ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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#40 精霊の強さ

 

 

 

 精霊とは何か。

 そう尋ねれば、多くの魔法使いはこう答える。

 

 ──アレらは世界そのものだ。

 

 地、水、火、風、空。

 あるいは、木、火、土、金、水と。

 総じて、五大元素と呼ばれる万物を(かたど)る構成要因。

 精霊とは、それら元素の純粋な凝縮体である。

 

 人や魔。

 獣や草木。

 

 森羅万象のすべてから長い年月を掛けて()()()()()()と、共通の認識をもとに性格を帯び、森羅万象に宿る精神力を少しずつ凝縮させて形を得るに至る。

 土ならば土。火ならば火。水ならば水というように。

 言うなれば、()()によって在り方を生む精神霊。

 それが精霊の正体だ。

 

 しかし、この世で真に永遠と呼べる不変の存在は無い。

 

 どれほど硬く大きな岩でも、風や雨によって(くしけず)られる運命からは逃れられず。

 どれほど長大な大河であっても、そこを流れる水は絶えず地中に染み込み、または日輪の輝きによって蒸発している。

 

 時間の流れがあるからだ。

 

 原始時代において、火は恐らく単なる厄災であったコトだろう。

 落雷、山火事、噴火、天変地異とともに来たる業火の災禍に、古き時代の人々は畏怖を抱いた。

 だが、時が進み文明が花開き、人々の間で火が役立つモノであると理解が進めばどうだ。

 認識は変化し、火というものに対する物の見方は複数の側面を持つようになる。

 

 太古の時代に火の精霊として顕現したモノと、現代に火の精霊として顕現したモノとでは、恐らくその性質は大きく異なるだろう。

 前者であれば純粋なる災いとしての性格を第一に顕すと考えられるし、後者であれば文明の象徴としての性格が割合を増すだろうからだ。

 

 魔法に似ている。

 

 ゆえに、だからこそ多くの魔法使いが精霊を前にしたとき、その頭を垂れるしかない。

 なぜなら──

 

(──精霊は、世界そのものが使った魔法にも等しいから)

 

 魔法使いひとりが使用する魔法には、所詮その魔法使い自身の単一な想念(イノリ)しか込められない。

 けれど、精霊は世界の認識──ありとあらゆる精神力を一所に掻き集めて生まれ落ちる。

 元となった一個一個の想念には何の魔力も宿らずとも、莫大な願い。膨大な信仰。精神の雫がそれだけ集まれば、魔力は勝手に色を得て法となる。

 世界の心象によって形作られた霊。ゆえに精神霊。

 

 存在そのものが魔法みたいなものだ。

 

 だからこそ……

 

「おや、雪ですか! 吾輩、見ての通り薔薇ですので寒さには割かし強い方ですぞ! しかし好きではありませぬ! そこなレディ! 雪はやめていただきたい! 土や水が凍っては栄養が摂りにくいですからな!」

 

(……一見、間の抜けた風に見える個体でも、油断してはいけない)

 

 師ベロニカの教えが脳裏に蘇る。

 自らを薔薇男爵と名乗った異形はやたらと大仰な仕草で義母へと喚き立て、ともすれば剽軽(ひょうきん)ともうかがえる様子で身震いなどしているが、精霊であるコトに疑いはない。

 鯨飲濁流のカラダに染み付いた食事の記憶。

 魔女の腕から発せられる警戒の意識。

 使い魔であるヴェリタスの叡智が、目の前の存在を満場一致で精霊だと告げているからだ。

 

 現在、想い人とその義母は、フェリシアの背後で薔薇頭と対峙している。

 

 義母の方はすでに、薔薇頭の発言に限界が来てしまったようで、周囲の気温が瞬く間へと下がっていた。

 白い両手から雪の渦を作り上げ、薔薇頭に向けて吹雪をぶつけている。薔薇頭はそれを避けもせずに正面から受けているが、堪えた様子はない。

 

