ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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ランキングの種類が増えたそうですよ


#28 期待のお約束

 

 

 

 ──行きたくない。

 グラディウス老から話を聞いて先ず思ったのは、それだった。

 

 カース・オブ・ゴッデス三大の最厄地。

 

 東の古き大樹海。

 西の死せる亡国。

 南の回遊大神殿。

 

 いずれもCOG史に名を残す最も()()()()()()()()()()が棲まう場所であり、チェンジリングである僕がノコノコと足を運べば間違いなく遭遇が避けられない。

 チェンジリングとしての特性を差し引いたとしても、そこらの森や山奥とは環境からして次元が違うため、必然的にただでさえハードな常識がますますハードになってしまう。

 普段であれば十分に通用したはずの攻撃が、最厄地ではゴブリンやトロールなどの群れる習性のある比較的弱い人外にさえ効果が薄くなる。

 

 人間世界というより、神話や幻想の世界。

 

 この世とあの世であれば、言うまでもなくあの世。

 昼と夜、春と冬、太陽と月ならば断然後者。

 人がその創造性を以って文明圏を拡げ、神から秘宝匠へ授けられる祝福と加護によってその版図を守り続けるコトで、大都市やその近辺に位置する()()()()()()が比較的小さく弱くなったのに対し。

 

 人が未だ踏破するコトの叶わぬ秘境。

 

 今の時代の文明力では挑むコトすら叶わない其処は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 例で言えば、大気中の魔力濃度は毒に等しく、霧や靄には幻を見せる作用が含まれ、自然の猛威は超巨大積乱雲(スーパーセル)どころの話じゃない。

 

 つまり、人外・異形・怪異にとっての楽園だ。

 

 人間が存在できない真実無謬の絶境魔境。

 “壮麗大地(テラ・メエリタ)”はその中でも圧倒的にスケールが大きく、三大最厄地で最も範囲が広い。

 美しくも(おぞ)ましい神代の森。残酷なる花園。精霊たちの王国。獣が神と成る地。巨龍の棲み家。

 呼び名だけでもこんだけあり、人は踏み入ればまず帰っては来られないという彼岸。

 

 ──なのに、いったいどうして行かなきゃいけないんだ? 

 

 アレか。遠回しどころかもうダイレクトに死ねと言っているのか。調査ついでに厄災の象徴がうっかり死ねばこれ幸い、とでも考えているのが実に見え見えだぞクソッタレ。

 

 ──五百年級の吸血鬼をも殺し得るほど力があるなら、最厄地とて何とかなるのでは?

 

 そんなお題目を掲げられたところで、こちらとしてはイヤイヤイヤと首を横に振るに決まってる。

 鯨飲濁流を殺す程度じゃ足りないと? おほほほほほほ、ホーホケキョ。

 

 最初に聞いた時は冗談かと思ってバカみたいに笑った。

 

 なのに、そしたら怖い顔したおじいちゃんが「残念これが現実なんだ!」と言ってきたもんだから、おかげで久しぶりに現実逃避をしたくなったよコンチクショウ。

 

「嗚呼──クソだな」

 

 ハイ、というワケで皆さま御機嫌よう。

 今日も今日とてチェンジリングは生き辛いコトを骨身に染みて痛感しているラズワルドです。

 僕は今、城塞都市リンデン赤鉄門の外側で、地獄への片道切符を握り締めています。

 せめてもの謝礼──否、餞別としてか、秘宝匠組合からたくさんの生活に役立つ高級品(浄め石など)を贈られましたが、こんなもの死ねば意味は無いので捨ててしまいたいですね。あそーれ飛んでいけキャハハハハハハ! 

 

「──って、もったいなくて捨てられるかッ!」

 

 自分で投げた浄め石をダッシュで拾いに行きます。

 

「ラズワルド……」

「ラズワルド君……」

 

 使い魔と新種の脅威が何か労しげな視線を投げかけて来ていますが、そんなものは気にしません。

 すでに人ではない彼女たちにとって、テラ・メエリタはちょっと珍しい観光地みたいなものでしょうが、まだまだ人間の僕からすれば特設された超広大な死刑場みたいなものです。

 原作知識も合わさって、この頃は憂鬱過ぎてハゲるんじゃないかと不安に駆られています。

 

 ……というか、エルダースはいったい何処に行ってしまったのでしょう? 

