【リブート前】ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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BGM
Aimer『LAST STARDUST』


#60 明けの穹に

 

 

 

 “(ノクティス)”による『遮断』が一瞬で拒絶(キャンセル)された。

 “夜這う瑠璃星(ラピス・ラーズリ)”は発動と同時に僕を中心とした球形の闇を作り上げる。

 

 地上だろうと地下だろうと、たとえ水中であっても関係ない。

 

 夜という概念、闇夜による空間の塗り潰し。

 物理的にも精神的にも影響を与え、外界情報の遮断、それに付随する不安、焦燥、恐怖といった感情を誘引するのが“夜這う瑠璃星”の前段階だ。

 

 しかし、格上に対しては所詮、子ども騙しにしかならないような小細工も同等。

 他者の肉体や精神に直接働きかける魔法は、相手の魔力が自分よりも格下でなければ、簡単に押し流されてしまう。

 

 ……ゆえに、発動者である僕自身、そこについては端からマトモな効果を期待していなかった。

 

 背後から放たれた特大の龍咆(ブレス)

 “(グラキエース)”による防壁もアッサリ砕かれ、躱すには敵の射線がデカすぎて回避が間に合わない。

 かといって、ベアトリクスの使える多種多様な魔法の中にも、ドラゴンの龍咆を凌げるようなモノは存在せず。

 ならば、いまだ刻印は未熟なれど──刻んだ想いに()()()()()()()()()()()願いを込めた、”夜這う瑠璃星”を使うしか道はない。

 

 僕は一縷の希望(のぞみ)を懸け、歯を食いしばりながら最大限まで刻印を励起させた。

 

 ──しかし。

 

(グッ、ぁ──!?)

 

 杖から生じた魔法が“夜”の分掻き消される。

 大嵐は何のアクションすら起こさず、微動だすらしていなかったが、持ち前の圧倒的すぎる大魔力が自然と結界の役割を果たし、僕の魔力を自動(オート)で霧散させたのだ。

 そして、本命である瑠璃星──僕にとっては人生をかけた火球による一撃──も、大嵐の龍咆(ブレス)の前には大部分の威力が削られていくのが分かった。

 

 ──押し勝てない。

 

「ッ、ぐ、がァァァァァァァァァッ!!」

Louu(ルゥ)louloulouloulouloulou(ルルルルルルル)──!」

 

 肌を切り裂く旋風(つむじかぜ)

 渦巻く雨と雷撃が、瑠璃の火球をゴクリと呑み込み眼前へと迫り来る。

 

 ……ああ、まったく、本当にふざけた現実だ。

 

 僕だけでなく、ベアトリクスの魔力も使った憑依融合下でコレ。

 ただの人間、ただの魔法使いでは、こんなのどうやったって勝てないじゃないか。

 種族という絶対の差。

 人とそうでないモノとの隔絶は、どうしてこれほどまでに広く深く横たわっているのだろう。

 老グラディウスの気持ちが今になってしてよく分かる。

 

 悔しさと悲しみ。

 遣る瀬無さと諦観。

 

 あの老人は、きっとこういう光景を何度も何度も繰り返し目の当たりにしてきたコトで、怒り以外の大部分の感情を失ってしまったのだ。

 

 ──だって、そうしなければ、いったいこの世の何処に希望があると信じられる?

 

 鋼の英雄──憤怒の剣。

 彼は彼の愛するモノたちのため、自らを一振りの剣と定めた。

 燃え滾る炎熱によって鍛えられし鋼鉄は、嚇怒ある限り何度でも蘇る。

 “誰かのための怒りの剣(アムニブス・イラ・グラディウス)”とは、不合理を糾さんと欲する人々の咆哮そのもの。

 

 なら────僕は?

 

 僕はここまで、ただ穏やかな暮らしがしたいと望んで進んで来た。

 ベアトリクスとフェリシア、ヴェリタスたちと一緒に、平和に安全に、ただ静かな暮らしができたらいいと。

 でも、そのためには乗り越えなきゃいけない幾つもの壁があって、だからこそ今現在、こんな最悪の状況にも追い込まれているワケだけど。

 

 じゃあ、それって、間違いだったんじゃないか?

