ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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#2 魔法使いの才能

 

 

 

 しんしんと雪が降っている。

 一面の銀世界は冷たく美しく、それでいながら命の熱というものを感じさせない。

 

 吐く息は白く。

 呼吸と心臓の送り出す血液。

 それだけが、唯一温かで信じられた。

 

 僕は集中し、全身の内部に隅々まで意識を張り巡らせる。

 

 内臓の一つ一つ。

 血管の一本一本。

 やがて神経を伝う脳の信号さえ克明になるまで。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 確実に間違うことなく。

 

 そうして、意識が自分自身をようやく捉えたところで、僕は見つける。

 

「そう。それよ。それが私たちの力の根源。魔力の源」

 

 怪物が嬉しそうに指し示す。

 黒衣と白骨の女。

 美しくも見るだにゾッとする異形の美女が、まるで子の成長を喜ぶ親のような声音で僕を導く。

 

 だが、僕はそれを今だけはと努めて意識から遮断した。

 

 体の中にある(・・)モノ。

 曖昧で不確かで、掴み所なんててんで見つからないそれへ、無理やりにでも輪郭を与えてイメージを固定するため。

 

 自分にとって一番分かりやすく、

 自分にとって一番信頼が置け、

 自分にとって一番揺るぎない存在。

 

 それは原作。

 それは知識。

 それは未来。

 

 ──『本』

 

「見えた」

 

 ページが捲られ無数の文字が溢れ出す。

 僕はそれを栞を片手に自由に閲覧するモノだ。

 

 瞬間、イメージは確定した。

 

「──“(イグニス)”」

 

 魔力を伴う言霊が唱えられ、雪原に小さな火の玉が燃え上がる。

 それはユラユラと揺らめいて、蝋燭の火よりかはいささか頼り甲斐があったが、程なくしてパッと消えた。

 

「おめでとう、ラズワルド。やったわね。初めてにしてはすごいわ!」

「……」

 

 我が子の成功に興奮を隠さない母の声。

 しかし僕は、生まれて初めて魔法を使った緊張とは裏腹に、微かな落胆を覚えていた。

 

 ──こんな小さな火じゃ、野ウサギだって狩れやしない。

 

 ましてや一度に万以上もの凍死体を操る化け物には、何の抵抗もできないだろう。

 

 ──頑張らなければ。

 

 魔法に対する理解と訓練。

 それをもっと繰り返し深めていく必要がある。

 

 六歳の春。

 

 僕は隣でキャッキャッとはしゃぐ化け物を横目にしながら、笑顔でそう覚悟を決めた。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 COG世界において、魔法と魔術はハッキリと別種のものとされている。

 

 魔法とは、魔法使いや魔性の存在が自らの内側にある魔力を用いて為す超常現象全般。

 一方で魔術とは、魔力を持たない存在でも触媒や道具を介し、周囲から魔力を集めておけば超常を成し得る(すべ)のコトだ。

 

 前者はいつでもどこでも、使う当人に魔力さえ余っていれば何でもできて、後者は場所や時を選ぶし、条件が壊れてしまえば何もできない。

 

 一見すると魔法の方が便利のように思えるかもしれないが、魔法には魔法で自分の魔力が無くなってしまえばどうしようもないという単純な弱点がある。

 

 他方、魔術はそうではなく、いろいろと面倒な条件を揃えたり貴重な道具が必要不可欠であったりするものの、逆にそれさえ完璧であれば、時に魔法以上に強力なことを実現できたりもする。

 ついでに言うと、魔術は手間暇をかけたらかけた分だけより高次なコトが可能だ。

 大規模な術式を構築して天候を操ったり、巨大な召喚獣を使役したりするのも、基本的には魔術師たちの専売特許と言える。

 

 誰にでも扱える技術。

 それが魔術である。

 

 では、魔術と違って、使える者が大幅に限られる魔法。

 こちらは端的に言えば何なのか。

 

