【リブート前】ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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#41 精霊女王

 

 

 

 そこは、色とりどりの花々が咲き乱れる繚乱の庭城だった。

 

 赤、青、黄、紫、薄桃。

 数え切れないほどの色彩が足元を彩り、また気持ち良さそうに風に洗われる。

 空気を漂う甘い香り。

 ただ歩いているだけ。ただ足を動かし地面を踏み締める。

 たったそれだけのコトで、どうしようもないほどの『蜜』が鼻の奥を刺激した。

 蜂や蝶などの虫ではなくとも、生き物ならば知らず知らず誘われてしまうといった、そういう危うい警告が脳裏を掠める。

 

 空間は広く、木々は段違いに(おお)きい。

 

 庭城を囲うようにポッカリと空いた伽藍堂。

 その周囲を幾つもの千年樹が乱立し、四方を守る天然の城壁になっていた。

 空を見上げると、かつて見た森神(シルウァヌス)ほどの威容ではないにしろ、蠢く枝葉がこちらを見下ろしている。

 太い幹や厚い葉の向こう側から、陽光がカーテンのように射し込んでいた。

 

 そして、宙には摩訶不思議なコトに()()()()があり、流れる小川が道の進む先──中央に建つ物見の(うてな)から緩やかに軌跡を刻みこむ。

 

 水面を反射する太陽光。

 

 キラキラと輝いて美しいそれは、時折り、意思を持ったように行方を変えては、縦に横にと流れる先を変えていた。

 中には魚や水草、藻なども漂い、地面に近いところでは鹿や狼、熊と思しい獣が水分補給を行ったり、狩りをしたりしている。

 薔薇男爵に先導され歩くこちらには、どの獣も視線を寄越さない。

 

 どうやら、よほど満ち足りているようだ。

 

 動物ゆえにすべての表情が分かるわけではないが、心做し、どこか恍惚とした雰囲気を感じた。

 酩酊。酔っていると言い換えてもいい。

 ふんわり、ほわほわ、夢心地。

 平穏と言えば、平穏。

 メルヘンチックという形容が似合う、まさに童話のような世界。

 

 ──しかし。

 

「おや、タイミングが良かったですな。ご覧ください婿殿! ちょうど()()が始まったようです!」

 

 歌うような口調とともに指し示される光景。

 白い手袋の指先を追い、意識をそちらに割けば、そこには一頭の森熊がいた。

 体長はおよそ三メートル。

 樹木の特質を帯びた分厚い体皮に、人間など簡単に引き裂いてしまえそうな爪と牙。

 尻尾にはにわかに鱗のようなモノが生え、恐らくは近いうちに地龍へと変生すると伺える。

 逞しい四肢と大柄な体躯には、この樹海で数多の死線を潜ったのだろう傷跡もたくさんあった。

 

 だが。

 

「ン、ン〜! 川の水をひと舐めふた舐め! 仮に一滴でも口に含んでしまったならば、どれほど強壮なる猛獣であったとしても! 女王の()からは逃れられません! 残念なコトですが、所詮は畜生ということでしょうか! ンン〜、無情!」

 

 薔薇男爵が大仰な仕草で肩を竦めたその瞬間、森熊の肉体が突如としてドロドロに腐り落ちる。

 花園に似つかわしくない腐臭が立ち込め、清浄な空気が一時淀んだ。

 

 と、思った矢先。

 

 次の瞬間には森熊は白骨化し、ボロボロとその原型を崩し始め、最後には死体のあった場所から大量の『緑』が成長を開始していた。

 それを、恐らくは精霊なのだろう。

 どこからともなく地中より湧き出た蜥蜴のような紅玉(ルビー)のヒトガタが、二体、三体と集まってえっちらおっちらと回収しては外へ運んで行く。

 

「いやはや、いやはや! 恐ろしいものですなぁ、命あるものは水無くして生きられず! しかして、水は飲み過ぎれば毒ともなりうるのですから!」

「…………」

 

 童話の森。平穏な花園。木漏れ日の注ぐ美しき庭。

 だがそこは、薔薇に茨があるように、やはり美しいだけではなく、おぞましさを秘めた異界である。

 精霊女王との謁見を目前に控えながら、僕はグッと奥歯を噛み締めざるを得なかった。

 

