ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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伏線大回収



#23 残念だったな

 

 

 

 

 ご馳走が、宙を舞っていた。

 

 放物線を描き、いっそ鮮やかなまでに芸術的な流線(ライン)をなぞる空中飛行。

 まるで月が弓なりに天を踊っていくように、時に影を生み出しながら地面へと墜落する。

 深紅の視界で眺めるその光景は、不思議なほどにどこかゆったりとしていて。

 

 ……あれ? なんで?

 

 と思わず首を傾げてしまうくらい美しかった。

 

 口腔内に広がる血の芳香。

 筋繊維がブチブチと音を立てながら歯と歯の隙間に挟まる感覚。

 柔らかな皮膚を突き刺し、そこからぷくりと溢れた命の食感に、頭の中は見る見るうちに多幸感で包まれて。

 噛みごたえのある骨を、コリコリと舌の上で転がした。

 

(嗚呼──美味い)

 

 腕一本。

 五体の内たった一つを奪っただけでもうこれだ。

 数百年間どんなに暴食を重ね続けても、決して薄まるコトのなかった飢餓(苦痛)がほんの一時たしかに安らぐ。

 妖精の取り替え児はまさしく救いだ。

 吸血鬼にとって到底喰らわずにはいられない。

 それもこれも、これほどの安息。これほどの癒し。これほどの多幸感が得られるのだから、いったいどうして食べないという選択肢が有り得よう?

 

 チェンジリングの肉は、それを食らえば人魔問わずに特別な魔法の才能を手に入れるコトができると云われているが、少なくとも吸血鬼は違う。

 

 何をしても飽き足りず。

 どれほどの数の血を啜り、肉を喰らい、骨を噛み砕こうとも、決して満ち足りるというコトがない。

 

 飢えて飢えて。

 餓えて餓えて。

 

 視界に入るすべてのモノが欲しくてたまらなくなる。

 それは何かを口にして、今まさに咀嚼しているという最中であっても続く地獄の業火。

 アンデッドは眠らない。

 だから、吸血鬼である己は四六時中常に飢餓衝動に襲われている。

 分かるだろうか?

 

 吸血鬼がその身に抱える本能の本質は、その実、吸血衝動でもなければ食殺衝動でもない。

 

 ただ、『飢え』という衝動に延々と苦しめられているだけだ。

 

 すべての行動はそこから派生した枝葉に過ぎず、根幹となるのは『自分が飢えている』という意味も分からぬ強迫観念。それと実感だけ。

 

 ゆえにこそ、吸血鬼はチェンジリングを心底から欲して止まない。

 

 その豊潤な瑞々(みずみず)しさ。

 ひとたび嗅げば二度と忘れられない芳香に、まるで芥子(けし)の花から作られる仙薬のような満足感。

 喰らえども喰らえども、呑めども呑めども。

 時の果まで続くこの苦しみの現世(うつしよ)に、一抹の涼風を巻き起こすがごとき至高の味わい。

 

 全く以ってほんとうに────愛おしすぎて吐き気がする。

 

 その身を捧げてくれと(こいねが)わずにはいられない。

 どうか一時でも良いから救ってはくれまいか。

 身勝手だと罵ってくれて構わない。

 いや、むしろ憎悪してくれ。

 俺という存在をその綺麗な青い瞳に最期まで写しながら、俺だけを見て俺と一緒になろう。

 出会ってしまった以上はオマエたちはもう俺であり、俺はすでにオマエたちも同然なのだから。

 

 踏み止まるとか、思い止まるとか、そんなコトぜんぜん理解できない。

 

 さぁ────いいだろう? 俺にもっとオマエたちを味わわさせてくれ! オマエたちと共になれるなら、俺はまだまだ頑張れる!