 それは一言、才能という二文字に集約される。

 

 これは、幼い時に妖精に攫われて魔法の才能を後天的に与えられた人間──つまり僕のことだが──でも変わらない。

 

 最初から上限というものが決められていて、成長して大きくなっても、そこに到達してしまえば後はもうどんなに足掻いても絶対的に無意味。

 

 魔法は元来、人よりも人ならざるモノが扱う超常現象とされ、魔術とは違いひどく原始的だ。

 感情や衝動、呪いや祈りによって非常に色濃く影響を受けるし、それが無ければ発動し得ない。

 

 だから、根本的に個々が持つ魔力というのは、現世(うつしよ)よりも幽世(かくりよ)に近しいモノほど、その量を大いに増す。

 

 妖精の取り替え児(チェンジリング)は夜に愛され、()()()()の存在を視界に捉える特別な青い目を持つが。

 

 それは言ってしまえば、究極そこ止まりでしかないのだ。

 

 元が人間である以上、本質的に生来魔性といった存在に比べて遥かに魔力が少ない。

 もちろん、魔力を持たないただの人間や魔術師に比べれば、雲泥の差と言っていい違いがそこにはある。

 

 しかし、そうは言っても所詮は魔力を持つだけの人間だ。

 

 魔女やあやかしのモノと対峙すれば、雲泥どころでは足りない断絶を目の当たりにしてしまう。

 

 分かりやすく数字でたとえてみよう。

 

 僕の今現在の魔力が仮に50だとする。

 これは手から火の玉を出したり、姿を透明にして隠れたりすることができるくらいの魔力だ。

 

 一方、我らが愛すべきママはどうだろう。

 彼女はこのCOG世界で白嶺の魔女と恐れられ、呼び名の通り山ほどの凍死体を一度に操ることができるネクロマンサーだ。

 僕なんかとは桁が違う。

 差がありすぎて正確には推し量れないけど、その魔力はたぶん1万とかじゃないかと推測できる。

 

 普通に考えれば、当然勝てるワケがない。

 もし僕が十人いたとしても、十人みんなで白目を剥いて卒倒してしまう魔力差だ。

 

 しかも。

 

 さらにここに、異形ゆえの身体能力だったり種族特性を加味したりすると──?

 

 おやおや、なんということでしょう! 弱っちい人間にはどう考えたところで一矢報いる可能性すら見当たりません。

 

 なので、それが分かったら化け物と真っ当に対峙して、その上さらに勝とう! だなんて無謀極まる英雄思考はさっさと捨てて、無い知恵を精一杯絞り切りましょう。

 

 普通に戦ったら勝てないのは分かりきっているんだから、弱点を突くなり武器を用意するなりして、どうにか対抗するのがクレバーな人間というものです。

 

 まぁ、だからといって。

 

 積める努力があるのにそれを積まない。

 そんな馬鹿で愚かな話があるワケもないのだから、魔法の訓練をサボるのは非常にナンセンスである。

 たとえ焼け石に水でも、やらないよりはマシ。

 

 ──ハイ、てなワケで。

 

 六歳の時に自分の中の魔力キーを無事ゲットしたものの、未だに手から出せる炎が火の玉(テニスボールくらい)以上に大きくならない。

 そんな悲しいほどにザコな僕ですが、今日も元気にママの監視下のもと、お家で魔法のお勉強をしています。

 成長チートとかないからね。仕方ないね。

 

「いい? ラズワルド。

 私たちの扱う魔法は、基本的に古の呪文に魔力を込めることで奇跡を起こすもの。

 けれど、同じ呪文でも唱えるモノによっては、その現象は大きく変わる。

 何故だか分かるかな?」

「はい、ママ」

 

