【リブート前】ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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#11 祝福の運び手

 

 

 

 ──その光景を覚えている。

 

 地を汚す紅。

 切断された四肢から勢いよく吹き上がる赤色。

 温かで、熱くて。

 溢れ出るこれこそ、わたしたち人のカラダの中で流れる『命』なのだと。

 

 忘れもしないあの日。

 弟を殺されたあの時。

 

 フェリシアは始めて、それを本当の意味で理解した。

 

 怪我をすれば傷つく。

 膝を擦り剥けば血が出る。

 日常に潜む小さな危険。

 それらは当たり前で、別段大したことではないから、いつだって忘れてしまうけれど。

 

 怪我をして『血』が出るというのは、本来、とても恐ろしいコトなのだ。

 

 血は、命そのもの。

 たとえ一滴、ごくささやかな量だとしても。

 血管が破れ、肌の下からドクドクと体表へ浮かび上がったならば。

 人は──生き物は、その瞬間たしかに命を消耗している。

 

 ──そして。

 

 もはやどうあっても助からない。

 これはもう致命傷だ。

 そういう、明らかに絶望的な状況下では。

 

 フェリシアの知る限り、いつだって世界は血に塗りたくられているのだった。

 

 おびただしい出血。

 赤黒い水溜まり。

 生臭くて鉄臭くて、人間も所詮はただの肉に過ぎないのだと分かってしまう最悪。

 

「ぁ、あぁ……」

 

 視力を奪われ、視覚として捉えていなくても。

 息を吸えばそれはあまりにも歴然で。

 びちゃびちゃと零れる水音から、自ずとその量は推測できて。

 加えて、呪文の効果で頭の中に鮮明な映像が浮かんでいる状況では、もう何もかもが手に取るようだった。

 

「貴様っ、なぜ子どもを撃った!!」

「ちっ、ちがっ、オレは白嶺を……!

 あ、あのガキッ、わっ、わざと射線に出やがったッ!」

「……ッ」

 

 師匠の激昂する声が辺りに響く。

 それに呼応して、下手人と思しき仲間の一人が反論のようなものを口にした。

 

 ……それは正しい言い分だった。

 

 この場にいる誰もが一瞬とはいえ視界を奪われた。

 解呪は容易で、混乱もごく僅かな間だけだっただろう。

 とはいえ。

 状況のすべてを最初から正確に把握できたのは、恐らく既に視力を奪われていたフェリシアだけだ。

 そのフェリシアから見て、仲間の言い分はまったくもってその通りとしか言えない。

 

 人質としていたラズワルド。

 

 彼が何らかの持ち物に刻んでいた印を使ってフェリシアたちの不意をつき、自分を縛る拘束から逃げ出そうとした。

 言葉にすれば単純で、こんなにも簡単な切っ掛け。

 

 しかし、たったそれだけのコトが今や状況のすべてを塗り替えてしまっている。

 

「ラズワルド君、あなたはやっぱり……」

 

 フェリシアは小さく呟いた。

 あのチェンジリングの少年にとって、騎士団のこの行動はやはり耐え難かったのだ。

 白嶺の魔女を恐れ、この常冬の山から逃げ出したいと願う心を持ちながら。

 彼は白嶺の魔女をママと呼び、決して少なくない情をも併せ持っていた。

 

 ──であれば。

 

「お母さんが、自分のせいで死んじゃうのは、そりゃイヤだよね……」

 

 勘違いしてはならない。

 彼は最初から、ただ逃げたいとだけ願っていた。

 ……そう。間違っても、()()()()()()()()()()()()()()

 

 化け物を殺したがっていたのはあくまで刻印騎士団(フェリシアたち)で。

 少年の胸には、一度として殺意など湧き出たことが無かった。

 

 つまりは。

 

「ラズワルド君は、家族を守りたかったんだね」

 

 頬を伝い落ちた雫が、雪の上を氷となって転がっていく。

 晴れていた空はすでに凍雲に覆われ、地表からは氷の華。

 冷たく暗い冥府の風が、数多の死臭を伴い現世へ吹き荒れていた。

 

 パキパキ、ポキポキ。

 ケタケタ、ズルズル。

 

 特徴的な音はすなわちこれが死の訪れであるコトを意味し。

 白き影の巨軍が、山のように周囲を取り囲む。

 命を失った骸。

 凍りついた死者の群れ。

 中には信じられないコトに、前回の顕現では確認されなかった地龍や獣神までいた。

 そのどれもが、フェリシアたちを虚ろな眼で見下ろしている。

 