 

 僕の願いは、僕のエゴは、叶えようと望み必死に歩み続けて来たこの道は、結局は『死』を早めただけの無惨な足跡だったってコトじゃあないのか。

 “壮麗大地(テラ・メエリタ)”なんかまで足を運ばず、適当な廃村かどこかで使い魔たちと一緒に隠れ潜んでいれば良かったんじゃないのか?

 

 だって、普通はそうだろ。

 

 僕は取り替え児で、ベアトリクスは恐ろしい魔女で、フェリシアは伝説の吸血鬼から産まれた怪物だ。

 世間的に見れば、僕らは闇に生き闇に暮らすおぞましき魔物。

 人々とは生きるべき世界が違うのだから、そうした方がよっぽど在るべき姿というモノで。

 分不相応な願いを抱えて、温もりのある優しい世界を欲したのは、思い上がりも甚だしい傲慢じゃあないのか。

 

 その結果として、こんなにも痛くて、血もたくさん吹き出て、全身の至る所から悲鳴が上がって。

 

 挙句の果てが、こんなボロ雑巾みたいな終わりだと言うのなら、客観的に見て、僕ってヤツはいったい何がしたかったのかサッパリ分からないイタイ奴じゃないか。

 物語の主人公になったからって、自分が英雄でも聖人でも勇者でもないのを忘れたのかよと、心からそう思う。

 

 ──けれど、

 

(多くの涙があった。多くの苦しみと、多くの堪えきれない絶望があったッ!)

 

 世界の光を信じ、神の善性と暖かなモノとを尊び、人々の暮らしに交わり自らもまた幸福の在り処を学んだ神父がいた。

 ゼノギアという名の彼は、そのすべてを傷つけられ喪いながらも、それでも完全な獣には変生しなかった。

 人が人であるのを諦め、簡単に奈落の底まで沈んでいくこの残酷な空の下、ゼノギアはそれでも人であるコトをやめない……諦めない!

 限界まで追い詰められようと、ゼノギアは戻って来る。

 

 そして、この“壮麗大地(テラ・メエリタ)”で出会った黒鴉神にリュディガー……彼らもまた、各々の胸の内で数多の絶望と苦悶を味わいながら、最後の最後まで誇りある姿で立ち続けた。強敵として、敬意を払わずにはいられない。

 

 僕はここまでの旅を通じて、一つだけ思い知らされた。

 

 僕と僕を取り巻く愛しきモノたちを守るには、今のままでは足りてない。

 覚悟も決意も想いも情念も、力も知識も技も武器も、彼らのような領域にはまるで至っていない。

 心を燃やし、命を燃やし、魂をも燃やす境地に達しなければ、何も成すこと能わない。

 

 分かりやすく言えば……そう、()()が足りていないのだ。

 

 だから、ここで一つ、更なる大言壮語を。

 頭のネジが一つや二つ外れた埒外の高望みを口にするコトで、素敵で醜悪な夢バトルを始めよう。

 

「──ァァアアッ、()()……!」

 

 ──白嶺の魔女と呼ばれるバケモノがいる。

 

 人界を恐怖に沈め、たくさんの怨みを生んだ。

 だが、彼女たちの根底にあるモノは、いつだって我が子へと注がれる慈愛であり祝福だった。

 

 ──鯨飲濁流と呼ばれたバケモノがいた。

 

 しかし、彼の奥底にあるのは満たされぬがゆえの苦しみであり、どうしようもないほど他者へと向けられた羨望だった。

 

 ──蛆狩りと呼ばれ、やがて驟雨の獣となるかもしれない男がいる。

 

 けれど、彼は光を信じている。(まばゆ)く明るい正しき道を、信じて来たのは決して間違いじゃない。

 たとえ報われずとも、その軌跡には誇るべき輝きがあるから。

 

 ──夜光と呼ばれた獣神がいた。

 

