりのできる範囲じゃなくて、本当に全身全霊でみんなのために力を尽くせるようじゃないと、わたしにあの場所にいる資格はないんだよね」

 あ、これアカンやつや。取り返しがつかないことをしてしまった気がする。ヒポーもうわぁと内心がよく表れた感想を漏らしているし。僕もおおむね同意だ。まあ、だからと言って潔く負ける気はさらさらないんだけど。

 なのはちゃんの心をへし折るという僕の目的は完膚なきまでに失敗した。十年のハンデもものともしない明らかな敗北。でもゲームとは違って人生は決着がついた後も無駄に続いていくクソゲー仕様だから。

「じゃあ今のなのはちゃんにできることその一、僕に誘拐されるというのはどうだろう?」

 見苦しく初志貫徹させてもらおうかな。

 

 

 僕を舞台に立った道化とするなら、観客の反応は二人分二つに分かれた。

 一人は意味を理解せずに首をかしげ、一人は意味を理解したうえで首をかしげる。

「ふぇえ?」

「ハァ?」

 ヒポーさん、怖いです。

「ふえ、え、んえ? その、えと、無理だよ。わたしは帰りたいし、帰らなきゃみんな心配するもの。ただでさえお父さんの入院で大変そうなのに、これ以上お母さんに心配をかけるわけには……」

「バカですか、バカですね、バカでしたね。この状況下でなおそんな戯言がほざける精神力は称賛に値しますが、逆に言えばそれ以外はダメダメの欠点です。脳みそ腐ってるんじゃないですか。彼女はアンタッチャブルだと言ったでしょう」

「わたしの悪いところに気づかせてくれたりんちゃんには感謝しているけど、りんちゃんに誘拐されることが今のわたしにできることになる理由がわからないよ。もう帰らなきゃいけない時間だし、ごめんね、帰る、ね?」

「彼女の心を折るという理解不可な目標は失敗に終わったんですからここで諦めて帰ってください。今ならたぶんまだ間に合いますから。このままじゃ転生者の大半がZOOの敵にまわりますよ?」

 聖徳太子じゃあるまいし、一度にステレオで話されてもわからない。だからごく当然の理論として僕は聞きたい方だけ聞いて返したい方にだけ返答した。

「無料でなんてもちろん言わないし、言えないよ。僕になのはちゃんを誘拐させていただけるのなら、高町士郎の傷を治して明日にも退院できるようにしよう」

「っ!? お父さんを?」

 僕は敗者だ。敗者はただ腹と喉をさらして条件を提示するのみ。勝者はそれを選ぶか、もしくは拒む権利がある。世の習いというやつだ。

「で、でも、お医者様でも治せなかったのに、りんちゃんはわたしと同い年くらいじゃない。そんな魔法みたいなこと、できるの?」

「奇跡も魔法も、あるんだよ」

「それ、言いたかっただけですよね。あとそれから、その流れだと夢も希望もありませんよね。契約と詐欺と欺瞞と絶望の物語に突入です」

 ヒポーが何か言ってるけど華麗に無視。今は困惑と疑惑しかないなのはちゃんの表情を、驚愕と期待で色分けされた表情にしてみせようじゃあないか。まずは物的証拠の提示だ。状況証拠だけじゃ起訴はできないからね。

「僕が魔法使いだという証拠を見せよう。といっても、第一の証拠はもう現状が果たしているといっても過言ではないけどね」

「え?」

「ほら、周囲に人がいないだろう? あれだけ大騒ぎしていたのにヒポー以外の人が話しかけてこないのを疑問に思わなかった?」

 なのはちゃんが驚愕に満ちた表情で周囲を見渡す。辺りには子猫一匹いなかった。ついでにヒポーも今気づいたみたいにきょろきょろあわあわしているけどスルーの方向性で。

 まあ本当のことをいうと、話しかけられなかったのは僕がなのはちゃんにターゲットを絞ったあたりから僕に向けられる注意をダメージとして周囲に押し付けていたせいなんだけど。

