【リブート前】ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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新年明けましておめでとうございます。
今年もダクファン人外をよろしくです<(_ _)>

まずはリンデン側、ある男の登場から──



#19 人界の守護者

 

 

 

 

 

 怒髪(どはつ)天を()く。

 総身を灼く雷霆がごとき怒り。

 煮えくり返る五臓六腑をもしも取り出しこの目に晒すコトができたなら、我が臓物は間違いなく烈火と爆ぜているだろう。

 

 その日、刻印騎士団団長──アムニブス・イラ・グラディウスは燃え滾る怒りの最中にありながら、ガシャリガシャリと城の中を歩いていた。

 

 城塞都市リンデン・赤鉄門。

 人類最高の対魔都市の内側にあって、吟遊詩人たちからなおも高らかに堅牢堅固を謳われるサンクチュアリ。

 安寧と秩序とを、この島の何処よりも現実のものとした場所。

 

 退魔の黒壁。

 降魔の白壁。

 そして、小物であれば敷居を一歩踏み入っただけで滅しかねないと云う破魔の赤壁。

 

 およそ三つもの守りに囲まれた人界の最盛圏。その中心。

 

 古の秘宝匠が遺し、今を生きる現役の秘宝匠たちが連綿と増築に増築を重ね続けている。

 そのせいで、今ではある種の迷宮じみた様相まで呈しつつある聖なる都。

 城の外を見渡せば、そこいら中やたらめったらと複雑化された建築物の嵐だ。

 教会の大聖堂。刻印騎士団本部。リンデン城は言わずもがな。

 市井の人々が暮らす平凡な一軒家さえ、ここではふんだんに芸が凝らされている。

 

 ──文明を築けば築くだけ。

 ──文化を育めば育むだけ。

 ──我らが神は喜んで人に恩寵を授けてくださるのだから、おお、素晴らしきかな秘宝匠!

 ──彼らが我らを守るため、その腕前を大いに振るうのならば、教会は喜んでそのための助力を惜しみませんとも!

 

 ……というのが、教会のお偉方の主義主張であるが。

 おかげで太古の昔は清廉にして美しい景観を保っていたはずのリンデンも、今ではすっかりゴミゴミとして息が詰まる街並みに変わってしまった。

 そこに生きる人々も、かつての清らかなる暮らしを忘れ、この頃は醜い心根の持ち主ばかり目に留まる。

 

 秘宝匠を雇い、その匠の技を以って己が棲家を少しでも安全にしたいという想いは理解できる。

 

 だが、だからと言って秘宝匠を雇うために口を開けば金、金、金が足りないもっともっと金を集めなければとなるようでは、果たして真に平穏足り得ているのやら。

 

 職人連中も職人連中で、自らの技の求道のためにはパトロンがいるコトに損はないと。より金払いのいい顧客ばかり優遇しているのが現実。

 すべての秘宝匠がそうだと言っているワケではないが、連中の仕事に金はいくらあっても困らない。

 たとえ聖人じみた精神性の職人だとしても、道具や材料が無ければ、そんな奴はただの役立たずに過ぎないからだ。

 

 そして必然、神の恩寵を分かりやすく教義という形で広め、その教義によって秘宝匠を生み出すコトが叶う教会は、各地の信徒からの喜捨により最も栄えている。

 

 分かるだろうか。

 つまり、教会と秘宝匠は密接に繋がり合い、化け物の脅威に喘ぐ民草は、藁にも縋る想いで日銭を投げ出す毎日。

 

 人界の最盛圏などと謳われ、唯一無二の安全地帯のように吟遊詩人は歌っているが、この都市は金を持っている者とそうでない者とで、明らかに身分と立場が異なる。

 それはちょうど、黒、白、赤の順に貧富の差が並んでいるコトからも分かるように、城塞都市リンデンはその実この島の何処より人間の価値が人間によって定められる悪夢の場所だ。

 

 刻印騎士団の団長として、人界の守護を担う一人の騎士として、これほど遣る瀬無いコトはない。

 およそ百年の歳月に渡りこの都市を守り続けている者としても、忸怩たる思いで胸が張り裂けそうになる。

 