 獣としての視点とその嘆きを、人であるこの身は完全に理解するコトはできないけれど、一羽の鴉が力の限り羽ばたき、ついには多くのモノが認める王へと至ったその道程には、心からの畏敬がある。

 

 ──そして、灰色の魔術師。

 

 彼は正真正銘ただの人間でありながら、驚天動地の魔術を操り、見事世界に罅を差し込んだ。

 虚無に染まった眼差しと、類稀な技の数々は、今やこうして滅びを呼び起こすという明確な成果を叩き出している。

 

 ならば────

 

 

 

「ッ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

「……」

 

 

 

 正気じゃないと、イカれているとどんなに罵られたって構わない。

 呪詛を吐かれ、罵倒を送られ、()()()()()()()()()、この『夢』を叶えるためなら喜んで受け入れよう。立ち向かってやる。

 穏やかな暮らしを望むだけではダメなのだ。

 そんな中途半端を掲げているようじゃ、この世界は容易く牙を剥く。

 

 僕は群青──夜明けの境界線。

 

 救われぬ魂に救いを与え、拠り所となることができるのは取り替え児であるモノの特権だ。

 それと同じくらい、人への理解と共感もある。

 

 だから、ほら……分かるだろ?

 

 こんなところで死ぬワケにはいかない。

 僕にはまだやるべきコトと、やりたいコトがたくさんあるんだ。

 だからさ、頼むよ。上手くいってくれ。夜を明かす光はひとつじゃないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ──“黎明穹(アウローラ)星河一天(ラピスラズリ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その光景を、ゼノギアは見ていた。

 

 大嵐の龍咆が瑠璃の軌跡を呑み込み、ラズワルドの放った星が鈍色の渦へと霧消していく。

 スプリガンを破り、精霊女王すら魅了した群青の刻印が、ただの暴力、ただの災いによって(くしけず)られるように無為となっていく残酷さ。

 

 女神の端末、破壊の獣王の前では、人の想いなど所詮は塵芥(じんかい)も同然なのか。ここまでの旅路、ゼノギアの目の前で数多の奇跡を実現してきた少年でも、ドラゴンという不合理の前には無力だというのか。

 

 勝機を生み出すのはゼノギアだと、ヴェリタスからそう言われ、半信半疑で戦場に追いついた。

 

 ──だが、こんな、辛い現実を。

 

 自分が介入すれば、本当にどうにかできるなどと……いったいどうして信じられる?

 

「は、はは……ははは……」

 

 乾いた笑いが空虚に喉を震わした。

 恐怖と畏れが膝をガクガクと揺らし、眼鏡のレンズが撓むように歪んでいく。

 

 頭ではもう分かっているのだ。

 

 人間は怪物に敵わない。

 この世は神の玩具(おもちゃ)箱。

 自分たちは上位者のほんの戯れで、たまたま生かされているだけ。

 

 ならば、ゼノギアが今この場で為すべきコトとは、龍咆が終わった後、傷を負って地に倒れ伏すだろうラズワルドを一か八か救出に向かい、そのまま一目散に逃げ出すコトではないのか。

 

 運が良ければそれで助かる。

 

 万に一つ、億に一つのか細い希望かもしれないが、そうやって逃げるコトだけが人間に許された最善のはずだ。

 

 

 

 ────だが、ラズワルドだけは絶対に救いたい。

 

 

 

 ラズワルドだけは、あの勇ましい少年だけは、これまでの(わだち)に誓って、何としてでも助け出さなければいけない。

 

 彼は()()()()()と言った。

 

 罪に塗れ、果てなき慟哭の末に自暴自棄になっていたゼノギアへ、生きていてくれてありがとうと。貴方のおかげで助かったのだと。

 

(助けられたのはわたくしの方で、感謝を告げるべきはわたくしの方なのに……)

 

 夜は明ける。

 星は駆ける。

 這ってでも進め。

 

 ……こんな世界でも、歩き続ける限りは希望があるんだと。

 

 そして──

 

 

「ぁぁ……ああ……ッ!!」

 

 