 ……もはや、逃げ場など何処にも無い。

 

 吹き荒れる雪の壁。

 圧倒的物量を持った死者の山。

 そして。

 そして──

 

 

「あ、あぁあ、あぁあああぁ」

 

 

 背中から生えた異形の翼。手の大樹。

 失った我が子を、もう一度この手で抱き締めたい。

 なのに、どれだけ探しても最愛はこの手に取り戻せない。

 ……そんな、哀しすぎる母親たちの無意識が形になった姿を晒して。

 

 白嶺の魔女は、涙なき嗚咽を漏らしていた。

 

 雪の上に膝をつき、ガクンと両腕を垂らしながら。

 ただじっと変わり果てた息子の姿を見下ろして。

 そうしていれば、いつか目の前の現実が嘘になるのではと望むように。

 

 千切れた右腕と右足。

 背中と肩、脇腹にかけて走る深い裂傷。

 腹部に空いた風穴。

 

 もはや、生き物というより物に近い。

 まだ呼吸をして心臓を動かし続けているのが不思議なくらいの、そんな有り様となってしまった少年に対して。

 

 白嶺の魔女は、まるで縋るように慟哭していた。

 

 ……そして、逃げ場を封じられたこの状況。

 瀕死の彼がその息を引き取ったタイミングこそ、フェリシアたちもまた同様の末路を迎える瞬間に違いないのだった。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 死の足音が聞こえる。

 ヒタヒタと背後に忍び寄る不吉な気配。

 全身から力が引いていき、ひどく息が重たい。

 

 断絶した意識が再浮上した瞬間、僕の脳を支配したのはたった一つの感情──今すぐにでも楽になりたい、という気持ちそれだけだった。

 

 自分の取った行動が原因。

 客観的に見ても、これ以上ないほど自殺としか言い様がない選択をしておきながら、何を腑抜けたコトを。

 我ながら自分に対してなんて甘ちゃんだと呆れながら、けれどやっぱり無理だと強く思う。

 

 しんしんと舞い散る雪。

 

 仰向けに倒れ、ひどく淀んだ暗い空を見上げながら、「今さらだけど、即死ってイイものだったんだなぁ」と胸中でごちる。

 

 こうなるコトは分かっていた。

 

 ……いや、さすがに自分が細切れにされるとか、そういう具体的なところまではさすがに予見していなかったけれど。

 それでも、ああすれば十中八九死ぬだろうな、というのは十分に想定していた。

 僕がまだこうして幾許かの猶予を残されたのは、どちらかと言えば想定外に近い。

 

 刻印騎士団はママを殺すため、僕を人質にした。

 ママは僕の命を救うため、我が身をなげうつ覚悟だった。

 

 ……このクソッタレな状況をどうにかするには、僕は自分がとても痛くて苦しい目に遭うことを覚悟しなければならなかった。

 

 騎士団にとって、僕は生きていなければ意味がない人質だ。

 

 しかし、人質がもしも一瞬でも隙をついて逃げ出し、その結果人質として用を為さなくなれば。

 僕という枷から解き放たれたママは、自らが滅びる運命を受け入れる必要がどこにも無くなる。

 

 ゆえに、だからこそ僕は()()()攻撃を受けに行った。

 

 人質の脱走。

 すなわち、ママの縛めが解け、騎士団に勝利の可能性が無くなるコト。

 展開がここまで急転直下を迎えれば、焦った騎士団員の誰かが必ずママへ向けて全力をぶつける。

 仕留められる可能性がそこしかなくなるのだ。騎士団側としてはやるしかない。

 

 僕の予想では、あの火傷顔の女性が恐らく一番にやってくれるだろう、と踏んでいた。

 

 理由としては、あの女性はママへの殺意が目に見えて高かったし、第一印象からも目的のためなら手段を選ばない人種に見えたからだ。

 

 しかし、実際は僕が太腿を刺した細身の男。

 

 人質を逃がしてしまったという責任感からか、はたまた単純に痛みで冷静さを欠いたのかは知らないが。

 あの人が杖を抜いて撃てと叫んだ瞬間、僕は地味に軌道を修正するのが大変だった。

 

 足は呪いで満足に動かなかったし、走れたのさえ運が良かった。

 

 それなのに想定していた相手ではなく別方向から魔法が飛んできたものだから、あともう一歩遅ければ間に合わないかと思ったくらいだ。

 

 結果として、男の魔法はママに当たらず。

 その射線上に突如割り込んだ僕へとぶち当たったワケだから、思いつきで実行した選択の結果としては、なかなかに上々だろう。

 

 ママは助かった。万々歳じゃないか?