 黒鉄門を超えた先の遠い彼方の村々では、今日を生きるのも命懸けだという幼子がいる一方で。

 赤鉄門の内側では、贅を凝らした豪奢な建物の中で、大の大人が酒を片手に掌中の財を増やすコトだけを考えている。

 

 ハッキリ言おう。クソだ。間違いなく此処はクソッタレの街だ。一度くらいならドラゴンに襲われても良いとさえ思う。必ず救うから。

 

 ──だが。

 

 

「笑えねえ。笑えねえぞ」

 

 

 足を止め、窓から城下を見渡す。

 そこにあるのは、昨日までとは確実に異なる別世界だ。

 空は暗黒に染まり、地には悲鳴と恐怖の叫びが満ちている。

 

 黒鉄門崩壊。

 

 有史以来起こり得なかった未曾有の事態によって、リンデンはもはや人類最高の退魔都市の名を返上しなくてはなるまい。

 

 それほどの危機。

 それほどの窮地。

 

 アムニブス・イラ・グラディウスが刻印騎士団団長の任を務めるこの百年の中にあって、まず初めてとなる大災。

 都市を呑む──否、都市を喰まんとする邪悪の樹、襲来。

 聳え立つ偉容を目の当たりにし、これはもしや伝え聞く森の神なのではとも思ったが、違う。

 

 天を覆いし紅蓮の檻。

 大地を割り、家々を破壊し、逃げ惑う人々へと伸びる顎門(アギト)がごとき根っこ。

 無数に生えた枝の数々は、まるで雨のようにして降り注ぐ。

 

 そして咲く──赤黒い花。

 

 すでに種を撒く段階まで達し、苗床にされた人間たちは大樹のもとへ養分を運ぶ働き蟻にされている。

 市民たちは元より、前線に立つ騎士団からも数人すでに手に落ちた。

 

 敵の正体がトレントではなく吸血鬼だと判明したのは、働き蟻となった人間たちが吸血鬼と同じ弱点を持っていたからだ。

 

 しかし黒鉄門は全滅。

 白鉄門はまだ抗っているが、この様子では残り半日と保たずして滅びるに違いない。

 そして、白鉄門が滅びた後、養分をたっぷり蓄えた赤鉄のバカどもが食われる。

 

 ……恐れるべきは、それでまだ敵が本気を出していないというコト。

 

 

「間違いなく二つ名持ちだろうなァ。それも、これほどの力を持ち、且つ余力を残しているとなれば、考えられるのは二体だけだ」

 

 

 とはいえ、その内の一体は姿を隠して長い。

 三百年以上現れていないとなれば、自然消滅したか眠りについているか──もちろん前者は考えにくい──の二択に絞られる。

 

 となると、今回の敵は鯨飲濁流。

 

 吸血鬼の王様。

 五百年級。

 現在のリンデンの状況的にも、各地から集めた逸話と符合する。

 

 

「ハッ!」

 

 

 鼻を鳴らし、再び足を動かす。

 向かう先は城の大広間。作戦会議のための招集。

 今さら剣を執る以外に選択肢など無いが、教会の馬鹿どもとでっぷり太った城主の許可なしに騎士団長が戦線に踏み込めば、後で何を言われるやら分かったものじゃない。

 

 ただでさえ、刻印騎士の立場は弱いのだ。

 

 表向きは化け物に立ち向かう勇者の集団でも、影では犬死組織と囁かれる。

 だからこそ、民衆も教会と秘宝匠にこそ縋るのだろう。

 すべては無情だ。

 きっと、(じぶん)にもう少し力があれば、リンデンももう少しマシな街になっていたコトだろうに。

 

 

「やれやれ……」

 

 

 御歳百三十歳。

 身長二メートルを超える鋼のごとき巨体を全身鎧に包み、背負いし大剣の重みを感じさせぬ足取りで、老グラディウスは眉間にシワを寄せた。

 

 百年を超す時の中で、己の無力をこそ呪わなかった日は一度として無い。

 剣を握り、化け物どもの首を幾度刎ねようと、この世には救えぬ命が多すぎる。

 騎士団長の肩書きとは、すなわちこの世で一番の無能だと言っているようなもの。

 我が手指の隙間から無数に零れ落ちた魂の、なんと数え切れないコトか。

 どうか人々よ、願わくば我を恨め。

 汝らの無念、積年の憎悪、すべて我が罪と知るがゆえに。

 