 

 なのに──

 

 

 

「グフッ……ぁ、あ──?」

 

 

 

(なんで、()()()()()()()……)

 

 気づけばカラダは動かせない。

 “海獣(ケートゥス)”も維持できず、端の方からボロボロと魔法がその効果を失っていく。

 震えが止まらず、歯と歯は打ち合わされて。

 パキパキとポキポキと。

 全身が、真っ白に、凍り出していた。

 魂が、()()()死んでいく。

 ……意味が、分からない。

 

「ヒ、ヒヒ」

 

 と、その時。

 呆然と困惑する己の耳に、たしかな音が届く。

 笑い声。

 どこから?

 まさか…………魔女?

 

 しかし。

 

「ヒヒッ、ハハハ、アハハハハハハハッ!」

 

 振り返って確認しそうになった己の視界に、信じられぬ光景が飛び込む。

 

「馬鹿な……なぜ……」

 

 ふらつきながらも立ち上がる。

 憑依は解かれ、ただの子どもとしての身体能力しか持たなくなった。

 そんな状態で片腕を奪われ、生命活動を維持できぬほどに出血を開始すれば、大人であってもまず立ち上がれない。

 尋常ではない激痛。

 身体の一部を欠損したという衝撃。

 それも吸血鬼によって噛み千切られたとなれば、相当なショックが精神と肉体を襲う。

 

 ──にもかかわらず。

 

「アハ、ハハハ。僕の腕は美味しかったかよ、吸血鬼?」

「有り得ん……たしかに喰らったはずだぞ……」

 

 少年は、()()()()だった。

 両腕両足なに一つ欠けたるところ一切なく。

 吹き飛ばされた拍子に負った打撲や擦過傷こそあるものの、それ以外は骨折すらなく()()()()

 痛みに呻くコトも恐怖に狼狽えるコトさえせず、それどころか腹を抱えて笑っている──否。

 

「俺、を……嗤っているのか……?」

 

 チェンジリングとはいえ人間に過ぎない単なる子どもが、鯨飲濁流を嘲笑っている?

 怒りに染まった眼差しで()めつけるでもなく、憎しみに囚われた咆哮、怨嗟の声を上げるでもなしに、恐怖すら浮かべず?

 

 ただ──()()()

 

 ……それは、違う。違うだろう。

 そんな目で見るな。上から目線で見下ろすな。下に見るのが如何にも当然だというみたいに偉そうな態度を取るんじゃない。

 この鯨飲濁流を目の前にした時は、もっと怒れ。もっと猛れ。もっと叫べ!

 オマエを許さないと何が何でも絶対に許しはしないと対等に相手を認識しろ!

 ……そんな、波止場に沸いたフナムシでも見るみたいな視線は……っ、断じて許されていいはずがないだろう──!?

 

(やめろ……やめろ!)

 

 堪えようのない不快さに心が張り叫ぶ。

 しかし、原因不明の寒さは留まるところを知らず、カラダはどんどん冷たさを増していた。

 頬を伝う血涙さえ、今はもう地面へと零れない。

 体表から、次第に氷の血晶華が咲いていく。

 いったいなぜ……

 

「分からないって顔をしているな?」

 

 理解不能の状況に愕然とし、ともすれば魔女による攻撃かと必死に頭を巡らしていると、少年が淡々と呟いた。

 

 瓦礫の丘の上。

 

 一歩一歩、近づいてくる。

 

「……ラズ、ワルド?」

 

 背後で魔女がポツリと呟く。

 困惑した気配。かすかな動揺。

 ということは、まさか……まさか!?

