ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です 作:所羅門ヒトリモン
多くの人の応援のおかげで日間(加点)の2位にはなっていたようです。
ありがとうございます!
今後も作品の内容でお返ししていけたらなぁと思います。
白く、白く、世界が凍っていく。
怨恨と憎悪。
悲嘆と慟哭の真実
響き渡る絶叫。
鬼の断末魔。
……それはまるで、白夜が極夜に取って代わるような世界の崩壊で。
凍え、凍てつき、氷となって溶けては消える。
百億の魂そのすべてによって成り立っていた地獄の坩堝が、さらなる
──寒くて寂しい。
切り離された腕から生じる波濤のような想い。
たった一本の魔女の腕。
魂など宿らない、因子を含んだというだけの欠片。
取り込まれたのはほんの一部分だけ。
だというのに、今や鯨飲濁流はこんなにもズタボロになっている。
致命傷だ。
存在を保てる限界ラインを完全に越えられた。
裡に抱えた奔流のごとき魂群も、もう間もなく『手』によって再殺されるだろう。鏖殺である。
……つまり、鯨飲濁流がこれまで喰らって来た数多の命は、じきにようやく真の安らぎを得られるのだ。
憎い化け物を生かし続けるための肥やしとしてではなく。
忌むべき怨敵にさらなる悪逆を許す動力源となるワケでもない。
それはつまり解放だ。文字通りの救済。
狂気の果てにその魂を曇らせた。曇らさざるを得なかった多くの魂が、狂喜の叫びを上げて我先にと『手』へ向かっていく。
──よくぞ、よくぞ──これぞまさしく我らが望み──恩讐の彼方よ、待っていたぞ──くたばるがいい悪鬼めが!
憎悪の籠った嘲罵。
憎しみと怒りに満たされた幾千万の声がゲラゲラと嗤いながら再び死んでいく。
たくさんの命。
たくさんの想い。
それらを嘲笑い嬉々として踏みにじってきた怪物へ、今こそ報復の時だと言わんばかりに。
白く
この吸血鬼を殺せるならば何でもいいと、すべての犠牲者たちが意見を一にしている証拠だった。
濁流が、濁流によって無に帰す。
もはや時間は、一時の猶予すらも残されていない。
「……このままいけば、わたしもあの『手』に呑まれて、今度こそ消えてしまうんでしょうね」
白く崩壊していく世界で、フェリシアはポツリ呟く。
裡に抱えた魂をすべて失えば、鯨飲濁流は確実に死ぬ。
種族的にも、吸血鬼は飢餓を存在の発生起因としているため、器の中身が急激に空になれば、それに比例して一気に湧き上がる衝動に耐えられず、内側から自己崩壊を招く。
助かる見込みはどこにもないし、生き足掻ける道理もない。
すなわち、フェリシアはいまこの瞬間この時にこそ、怨敵への復讐を叶える絶好の機会を手に入れたと言えるワケだ。
フェリシアが他の犠牲者たちと同様にすぐにでも身をなげうてば、鯨飲濁流は自己を支えるエネルギーをまたひとつ失い、奴の死はよりいっそう早まる。
そうすると、フェリシア自身もまず間違いなく今度こそ終わりを迎えるコトになるだろうが……背に腹はかえられない。
待ち望んだチャンス。
ここで掴まなければ、自分のこれまでの人生そのすべてに嘘を吐くコトになってしまう。
(……というか、そもそも既に死んでるし、
どの道選択肢はひとつに限られている。
迷う理由も躊躇う必要性も本来ならば無い。
──だが。
「ふぇふぇふぇ、フェリシアや。そろそろ決意は固まったかい?