 ゼノギアは見た。

 消えかかっていた星が、瑠璃の炎が、息を吹き返すように瞬きを増したのを。

 トクン、と光が膨らんで、力が一気に取り戻されていく光景を。

 

 それだけではない。

 

 巨大な鈍色が、徐々にだが押し返される。

 嵐がほつれ、段々とバラバラになっていく。

 

 キラキラとした星明かり。

 

 瞬いては数を増してく夜明けの星空。

 黎明を告げる群青のグラデーションに、散りばめられた幾つもの輝き。

 それはまるで、ラピスラズリに含まれる黄鉄鉱(パイライト)のような。

 僅かに金色(こんじき)を帯びた、溢れんばかりの決意の顕れ。

 

 夜這う瑠璃星を一つではなく、可能な限り星河より掻き集めた、今できる最高の精一杯。

 

 日と星は古より変わらず。

 円環の定めの中に時は移ろい、黄昏と黎明は絶えず互いの後を追う。

 その永劫に多くの嘆きが産まれ、多くの声が上がった。

 夜は暗くて冷たい。

 ならば、光射す暖かな時代がずっと続いていればいいのにと。

 

 しかし、明け色の境界で(そら)を見上げれば、人はいつだってその輝きから、胸を抑えてハッとするだろう。

 

 黎明の星々は、斯くも美しい──!

 

 

 

 

「──っ!!」

 

 

 

 大嵐が微かに目を見開き硬直した。

 黎明の星々が龍咆を穿ち、驕れる強者へ向けて一直線に疾走する。

 

 直撃。

 

 紺碧の爆轟が、島の最強種へと激突した。

 

 AAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa────!!

 

 と、初の苦鳴もが轟き響き、頬を伝い落ちる雫の感触に、ゼノギアは両腕を広げ、人生で初めてその奇跡に『神』を見た。

 

 これぞ、これぞまさしく──ゼノギアが長年欲して来たモノ。

 

 暗く残酷なこの世界で、尚も光を放つ希望の欠片。

 ならば、嗚呼ッ、ならば!

 

 

 

「──あなたの光を後押しする。その一助となるためならば、この身いささかの躊躇もありはしません」

 

 

 

 大嵐は未だ真の姿を晒していない。

 目覚めた巨龍を打倒するには、唯一の弱点である逆鱗を突く他に道はない。

 

 ゼノギアは懐から水晶でできたクローバーを取り出した。

 

 残されているのは二本。

 一つはラズワルドを取り戻すために使った。

 本当なら、残り二つも同じように誰かを助けるために使うべきなのだろう。

 

 しかし、それではダメなのだ。

 

 ひとりふたり救えても、大嵐がこの先島の中央で暴れれば、犠牲となる人命は確実に万を超える。

 罪なき人々の命を守り、無辜の民の生活を守り抜くには、ここで絶対に巨龍を止めねばならない。

 

 五人の子どもたちから始まった因縁の果て。

 

 ゼノギアはあの子たちにとって、誇れる『大人』でなければいけないから。

 

 ──ポキリ、と手折り、生命の水(アクア・ヴィテ)を宙より零す。

 

 零す先は、深淵の叡智が告げた通りのモノへ。

 死者蘇生すら成し遂げる霊水の効能は、必ずや()()()()()()()の魂を刺激する。

 其は鉄よりも硬く、黒曜石よりも鋭い、偉大なる──

 

 

 

「そして、わたくしの背負う()は、疾うの昔に十分資格を積み上げている」

 

 

 

 さぁ、我が左腕ならばくれてやる。

 哭いて喜ぶがいいケダモノたちよ。

 今こそ共に非業の弩弓を掻き鳴らす刻──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 業魔転変

 















NICHOKOOLさんから素敵なファンアートを頂きました!
タイトルは『Razwald The Beloved』
人外から視たラズワルドをコンセプトにしているとのことで、すごくハンサムです。

【挿絵表示】

目がとても神秘的……!
本作はいつでも読者の皆様からの反応(ファンアート含む)を大歓迎しております(*´ω`*)
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