ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です 作:所羅門ヒトリモン
プロローグ
あるところに一人の男の子がいた。
その男の子は生まれつき奇妙な男の子だった。
とにかく変わっていて、一言で言えば異常とも呼べた。
いったいなにが異常なのか?
男の子の両親はこう答える。
“──それはもう、
§ § §
ハイ、というワケで。
なんやかんや転生したものの無事に両親から気味悪がられ、あれよあれよという間に気がつくと橋の下に捨てられている。
そんな今にもデッドエンドを迎えてしまいそうな男の子が僕である。ちなみに季節は冬。雪めっちゃ降ってる。神は死んだ!
状況説明をしよう。
まず前世について。
僕は車に轢かれて死んだ。
コンビニ夜勤のアルバイトをしていたら、ネットで有名なあの車種が野生のイノシシのように突っ込んで来たのだ。
深夜で判断力が低下し、ただマネキンのようにレジに突っ立っていた僕は、迫りくる危険に気づかず。
なんかこう、来た! と思った時には一瞬でグチャっていた。
たぶん即死だったと思う。
当然、死を悲しむ暇は無かった。
すべてはあまりに急なことで、僕は自分が死んでしまったことに対する怒りとか嘆きとか、家族への申し訳なさとか。
そういった感情をどうにか処理するのに、それから約一ヶ月ほど時間をかけることになった。
はじめは自分が死んだことにさえ気づいておらず。
意識が回復して目覚めてからも、うわー、マジか。僕ってばなんか事故った? 病院で寝たきりになってる? マジかぁ……と。
それくらいの状況認識だった。
しかし、それもはじめの一週間くらいで、アレ? なんだかおかしいぞ? となり。
二週間目を終える頃には、自分がどうやら赤ん坊になっている事実を、どうしても認めない訳にはいかなくなった。
母親らしき女性と父親らしき男性に世話をされ、授乳やおしめ交換といった一通りのアレコレを体験したら、きっとどんなにリアリストでも現実を受け入れざるを得ないだろう。
少なくとも、僕は新しい扉を開きかけた。
「あら〜、こんなにたくさん。今日も元気いっぱいでちゅね〜」
「アッ、アゥア──?!」
……とまぁ、赤ちゃんプレイという概念がなぜ生まれたのか。危うく、その真理を理解しかけてしまうところだったぜ……ばぶぅ。
だが、これでも二十一年という人生をそれなりに歩んで来た僕である。
社会経験は乏しいかもしれないが、コンビニ夜勤を初めて三年。
生活リズムとか昼夜逆転とか、その他もろもろを代償に捧げ手に入れたアルバイターとしての自負。
男として人として、今さらばぶばぶママのおっぱいにむしゃぶりつけるほど、プライドを失っちゃいない。
どうやら自分が生まれ変わったのは現実らしいし、それならそれでしょうがない。
新しい人生。
せめて前よりかはずっとマシにしてやろう。
そうだ。前世で果たせなかった分、今世では親孝行だってがんばろうじゃないか。
立派な息子として、誰からも褒められる子どもになってやる。
母さん父さん、僕は生まれ変わっても元気でやっていくからね! ぐすん。
そう気合を入れて、僕は自分が思う“いい子ども”をひたすらに実践していった。
夜泣きなどで両親を煩わせては悪いから、泣かず。
面倒をかけては悪いから、極力大人しくし。
ハイハイができるようになってからは、なるべく自分の力で動くようにした。
結果、
「気味が悪い……」
「悪魔よ。悪魔の子なんだわ!」
僕は至極順当に、両親から怖がられるようになった。
どう考えても選択ミスだった。
赤ん坊らしくない赤ん坊なんて、普通に考えたら不気味以外のなにものでもないのに。
しかも、
「黒の髪に青の両目……間違いない。
「そんな!?」
「それじゃあ、この子は……!」
どうやら僕の新しい父と母は非常に迷信深いタチの人種だったようで、ある日、村の牧師だという老人を連れて僕を見させると、老人の言葉をすっかり信じてしまった。
その昔、ファンタジー系の海外小説を読むのがとにかく好きだった僕は、その単語をもちろん知っていた。
大昔からある迷信・伝説みたいなもので、簡単に言ってしまえばグリム童話などの御伽噺に近い。意味としては読んだ文字通り、
【チェンジ-リング】
妖精の取り替え児。
妖精が自分の子どもと人間の子どもを取り替えるコト。
また、取り替えられて戻って来た子どものコト。
を指す。
イギリスなどを中心にヨーロッパではよくある昔話であり、取り替えられた子どもによって生じる人間側の悲劇や惨劇が、大まかに知られている。
妖精側の動機はイタズラだったり好奇心だったり、はたまた復讐だったりとまちまち。
しかし、その多くは子どもを訝しんだ人間によって“取り替え”の事実がバレ、妖精側が本当の子どもを返すことで結末を迎える。
まぁ、ハッキリ言って民間伝承──フォークロアの類なのだが。
ことも有ろうに、僕の新しいパパとママはそれを信じてしまった。
すべては僕の自業自得。
泣かず喚かず、手のかからない立派な子どもになろうと余計なことをしてしまった僕が悪い。
だが、いったい誰に想像できるだろう?