 胸がドキドキワクワクする素敵な学園編はいつ始まるので? 

 師匠になるはずのウッドペッカーとは出会えもしていません。

 リンデンの死都化をギリギリで食い止めたはいいものの、その報酬が更なる死地とかちょっと笑えませなんだが? 

 もしやこれが、噂に聞くバタフライ・エフェクト────

 

「…………」

 

 と、そこで。

 浄め石を華麗にスライディングしながらキャッチしたところで、自業自得の四文字が頭に浮かび上がった。

 仕方がないので現実逃避をやめる。

 

「あ、すっごく渋い顔」

「まぁまぁ、泥まみれになって。男の子ねぇ」

 

 フェリシアがこちらを見て目を丸くしているのに対し、ベアトリクスは至ってマイペースのままだ。

 

 ……この中で唯一の男として、狼狽えるのはここらでやめておくとしよう。

 

 普通の物差しで考えるのはアホらしいが、仮にも女性が泰然自若としているのに、男であるこちらが自分を見失っているのは、なんというか居た堪れなくなってくる。

 

「ベアトリクスはまだしも、フェリシアさんはもう少し驚くとかあってもいいんじゃないですか?」

 

 ──三週間前までは人間だったのだし。

 軽く嘆息しつつ、小さくぼやく。

 すると、

 

「あー、それなんだけどね」

 

 フェリシアは苦笑を浮かべ、

 

「このカラダになってから、なんかわたし、あんまり怖いって思わなくなっちゃって。驚いてないワケじゃないんだけど」

 

 そう零した。

 

 ……まぁ、バタフライ・エフェクトの最たる被害者と言えるフェリシアにそう言われては、僕の方に返せる言葉など一つも無い。

 ある意味、この少女の今の状態は僕のせいとも言えるからだ。

 加えて、

 

「それにあれかな、ラズワルド君のことは絶対に守るんだ。この命に代えてもね。……そう決めてあるからかな。前より死が怖くないの」

 

 今はただ──あなたのために死ねないコト。それだけが一番怖い。

 

 なんて、口に出す言の葉とは裏腹に、それはそれは花のように笑ってみせるフェリシアが、僕は正直かなり怖い。

 

 好意を露わにされ、ひたすら好きだ好きだと言われるのも倫理的に問題だと感じているが、そちらはまだ理解ができる。

 魔性へ転じてしまったコトで、チェンジリングに惹き寄せられているのだ。理性ではなく本能の部分で。

 だから、そこは仕方がない。どうにかこうにか、こちらの方でうまく対応していけばいい。

 

 だが。

 

(好きだから誰かのために死ねる? ハハ、なんだよそれ。やめてくれよ)

 

 既視感だ。重なって見えるだろうが。

 我が子のためなら自死すら受け入れようとした彼女と。

 知っているよな、分かるだろう? この身はもう、抱えきれないほどの愛情でいっぱいなんだ。

 この上さらに注がれたら、僕はもう、ますます深みにハマって息を継ぐコトすら難しくなる。

 

 ズブズブ、ズブズブ、溺れて沈んで。

 

 互いに互いへまとわりつく想いの鎖が、重石となって僕らを結ぶ糸をより複雑に、よりほどき難くしていく。

 

 ──何より。

 

(僕は、イヤじゃないんだ)

 

 たとえそれが依存かもしれなくても、こんな自分を必要として求めてくれるコトが、イヤじゃない。

 ラズワルドである僕は、根本的に人の世界には馴染めないから、人ではない彼女たちが、僕の傍にいてずっとずっと一緒だと言ってくれる現状に、この上ない救いを感じてしまっている。

 けれど、それは、人としての在り方というよりも。

 

(彼女たちの側に寄っていく在り方だ)

 

 いずれ決断する時が来るのだとしても、僕はまだ、人を完全には捨てきれない。

 

 共に在るとは決めた。

 相互理解は有り得ない。すれ違いと不理解、種族差からくる壁は幾つもある。

 それでも罪と罰を抱えて、共に支え合いながら生きることは、決して悪いコトではないのだと。

 あの極寒の雪山で、杖を手渡された時から決めている。

 

 そして、ここリンデンでは報いるために戦う是非を知った。

 

 化け物がもたらす惨劇と悲劇。

 繰り広げられる流血と、それに抗う人々の刃。

 この世界で人と魔が共存するコトの難しさを改めて突きつけられ、同時に人が併せ持つ愚かしさと気高さを教えられた。

 

