ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です 作:所羅門ヒトリモン
ドジっ子が登場します。
──空気が変わりましたね。
話を終えて、まず感じたのはそれだった。
人生の開示。
悲劇の吐露。
それも、自分のような罪人の半生であれば、聞いた者は大抵がある反応を示す。
憐憫。あるいは同情。
実の父と幼馴染であるメイドを除き、これまで自分を哀れまなかった人間はほとんどいない。
年端もいかない子どもであれば、たとえこちらの話のすべてを理解しきれずとも、なんとなくで「これは可哀想な話なんだ」と察するだろう。
だから、返ってくる反応は今回も変わらないはず。
そう思い、十歳の子どもに長々と自分の罪を告白した。
なぜなら、
(人から少しだけ距離を取りたいとき、腫れ物になるコトほど効率的な選択肢はありませんからね)
憐憫も同情も、周囲が自発的に「いまはそっとしておいた方がいい」と判断してくれる良い切っ掛けになる。
あのまま、変に不審に思われたままなのを放置したりすれば、子ども特有の無遠慮な好奇心で質問責めにされる可能性があった。
ゆえに、敢えて自分から情報を与えることを決めた。
そうすれば、向こうも一定の納得を得るだろうし、自然と距離を取ってくれるとも考えたからだ。
(子どもは苦手です)
もちろん、子ども全般という枠で括らず、ラズワルド個人に何か思うところがあって距離を作ろうと思ったワケでもない。
チェンジリングに対する偏見も差別意識もゼロ。
魔女や夜族への恐怖心はあるが、そちらはそちら。ラズワルドには関係ない。
したがって、たったいま自分の背後を歩いている少年には、責められるべき非など何ひとつとして存在しなかった。
(むしろ、すべての非はわたくしの方にこそある)
かつて、愚かにも救えると驕った末に、五人の子どもを死なせてしまった。
それどころか、ひとつの村を壊滅に追いやった恐るべき過去を持つ。
そんな自分が、任務とはいえ密に子どもと接するのは……許されざる悪行だ。
だから、こうして長話を終えた後、期待した通りに自分と彼との間で会話が少なくなったのには、心底ホッとした。
黒の髪と青の瞳──
厄災の象徴と対面するのは生まれて初めての経験になるが、なるほど。たしかに尋常の子どもではないのだろう。
ともすれば、未だ幼い身空でありながら自分などよりずっと辛い人生を歩んでいる。
そのためか、自分の知っている子どもたちよりも、ラズワルドは遥かに大人だ。
会話の受け答えもしっかりしているし、ふとした拍子に顔を覗かす振る舞いも、とても十歳のものとは思えない。
リンデンを出立する直前、グラディウス翁からはフェリシアという少女の裡側に深淵の叡智を携えた怪異が潜んでいると聞かされた。
ラズワルドの異常な賢さは、恐らくはその魔法によって幼年期を捨てたコトに拠るモノだろうとも。
たしかに、そうなのかもしれない。
もしくは、チェンジリングとしての特異な生い立ちが自ずとそれを奪い去ったとも考えられるが……どちらにせよ、自分からすればやはり
ラズワルド自身が望んでチェンジリングになったワケではないし、あの子たちと同様、そう生まれて来てしまったというだけの命に、そも初めから罪などあろうはずがない。
……罪があるのは、
(徹頭徹尾、わたくしです)
己の贖罪と自罰のために、無垢な幼子を都合よく利用している。
しかも、それを悔い改める気が微塵もない。
ラズワルドらにとって、今の自分はリンデンに帰り着くまで死なれては困る人質のようなものだ。
