ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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#12 新たな風

 

 

 死から蘇る。

 破壊された肉体が、時を逆転するように再び元の形へと巻き戻されていく。

 

 その感覚は、すでに一度生まれ変わりという経験を果たしている僕でも、依然として奇妙と言わざるを得ない非常に不可思議なものだった。

 

 切断されていた右腕と右足。

 風通しが異常に良くなった腹部。

 背中と肩、脇腹にかけて走る深い裂傷からは、ほんの少し身動(みじろ)ぎするだけで、中身が零れ落ちてしまってもてんでおかしくなかったはずなのに。

 

 その瞬間、僕のカラダに起きた現象は、まさしく奇跡的だった。

 

 削られた命。

 消えかけだった生の灯火が、新しい活力源──それまでとは比ぶべくもないとても深大な力──を得たことで、瞬く間へと再構築されていく。

 

 欠損した部位、壊れてしまった機能や不足する内蔵。

 それらをまとめて、僕のものではない別のナニカが完全に作り直していく奇妙さ。

 

 他者の魂が自分の魂と溶け合い、混ざり、癒着する感覚というのは、僕がこれまで覚えてきた感覚のいずれとも違って──それでいて不思議と拒否反応のようなものはまるで無かった。

 

 言葉に例えることは難しい。

 

 ただ、それでも敢えてあの感覚を言葉として表現するのならば──新生。

 

 そう。

 かつてとは異なる。

 二度と元には戻れない。

 

 そういう意味では、僕はあの時、恐らく再びの『生まれ変わり』を果たしたと言っても……過言ではないのだろう。

 

 肉体のおよそ三割弱。

 

 それだけの部分を使い魔との繋がりによって()()された僕は、以前とはいささか異なる新しいカラダを持つようになった。

 ……具体的なところを分かりやすく言うと、

 

「見て、ラズワルド。私たちお揃いだわっ!」

「わぁ」

 

 僕の背中からは、時折り、ニョキッと第三の手が生えてくるようになった。

 

「うふふ、凄いわ。まさにふたりが繋がっている証拠ね? ドキドキしちゃう」

 

 使い魔となり、晴れて僕の家族となったベアトリクスは、上機嫌にそんなことを言っていたが。

 僕としては、自分の新しいカラダにまったく別の意味でドキドキせざるを得ない。

 一本とはいえ、触れたら即凍死する呪いの手とか、もしもクシャミをした拍子に出てきて誰かに当たったりでもしたら、いったいどう落とし前をつければいいのだろう。

 

 カラダの急激な変化に不安を抱く。

 まるで思春期のようだと、悪質なジョークが僕の頬を引き攣らせた。

 

 とはいえ。

 

「生きてるなぁ……僕」

 

 あれから三日。

 もうそれだけの時間が経っているにもかかわらず、未だに意外と感じてしまう。

 これまではおはようからおやすみまで、毎日が緊張の連続だった。

 だからかは分からないが、三日前のあの出来事を思い返す度、あんなことがあったのに僕ってばよく死ななかったなぁ……と。

 こうして命を拾った今でも、とても不思議な感覚に襲われる。

 

「空、青いなぁ……」

 

 天気もまるで空気を読んだように良い天気が続き、常冬の山を覆う寒気も心做しか暖かい。

 今朝など雪が少しだけ溶け、普段は隠れている岩肌が少しだけ露になっていた。

 さすがに薄着になれるほどではないにしろ、ここ十年では初めてのことである。

 

 いつだったか、僕は思った。

 

 醒めない夢は無く。

 終わらない今日も、続かない明日さえ世界には存在しない。

 

 それと同じで、この常冬の山を覆う冬の季節も、いつかは終わりを告げるのだろう。

 

(凍てつく夜にも、陽の光は月に反射しいつだって降り注いでいるワケだし)

 

 ……なんて、そんなふうに考えるのは恥ずかしいくらいにロマンチックが過ぎるかもしれないが。

 思えば、この山にも木は生えている。

 普段は樹氷状態で、木というよりどちらかといえば氷の柱みたいな様子だが、それでも植物が育つ環境にあることだけは間違いない。

 

 ──なら。

 

「花とか、咲くのかな」

 

 色とりどりの鮮やかな花園、とは言わないまでも。

 命が育まれ、当たり前のように咲き誇る、そんなごく普通の光景がチラホラと視界の端を覗く程度には──

 

「……なんて、さすがに夢見が過ぎるか」

 

 肌を撫でるそよ風。

 そこに花の香りを少しだけ夢想して、僕は身体を徐に起き上がらせる。

 

 遠くから、昼餉(ひるげ)を知らせるベアトリクスの声がした。

 センチメンタルな感傷に浸る時間はそれでおしまい。

 

