ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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説明回です。



#29 世界の解像度

 

 

 

 

 

 今さらではあるが、改めておさらいをしよう。

 カース・オブ・ゴッデスは中世ヨーロッパ風の架空の島国を舞台にしたダークファンタジーだが、その規模と内実について、僕はこれまであまり深く触れて来なかった。

 正確には、目の前のコトに常に精一杯で、国や社会についてなんか意識を回す余裕が無かったというのが実態なのだが、常冬の山を降り、人口最大(過去)の城塞都市で一ヶ月以上もの時間を過ごしたいま現在。

 

 ベアトリクスという最愛や、フェリシアという大切。

 人間でありながら、妖精の取り替え児を恐れず一人の人間として接してくれるグラディウス老など。

 

 周囲を取り巻く環境の変化。

 それと、世界の優しさに少しだけ包まれたコトで、僕の方にもいよいよ多少の余裕が生まれつつある。

 “壮麗大地(テラ・メエリタ)”──最厄地に行くのは死ぬほどしんどくて堪らないが、それはさておいても、頼りにできる誰かがいるというのは素直に有り難いものだ。

 

 ──なので、

 

「これから東の最厄地に向かうにあたって、今さらだけどこの島──『カルメンタリス島』について話をしよっか」

「どうして?」

「んー、まぁ、必要だからかな」

「そうなの?」

「そう!」

 

 リンデンを出立して一日目。

 早くも名残惜しくなってきた憤怒の騎士亭を思い出しつつ。

 僕は己の使い魔であるベアトリクスに向けて情報共有の建前の元、原作知識を思い返すことで、改めて世界の構成図を再確認することにしたのだった。

 

 というのも、ちょっと僕の使い魔と来たら、僕以外の何かに対してあまりに興味関心が無さすぎる。

 

 グラディウス老と真剣な話をしている間も、膝の上で僕を抱えるコトただそれだけに集中していた。

 赤鉄門の内側にいて機嫌が悪かったのもあるだろうが、女中さんらを含めてとにかく()()()()()と扱い、眼中に収めるコトさえしなかった。いや眼ないけど。

 

 フェリシアはフェリシアでチェンジリングの色香にやられて頭がパーになってしまっているが、一応、彼女は元上司の前できちんと椅子に座って黙る程度の理性を保っていたから、比較すると「うーん」となる。

 

 ……まぁ、フェリシアはフェリシアで別の問題があるので何とも言えない。

 

 しかし。

 

 世界に対する認識。

 人魔共通の常識が、恐らく三百年前のままストップしているだろうベアトリクスと、一応つい最近まで現代人(僕からすればどちらも未開文明人だが)だったフェリシアとを比べた場合、常識のアップデートが速やかに必要なのは、明らかに前者である。

 

 あと、人のベッドで当然のようにスヤスヤする(やめてほしい)ような女性よりも、使い魔としてご主人様の意思をきちんと優先してくれる女性の方が、素直な分より説明がしやすい。

 

 というワケで。

 

「ゼノギアさん。今からちょっと僕とベアトリクスとで大事な話を始めますが、間違ってたり補足があればお願いします」

「──わ、分かりました。浅学非才の身ではありますが、このゼノギア、可能な限り尽力いたします……」

「そこまで畏まらなくてもいいんですが……まぁ、お願いします。──フェリシアさんは……そうですね」

「うん! なに!?」

「影の中から声がすると通りすがりの人から不審な目で見られるので、あんまり喋らないでください」

「え」

 

 正式に旅の共となった新たな二人。

 かれこれ三時間ほど一緒に馬車道を歩いている神父さんと、吸血鬼因子のせいで陽の光が苦手になってしまったフェリシア(イン・マイ・シャドー)に告げて、僕は前を向く。

 

 城塞都市リンデンからテラ・メエリタまで、何しろ道はすごく長い。

 

 ゼノギアという人間がどういう人となりをしているのか。

 今回の旅においてどういう経緯を辿って生贄役──言うまでもないが彼の立場は捨て駒も同然だ──に抜擢されたのか。

 原作にも登場しない人物なだけに、僕はそれを見極める必要がある。

 

 見たところ、ゼノギアは明らかに凡人といった風体であり、年齢は二十代の後半から三十代の前半。

 

 表情は固く、常に緊張を湛え、僕やベアトリクスが何かをしようとするその度に、小さくない怯えを滲ませている。

 

 まるでというか、まんまというか。

 

 そのまま見れば、ゼノギアという神父は間違いなく昼行灯という言葉がよく似合う人物だ。

 人から頼られたら断れず、それゆえに他人からいいように使われてしまうお人好し。

 言っては悪いが、世渡りが下手で、出世もできない。日本の冴えない中年男性によくいるタイプ。だから貧乏クジを引かされてしまう。

 