 一方でラズワルドだが、薔薇頭が現れた瞬間から、途端に表情をキリッとさせて、鯨飲濁流をぶっ殺した時みたく怜悧で酷薄な目を浮かべていた。恐らく、現状をどうにかする術を考えているのだろう。素敵だ。胸がトキメク。チューしたい。

 

 ──とはいえ。

 

(わたしの役目は、周囲の偵察だった。それをいきなり邪魔されて、しかも何の警告も出せないままアイツを招いちゃった以上、失敗は取り返させてもらう)

 

 彼にいいところを見せたい。

 フェリシアさんは頼りになるね、素敵だね。最高だよって褒められたい。ご褒美ついでにチューもしたい。

 想定では今頃きゃっきゃうふふと至福の時を過ごしているはずだった。

 義母も激怒しているが、将来のお嫁さんとしてこれは断じて許すことができない。野郎、ぶっ殺してやる。

 要するに、

 

「──“変身(メタモルポセス)海獣(ケートゥス)”!」

 

 よくもわたしにこれを使わせたわね……。

 怨敵から奪い取ったチカラを、今ここに開示する。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「──む!」

 

 声とともに。

 その瞬間、正面から跳躍し、氷雪の渦を波のようにして迫り来る怪物の姿を、薔薇男爵は認めた。

 

 巨大な獣。

 

 大きな顎を持ち、宙に浮きながら怒涛のように押し迫る圧倒的威圧。

 森に棲まう獣のどれとも似つかず、しかして、川魚や山椒魚を思わせる平たい手足。

 一目見たときから面妖な少女だと思っていたが、まさか化け魚に変幻するとは。

 驚くべき変身であり、恐るべき牙の鋭さ。呑み込まれればひとたまりもないと、服の内側で()()()()()。しかし、

 

「──なるほど。剪嵌細工(モザイク)模様の乙女よ! それは、()殿()本来の力ではありますまいな!?」

 

 絡み合い混ざり合い拮抗し合う四つの因子。なんともはや。人間とは斯くも醜くおもしろい存在かと思わず戦慄が駆け上がってくるが、

 

(数が足りませぬ! 吾輩ら精霊は、この島の万物万象の精神力によって生を得る! 二桁にも届かぬ数では、いったいどうして我が身噛み砕けましょうや!)

 

 加えて、主格となる乙女元来の想念とはいささか噛み合わせが悪いようだ。余計な思念(混ざり物)も多いため、魔法としての純度が下がっている。注意すべきではあっても、驚異ではない。

 

 とはいえ、できれば穏便に婿殿を招待したかった。何やら機嫌を損ねてしまったのはなぜだ? 皆目見当もつかぬ。

 

 取り替え児に惹かれてしまうのは、魔性ならば決して逃れ得ぬ性ゆえ、否定も拒絶もある程度は仕方がないと思う。

 だが、こちらは礼儀を弁え、きちんと問いを投げ、返答を待ってから婿殿を回収するつもりだった。

 生きたままにしろ死んだ状態にするにしろ、取り替え児のカラダは貰い受ける。

 

 いや、もしかして。それがいけなかったのだろうか?

 

 問いを投げつつも、その実、返答の如何など無視し、あくまでこちらの意思を通すつもりだったのが見透かされていた。これはつまり要はそういうことなのでは?

 

 ……だとすれば、

 

(──賢い! しかしなんという愚かしさ!)

 

 女王の領域に一歩でも入ってしまったら、許される選択肢は恭順か死の二つ。

 取り替え児を連れてきた功績を認め、珍しく女王が慈悲を見せたというのに、この不法侵入者どもと来たら何という心得違いをしているのやら。

 魔女も乙女も、取り替え児を置いて素直に去れば良かったものを。

 門番には門を守るという役目がある。

 そして、庭師でもある己には、女王の国土を()()()()する仕事が与えられている。

 

「見たところ、お二人ともすでに死者でありますな! いやはや、女性にこのようなコトを申すのは大変心苦しいのですが!」

 