 なんとなく予感があった。

 

 今日の昼食を終えたら、状況は変わる。

 この三日間、僕は僕を取り巻く状況の混乱具合をいいことに、心の休息を求めた。

 日がな惰眠を貪り、ひなたぼっこなんかをして。

 夜にはベアトリクスの抱き枕なんかにもなった。

 

 ──しかし、さすがに三日も経てば事態は進んでいく。

 

 面倒事から目を背けていられる時間は終わり、モラトリアムとはまた会うその時までさようならだ。

 

「さて、と。フェリシアたちは話をまとめられたのかな」

 

 生き残った刻印騎士団。

 彼らが僕とベアトリクスに対してどんな結論を下すのか。

 事がどういう運びになるにしても、どうあれ。

 

 現実とは向き合わなければいけない時間だった。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「我々は完敗した。

 必勝を期し、卑劣な策を弄してなお敗北した。

 ……そんな我々が、彼とその使い魔の処遇をどうこう話し合うなんてのは、あー、なんというか」

 

 滑稽(こっけい)、じゃないかい?

 

 三日三晩の議論の末だった。

 常冬の山、中腹。

 今回の作戦において、騎士団が仮の拠点と定めた洞窟内。

 白嶺の魔女が住処としている家から約五百メートルほど西に離れた小さな岩穴の中。

 二十五人の騎士団員全員での話し合いが、一向にまとまらない状況下で、それはあまりにも唐突な言葉であった。

 

「こ、滑稽って……師匠」

「なんだいフェリシア。わたしは何か間違ったコトを言ったかな?」

「三日三晩話し合った結論がそれですか!」

「三日三晩話し合ったからこそだよ。もう十分だろう?

 ここにいる二十五人。明日も明後日も延々とこうして議論を続けても、もう埒が明かないってとっくに分かった頃合じゃないのかな」

 

 ふぅ、と溜め息を零し肩を竦めるフライフェイス。

 

「この場にいる全員がすでに理解しているように、白嶺の魔女の討伐は失敗した。我々は三日前、本当なら全滅している」

 

 タバコに火をつけ、紫煙をくゆらせながら。

 ベロニカは淡々と言葉を連ね出した。

 

「皆も分かっているように、敗北した理由はわたしの判断ミスだ。

 白嶺の子を人質として制御下に置くことができなかった。

 (モルブス)の呪いを中途半端に解くべきではなかったというのが、今回における最大の敗因であると、皆もすでに認識していることと思う」

「……それは、でも」

「仮に部下の意見があったのだとしても、それを採用したのは作戦隊長であるわたしであり、すべての責任はわたしにある」

 

 口を挟んだフェリシアに、ベロニカはそこでフッと優しく微笑を浮かべると、フェリシアだけでなく仲間全員の顔をじっと見回して言った。

 その表情に、フェリシアは自責の念から思わず顔を俯かせる。

 ラズワルドにかけられた呪いの解呪を一番に願ったのは他でもない、フェリシアである。

 あの時はああするのが最も正しいと考えていたとはいえ、結果を見れば、それが仲間の命を最も危険に晒す行動だったのは否み切れない。

 東側を全滅させた件も含め、本来ならフェリシアが咎を負うべきところ。

 

 ──しかし。

 

「詰めが甘かった。フェリシアだけじゃなく、この場にいる全員が無意識の内で。

 ……我々は人間の味方、人界を守護する騎士。常日頃そう言って憚らない我々だが──化け物を殺すためとはいえ、やはり人間……それも小さい子どもとなれば、心の中でかすかな抵抗が生じていたのだろう」

 

 フェリシアの意見を押し留めようとする者が居らず。

 呪いを七割も解くコトに皆が否定の言葉を持たなかった時点で。

 この場にいる白嶺の魔女討伐作戦に動員された騎士団員は、皆が少なからずあの少年に対して負い目を感じていた。

 

 ゆえに。

 

「だからまぁ、それはもういいってコトにしよう。反省も悔悟も、後は各々の胸の中で片をつけるべき話だ。当然、わたし自身も含めてね。

 ……だから、今、我々が最も注目しなければならならい問題は──そう」

 

 白嶺の魔女と使い魔契約を結んだ少年。

 

「この、新たに浮かび上がった世紀の大問題について。

 今現在の我々が、内部で大きく意見を二つに分けているコトだ」

 

 すなわち。

 

 今後、白嶺の魔女を無害と認定するか。

 あるいは、引き続き人間にとって有害なモノと見做し続けるのか。

 

 この二つの意見。

 

「……使い魔契約は知っての通り、我々とあちら側とを魂で結び合わせる」

 

