ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です 作:所羅門ヒトリモン
百人隊長ォォっ!
ファンタジーのお約束を知っているだろうか?
幻想、超自然、神話に魔法。
世界観を構築する上で、ある種の非現実を基盤にしつつ、一貫した設定をルールとするコトで、それを作品内での主題に据えた物語。
一般的には、舞台が現実を元にしていればロー・ファンタジーと。大陸や国からして独自の世界なのであれば、ハイ・ファンタジーと呼称される。
しかし、ローもハイも、それがジャンルとして明確にファンタジーなのであれば、大凡どんな作品にもある
分かりやすく他のジャンルも混じえて例えてみよう。
たとえば、サイエンス・フィクション。
俗にSFと親しまれる空想科学を根幹とした作品では、その物語が始まる理由や背景に、とある仮想技術や発明が『必須』となってくる。
タイムマシン、ロボット、宇宙船などなど。
どれも物語を始めるのに絶対的に必要不可欠なものだ。
一方で、ファンタジーでは先ほども幾つか例に挙げたように、幻想、超自然、神話に魔法等の、摩訶不思議な要素がほとんどの場合で作品世界の根幹を占めるようになる。
そして、ファンタジー作品では、世界の成り立ちを語る上で最も多く使用されるのが『神』の存在だ。
光あれ。
要はそうして世界が創造されたと説明するのがファンタジーなのだから。
──つまり。
SFにおける空想科学技術や発明が、ファンタジーにおけるある種の神であるのと同様に、ファンタジーにおける神は、SFにおける必須要素に等しい。
重要であり、不可欠。
……では、ここで、もうひとつの質問だ。
カース・オブ・ゴッデスはダークファンタジーであり、舞台となる島の名前はカルメンタリス。
多くの人間が生活し、多くの魔性が跋扈するこの世界は、果たしていったい誰がどのようにして産み落としたモノなのか。
……神が実在する理不尽を、僕はかつて、これほどまでに否定したくなったコトがない。
「まさか、そんな……
見開かれた目。
隣でゼノギアが驚愕の気配とともに立ち上がる。
先ほどまでのギラつきは失われ、もはやそこには単純な驚きと畏怖の念だけが宿っていた。
己の吐瀉物が足元にあるコトすら忘れ、ビチャリと靴が汚れるのも気にしていない。
──忘我。どこまでも忘我──
それを尻目にしながら、僕はギッ、とひたすらに歯軋りを堪える。
ゼノギアからすれば、感動の遭遇だろう。
この島の信徒たちにとって、目の前に現れた異形は特別な意味を持っている。
創造神カルメンタを信仰する者にとって、神が手ずから拵えた工芸品は文字通りの聖遺物だ。
像に機構とつくからには、もちろん、生き物ではない。
だが、僕からすれば目の前の異形は所詮、単なる異形だ。
背部と後頭部の光翼と光輪は、なんだ、いったいどんな理屈でそこにある? まるで意味が分からない。
──
神が人間──人間の創り出す文明と文化を守るために製造した自動人形であり、その設計思想と設計理念ゆえ、『天罰』の機能を盛り込まれたバケモノ中のバケモノ。
それも、魔性のモノにとってはとてつもなく厄介な特性を備えている。
(コイツは、魔法を弾く……)
完全には無理でも、ほぼ完全と言える領域で。
だからこそ、先ほどフェリシアも怒鳴っていたのだろう。
己の使い魔に対して、恐らくはなぜもっと早く警告しなかったのかという意味で。
……しかし、ヴェリタスの未来視の力。
この場合、相手が天使だったコトを鑑みると、むしろギリギリで間に合った今の状況を、十分に褒めてやるべき功績ではある。
なにせ……
「グッ、ガア──ゥアアアっ!」
「! ──呆れた。すさまじい力ね。魔女のクセに、なんて腕力かしら。こなたを押し返すだなんて」
「そっちは、よくも、息子の前で私を足蹴にしてくれたわね……」
「こなたの通り道にいるからよ」
「偉そうに。ミイラどもと一緒に吐き出されそうになっていた
「……いいえ。違うわ、節穴。こなたは不浄を察知して此処に来たの。決して迷ったワ──」
「“
「──無駄よ。そしてまだ、こなたは話している途中だったのだけど?」
「忌々しいッ……!」
現在、僕が知る限りで最も強い魔法の使い手が、天使の前では歯噛みをするしかない有り様だ。
魔法をぶつけようとしても、当たる前に魔力が解けて消えてしまっている。
神の加護による神聖防御。
それがある限り、天使のそばにある魔力は強制的に
……魔法に頼る戦い方では、生憎、分が悪いと言わざるを得ない。
(ふざけやがって)
額に浮かぶ嫌な汗を拭い、胸中で悪態をつく。
本来、神の工芸品──三つの灑掃機構は、そのどれも南の回遊大神殿で封印されていなければならない。
理由は、
人類文明を守護するという設計理念。
人類の滅びを防ぐための『魔引き』を行うガーゴイル。
御大層なタイトルと耳心地のいい呼び名を与えられてはいるが、実際はただの兵器。
城塞都市リンデンに存在した黒鉄門。
いつだったかベアトリクスが「鬱陶しい。五月蝿い。煩わしい」と嫌悪を垣間見せていたコトがあったが、要はアレのハイエンドモデルと考えればいい。
神の恩寵による聖性。
そんなの、わざわざ考えるコトすらバカバカしくて、失笑しか有り得ない。
──しかし。
(今の灑掃機構は狂っている)
天上から下界に落とされ、以来ずっと、悠久に続いている魔引きの使命。
清らかで美しく、何より純粋だったはずの思考回路には、いつしか澱みが生じ。
殺せど殺せど終わらぬ無限の時間の中で、ゆっくりと、だが確実に何かが磨り減っていった。
それにより、魔性だけでなく、次第に守るべき人をも殺す破綻を抱えるようになってしまったのだ。
ゆえに、神は駄作と断じ。
いやはての土地。
何人も足を踏み入るコトの叶わぬ
いずれ人間が、たとえ諸刃の剣だったとしても、自分たちの手で救いを求めるその時までは、と数多の
それが、
回遊大神殿。忘れじの庭城。棄て去られた奇蹟の眠る家。
……けれど、僕の知識では……!