他人からの視線なんて、僕にとっては負担(ダメージ)以外の何物でもないから。ちなみにヒポーが僕に気づけたのはヒポーの存在が僕にとって負担(ダメージ)でなかっただけの話で、それを後の種明かしで本人に面と向かって言ったら「どうしてそんな恥ずかしいことを素面で表情も変えずに言いますかこのおバカー!」と真っ赤な顔で怒られた。理不尽な話である。いくらなんでも二歳で飲酒ができるわけもないのに。

 そして今こうして人気が完全に無くなっているのは、僕ら以外の人間の仕業だろう。転生者をはじめとした超常の能力をお持ちの方々のお仕事だ。何が目的かは知らないけど、状況から判断するに僕がなのはちゃんと接触していることに気づいたから、かな。

 僕への意識は押し付けることができても、誰かに向かう意識を引き受けることはできないからね。なのはちゃんが転生者に注目されている存在だと聞いて、転生者たるヒポーが参入した時点で遅かれ早かれこうなるだろうことは予想できていた。

 経緯はどうあれ人がいなくなったという結果は僕が魔法使いであるという(フィクション)真実(ノンフィクション)にするため利用させてもらいますけど。

「これで僕が魔法使い、かどうかはさておいて、普通じゃない(アブノーマル)だということは理解してもらえたと思う」

 まるで愛しい恋人を迎え入れるかのように両手を大きく開き、顔には薄っぺらな笑みを浮かべてなのはちゃんを見る。十年をひっくり返すことはできなかったが、彼女に経験値が足りていない現実はなかったことにはならない。

「嘘か本当かわからないなら、その両方で考えればいいんだよ。もし僕がうそつきだったら? なのはちゃんはここで帰らず、お母さんやお兄ちゃんやお姉ちゃんは心配し、あとで怒られるだろう。ただそれだけで終わる」

 負け犬はよく吠える。だって強い犬ならば態度で存在で示せるものを、僕らは言葉で補わなければならないから。

「そしてもし僕がほんとうに高町士郎の傷を治せたら? メリット(プラス)は家族が苦労から解放されるということ。今の高町家を蝕む問題が根本から解決される。この場合もデメリット(マイナス)は実は僕がうそつきだったときと変わりなくて、僕が正直者でもやっぱりなのはちゃんは心配されて怒られると思うよ」

 True or False?

 TでもFでもマイナスは変わらない部の悪いかけ。しかしTだったときのプラスはそれに目をつむって有り余る。そして何より、この賭けの焦点は僕がうそつきか正直かということなのだ。

 主人公(プラス側)のなのはちゃん。玉鋼メンタルのなのはちゃん。君にはさっきお礼を言った友達をうそつきだと断じることができるのかい?

 いいや、きっとできはしまい。たとえあからさまな困難(マイナス)があろうとそれを乗り越えて幸せ(プラス)をつかむのが物語の主人公というものだから。目の前にあるあからさまな(マイナス)を避けることができない。きっと君はそういう生き物(そんざい)

 生まれつき持ち合わせた(さが)を補うのが経験というものだけど、やっぱり彼女には人間としての経験が悲しいくらい足りていない。

「即答はしなくていいよ。僕は少しゴミ拾いにいってくるから。帰るまでに返事をまとめておいてちょーだい。勘違いしないでほしいのは敗者たる僕は選択肢を示すだけであって、選ぶのは百パーセント勝者であるなのはちゃんだってこと。だから全責任は君にある」

 だからこの選択の結果何が起ころうと――

「『僕は悪くない』」

 ちゃんと言えただろうか。かの不完全の劣化コピーとして恥ずかしくないくらい決まっただろうか。まあいいや。全力投球した牛乳パック中身入りを嘆いていても始まらない。中身の牛乳がどこぞでぶちまけられるのはわかりきった話なのだから。

 僕は黙り込んだなのはちゃんに背中を向けた。

「ヒポー。なのはちゃんをよろしく」

「え、まさかの丸投げですか? ヒポーが戦闘能力皆無なの知っているでしょう」

一方通行(アクセラレータ)で反射すればいいじゃない」

「その前提たる演算応力が前世から続く壊滅的数学センスで宝の持ち腐れと化していること知っているでしょうバカー!」

 涙目で吠えるヒポーを置いて僕は敵の殲滅に向かった。

 

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