 骸は土に還るべきだ。

 地虫や菌類の餌となり、そうして土壌は養分を与えられる。

 大地は豊かに。

 木々は喜び、花々は微笑む。

 自然は巡り生命は流転するのがこの世の理だ。

 女王の前に連れていき、無礼を働かせるワケにはいかない。

 取り替え児は世界(我ら)のモノなのだから。

 

 ──ゆえに。

 

「吾輩は『地』の精霊! 美しく荘厳たる薔薇の化身! 華麗なるモノは皆すべて! 吾輩の思うがままでありますれば!」

 

 “弾ける柘榴(グラナトゥム・グロブス)

 

 パチン、と指を鳴らして唱えた直後、己と海獣の狭間で鮮烈な赤が閃光した。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 軽快な音が響く寸前、フェリシアが突如として全身を横たえたのを僕は見た。

 

 巨大な海獣が前方への突進をやめ、壁のように身体を傾ける。

 ベアトリクスの吹雪に乗って、氷の鎧を纏っていたフェリシアだが、その突然の急転に何割かの氷が剥がれ落ちた。

 グルン! と視界を塞ぐ海獣。

 刹那、身を横たえたフェリシアの向こう側から、凄まじい破裂音と肉を抉るような音が辺りに響き渡る。

 

「っ──痛ぅ……!」

 

 鼓膜を破りかねないほどの激音。

 咄嗟にベアトリクスがこちらの耳を抑えていなければ、僕の聴覚は死んでいたに違いない。

 それほどの攻撃が、フェリシアが突如として突進を止めた理由であると。簡単に察せないほど、僕もバカではなかった。

 

 精霊は元素によって姿かたちにパターンがある。

 

 火であれば延焼を。

 水であれば湿潤を。

 見ただけでハッキリとそう分かる徴が精霊にはある。

 目の前の異形は薔薇。つまり植物。というコトはすなわち地。

 登場の仕方も足元に花畑を展開するという分かりやすいものだった。

 

 ゆえに、適切な対処を施すならばこの世の物理法則に則って、とりあえず焼くか凍らせるかしてみよう。

 

 ベアトリクスの魔法でどうにかできるなら良し。

 できないなら、どうにかする必要を考える必要がある。

 そう思って、使い魔とフェリシアの独断を敢えて看過したのだが。

 

「ン、ン〜? いやはや、いやはや! よもや耐え凌ぎますか! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、吾輩それなりの魔力を使ったのですがね!?」

「──来ると分かるのなら、どうとでもなるわよ」

「なるほどなるほど! 小癪な視線を感じますなぁ! ぎょろりぎょろりと三つの目! これは厄介!」

 

 薔薇男爵は無傷だった。

 フェリシアによって守られた僕とベアトリクスも無論。

 そして、相変わらずの未来予測でどうにかしたのだろう。

 海獣姿のフェリシアは、半身を岩のような肌質へと変えるコトで、我が身をしっかり守り通していた。

 互いに退かず。

 しかして戦闘は始まったばかり。

 

(──強いな)

 

 わずか一分にも満たない攻防を見て、思う。

 先ほどの口上がどこまで本当かは分からないが、薔薇男爵の言葉が正しければ眼前の精霊は恐らく、植物に由来した魔法を得意とするのだろう。

 華麗、というのが何に適用されるのか未知数ではあるが、地の精霊で本人も薔薇そのものなら恐らくそのはずだ。

 となると、手数が計り知れない。植物の種類などごまんとあり、此処は森の中の森、壮麗大地(テラ・メエリタ)。地の利は完全に向こうにある。

 

「ねぇラズワルド? あのお花、面白いわね。私でもないのに、使える魔法がたくさんありそうだわ」

「たぶん、何か仕組みがあるよ。個体として有している一つの魔法がかなり上位の概念なら、そこに含まれる下位の概念を丸っと使えても不思議じゃない」

「ああ、そういうこと──不遜ね」

 