「ねえ、お花さん。女王様はどこにいるの?」

 

 そうして、僕がひそかに固唾を飲んで緊張していると、突然、ベアトリクスが薔薇男爵に向かって質問した。

 

 思わず驚き、え? と使い魔の顔を見上げる。

 

 すると、ベアトリクスはこちらの肩にそっと手を置き、軽く体を引き寄せた。

 気づいたフェリシアが、空いた距離をすかさず埋めに来る。

 

「……これは驚きました! まさか吾輩にお声をかけてくださるとは!」

 

 そんな僕らの様子を知ってか知らずか、薔薇男爵は芝居掛かった態度でベアトリクスを見ると、自身の背後に十本ばかりの向日葵を咲かせてみせた。どうやら、この精霊特有の感情表現らしい。

 

「いちいちうざったいのだけど」

「失敬! 何分嬉しかったもので! てっきり吾輩は嫌われていると思っていましたが、お声をいただけたというコトは勘違いでしたかな!?」

「正しい認識よ」

「ンンンンンン!? 辛辣! 吾輩なんだかゾクゾクして参りました!」

「そんなコトより、質問に答えて欲しいわね。立派な庭城だけど、女王が棲まうに相応しい居城はどこにあるのかしら? ツリーハウスが点々としているけど、あれらは民のものでしょう?」

 

 花園に点在する幾つもの木の虚(ツリーハウス)

 それらはどれも立派な大木に拵えられた底の見えない穴であり、どうやら実際の内部空洞よりも広いスペースを確保しているようだ。

 時たま、一本の大木から数十体もの精霊が外へと現れてくる。

 まさか、女王とまで呼ばれる存在があんなふうに常日頃から群れているはずもない。

 ベアトリクスの疑問は当然のものだった。

 

「さすがですな! 御推察の通り、偉大なる女王は吾輩らのような木っ端精霊とは違い、孤高であるコトを好まれます! さすれば、見えますかな? あの物見台。かつて岩の巨匠(スプリガン)が女王のために造りし尖塔!」

 

 聖域にして玉座。

 

「名を、垂水の塔と言います。ちょうど、宙を流離(さすら)う水があそこの窓から始まっているのが分かりますかな? まさに文字通りの名でして。

 普段はもう少し緩やかな流れなのですが、今日は婿殿がおられるため、いつもよりいささか水の出が多いようです。女王、ウッキウキですな! フハハハハハ!」

 

 笑い、クルクルと回りながら、花弁を散らす薔薇男爵。

 声も仕草も騒々しいにもほどがあるが、この精霊も恐らくは僕──チェンジリングのせいで、テンションがややおかしくなっているのかもしれない。

 ベアトリクスは物見台……垂水の塔をジッと睨みつけると、フンと鼻を鳴らした。

 そして小声でコソコソ聞いてくる。

 

「ねぇ、代わりに子鼠をあげるっていうのはどう?」

「……いや、ムリでしょ」

「そうね。子鼠はラズワルドほど可愛くないし」

「ちょっと。全部聞こえてるんですけど」

「だからなによ」

「こっ、この骨……!」

「愉快なレディたちですなぁ」

「ところで、男爵はどうやって見たり聞いたり喋ったりしてるの?」

「知りませぬ!」

「あ、そう……」

 

 とまぁ、そんなこんなでついに僕たちは到着した。

 精霊たちの王国。女王の御座する垂水の塔。

 いま、そこへ至る門がゆっくりと開かれる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──当然だが、最厄地に棲まう魔性には二つ名が無い。

 

 永遠の禁足地。最果ての地獄。

 魔境としての深度が深すぎて、場合によっては環境としての法則(ルール)すら歪められた、異界の中の異界だからだ。

 カルメンタリス島に生きる人間は滅多なことでは寄り付かず、もし立ち寄るコトができたとしても、大抵は死んでしまう。

 

 ゆえに、『呼び名』が生まれない。

 

 死人に口なしとはよく言われるが、人の世界で語り継ぐ者がそもそも生まれないためだ。

 だから、その存在や習性についても何も、誰も口に出せるコトがない。

 一般的に、二つ名というのは吟遊詩人の唄になることで人々の間に広まっていき、そして段々と定着していくモノなのだが、吟遊詩人も先立つものが無ければ唄いようがない。

 