それなのに、自分はいざとなれば、喜んで死ぬ気でいる。
相応しき舞台と相応しき役どころ。
血に穢れた我が身の汚辱を雪ぐのにピッタリな機会さえ訪れてくれれば、自分は諸手を挙げてこの身を炎の中へと焚べる覚悟を秘めている。
たとえば、それは追っ手からの追跡を振り切るための
肝心なのは、自分が間違いなく誰かの助けとなり、善行を成し得たと胸を張れる終わりであること。
それさえ条件が揃っていれば、命などどうとでも捨てられる。
いいや──捨てなければならない。
重罪人である自分が資格を得るには、常人よりも遥かに身を粉にする献身が必要となる。
神は人間を創造したその時から人間を見守り続け、今なお愛しているからこそ、
そうでなければ、精悍にして溌剌たる匠たちの手によって、人間世界を守る聖域は維持されていない。
(たとえ職人ならざる卑しき愚物であったとしても、常軌を逸した献身と奉公の果てに、もしかしたら神の目が一度は留まるコトがあるやもしれない)
赦しと救いはその時にこそ、与えられる。
で、あるなら、自分は迷わず最厄地にだって飛び込もう。
ラズワルドらには申し訳ないが、それが嘘偽りのない正直な本音。自分でも分かっている。なんという身勝手な本性だろう。厚顔無恥とはまさに己を指すためにある言葉に違いない。
ゆえに。
身の上を語り、悲劇を話した。
それによって思惑通り、一定の距離を作ることに成功したのはやはり幸いだった。
この旅が始まって以来、度々突き刺さる使い魔からの殺気や少女からの冷たい視線が地味にキツかったというのもあるが、何より──罪悪感がこれで少しは薄められる。
子どもは苦手だ。
どうしたって辛い過去を思い出させる。
(けれど──反面、雨は好きです)
小雨も霧雨も
冷たい水に打たれ、身体が芯から冷やされていくのを実感すると、自分の罪が少しだけ雪がれるような錯覚を覚えるから。
雨の日はいつだって散歩をしたくなる。
(……まぁ、雨というのは実のところ、空気中の塵やゴミを含んでいて、見た目ほど綺麗な水ではないそうですが)
ともあれ、気分は大事だ。
教えてくれた実家の幼馴染メイドからは「率直に申しまして単なる感傷ですね。
メイドとはいえ、アレは住み込みゆえか少々実家の環境に慣れ切ってしまっていていけないと思う。一度、誰かが清貧の何たるかについて教えてやる必要があるだろうとも。
あと、自分が聖職に進み実家を出た立場なのは事実だとしても、一応は雇い主の息子なのだから、もう少し言葉に気遣いというか手心というものを……
(──思考が逸れましたね)
気づき、現実へ立ち返る。
考え込むとすぐに自己へ埋没してしまうのが自分の悪いクセだ。
任務の最中で、それはあまりよろしくない。
意識を仕事モードへ。
……さて。
(ふむ。ちょうど、村が見えてきましたね)
背後ではすでにラズワルドが使い魔を淡いの異界に隠れさせている。
髪色も魔法で赤毛に見えるよう、いつものように変装も完璧。
自分は大人として、せっせと役割を果たさなければ。
ふぅ、と息を吐いて入口を探す。
「…………」
──異変の感知。
「? ゼノギアさん?」
「静かに。様子がおかしい」
片手を挙げ止まることを指示しながら、耳を澄まし辺りを警戒する。
脳裏に響く警鐘。
肩を打つ雨の音に混じり、何か聞き慣れない呻きのような音が聞こえた。
それもひとつではない。複数。折り重なるようにたくさんの
思わず黒小人を連想してしまったが違う。
「……雨で見えづらいですが、門衛の姿がありませんね」
村の明かりも、薄暗い雨の日にしては疎らだ。
活気も乏しい。
物音や気配はあるが、人間か?