 償いたいのだ。覚悟なぞ、疾うの昔に済ませてある。

 

 狙うは相討ち。

 この命使い尽くしてでも敵を殺してみせる。

 

 老体から滲み出る怒気は、真実殺意の顕れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大広間に着くと、すでにそこは喧喧囂囂(けんけんごうごう)としていた。

 

「いったいどうなっている! なぜリンデンが化け物に脅かされているのだ! 話が違うではないか!」

「高い金を払って来たのに、その対価がコレか!? 教会は責任をどう取るつもりか!」

「わたくしどもに責任を問うのですか!? 敬虔なる神の下僕に対して、無礼ではありませぬか!」

「そもそも秘宝匠組合はこの事態をいかがお考えか! まさか、どうせ分からぬからと、これまでいい加減な仕事をしていたのではないだろうな!」

「ふざけんじゃねぇ! 俺たちがテメェの仕事に手なんか抜くワケないだろうが!」

 

「……」

 

 一歩入り、思わず溜め息が出そうになるのをグッと堪える。

 信じたくないコトだが、これがあの誉も高き城塞都市リンデンを統治するトップたちによる合議だ。

 

 リンデン城城主。

 市議会代表。

 教会から派遣された司教に司祭。

 秘宝匠組合の組合長。

 

 状況はどうやら先に挙げた二名と後に挙げた三名とで、半ば対立の構造にあるらしい。

 いずれもいい歳をした大人のはずだが、まさに凡俗と評する他にない。

 この期に及んで未だ責任がどうの金がどうのと叫んでいるとは、頭に脳味噌詰まっているのだろうか。五十年ほど前まではこうではなかったと言うのに。

 

 思わず踵を返して戦場に出たくなる。

 

 ……しかし、刻印騎士団の長として。

 

 この場で決定される話し合い──城塞都市リンデンに住まう民たちの行く末を大いに左右する──に参加しなければ、救えるはずの命も救えなくなってしまう。それだけは、何としてでも避けなければならない。

 

 老グラディウスは敢えて鎧の音を大きく立てるようにして五人へ近づいて行った。

 

「すまん。遅参した。刻印騎士団よりアムニブス・イラ・グラディウス、ただいまより合議に参加する」

「おお、やっと来たか! 待っていたぞ団長殿!」

「貴殿も言ってください! この詐欺師どもと来たら、言うに事欠いて我々の徳が低いからこのような事態を招いたとほざくのです! どこまで業突く張りなのか!」

「恥を知れ恥を!」

 

 城主と市議が虎の威を借る狐のように叫ぶ。

 司教と司祭は顔を真っ赤にして何かを言い返そうとしているが、自分たちよりふたまわりほどデカい巨漢を前にし、何も反駁できないようだった。

 

 ……余裕が失われると、人は普段より鬱憤が漏れ出やすくなる。常日頃、資金繰りに苦労していた城主と市議はこれでもかと言わんばかりに強気の姿勢だ。

 

 対し、常日頃、刻印騎士団を影で役立たずと囁き合っていた者たち。

 すなわちは自分たちの利益──民衆の喜捨──のために騎士団を貶めんとしていた教会側の二人であるが、彼らは臑に傷持つがゆえにグラディウスを城主と市議側だと思っている。

 平時は何食わぬ顔で恐れる心を忘れていても、火急の場では相手が持つ原始的な力──それも自分たちでは圧倒的に敵わない腕力差──を思い出すようだ。

 だからこそ、城主と市議もグラディウスを自分たちの味方だと思って強気なのだろう。

 

(アホらしい)

 

 グラディウスは今度はしっかり溜め息を吐いた。

 これは合議などではない。現実逃避にすら劣っている──で、あるならば。

 

 

「こんの馬鹿者どもがァァァッ!!」

「「「「!?」」」」

 

 

 腹の底より吐き出される雷鳴がごとき一喝。

 ともすれば城の大広間を震わしたかもしれない大銅鑼に、その場に居た四人の中年がビクゥッ! と肩を強張らせる。

 肝の据わっていそうな組合長でさえかすかに震えたのだから、グラディウスの声がどれほどのものだったか、言わずとも知れよう。

 