 つまり、災厄地に棲まう魔性は人の世界ではまったくの正体不明。

 姿形も、使う魔法も、普段何をしてどんな事をしているかも完全に未知。

 

 そのため、自らを仮に薔薇男爵と名乗る精霊がいたとしても、それはあくまで自称・薔薇男爵と枕詞をつけなければならない。

 薔薇男爵というのがテラ・メエリタでの通称であり、恐らくは自他ともに認めるこの上ない呼称なのだとしても、人間世界ではもしかすると違う二つ名をつけられる可能性もあるからだ。

 

 そんななかで。

 

 緑化。夜光。大嵐。

 それぞれ、精霊女王、黒鴉神、巨龍という内訳になるこれら三体は、微かではあるものの確かな伝承を島の人類史に残している。

 

 曰く、東の古き大樹海に三種の怪あり。

 霊妙(れいみょう)なりし水精。生命の源流を弄び、ただ悪戯に緑を増やしては世を野法図に変えゆく。

 夜羽(よはね)の獣。行き過ぎた回帰。世の半分を治めてしまったがゆえ、高貴なる冠を我が物とする。

 逆天(さかてん)に微睡む龍。その身じろぎを以ちて災禍為し、やがて天地を揺るがさん。

 これら三種、東の果てで相克するモノどもなり──と。

 

 忘れられかけた御伽噺の中で、テラ・メエリタの三大はか細くもそう語られている。誰が残したのか。いつから伝わっているのかは丸切り不明だ。

 けれど、たとえどんなに短くとも、たしかに伝承されているというコトは、()()()()()()()()()()()()()()()。要はそういうコトである。

 

 霊妙なりし水精。

 

 すなわち、五大元素の中の水。

 精霊女王とはつまるところ、ウンディーネの一種と考えていい。

 

 そして、生命の源は水だ。

 

 人間など肉体の約七割は水であり、他の生き物も凡そ水無くしては生きられない。

 原始の時代に遡れば、すべての命は母なる海から始まったともされている。

 言い換えれば、生命の本質とは水と。そう断言してしまっても構わないだろう。

 

 ──ゆえに。

 

「ようこそおいで下さいました。私どもは貴方様を歓迎いたします。青き瞳の子、我らが麗しのチェンジリング」

 

 美しい女だった。

 その佇まい、声の抑揚、誘うように流される視線も含めて、何もかもが人では有り得ない人外美を放つ。

 大胆に胸元の空いた濃紺のドレス。

 髪は青みを帯びた長い黒で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 見ようによっては十代半ばのようにも、妙齢の艶を得た女にも見える。どちらにせよ、無意識に目が引き寄せられるほどに美しい。

 

 精霊女王──生命の礼賛者。

 

 霊水による過回復を周囲に与え、生命を()()()()姿()へと強制的に還す島の調律師。

 

 と同時に、

 

壮麗大地(テラ・メエリタ)──この大樹海こそを、生命の始まった場所と定めるモノ)

 

 古き信仰によってそう形作られたがゆえ、水の精霊でありながら地の精霊の領分をも侵す、言うなればハイエレメンタル。

 生命の本質は水。そして、海は母なり。

 壮麗大地は大樹海であり、すなわち全ての生命は壮麗大地から生まれたと。

 よって緑化。

 命の源たる霊水を与えるコトで、水を取り込んだ生き物を樹海そのモノになるまで()()させてしまう。

 

 原作知識ゆえの予想に反し、思っていたほど高圧的でもなければ偉そうでもない。

 女王然となどもしておらず、綻ぶような花の笑みを浮かべてすらいる。

 楚々とした仕草は深窓の麗人を思わせ、むしろ、こちらが妙な居心地の悪さを感じてしまうほどに丁寧な物腰だった。

 

 両腕が蝶の翅であるコト。翅から鱗粉ではなく、霊水がしとしとと垂れ落ち、それが人知れず勝手に()()を生んでいるコトを除けば、普通の女性なのではとさえ錯覚しそうになる。

 

 しかし。

 

「男爵より話はうかがっております。

 良いでしょう。貴方様も、貴方様のお母君も姉君も、私の庭城の中であればたしかな安全をお約束いたします。貴方様方はただ今より、精霊女王の庇護下に置かれました。ですが──」

 

 その代わり。

 

「どうか『不朽の愛』を。これより永久に我が夫となるお方。

 不思議なコトです。貴方様はまだこんなにも小さく弱々しいのに、私どもは何故こうも貴方様から目を離せないのでしょう?