 魂を結んだ存在同士は、その存在定義を深く共有しあうことになり、一方が命を落とせば、もう一方も道連れのように死んでしまう。

 古より定められた絶対のルール。

 この約定からは、たとえ如何なるイレギュラーであっても逃れることはできない。

 

「白嶺……いや、すでに個体名ベアトリクスとなったアレは、そういう意味では定命……天寿の概念を得たと言えるだろう」

 

 魔法使いが只人よりも比較的長命であることを差し引いても、死は必ず訪れる。

 病にかかることだって当然あるし、命など、言ってしまえばちょっと躓いて、転んだだけでもアッサリ落としかねない代物だ。

 

「ましてや、あの少年はチェンジリング。

 化け物どもは今後ともひっきりなしに引き寄せられるし、道を外れた魔術師どもも、何人かが必ず目を着けるだろう」

 

 不幸な事故や偶然の悲劇で、少年が命を落とす可能性は非常に高い。

 

「付け加えて、これが最も極めつけになるが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 皮肉なことに、刻印騎士団本部にある記録にも、エルダースに残された文献にも、ハッキリとその事実は書き記されてしまっている。

 

「──つまり、ラズワルド少年と使い魔契約を交わしたアレが、今後人界に殺戮と混乱とをもたらす確率は……ほぼゼロになったと言えるワケだ」

 

 そして。

 人々の暮らしに長いこと影を落とし続けた化け物が、そう遠くない未来、この世から永遠に消え去るコトが期せず確約されたのである。

 ベロニカたちの白嶺の魔女討伐作戦は、三日前、間違いなく失敗に終わったが。

 奇しくも、その無害化には何とか漕ぎ着けられたというのが現状であった。

 

「……とはいえ」

 

 それは騎士団の行動によるものというより、一人の子どもが動いた結果によるもの。

 

「我々が絶体絶命の窮地に陥ったのは、もちろん我々自身の手抜かりが大きいと言えるが」

 

 あの時、もしも人質が大人しくしていれば。

 そもそも、騎士団が追い詰められることなんて無かったのではないか?

 

 ……そういう『もしも』の視点が、心の中に湧いてこないワケでもない。

 

 加えて。

 

「あの極限状況下で、彼は我々(人間)ではなく母親(化け物)を救うコトを選んだ」

 

 果たして。

 そんな少年がこの先、人間に対して、絶対に危害をもたらさないなんてコトが有り得るのだろうか?

 人と魔を天秤にかける状況が生まれた時、ラズワルドが魔を選択しない可能性を、いったい誰が保証できる?

 

「十年間、人っ子一人やって来ない雪山で、ずっと魔女と二人きりだった子ども。

 その精神状態と人格形成がどうなっているかなんて……ああ、考えるだけで気が滅入る」

 

 ゆえに──危険。

 人界に解き放てば、どんな騒動を巻き起こすか分からぬがゆえに。

 

 ……で、あれば。

 

 幸いにも、彼らは使い魔契約を結んでいる。

 戦っても勝ち目の無い化け物とは違い、契約者である人間を今から()()()、危険の芽はあらかじめ摘んでおける。

 

 それこそ……刻印騎士団に課せられた使命なのではないだろうか?

 

 重い覚悟と鉄の誓いがあるからこそ、生き残った二十五人の中にはそう考える者もいる。

 

「しかし、だ。

 忘れてはならないが、我々はあの小さな男の子を、()()()()()()()()()()()()ばかりにヘマをした。自分でも驚きだけどね」

 

 そんな人間たちが、今さら幼い子どもを殺せるはずもない。

 

「だから、わたしは思うんだよ。滑稽だと」

 

 それぞれがそれぞれの過去を持つがゆえに、化け物から人間を守る誓いをした復讐者の集団。

 化け物を殺せるなら、泥に塗れることさえ甘んじて受け入れると。

 そう思っていたはずが、実際は見ず知らずの哀れな子ども一人、利用しきれない。

 お笑い草だと、きっと誰もが嘲笑うだろう。

 

「……かと言って、彼らを野放しにするのはそれはそれで無視できない問題だ」

 

 ……では。

 この話を、非力で哀れな人間たちはいったいどうやってまとめればいいのだろう?

 

 答えは簡単。

 

「上の指示を仰ぐ」

 

 現場の判断では対処不可能である事象に対して、古今東西、報告・連絡・相談は何よりも大切なコトだ。

 火傷顔(フライフェイス)・ベロニカは、面倒事は上にぜーんぶ丸投げすればいいのさ、と。

 そう、笑いながらタバコの煙をくゆらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、親子でお出かけね?」

「違うけど、そうだよ!」

 

 ──斯くして。

 その日、僕とベアトリクスの刻印騎士団本部行きが決まったのだった。

 

 

 

 

 

 







次回、新シーズン突入。



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