もし固まったなら、ワタシゃすぐにでも行動して欲しいんだけどねぇ……ほら、手が近づいてきてるよぉ?」
眼前に佇む使い魔。
自身が
(……なんというか、癪だわ)
三つ眼と嗄れ声。
つい先ほどまでは気配を感じ取るコトもできなかったのに、鯨飲濁流が瀕死に陥った今、こうも簡単に──それも理性を保って──いけしゃあしゃあと現れる己が使い魔。
契約してからそれなりの付き合いでもあるため、性格や嗜好、行動パターンについてはある程度理解していると思い込んでいたが、どうやら考え直す必要があったらしい。
その能力についても。
「……呆れた。アンタ、隠してたでしょ」
「ふぇっふぇふぇふぇ……何のコトだい?」
「とぼけなくていいわ。ねぇ、いつから? まさか契約した時からなんてコトはないでしょうね?」
「…………」
思わず問い詰めるが、ヴェリタスは語らない。
代わりに、三つ眼が逆しまの三日月のようにたわんで笑みを表す。
その眼が存分に語っていた。
──もはや言わずとも分かっているだろう? と。
悔しいがまったくその通りである。
フェリシアは自身の唇を敢えて引き結ぶことで歯ぎしりするのを堪えた。
魔法使いとして使い魔の能力を把握しきれていなかったのは未熟としか言えない。
しかし、今ある現状は自分がこの使い魔と契約したから辿り着いたとも言え、翻ってそれは怨敵を追い詰めるコトにも繋がった怪我の功名的なワケでもあり……
──要は何もかも、完全に掌の上だった。
それが悔しくて気に入らない。
「“
励起した
「吸血鬼ってのは頭より腹でモノを考えるからねぇ。かわいい坊やもキチンと想定通りやってくれた」
「すべてはアンタの読み通りってワケ」
「ふぇっふぇっふぇっ、ふぇふぇ、ふぇ。
……ワタシゃただ頭の巡りに自信があるだけで、おっかない鬼や魔女にはてんで敵わない非力な老婆だよ?
ご主人様の望みを叶えるには、コレしか無かったのさ」
ヴェリタスは悪びれもせずに告白する。
──そう。今回の顛末。事の始まりと終わり。
すべては目の前にいるたった一体の怪異があらかじめ『測定』した出来事だったのだ。
黒鉄門でフェリシアを暴走させ敢えて死なせたのも。
フェリシアの死によってラズワルドの覚悟が誘引され、鯨飲濁流を必ず殺そうと本気になるコトも。
敵を殺せる手札──ラズワルドの特殊なカラダ──が偶然にも揃っており、後はただその手札を最も有効的に活かせる状況を作り出せば良かった。
だから主人であるフェリシアをも犠牲とし、狂気の沙汰としか思えない行動へと足を踏み切った。
その結果としてどれだけの被害が発生しようと知ったことではなく、大事なのは如何にして自分たちの間にある契約を履行するかだけ。
深淵の叡智の前では、リンデンに暮らす民たちも刻印騎士どもも何もかもがそのための駒でしかなかった。
数ある可能性の糸束から、たったひとつ目的を達成するため敢えて未来を絞り込む。
選んだ糸がたまたま主人を一度死へ追いやらなければならないモノだったからと言って、普通は実行しない。
だから、それを躊躇なく実行してしまうところが、やはり人ならざるモノたる由縁なのだろう。
「約束だったからねぇ。弟御の仇を取るのに最大限協力するってのが」
「ええ。おかげさまで悲願達成よ。ラズワルド君には感謝してもし切れない。けど、アンタには
「もちろんだともさ」
ニコニコと優しげに笑うその顔がおぞましい。
が、それよりももっとおぞましくて堪らないのは、吸血鬼が“
師や仲間、都市の人々を必要な贄とし、あまつさえ契約者の命すらも賭け金としておきながら、なおも終わらぬ未来予想図。
契約は履行された。
約束はちゃんと果たされた。
しかし、それで両手を上げて素直に喜ぶにはこの怪異の邪智はあまりにおぞましすぎる。
主人であるフェリシアに黙って計画に踏み切ったコトもそうだが、なにより、
「わたしに人間をやめろと言うのね。憎い怪物の因子を引き継いで、魔女の腕すら取り込んで」
「そうとも。そうしなければ、ほんとうにワタシたち死んじゃうからねぇ……いいじゃあないか。ワタシらと同じになれば身体だって頑丈になる。死の恐怖が遠のくんだよ?」
「
そこだけはハッキリと吐き捨てる。
目の前の怪異はフェリシアが生き返れるチャンスがあるなら喜んで生き返ろうとすると思っていたようだが、冗談ではない。
自分があんなどうしようもない存在に成り果てるくらいなら、今ここでアッサリ身を投げて確実に死んだ方が遥かにマシだ。
今や迫り来る『手』を目前とし、それでもまだフェリシアが動かないのはすべてそこにある。
けれど、
「ンンン? おやおや、まだ信じていないのかい?