村の牧師とはいえ、赤の他人が言った言葉で実の親が我が子を捨ててしまうなんて!
さすがの僕も Oh my マジかとあまりの急展開に開いた口が塞がらなかった。
というか、黒髪に青い目って別に珍しくもなくないか?
どっちもポピュラーな色だし、緑や赤とかならまだしも現実的にそうおかしな色じゃないだろう。
日本人的な感覚で言えば、たしかに碧眼ってちょっとは「おっ」てなるけれど、所詮はそれだけだし。
グローバル化が進んだ昨今、海外とかハーフとか考えたら、普通に有り得る色だと思う。
なのに……あの牧師と来たら!
なにが「
そりゃまぁ? 僕も他人様の価値観とか信心に文句をつけるつもりはない。
年始になれば神社に行って、年末になればケーキを買って歌を歌うのが日本人だ。信じる心は人それぞれでいいと思う。
でも、強引な宗教勧誘とか、詐欺めいたカルトとか……そういうのはダメじゃん。
純真な大人を騙して親に子どもを捨てさせるとか、どう考えても外道だと思う。
迷信を信じてしまうマミーとダディもマミーとダディだけど、そこはほら、薄気味悪い子どもが子どもだったワケだから、情状酌量の余地はたっぷりある。
けど、牧師はダメ。あれもうアウト。なるべくならお近付きになりたくない人種。
辺鄙な田舎のいくら寂れた寒村だからって、幼児を見つけた途端に「捨てて来い」判定とか、ガバガバジャッジにもほどがある。
黒髪と青目が理由なら、今の時代、世界的に結構な人数がチェンジリングってことになってしまうだろうし。
僕がコンビニで一緒に働いてたコーカソイドのアンダーソン君は妖精だったのだろうか?
彼、週五でジム通いするプロテインジャンキーだったけど……あのガチムチぶりは妖精だったからなのかな?
「
僕は鼻を鳴らして溜め息を吐いた。
──と、その時。
「おや? こんなところに男の子だ」
リン、と。
まるで鈴の音を鳴らしたみたいに
女の声だった。
僕は思わず視線を向け────そして言葉を失った。
「黒髪碧眼……なるほど、妖精の取り替え児」
女は怪物だった。
黒のドレス。
骨のように白い肌。
そこまでならまだ、血色の悪い喪服の美人とでも表現できる。
だが、
「可哀想に。さてはこんな寒空の下、親に捨てられたのね?」
女には、
首から上に在って然るべきパーツ。
人体にとって必要不可欠な目と口、鼻や耳と言った器官がゴッソリと。
脳さえどこにあるのか不明だった。
……いいや、正確には違う。
頭はある。
女に頭はあるが、しかし人間の
──
女の頭は、それの頭蓋骨によく似ていた。
眼窩の奥には闇があり、金色に輝く光芒が浮かんでいる。
側頭部にはご丁寧に、悪魔的な角まであった。
首から下はひどく艶めかしいとさえ感じる女の形をしているのに。
首から上が致命的なまでに血の気を引かせる怪物。
僕は自分の視界がにわかには信じられず。
また、ハロウィンの仮装もびっくりな出で立ちのその怪物に、自分がこれからいったい
だって、普通に考えて怪物と遭遇した赤ん坊がタダで済むとは思えない。
ファンタジーが好きだと言っても、僕は別にホラーまで好きってワケじゃないのだ。
けれど、どっちのジャンルも、いやどんなジャンルであっても。
──怪物が、人を襲うのは当然だ。
だから、これから訪れるだろう惨劇を想像し。
僕はギュッと目を瞑り、ジッとその時を覚悟するしかなかった。
端的に言えば、突然の恐怖に意識がグラリと遠のいて気絶寸前マジ五秒前的な。
厳しい冬の寒さにとうとう幼いボディが限界を迎えたのか? とかは正直あまり頭に浮かんでこなかった。
なぜなら、僕は自分で言うのもアレな極度のビビリ。
たとえそれが幻覚だろうと
信じられないし信じたくなんかないが、どうしようもない。
とにもかくにも、その女は僕が恐怖を抱いて泡を吹きかけるのに、何ら不足はなかった。
──けれど。
「
────────────────────。
────────────────────。
────────────────────。
怯える僕を優しく抱き上げて。
冷たい雪の中からそっと掬って。
羚羊の怪物は、なぜかそう言った。
ひどく、うっとりとした声音だった。
(……ファっ!?)