 頷きながら、相変わらずどこから声を出してるのかまったく分からない骨頭なママに向かって、僕は内心の怯えをひた隠しにしつつ正解を口にする。

 成長チートは無いけれど、代わりにこうやって熱心に教育してくれるママがいるのが、現在唯一の不幸中の幸だ。

 おかげで時を追うごとに薄れていく原作知識も、なんとか補強することができている。

 

「同じ呪文を使っているのに効果が違う場合と、その理由について。

 これは、魔法を使う側に大きな原因があります」

「ふむふむ。続けて?」

「はい。たとえば、“(イグニス)”の呪文ですけど、これの意味は文字通り火です。

 でも、その呪文・言葉への認識。もっと言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()は、個々によって差があります」

 

 火と言えば明るいもの。

 そういうイメージを強く意識して唱えれば、イグニスの魔法は松明や灯火、そういった効果を期待できる。

 しかし、火にはもちろん熱いとか触れれば火傷をするとかの側面だってある。

 それを強く意識し、また攻撃的な感情を持って呪文を唱えれば、イグニスの魔法の効果は言うまでもない。

 

 僕はサブカルチャーに毒された元日本人なので、火で魔法と言えばファイヤーボールという先入観が強くこびり付いている。

 そのため、特に意図しないでイグニスの呪文を唱えると、自然と火の玉ができあがってしまうのだ。

 

 ……ちなみに。

 

 COG世界の魔法は基本的にラテン語の単語なので、原作小説が日本でも流行った時、中学生の間でラテン語が凄まじく飛び交うことになったとかそうじゃないとか。

 

 閑話休題。

 

「つまり、魔法とは使い手の心象。概念に伴うイメージそのものであるため、効果に違いが生まれます」

「正解! ふふっ、よくできました」

 

 つらつらと述べた僕の頭を、ママがニコニコ(雰囲気)としながら撫でる。

 

 冷静に考えれば九歳の子どもがこんなふうに小難しい理屈を理解できるワケがないのだが、そこはやはりイカれた化け物なのだろう。自分にとって都合がいいように現実を見ている。

 普通なら僕を捨てたあの両親のように、こんなボキャブラリーに富んだ子どもは気味が悪いと思うはずだ。

 

 しかし、その本質が子どもを失った母親の霊の集合体であるママにとって、自分の子ども(僕)が教えれば教えた分、打てば響くように賢くなっていく──もちろんパッと見の上では──コトは、非常に喜ばしいことらしい。

 

 要は親バカなのだ。

 

 おかげで僕としては割と自らの異常性を隠さずにやっていけて、少しだけ気が楽な部分もある。

 

 ──しかし。

 

「それじゃあ、今日のお勉強はここまでにしましょっか。

 私はこれから、ちょっとお買い物に行ってこないとだからね」

「……うん」

「ふふふ。今日は新鮮なお肉(・・)が入ってきたみたい。

 愛しい坊や。寂しいだろうけど、すぐに帰ってくるからね」

「……わかった。いってらっしゃい、ママ」

 

 頬にされるキスはいつだって██に溢れ──冷たい骨の感触。

 頭を撫でる手は█しく█かな█の──忌まわしい屍人の手。

 

 息子を褒める言葉も理性を帯びた振る舞いも、それは本物ではなく偽りのごっこ遊び。

 

 僕を見ているようで見ていない。

 

 暗く淀んだ闇の眼窩からは、今日も金色に光る魔物の狂気が滲んでいる。

 

 これで何度目か。

 僕が彼女を見送り素知らぬ顔で夜を過ごすのは。

 朝になって帰ってくるあの魔女に、笑顔でおかえりなさいと言わなければならないのは、もう何度目になるんだろう。

 

「お前のせいだ」

 

 ……誕生日は近い。

 

 だから。

 

 だから僕は、今夜も必死に待ち続ける。

 その時が来たら、迷わず逃さず。

 絶対に、そのチャンスを掴めるように。

 

 僕にとっての救い。

 

 あの少女が、やって来るのを……

 

 

 

 


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