このワタシがかわいいフェリシアを丸ごと吸血鬼になんてさせるワケないだろう?」
「ハッ、どうだか。自分の命大事さに主人の命を捨てさせるようなヤツよ、アンタは」
「そりゃ悪かったけどねぇ……さっきも説明したろ?
あの『手』を受け入れて、取り込むんだ。そしたら、空っぽになったこの器の支配権を奪える。奪ったら生き返って、ちゃあんと坊やのところまで導いてやればいい。
そうすれば、魔女の因子がおまえさんの中で吸血鬼の因子を殺し続け、フェリシアは半分吸血鬼の半分魔女になる」
「つまり、新種の化け物ってことじゃない」
下手をすれば、この世に前例のない新たな脅威が人の世に生まれ落ちるというコトだ。
刻印騎士の端くれとして、どうしてそんな展開を受け入れられよう?
飢餓衝動が相殺される保証だってない。
第一、因子がどうの相殺がどうのとヴェリタスは言うが、こいつは使い魔として道連れになりたくないだけ。自分が助かりたいだけだ。百パーセントそうに決まっている。
契約を遵守するためだったからといって、主人をみすみす殺すような相手の言い分を容易く信じられるはずがない。
(うん、そうだ。やっぱり死んどこう)
フェリシアの中で天秤が傾きかけた直後だった。
「坊やに報いてあげなくていいのかい?」
ヴェリタスが卑怯なことを言った。
「なっ──この、卑怯者!」
「アア、可哀想な坊や。フェリシアのためにあんなに怒って、あんなに頑張ったのにねぇ。
きっと怖かっただろうよ? ほんとうは逃げたかったはずだ。
なのに、
カッコよかったねぇ? スゴかったねぇ?
フェリシアはお姉さんなのに、なぁんもしないで逝っちまうのかい?」
「アッ、アンタ……どの面下げて……っ」
フェリシアは思わず怒鳴りそうになるが、しかしヴェリタスはなおも口憚るコトなく。
それどころか、如何にもわざとらしく
「元刻印騎士の口添えがあれば、坊やもきっと大いに助かるはずだけどねぇ?」
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「っ、ああもぉっ、分かったわよッ!!」
ほんのり朱の射し込んだ頬を誤魔化すように、フェリシアは叫んだ。
死んで互いに魂しか残っていないのに、相手の思念が伝わってくるのが実に忌々しい。
怪異の分際で人の繊細な心の揺れ動きを揶揄するなんて、こんなことなら契約せずにぶっ殺しておけば良かった。
せめてもの反抗として、殺意を高める。
が、使い魔はそんな主人の様子を見て、いつものようにやたらクセのある笑い声を漏らすばかりだった。
……ああ、そうだ。認めるしかない。こんなこと、人生で生まれて初めてなのだから。
憎くて憎くて、許せなくて許せなくて。
自分はこの先ずっと、たぶん死ぬまで憎しみに囚われたままだと思っていた。
そして、多くの仲間たちがいずれそうなるように、きっと志半ばで死んでしまうだろうとも。
なぜなら世界は残酷で、わたしたち人間はどうしようもないほど弱すぎる。
でも。
(ラズワルド君は、違った)
心のどこかで諦めを抱いていた自分とは違って、あの小さな男の子は
常冬の山で、白嶺の魔女を守った時と同じだ。
たとえ目の前の壁がどんなに高くとも、どんなに険しくても。
ふざけるな、冗談じゃない、許せるはずがないだろう。
そう雄々しく吼えて、気高く自分の我意を貫いた。
この世界に──屈さなかった。
そしてついには、五百年級の吸血鬼さえ打ち倒して……堂々と、踏み付けにした。
鯨飲濁流を見る彼の青い視線には、人間としての尊厳が満ち溢れていた。
その姿、その気迫、その意志の強さに。
だから……そうだ。これは仕方がない。
相手が十歳の男の子だろうと、あんなにカッコイイところを見せられたら、そんなもの──
(もう、言葉になんてできないわよ)
もしかすると、こういうのを一目惚れというのだろうか。
あいにく、普通の村娘みたくどこかの青年に熱を上げた経験なんか一度もないから分からない。
なんにせよ…………初恋だ。
それだけは、たしかだった。
シーズン2もちっとだけ続きます。
あと、活動報告で軽いアンケートしてますので、
本作が大好きだよって方もそうでない方も時間あったら
コメントしてくれると嬉しいです。
特に作品内容に影響のあるものではないので、気軽にどうぞ〜