 

「お前の敗因を教えてやる」

 

 目と鼻の先。

 超至近距離にまで近づいた愛し児が、底冷えするほど平らな声音で言葉を紡ぐ。

 もはや、疑いようもない。

 この状況、この窮地、作り上げたのは目の前にいる小さな少年だ。

 それが、厳然と理解できる。

 

「鯨飲濁流。吸血鬼の王。この世の飢えと食欲の頂点に立つ存在。悪辣なる悪鬼。お前はさっき言ったな」

 

 ──有象無象の魔法使いなら気にも留めないが、他ならぬチェンジリング。

 オマエたちを喰う時には、最大限の敬意を払わなければならない。

 混ざり合った状態で喰うなど、ハハ、オマエたちへの冒涜だ──

 

「妖精の取り替え児である僕を喰う時、それは最も最高の状態であるべきだと。

 食材の旬を見極め、自分好みの(シチュエーション)になるよう状況を運び、敢えて地雷を踏み抜いてまで腐心した」

 

 言うなれば、そうすることで至福の食事を迎えられるよう、最善を尽くした。自分が努力することに抜かりがなかった。

 

「お前の気持ちは分かるよ? 僕もどうせなら上等な豚や鳥を食べたいからね。高級品を無駄にしないよう最高の調理を経て食べたい気持ちはよく分かる」

 

 黒毛和牛のステーキを食べられると思っていたのに、出てきたものが黒焦げの炭まみれだったらガッカリもいいところ。

 鯨飲濁流がチェンジリングを食べようとするのに最善を尽くそうとするのは当然だ。

 何より、()()()()()()()()()()()()

 

「けれど、お前にとって困ったことに」

 

 当初の予定よりも早く登場したチェンジリングは、何もかもが想定外の様子で現れた。

 

「使い魔との憑依融合」

 

 それも、旧白嶺の魔女というあまりに存在感の強すぎる魔性との合一。

 

「純粋なチェンジリングをそのまま食べたいのに、肝心の高級食材に大味極まる香辛料が大量にぶっかけられてるみたいなものかな。なんにせよ、望ましい状態じゃない。なにせ……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

 小声で囁かれた言葉に目を見開く。

 己以外には知る者のいないはずの情報。

 今よりも四百年は昔の話。

 生まれてから十やそこらの子どもが到底知っているワケがないのに、目の前の少年は何故それを知っているのか。

 ……得体の知れない戦慄が、背筋を駆け上がる。

 

「そして、そこまで知っていれば後は容易く想像がつく。

 想定外の重傷。予想外の献立。体力も回復させたかったお前は計画を変更して僕を食べようと決めた。

 理性か本能か、どちらで判断したのかはどうでもいい。

 重要なのは、お前が結局、僕の思い描いていた通りに矛先をこちらに向けたコトだ」

 

 爆撃に混じった銀によるダメージ。

 白嶺の魔女が檻に繋いだ幾千万の屍は、その数だけ吸血鬼の身を灼いた。

 五百年という気の遠くなるような長い時間の中で、命の残量として蓄えられていた魂を大半失うほどに。

 そして、残った魔力は心もとなく、元からして常に飢えているのにさらにそこから失えば、迸る飢餓衝動はかつてない高まりを見せる。

 

「普段のお前なら気づいたかもしれない。

 でも、この五百年ついぞ味わわなかった緊急事態に、お前は焦った。

 焦りすぎて、手っ取り早く僕の憑依融合を解こうとした」

 

 喰らったばかりのフェリシア。

 それに伴い同じく取り込んだ使()()()の力を、()()()()()()()()使ってしまうほどに。

 

「僕が想定していたのはお前が何らかの方法でこっちの憑依を解こうとするところまでだったけど、まさかフェリシアの使い魔を利用するとはね」

 

 ──おかげで、僕にも今回の顛末がようやく見えてきた。

 

 小さく呟くチェンジリングの瞳には、すでに己の姿が写っていない。

 

(グッ、おぉァ……!)

 

 体表を覆う絶対零度。

 動かないカラダはすでに壊死を始め完全に氷と化しつつある。

 気温が下がり、吐く息すら凍り、視界にはヒビが。

 

 だがしかし!

 

(ふざ、けるな。ふざけるなよ……人間が!)

 

 己は吸血鬼。

 死なず朽ちず滅びずむしろ喰らう!