 僕の推測に、ベアトリクスがフフ、と微笑を零す。

 魔女としての癪に障ったのか、薔薇男爵へと向ける敵意がますます膨れ上がっていた。

 COGの人外のなかで、多種多様な魔法を使えるのは限られている。

 その筆頭とも言っていい魔女として、同輩でもない花頭が複数の魔法を使えるコトを匂わしたのが不快だったのだ。

 機嫌の急降下がダイレクトに伝わってきた──しかし。

 

「ほう? 婿殿は魔法を解しますか。善哉善哉! これは女王も喜びましょう! あの御方は吾輩などより遥か上の次元におられますからな!」

「その女王について、聞いてもいいかな」

「なんなりと! 我らが朝露の君の言葉であれば、なんなりと!」

「ありがとう。じゃあ聞くけど」

 

 間をつくり、言う。

 

「僕がプロポーズを受けると言えば、女王は今後一切、ベアトリクスとフェリシアさんを傷つけないと約束してくれるかな?」

「な──ラズワルド!?」

「ラズワルド君!?」

 

 思った通り、言葉に反対の感情を見せたのは身内である二人。

 だが、僕は二人が実際に反対を口にする前に、片手を挙げることで二人を制した。

 無論、僕とて本気で精霊女王と結婚するつもりなど無い。

 ただ、ここでこのまま薔薇男爵と争い合っていても、悪戯に時間を消費するばかりで得が無いと判断しただけだ。

 

 元より、東の災厄地に棲まう精霊が弱いはずもない。

 

 ベアトリクスもフェリシアもまだ本気を出していないが、それは薔薇男爵とて同じこと。

 一瞬の攻防でカタがつかなかった時点で、僕の覚悟は決まった。

 精霊女王や黒鴉神、巨龍でもない奴をいちいち相手にしていたらキリがない。

 それならば、敢えて懐に入り込むことで庇護下に入り、精霊女王の手を借りられる道を選択した方が遥かにマシだ。

 

(忘れるな。いま一番優先すべきはゼノギアであって、僕じゃあない)

 

 第一、今のこの現状は、精霊女王がとんでもなく気配察知に優れていることを意味している。

 樹海に入ったその瞬間、真っ先にチェンジリングを補足して、確保のため臣下を送り出す相手だ。

 黒鴉神や巨龍の領域へ逃げたところで諦めるとは思えないし、逃げた先でもまたぞろ逃げる羽目になるのは目に見えている。

 第二に、晶瑩結石を治すには生命の水(アクア・ヴィテ)──精霊の涙が必要であるコトだし、女王の涙なら効果も一級品だろう。隙を見て入手したい。

 

(なんか結婚詐欺をするみたいで気は咎めるけど、時間がないから仕方がない)

 

 なので、僕は腹を決めた。

 

「……ふむ」

 

 薔薇男爵はそんなこちらの様子を見て、しばし思案するような雰囲気を醸したが、

 

「まぁ、良いでしょう! 不要な争い。それも淑女との殺し合いなど吾輩としても望まぬところでありました! 婿殿が首を縦に振るというのなら、女王にも否やはありますまい!」

 

 歓迎しましょう! 我らが朝露の君よ!

 優雅さと気品に満ちた一礼を見せ、薔薇の花弁がゆっくりと承諾の意を示した。

 途端、

 

 ──ブワァ!!

 

 僕の前に、色とりどりの花でできた()ができあがる。

 すると、薔薇男爵は踊るように背を向け、揚々と歩き出した。

 どうやら、ついてこいというコトらしい。

 僕は頷き、そして進んだ。

 ベアトリクスとフェリシアは戸惑ったように顔を見合わせていたが、程なくして僕のすぐ側までやってくる。

 不安そうな顔をしていたので、手を繋いだ。

 

 精霊たちの王国が、この先にある。

 

 

 

 







おまけ

戦闘中、“叡智(ソフィア)”の魔法をフル回転させるヴェリタスの脳内

「これがこうだからこうで、えっと、あれがそうなるとこうなるから、つまりああなるわけで」

以下無限にこれが続く



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