 ですから誓っていただけますか? 脆弱な人の身などお捨てになって、どうかこの端女(はしため)にお情けをください。貴方様の願いはすべえ叶えて差し上げます。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 精霊の時は久遠。

 その個体(信仰)が世界から忘れ去られ、いつか消えてひっそりと無くなるまでは、決して滅びるコトがない。事実上の不死。

 対し、人間の一生は瞬きほどの刹那で泡と散ってしまう。

 だからこそ、

 

「私は悲しくてなりません。これほどまでに愛おしい貴方様が、こうしている間にもますます老い衰えて……まるで今にもパッと消えてしまいそう。そんな無情が許されていいのでしょうか?」

 

 精霊女王はハラハラと涙を零し、僕に懇願していた。

 

「婚儀を経れば、私と貴方様には()()()が生じましょう。生命の源流たる私に触れるのです。貴方様は私ある限り決して死なず、朽ちるコトもなく。いつまでも瑞々しいまま、永久にこの世の春を謳歌できるのですよ?」

 

 共に寄り添いながら、老いるコトも病むコトもない世界で微笑み合う。

 それは素晴らしいコトではないですか?

 たとえ人間の精神が無限の時には耐え切れず、いつか虚ろな人形と化す運命であるとしても、私のこの愛は変わらない。未来永劫、花園を愛でるように愛し続けよう。

 結婚するのだ。花嫁として、永遠の愛を誓う覚悟はできている。

 

「さぁ、婚儀の日取りはいつがよろしいでしょうか?」

「待ってください」

 

 ドロドロに溶けた蜜のように重い告白。

 出会い頭にいきなり始まった猛アタックに、僕は思わず両手でTの字を作りながら、状況の一時停止を選択していた。

 隣にいるベアトリクスやフェリシアも、わずかだが呆気に取られている。

 危うく勢いとプレッシャーに呑まれかけるところだったが、いかに愚かしい僕とはいえ、なにも無策のままここまで乗り込んできたワケじゃない。

 

「待つ……なぜ?」

 

 目を細め、かすかに声を震わす女王。

 それに、僕は落ち着いて欲しいと極めて慎重に声をかけながら、告げた。

 

「妖精の取り替え児である僕に、貴女たちが惹かれてしまうのは仕方がない。特に女王、貴女のような力もあり、美貌をも兼ね備えた類稀な女性から好意を寄せられるのは、素直に喜ばしいと感じます」

「ならば」

「ですが!」

 

 不敬を覚悟し言葉を遮り、そのまま続ける。

 

「貴女は先ほど、人を捨てるコトを条件にした。貴女と()()()、夫婦の関係となることで、チェンジリングである僕の身体を不死にしたいと。しかし、それには問題がひとつあります」

「問題……? それは、なんです? よもや、種の違いなどとは仰られないですよね?」

「はい。僕と貴女との間に横たわる極めて重大な問題。それは」

「それは?」

 

 溜めを作り、意を決して言う。

 

 

「僕がまだ第二次性徴を迎えていないコト。夫婦となるには、その資格を得ていない子どもなんだってコトです」

 

 

 だから婚姻とか言われても正直無理がある。

 精通していないし、こちとらまだ毛も生え揃っていない。

 まさか、女王の方から先に夫婦の営みについて言及されるとは思いもしていなかったが、ともあれ、未成熟な子どもに初夜は越えられないのである。

 つまり、神秘的な繋がりを築こうにも、土台不可能な話なのだ。精霊女王は僕を今すぐには不死にできない。

 

 ので、こちらが成人するまでのしばらくの間、待ってはくれないか。

 

 そう、僕が続けようとした瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

「“(アニマ)”」

「“(モルス)”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 相反する二種の魔法が、突如として眼前でぶつかりあった。

 

 







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