無意識にクロスボウへと手が伸びる。
すると、
「!? 下がって!」
遠くからヒュルンッ、というあまりにも耳慣れた音。
鼓膜がそれを捉え、意識するより先に身体が動いた。
言いながら跳躍し、大きく後退。
直後、自分が今しがた佇んでいたその場所に、一本の矢がサクリと突き刺さる。
「……矢文?」
恐る恐る近寄って開けてみると、中には丸められた羊皮紙が入っていた。
出だしは五文字。
『助けてくれ』
§ § §
面倒なコトになった。
降り頻る雨の中、通過する予定の村から救援を求められたと分かったとき、僕の胸に去来したのは面倒。その二文字だった。
「助けましょう」
村から少しだけ離れた道の上。
フードを被ったゼノギアはクロスボウに矢を装填しながら言う。
困っている人が村の中には最低でも四十人。
己の贖罪と自罰に対してどこまでも貪欲なこの神父は、『掃除』を前にしても一向に怯む様子を見せない。
それどころか、何の迷いもなくコンマ一秒の逡巡さえせずにアッサリと決断した。
僕はそれを、少し待てと押し留める。
「矢文によれば、あの村には今、残留者が湧き続けている状況です。
けど、帝国の軍人たちと僅かな生き残りである村人たちは、矢倉や家の屋根など高所に避難していて、今すぐに助けが必要なワケじゃない」
「ですが、彼らは助けを求めています」
「ええ。だから、助ける方法について考える時間をください。ゼノギアさんが一人突っ込んだとしても、矢の数には限りがあるでしょう。彼らは残り少ない武器を消費して、こちらにメッセージを送った。その意味を蔑ろにはできない」
「……」
丸メガネの奥がギラギラと鈍色に光る。
僕はホッと胸を撫で下ろしつつ、マズイな、とこの先をどうするか考えた。
目の前の帝国村は、テラ・メエリタまでの経路を考えると実はそこまで重要というワケではない。
遠回りにはなってしまうが、避けようと思えば避けられなくもない単なる一通過点だ。
安全を優先するのであれば、迂回して先に進むのが普通は正しい。
しかし、すでにゼノギアの中で見捨てるという選択肢は論外になっている。
頭のネジがやや緩んでいるだろう善人の前で、露骨な非道は関係の悪化を招きかねない。
第一、力づくでヤメロと言い聞かせても、ゼノギアは単身クロスボウを片手に乗り込んで行くだろう。止められはしない。
そして、リンデンに戻った際、仮に法衣を身にまとった異形ミイラをゼノギアと言い張ったところで、僕は周りから石を投げられる未来しか想像できなかった。
──ゆえに、助けるしか道はない。
だが、
(僕はチェンジリングだ)
人外を惹き付ける。
異形ミイラは鈍いため、この距離にいればギリギリ気づかれる心配はないが、村に踏みいれば確実にロックオンだ。
そうなれば、ここまでの道中、チェンジリングであることを慎重に隠しながら進んで来たのに、助け出した人間たちから最悪恩を仇で返される恐れがある。
すでに犠牲は生まれていて、心に傷を負った者は大半なはずだ。
八つ当たりや憎悪で済めばまだいい。
が、帝国は国のトップである皇帝からして人外ブッコロ頭ヒャッハーな軍事帝国。
手配書を回され軍の追っ手が来るようになれば、ベアトリクスとフェリシアを止められる自信が、ハッキリ言って僕にはない。
素性を隠し通すのは絶対の最低条件。
一番の安全策は、僕が村に入らないコト。
……とはいえ、それはゼノギアをたったひとりで死地へと向かわせるコトとほぼ同義。
まさか、ベアトリクスとフェリシアを差し向けて堂々と事態の解決を図るワケにもいかないし(そんなコトをすれば大パニックだ)、事態は非常に面倒な様相を呈している。
一番簡単で且つ最も安全度が高い方法を取っても、村の中で恐怖のケタが爆発的に跳ね上がればその後がマズイ。
ベアトリクスとフェリシアの投入は、下手をすればチェンジリングより酷い結果を呼び起こしかねなかった。
では、次善の策として、ゼノギアと僕が二人仲良く背中を預け合い命をチップに村人たちを救うというのはどうだろうか。
ゼノギアの弓の腕には信頼が置ける。
僕も“
知性のないノロマなミイラ程度であれば、触れられるコトだけに注意して、後は遠くから一方的に殺し続ければいいだけではないか?