 石を投げられるのには、理由がある。

 

 気に入らないから、邪魔だから、どうでもいいからと、短慮な行動に出てしまうのは悪鬼の衝動(ソレ)と変わらない。

 難しくとも、風当たりがどれだけ強かろうとも、人と魔が共に在るコトを誰しもに認められるように世界を変えていく。

 少しずつ、少しずつ、いつか彼女たちのような存在が現れた時、もっと受け入れられるように、救えるようにするためにも。

 

 ──そのためには、まだ人間としての道徳と価値観を捨て去るワケにはいかない。

 

 愛情に流されそうになっても、踏ん張らなければ。

 このカラダは、すでに只人ではなくなっている。

 魂も明け渡した。

 精神(ココロ)だけはまだ、人としての僕で在り続けなければならない。

 

 ──ゆえに。

 

「神父さん、遅いですね」

「このまま置いていくのはどうかしら?」

「それじゃあ意味がないんですよ、()()()()()?」

「──あら、オモシロイ冗談ね子鼠。オマエに息子をあげるワケないでしょう?」

「──ウソ、かすかなニュアンスの違いに気づいたっていうの……!?」

 

 バチバチと爆ぜる睨み合いを横目に、僕はチラリと赤鉄門の内側を覗き込む。

 正直なところ、テラ・メエリタに魔法使いでもない単なる人間を連れて行くなんて、とても正気の沙汰ではない。

 しかし、リンデン引いては王国の、それが無害認定への最低条件というならば、こちらは首を縦に振らざるを得ないのが現状だ。

 具体的にどうしたらいいかは道ながら考えるとして、とりあえず、やるからにはやらねばならない。

 

 気は無論進まない。ほんとうに、全く以って進まない。

 

 ぶっちゃけ、ベアトリクスを憑依させなければ僕自身も依然としてクソザコナメクジのままなのだ。

 多少ビックリ人間的なギミック(時間を置いたら第三の腕はまた生えてくるようになった)が搭載されたとはいえ、他人の身の安全を気にかけていられるほど余裕はない。

 かと言って、憑依融合を常時維持するのは魔力の総量的にも不可能だ。精神の保護という観点でも今はなるべく避けたい。

 

 ……鯨飲濁流と戦った後に気付いたコトだが、使い魔との憑依融合は思っていたより後遺症が激しい。記憶の混線や感情の共感が頻繁に起こる。

 

 僕の場合、通常の契約と違い、互いに魂をすべて明け渡しているがゆえの混合具合なのだろうが、リンデンに再び戻って来た時のコトを考慮に入れると、少なくとも今回の旅路で憑依融合を行っていいのは二回か三回までにしておきたかった。

 

 それ以上は、僕の精神が僕のままであるとは言い切れなくなる。最悪の場合、リンデンの人々をこの手に掛ける可能性さえも否定はできない。

 

 なので、

 

(できれば筋骨隆々のグラディウス老くらい強そうな人だといいんだけど……)

 

 防衛機能が著しく低下したリンデンで、まさか人間世界の盾を標榜するあの老人が同行してくれるワケはないのだが、アレだけ素晴らしい人間の極致を知ってしまうと、やはりある程度の期待はしてしまう。

 

 せめて、グラディウス老とまでは行かないまでも、屈強そうな巨漢であってはくれないものか。

 

 僕は心からそう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いやぁ、あはは……どうも。わたくし、ゼノギアと申します。遅れてすみません、ははは……」

 

 

 金髪ロン毛、丸メガネの如何にもナヨナヨした優男だった。

 

 ──うん……まぁ、だいたいそんなこったろうと思ってはいたけどね……!

 

 

 

 







以下余談というか舞台裏豆知識
各人の今話までのスタンス(ザックリ)

◆ラズワルド
ベアトリクスと二人で穏やかに暮らせるように頑張る(シーズン2はじめ)

大切に思えるヒトたちにとって優しい世界を作りたい(現在)

◆ベアトリクス
ラズワルド大好き(シーズン1から変わらず)
その他特に人間などあまり興味・関心なし

◆フェリシア
ラズワルド君には弟の分も幸せになってもらいたい(シーズン2はじめ)

ラズワルド君大好きチュッチュ(現在)

◆グラディウス
人間大好き

◆ゼノギア
不明




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