 

 問題があるとすれば、僕が死にかけているというこの現実。

 それと、瀕死になった僕を見て、ママがこの後もうすぐにでも騎士団を殺戮して回るだろうというコトくらい。

 

 ……正直、ママが助かるならと後のコトなんか何も考えず衝動的に動いてしまった。

 自分の死を前提にした思いつきだったのだから当然ではあるが、現状、幸か不幸かまだ息が続いている。

 風前の灯火とはいえ、生きているなら限界まで、為すべきことを為さなければ。

 

「あぁあ、あぁああぁ、ラズ、ラズワルド……イヤ、イヤよ……」

 

 痛ましい嗚咽が聞こえる。

 僕の名を呼び、小さい子のようにいやいやをしながら、ママがか細い声を震わせていた。

 どうやら、さしものママも僕をここから助け出す術については持たないらしい。

 それでも手に持つ薬草を離さないのは、なんというか、もう……

 

「ゥ、グッ」

「ラズ!?」

 

 力を振り絞り、繋がっている左腕を何とか動かす。

 それを見たママと周囲の刻印騎士団が、それぞれハッとしたのが空気で分かった。

 僕は気にせず、そのまま服の内ポケットにしまっていたある物を取り出して、ゆっくりと真上に掲げた。

 

 その瞬間、今度は騎士団員たちの方からのみ、ハッキリと息を呑む音がした。

 

 ──ああ、そうだよ。お察しの通りさ。

 

 

「ラ、ラズワルド……?」

「ママ……貴女に、契約を、申し込みます」

「ぇ……?」

「僕の、魂を、すべて、貴女に。

 だから、どうか、貴女の魂も、僕にください」

「!!」

 

 

 言葉を一語一語話す度、心臓の鼓動が小さくなる。

 それに比例して、体の中の魔力も見る見るうちに霧散していくが、それを堪え意地でも杖に魔力を注ぎ続けた。

 文字通り、これは命を捧げる告白だ。

 失敗しなくてもどの道死ぬ。

 なら、一世一代の大博打に魂を賭けるくらい、別にそう大したコトじゃない。

 

 霞み始めた視界の中、ママが僕の手を取り共に杖を握る。

 

 

「……私に、使い魔になれと言うの?

 私と魂を結べば、キミはもう純粋な人間じゃなくなっちゃうんだよ?」

 

 

 魔法使いと使い魔の契約。

 それは、互いの魂を結び合わせるがゆえに互いの存在が混ざり合い、不可逆の変化を双方にもたらす。

 当然、僕は知っている。

 

 ──それでも。

 

 

「死は、暗くて、冷たい。

 もう、ひとりぼっちは、イヤでしょう?」

「っ」

 

 

 多くの過ちがあった。

 多くの共に過ごした時があった。

 許せぬものがたくさんあり、許す他にないものもたくさんあった。

 魔法使いは使い魔に対して、魂は許しても心は許すなと云われる。

 しかし、そういう意味で言えば……そう。

 

 ──僕はもう貴女にズブズブだ。とっくの疾うに溺れてる。だから──!

 

 

「僕が、いつか死ぬ、その時まで」

「キミが、いつか大人になって?」

「ヨボヨボの、老人になっても……!」

 

 

 死がふたりを分かつまで。

 

 

「──ずっと、一緒に、生きて、欲しい」

 

 

 十年なんかでは到底足りない永き時を。

 失われる心配なんか必要いらない。

 ただ永遠に、その時が来るまで共に在ればいい。

 

 僕の魂は貴女のもので。

 貴女の魂は僕のもの。

 

 最初で最後。

 後にも先にもそれが唯一の相手として。

 白嶺の魔女だなんて、そんな呪われた名前は捨ててしまおう。

 これからは、これからは僕の使い魔……家族(ファミリア)として──

 

 

「──祝福の運び手(ベアトリクス)

 

 

 子の健やかなるを望む者。

 成長を喜び、その将来にいついつまでも幸あれかしと祈りし者。

 愛情深く、慈しみ深い貴女へ。

 

 

「……フフ。それはまた、ずいぶんと」

 

 

 素敵な名前なのね。

 

 ──返答は、額への接吻(キス)と一緒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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