 この五百年、何にもその権利を奪わせなかった鬼の中の鬼が、弱点を突かれたワケでもないのに何ゆえ恐怖しなければならない!

 

 それも、こんな意味の分からない展開で!

 

 なぜ凍る!

 なぜ動けぬ!

 なぜ魂が減っていくのか!

 絶頂の最中から突き落とそうなど、あまりにあんまりだろうがふざけるな……!

 

 蠢く執念を魔力に込める。

 

 しかし、しかし……!

 

「無駄だよ。お前はもう助からない」

 

 青の瞳が酷薄に嗤う。

 

(なぁァぜェぇダあァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!)

 

 噴出する絶叫も、外には響かない。

 

「──さて。それじゃあ、そろそろお前も限界が近づいてきたようだし答えを言おうか。

 分からないんだろう? 自分がどうして急に死にかけているのか。弱点を突かないと殺せないはずの吸血鬼が何故危機に瀕しているのか。

 いやまぁ、ここまでもったいぶって悪かったね。

 けどまぁ、許してくれよ? …………暴言のツケは高いんだ」

 

 少年は無表情で、アッサリと口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前がさっき喰った腕だけど、アレは僕のじゃなくて、ほぼベアトリクス(  母さん  )の腕だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(───────────は?)

 

 その瞬間、思考が停止した。

 言われたコトの意味が分からず、言葉が理解不能な謎の文字列として頭の中を漂った。

 凍りついた脳の奥で、回路が断線するのを自覚する。

 

 ……そんな己を無視し、今や正体の知れなくなった不気味なナニかは引き続き口を開いた。

 

「今から約二週間前、僕の身体は心臓が止まってもおかしくない大怪我を負ったんだ。腕とか足とかもうバラバラになってひっちゃかめっちゃかでさ。お腹にはポッカリ穴も空いた。うん、ハッキリ言って瀕死だったんだよ」

 

 ……そう。鯨飲濁流は知らない。

 眼前に佇む子どもが、もう()()()()()()()()()()()というコトを。

 この世界ですでに一度極限の死の淵まで追いやられ、そこから()()()()()()()復活まで至ったのかを。

 

「死にかけだった僕がからくも九死に一生を得られたのは、ある契約のおかげ。もちろんお前も知ってると思うけど、魔法使いと使い魔の魂による契約だ。

 だけど、普通の契約じゃあ片方が死の淵から蘇ったりなんてしない」

 

 魂のすべてを互いに明け渡し合うコトなど、通常は有り得ない。

 

 ──つまり。

 

「お前の敗因はただ一つ。あれ以来、僕の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、喜んで食べちゃったコトだ」

 

 我が子を探し我が子を求め、ついに安息へと辿り着いた白嶺の魔女の因子が多大に含まれた結晶を。

 吸血鬼風にたとえれば、混ざり物の究極とも言うべきその腕を。

 知らなかったとはいえ嬉しそうに、我が身へと取り込んでしまったコト。

 

 それが意味するものとは!

 

 

 

「さっき、他には無いのかと言ったな。馬鹿の一つ覚えかとも。

 答えるのが遅くなってほんとうに悪かったよ……そうとも。他には無い。これが僕の知る唯一の最恐だ。

 だからせいぜい気をつけろ? ママの“(アイ)”は、ちょっとばかし苛烈なんでね」

 

 

 

 裡に渦巻く魂がどれだけ多かろうと、すべては疾うに掌の上。

 鯨飲濁流をも殺せる『手』の脅威は、忘れたワケじゃないだろう?

 さあ、お前が嗤った母の愛、我が子を護ろうとする想いの濁流に、今度こそ裡側から呑まれて消えるがいい。

 

 

 

 

「僕を食べたかったか? 一瞬でも口にできたと本気で錯覚したか? ……ハハハ、ハハハハハハハ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残  念  だ  っ  た  な  ッ  !!

 

 








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