僕は数瞬の間だけ思考が停止して、再び動き出した時には今度は驚きで身を強張らせるコトになった。
自分が何を言われたのか理解不能。
怪物が何を意図してそんなことを言ったのかも当然わからない。
……ただ、拒否をしようにも自分は赤ん坊で。
向こうは少なくとも、首から下が大人の女性だった。
言葉は話せず、身体的な力の差はあまりにも歴然。
というか、抱き竦められてしまっている以上、赤ん坊の身体ではどうやっても逃げられない。
(え、嘘。僕ってば、もしかしてこのままこのヒトに引き取られるの?)
「〜♪」
引きつる頬はしかし、羚羊の目に留まらない。
……もはや、すべてが意味不明だった。
死んで生まれ変わったコト。
妖精の取り替え児だとか言われて捨てられたコト。
挙げ句の果てには、どう見ても人間じゃない存在から親になってあげるだとか言われ、現在進行形でどこかへと拉致られかけているコト。
僕が生まれ変わったのは、本当に僕が知っている現実世界なのか?
状況はもう、とっくに僕の理解力を超えている。
しかし。
(と、とりあえず、助かったと思っていい……?)
あのまま雪の降り積もる橋の下で放置されていれば、僕はそう時をおかずして凍死していただろう。
せめてもの慈悲かは知らないが、実際こうしてたくさんの布で
二度目の人生をせっかく開始できたのに、始まってすぐ終わりとか辛すぎる。
それを、この羚羊はどうやら救ってくれるぽい。
(見た目はこんなだけど、実はいいヒトだったり……?)
顔を盗み見ても、表情がないためよく分からない。
なんとなく、魔女という単語が浮かんでくるものの、果たしてそれが正しい認識なのかどうか。
母親になってあげるという発言の真意は?
僕を育てて、大きくなってから食べるつもりなんじゃ?
(──ていうか、待てよ? なんかこんな感じのシチュエーションどっかで……)
「そうだ。名前」
記憶の
引っ掛かりを覚えた微かな違和感に、僕がひそかに眉間にシワを寄せていると、羚羊が唐突に言った。
金色の光芒がジッと僕を見下ろす。
「キミに名前を授けましょう、
夜に愛された黒檀の髪、境界を見渡すその青き双眸こそ、我らが愛して止まない寵児の証。
この白嶺の魔女が、新たなる同胞に歓迎の意を表して……そうね」
──『
「!!」
その瞬間、脳裏に奔った戦慄を僕は一生忘れない。
橋の下。
雪の降る冬。
黒髪碧眼。
妖精の取り替え児。
羚羊頭の女。
白嶺。
そして、群青の空。
頭の中に眠っていた記憶が一気に覚醒する。
既視感が溢れ出し、僕は事ここに及びようやく自らの置かれた状況を把握するに至った。
(マジか。ここ『カース・オブ・ゴッデス』の世界じゃん……!)
略称『COG』
それは、海外のファンタジー小説を原作とし、世界的に大ヒットした海外ドラマのタイトル。
魔女に育てられた少年ラズワルドが魔法と魔術の学校で成長していきながら、自身にかけられた厄介な呪いを解くため、様々な冒険をしていく物語。
──だが。
(イ、イヤー! COGってアレだ! 主人公が人外に好かれる体質のせいで毎話毎話しんどい目に遭うやつじゃん! 育ての母親はネクロマンサー! 息子狂いのイカれた魔女! ヒロインは殺される! ああクソ、思い出したよコンチクショウッ!)
カチカチと歯が打ち合う。
血の気が引いていき、全身がガクガクと震える。
「おや? 寒いのかな? ふふふ」
優しげに微笑む異形の声に、僕はそこで気絶した。