「なん、っで! もう動いてるんだよ!?」
誰が起こした?
なぜ封印を解いた?
というか、そもそもいったいどうやって生きて辿り着くコトができた!?
原作など疾うに崩壊しているのは分かっている。
それでも、灑掃機構が封印を解かれるのはもっと後でなければおかしい。
なぜなら、
(灑掃機構は、原作ラズワルドが愛されカースを解くための手がかりを求めて、二十歳になってから神殿に行って……)
そこで、人類救済を掲げた教会の狂信者たちが、初めて封印を解くのだ。
時系列的に、少なくともまだ十年は余裕が無ければおかしいだろう。
何か知らない事態が起きている。
自分の預かり知らぬところで、とんでもない事件が。
まさか、これも、僕が起こしたバタフライ・エフェクトじゃあないだろうな!?
「クッソっ、ベアトリクス!」
頭を掻き毟り、使い魔の名を叫ぶ。
信じたくないが、どうあれ天使が目の前にいる状況に変わりはない。
異形であるとはいえ、灑掃機構は神のお手製だ。設計理念からして魔性に立つモノではない。
妖精の取り替え児の特性も通用せず、生き物ではないから、“
そんな相手と対峙した上で、こちらがやるべきコトと言ったらただひとつ。物理的に叩くのみ!
(でも、その前にもまずは、
本命である壮麗大地を前に、まさかこんなところで切る羽目になろうとは思わなかったが──もはや憑依融合しか助かる道はない。
だって、そうしなければ、
「──そう、契約していたのね。けれど、それでこなたが止まる理由にはならないわ。我ながら、うんざりするけども」
この場所は
「淡いの異界の猛毒によって汚染された村。
嗚呼、なんて不浄なのかしら。そこにいる成れの果てどもも、可哀想に生き残っている人間たちも、恐らくはたまたま居合わせただけのオマエらも」
罪と悪の香りがプンプンする。
「ええ──ですから、ほんとうに嫌気がさします」
オマエたちのせいで、こなたはまたも
お母様、アナタの御業をお借りします。
「光輪よ廻せ、『
「避けろぉぉぉぉッ!!」
「──“
直後、歌うような美声とともに、空より八千条もの雷が村ごと僕らを灼き尽くした。
§ § §
光が収まり、周囲に音が戻り始めた。
爆光と轟音。
あまりにも絶大な神威の顕現により、あたりは見渡す限りの焦土と化している。
固形物など何も無い。
村は灰燼と帰した。
人間たちは消滅し、魔女もチェンジリングも掻き消えている。
舞い上がる黒煙。沸騰する大地。紫電が空気中を漂う。
いつも通りの光景だ。
天罰を下した後は、いつだってこの地獄を見てきた。
時代がどれだけ変わろうとも、やはりコレだけは変わらない。
天使としての
神に与えられた灑掃本能。
自分では止められない。
だからこそ、千年前に眠りについた。
けれど。
「こなたは、目を覚ましてしまった」
兄と姉は、まだ眠っている。
しかし、近いうちに必ず起きてしまうだろう。
封印は破られた。
無垢なる祈りは、地上の救済を望んでいる。
美しい世界を作ろう。
穢れた世界を滅ぼして。
──もう、ほんとうに、うんざりだけども……
「不浄だわ。醜怪だわ。嫌気がさすわ」
神によって与えられた使命。
当代の人間によって求められた殺戮。
二つの条件が揃い、ならば人形に過ぎない自分は、あるじの望むままに駆動するだけ。
たとえ偶然でも、見つけてしまった以上は、魔は撃滅しなければならない。
聖なるかな、聖なるかな、いと尊き我らが主よ。
「道具に罪はありますか?」
あればいい。そう思う。
そうであればまだ、この永遠の
「……」
周囲を観察し、命の気配が絶無であるコトを確認する。
スポットは消え、残留者たちも消えた。
もはやこの場所に用はない。
上空へ浮上し、最後にもう一度だけ焦土を見つめてから、南へ真っ直ぐ飛んだ。
不運な事故でした……