高所に辿り着きさえすれば、それこそ軍人たちと一緒にワンサイドゲームの始まりだ。
問題は、ゼノギアも百人隊も矢を失えば戦力にならず、僕は魔力を失えば何もできないという点。
湧き続ける敵に対して有効的な策とは断じて言えない。
しかも、僕が村に入れば恐らくミイラどもは半狂乱となって活性化すると考えられる。
化け物が死に物狂いで迫ってくる光景は、僕としても精神的にかなりキツい。
────さて、するとだ。
「大元を叩きましょう」
「大元?」
「はい。『掃除』は淡いの異界の自浄作用です。数十年間溜まりに溜まった不要物を放出しきるまで、『スポット』からは延々と残留者が垂れ流されます」
ゆえに、まずは淡いの異界から直接残留者たちを殺し尽くす。
ベアトリクスでもフェリシアでもいいが、そうすればわざわざリスクを負ってまで不毛な消耗戦をする必要もない。
そして次に、
「大元をどうにかできれば、淡いの異界の許容量には空きが生まれます。『スポット』は恐らくその時点で消える。
後は、僕が淡いの異界から村の中で門を開けさえすれば、奴らは人間よりもチェンジリングの方へと自然に引き寄せられる」
そうなれば、後は一網打尽。
残留者などベアトリクスとフェリシアの敵ではないし、皆が救われる。
完璧だ。僕、もしかして天才じゃないか?
我ながらこれ以上ない最高のアイデアに、僕は思わずどうよ? とゼノギアを見た。
「っ……そん、な──ウソだ」
愕然とした表情で否定された。
「……いや、本気ですけど」
100%の打算による堅実な選択肢。
これなら僕もゼノギアもどちらも確実に助かる。
……そりゃ、この男からしたらせっかくの苦難を取り上げる形にはなるのだろうが、だとしてもこちらにも都合というものがあるのだから、そのくらいはせめて妥協して欲しい。
(そんな、あんまりだ、みたいな顔で見ないでくれないかな……)
悪いが、これに関しては譲る気はない。
僕は淡いの異界にいる最愛の使い魔に、やって、と一言即座に意思を伝えた。
「……………………」
反応がない。
「ベアトリクス?」
名前を呼んだ瞬間だった。
「
「言うのが遅いッ!!」
影の中から、突然、フェリシアが僕とゼノギアを引っ掴み、猛スピードで駆けた。
目にも止まらぬ怪足の移動。
急激な
止まったと思った時には、僕は吐いていた。
「オッ、ヴォええ」
「ウッ──これは」
横でゼノギアが大人としての矜恃を必死に奮い立たせていたが、程なくして大地に膝を着いた。
一転して最悪の気分になりながら、僕は状況を窺った。
霧雨の中、村からはほんの一瞬でおよそ五十メートルほどの距離ができている。
フェリシアが言った。
「ごめんね、ラズワルド君! 痛かったね! 後でちゃんと謝る! でも、今は許してッ」
「な、なにが──?」
緊張感を孕んだ声。
嫌な予感に、僕は先ほどまで自分が突っ立っていたであろうあたりを、うんざりした思いで振り返った。
そして──絶句する。
「嗚呼──不浄だわ。醜怪だわ。嫌気がさすわ。気色悪くてたまらない。取るに足りない人間の成れの果て。哀れな魔女に、アレはなに? 継ぎ接ぎだらけの
そこにいたのは、
目も耳も鼻も口もなく、しかして見るものに絶対的な美を印象づける
背中に広がる光翼。後頭部に浮かんだ回転する光輪。
薄いヴェールで覆い隠すのは、どこまでも華奢で可憐な少女の美しさだ。
──
神の創り給うた至高の芸術。
天上より下界に放逐された、
またの名を
「──『天使』……!」
人も魔も焼き払う奇蹟の再演者が、ベアトリクスを踏みつけにし、そこにいた。
百人隊視点:
隊長がうっかりゼノギアを撃ちかけたら、一瞬で姿が消えた。
「待て、オマエたち。落ち着け──オレは悪くない」