 シン、と静まり返った大広間で、最年長は染み渡るように話す。

 

「いいか。貴様らは市民を連れてさっさと逃げろ。こんなところで管を巻いてる暇など少しも無いぞ」

「し、しかし、何処へ……」

「此処より安全な場所など……」

「知らん。王都か、辺境か、とにかく受け入れられるところを見つけて市民をさばけ。それがお前たちに残された最後の仕事になるはずだ」

 

 諭すように、言い聞かすように話す。

 

「化け物殺しの専門家として言わせてもらうがな、ありゃ勝てん。とても貴様ら全員を守りながら戦える相手じゃねえのよ」

「ほ、ほんとうに? 希望はほんとうに無いのですか?」

「ない」

「で、では、我らの明日は、これまでの道行きは!」

「すべて。すべて、徒労だったと言うのか……」

「そうだ。貴様ら全員、破産というワケだ。一から出直せぃ」

「ぐっ、ぐぐぐっ、神の恩寵は! 奇跡は起こらぬと!?」

「むしろ、今からでもお得意の説法でどうにかならんかね」

「……俺らの仕事は、あの化け物には届かなかったってのかよ」

「残念ながらな。黒鉄門を意に介さんような奴だぞ?」

「……落ちるのか、このリンデンが。ドラゴンすら退けたと云う都が!」

「そうとも! 落ちる! そして我らは死ぬ! 刻印騎士団は全滅するだろう!」

 

 だから逃げろ。我らが時を稼ぐ間に。

 

 そうして告げると、大広間にドサリと膝から崩れ落ちる音が響いた。

 顔を両手で覆い、涙を隠す男たち。

 グラディウスはそんな彼らを見て想う。

 人は愚かだ。目の前にいる男たちだけではない。人の大半はどうしようもなく愚かしい者たちばかりで、中には生きるに値しない者さえも大勢いる。

 

 ……しかし、しかしだ。

 

 そんな彼らこそが、人の極致。

 何気なく日常を送り、無為に無駄に、時を台無しにしては些細なコトで一喜一憂する。

 

 今朝のパンは美味しかった。

 気になるあの子をダンスに誘ったら、もう良い人がいるみたいだった。

 仕事で親方に認められた。

 夫が浮気をした上に相手の女と駆け落ちしやがった。

 

 なんだっていい。

 すべては人間という儚い生き物に与えられた最高の権利だ。

 もちろん、悪事をしたなら罰を。

 善行を為したなら、それに見合う報酬を。

 それぞれがその人生で与えられるすべてのものは、人が一生の内で自ら選び取って来た行動の結果に過ぎない。

 

 愚かしいからこそ人間だ。

 そして人間は、愚かだからこそ──愛おしい。その営みを守りたいと、強く思う。

 

 ゆえに。

 

「これより打って出る。老骨の最後の晴れ舞台だ。よもや待ったはあるまいな?」

 

 グラディウスは話は終わったと背を向けた。

 伝えるべきは伝えたし、この愚か者たちも先の一喝できちんと現実を直視したはずだ。不安はあるが、後を託す他に道もない。

 別れの言葉などはまぁ、そんな仲でもないから要らないだろう。

 後はもう、己に許された為すべきコトを、ただ粛々と為すのみだ。

 グラディウスは胸中で一人静かに苦笑した。

 

 ──それなのに。

 

「っ、待たれよ!」

「そうです。お待ちなさい! 貴殿なき後、いったい誰がこの暗黒の世で篝火となるとお思いか!」

「逃げろと言っても、道中の安全はどうするのです!」

「アンタがいねぇとダメだ!」

「生き残れ! 絶対に!! そして我らを守れ!」

「─────────────────ハ、それはまた、ずいぶんと無茶を言いやがる」

 

 さてはこいつら、状況を分かっていやがらねえな?

 ったく、ほとほと呆れたボンクラどもだぜ。こちとら死ぬって言ってんのによォ……バカじゃねえのか? 本気で疑うぜチクショウが。

 

 

 負けられない理由がこれでまた、一つ増えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “誰かのための怒りの剣(アムニブス・イラ・グラディウス)

 

 

 

 

 

 

 

 

 己が名に鋼の誓いを刻みし男。

 彼はそうして、いつものように戦場へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

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