 ──だが。

 

(何かが、引っかかる)

 

 記憶の欠片か、ただの思い過ごしか。

 

 ……なんにせよ。

 

 テラ・メエリタまで途中何度かショートカットのために淡いの異界を通るコトになるが、それまで何の会話もないまま黙々と目的地まで──というのは有り得ない。

 

 会話があれば、人は自然と耳を傾けてしまうもの。

 

 そして耳を傾けてしまえば、自ずと反応は表れる。

 快か不快か。好感か嫌悪か。同意か否定か。享受か拒絶か。能動か受動か。保守か革新か。沈黙か絶叫か。忍耐か爆発か。常道か外道か。正気か──狂気か。

 向こうもこちらを推し量ってくるだろうが、構わない。

 

 僕はチラリと一瞬だけ視線上にゼノギアを捉えてから、言葉を続けた。

 

「まずはじめに」

 

 ──まず、はじめに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界には、大別して二種類の御伽噺がある。

 

 一つは、教会が広めている創世と創造の唯一神の物語。

 もう一つは、大昔から島のあちこちで根付いている土着の信仰。

 

 前者が主に教会の勢力圏。大国や大都市でメジャーであるのに対し、後者は人里離れた辺境であればあるほど、信じる者が多くなっていく。

 

 なぜか?

 

 それはこれら二つの御伽噺が、大きく分けてやはり二種類の人種によって正しいと思われているからだ。

 

 すなわち、()()()

 

 より正確には、秘宝匠などの神秘の職人と、魔法使いや魔術師。

 文明の火を尊び、文明の火によって恩恵を得られる側の人間と、魔境の火を扱い、魔境の火によってこそ恩恵を(こうむ)ろうとする側の人間。

 

 つまりは、多数派と少数派。

 

 大都市などの人口が密集する環境では、人間の文明力は自ずと跳ね上がり、秘宝匠はその生産力で大勢の人間をカバー可能になる。

 一方で、人口の少ない田舎や僻地では、秘宝匠はその数も少なく居たとしても少数ゆえに生産量が足りず、神の恩寵にも限りがある。化け物被害を防げない。

 翻ってそれは、秘宝匠よりかは数が多い魔法使いや魔術師(特に魔術師)を頼らんとする者が大勢(たいせい)を占めるというコトで、頼りになる方の言い分をこそ人は受け入れてしまうもの。

 

 人間が人間としてその力だけで生存圏を押し広げられるよう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと信じている集団と。

 たとえ絶対でなくても、魔力を用い、強大なる存在から身を守る術を齎してくれる集団とでは、常日頃から化け物被害の恐怖に晒されている辺境僻地の人間にとって、いったいどちらが有り難いものなのか……そんなのはいちいち考えるまでもない。

 

 よって────カルメンタリス。

 

 カルメンタという『神』の名にあやかりそう名付けられたこの島では、人口の過疎過密によって神に対する受け止め方が異なってくる。

 

 神を人間にとって崇めるべきモノ。

 崇拝し、秩序と安寧の創造主であると信じるか。

 

 神を人間にとって畏れるべきモノ。

 畏怖し、混沌と退廃の創造主であると信じるか。

 

 表立ってハッキリと対立し、互いに睨み合うほどの宗教観ではないにしろ、都市部と辺境とではこの違いが間違いなく溝のように横たわっている。

 

 そして。

 

 カルメンタリス島は大きく捉えると菱形(ひしがた)

 南北に長く、東西にやや短い()()()の島国だ。

 外縁部に向かえば向かうほど地形は厳しく反り立つような壁になって行き、中央に向かえば向かうほど平野になっていく。

 必然、人間の生活圏・文明圏は島の中心に集まるし、外縁部に近ければ近いほど魔境としての度合いは上がっていく。

 

 とはいえ、カルメンタリス島は島と言ってもほとんど大陸に近い。

 

 単なるイメージ的な規模の上では島以上、大陸未満と言っていい広さがあり、周囲は間違いなく断崖絶壁に囲まれているが、中洲(なかす)の逆バージョンのように、島内でありながら海と面した土地も少ないながら存在する。

 当然、東西南北によって気候も異なり、気候が異なれば採れる食物も違う。食べ物が変わってくれば、言わずもがな文化も風土も変わる。

 

 外縁部からある程度の境界線はあるにしても、人々は生きるために、自分にとって住みやすい環境として様々な場所を居住地とすることが可能だった。

 

 そして今現在、カルメンタリス島には大小幾つもの国がある。

 

 その中でも無視できないのが……

 

 東部最大──『帝国』レグナム・オーリエント。

 西部最大──『宝国』レグナム・アッキデンス。

 南部最大──『魔国』レグナム・メリディーエス。

 北部最大──『王国』レグナム・セプテントリオ。

 

 東西南北に位置する四つの大国。

 それと、

 

 中央最大──『教国』レグナム・デア。

 

 分かりやすく、基本的に東西南北真ん中で覚えてもらえばいいが、この五つの国によって、人類は大まかにその生存圏を確保している状況だ。

 

 東の帝国は軍国主義で、力こそパワーの戦士族。化け物相手にも剣と筋肉で抗う超スペクタクル国家。毎日がクライマックス。

 西の宝国から武器や鎧を買いまくり、男はみんなバーバリアン。傭兵家業もこなし、戦争大好き。だいたいいつも血だらけ。

 

 西の宝国は文明主義で、生産力バリバリ。法も制度も秘宝匠にとっての楽園国家。

 しかし反面、自国の戦力が心もとなく、化け物に対しては消極的な姿勢しか保てない。帝国のおかげで経済は潤っているものの……秘宝匠の死=国の崩壊で絶えず弟子の量産に苦労している。

 

 南の魔国は魔力主義で、魔法使いや魔術師が最も多く、使い魔を利用した防衛機構が他国より何より素晴らしい。

 が、目には目をの精神が強すぎて、いずれ邪法のしっぺ返しか何かで深淵に呑み込まれそう。やっぱり危険。

 

 北の王国は普通主義。他の国に比べると何もかもが普通。

 教会も魔法使いも秘宝匠も化け物も、すべてが平均的で四カ国の中では実は一番平和。

 北部ゆえに化け物の絶対数がそれほど多くなく、古の遺跡を利用した都市(例:城塞都市リンデン)などもあり、滅多なコトでは危機に瀕しない。

 食糧事情がややネック。

 

 最後、中央の教国は島内で一番いい位置を陣取っているだけあって、教会の総本山。

 産めよ増えよ地に満ちよ。

 神の恩寵が宿った太古の()()()()であり、国のすべてにリンデンとは比べ物にならない破魔の力が宿っている。

 カルメンタリス島唯一の安住の地であり、約束された聖域──なのだが……

 

 近年、国のトップである教主の代替わりが起き、奴隷制を導入。

 

 各国に対する姿勢は変わらず()()の一念のみであるそうだが、急激な体制の変化に疑惑の目を向ける者も少なからず居り、注視が必要か。

 

 ──何にせよ。

 

 どの国でも基本的な社会常識はこれまでと何も変わらない。

 チェンジリングは厄災の象徴で、二つ名持ちの化け物は国を問わずに伝説級。

 唯一、騎士団に限っては、他国に刻印騎士団ほどの精鋭が居ないコトが確定している。

 タガが外れ、たとえ格上だろうと躊躇わずに挑み続ける騎士たちと、自分たちに可能な範囲でしか挑むことをしない騎士とでは、日頃の練磨に差が出るのは仕方がない。

 

 とはいえ。

 

 島の中央に近づけば近づくほど、人ならざるモノはその力を弱め(弱めてもあまり勝てないが)。

 島の外縁に近づけば近づくほど、人間はただのエサか玩具かから更に下のモノへ成り果てる。

 人間にとって、文明=秘宝匠=聖域の図式は、古来より続いたままだ。

 

 最厄地とは、島の外縁部の中でも一際危険な『異界常識下』の土地を指す単語。

 

 ──ゆえに。

 

 これから僕らは──東の帝国を通り抜け、常冬の山(かつての地獄)をも超えるかもしれない壮麗大地(新たな地獄)へと、足を踏み入れる。

 

 

 覚悟など、必ず塗り替えられる確信があった。

 

 

 

 

 

 

 









tips:淡いの異界

現世と幽世の狭間に位置する空間だが、現世と重なり合うように存在する。
淡いと名にあるように、すべてが曖昧。
基本的に生き物の居ていい世界ではないため、人間は長時間滞在すると強制的にラベル(魂の情報)を書き換えられる可能性がある。
魔力を持つ存在はここを利用することで、旅のショートカットが可能。
理屈としては、入った時の距離の概念と座標の概念が、入った後に淡く曖昧になった瞬間を狙って出ようとするだけ。
慣れれば瞬間移動が自由自在になるが、慣れるまでは必ず二人で入らないと閉じ込められたり知らない場所に出る可能性あり。
なお、ごく稀に変わり果てた残留者や、通りすがりの二つ名持ちとエンカウントするかもしれない場所。






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