【リブート前】ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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まだ序盤


#64 再会の裏で

 

 

 

 薄曇りの朝に火の粉が散っていく。

 バスケットボールほどの大きさに調節した明るい火球。

 それは最初、狙った通りに標的へと直撃し、悲鳴を上げさせる程度には効果があった。

 

 ──しかし、やはりと言うか案の定と言うべきか、僕の“(イグニス)”に可能だったのはそこまで(・・・・)

 

 ダメージと言えるほどのダメージを与えた手応えはなく、どちらかと言えば、不意打ちによる驚愕とか、煩わしさによる苛立ちの方が大きく得られた感じだった。

 見えない何かは甲高い悲鳴を上げた後、憮然としたような雰囲気を湛えて火炎を打ち落とす。

 

 まぁ、魔力によって編まれた幻想の火。

 刻印ならざる通常の魔法──気持ち火加減──では、所詮この程度。

 

 ゆえに、僕としても特段驚きはなく、そのまま油断せずに集中を続けた。

 

 ……そうして思うのは、

 

()づらい。なんだ、こいつ?)

 

 目の前にいるはずの何か。

 霊ではなく、亡者の念でもない。

 妖精の取り替え児(チェンジリング)の眼を以ってしても、その輪郭がまるで迷彩のようにしか捉えられない何ものか。

 注意して目を凝らし続けなければ、たちまちの内に背景と同化してしまう。

 記憶にある知識を引っ張り出しても、すぐには思い当たるモノがピンと出て来ない。

 遭遇したばかりで情報が少ないというのもあるが、どうにも正体不明と感じざるを得なかった。

 

 ……とはいえ。

 

「当然だけど、人間じゃあないね」

 

 先ほどまで標的としていた男性に対する執着心。

 それがスパッと途切れ、今では一心不乱にこちらを見つめているのが肌で分かる。

 

 ──ジットリ、ジットリと。

 

 ただの人間なんかよりも、余程優先度の高い獲物が見つかった反応だ。

 姿が見えないために、さすがにどういうニュアンスでの注目かまでは窺えないが、どうあれ惹かれた(・・・・)以上は人外確定。

 

「どうする? その人より、僕を選んでみる?」

「…………」

 

 再び声をかけてみるが、反応はなし。

 どうやらそこそこに慎重な気質(タイプ)らしい。

 チェンジリングからの誘いを受けて、一も二もなく飛びかかって来ないとは。

 少なくとも、衝動に歯止めを効かせるだけの理性がある。ゴブリンやトロールといった低脳の路線は、コレで消えた。

 

 一秒、二秒。

 

 三秒と数えられるほどに緊張が続く。

 が、それから程なくしてパッと視線が無くなった。

 気配も薄まり、どこかは分からないが、遠ざかって行ったコトがプレッシャーの変化で実感できる。

 僕はホッと、安堵の息を吐き出した。

 

「……ふぅ、良かった。正体は分からなかったけど、それなりに頭はいいみたいだ。いや、勘がいいのかな」

 

 取り替え児である僕の接近を、攻撃されるまで気取れなかった不審と疑念。

 魔性にとってはどれほど距離が離れていても、取り替え児であれば無意識の内でその存在を嗅ぎ付けられる。

 なのに、アレは自分が攻撃を受け、こちらを視界に入れるまでまったく気づけ(・・・)なかった(・・・)

 それどころか、むしろ、妙な忌避感まで覚えたはずだ。

 

 胸元にぶら下がるネックレス。

 

 角張ったデザインの、如何にも呪われていますといった強烈な呪具ではあるが、リュディガーはさすがに腕が良い。素材の良さをちゃんと活かしている。

 僕は「よしよし」と頷いて、そこでようやく、意識を他人へ向けるコトにした。

 

 ──さて。

 

「っ、ひ」

 

 目と目が合っただけで怯えられた。

 

「……うーん」

 

(やっぱ僕一人だけでもダメかぁ)

 

 この一年で分かりきっていたとはいえ、やはりCOG世界の一般人からしたら、僕は恐怖の対象でしかないらしい。

 これでも気を遣い、久しぶりの帰還であるのと、行く時とは異なりだいぶ大所帯に変わってしまったコトを鑑みて、内輪で話し合った結果、まずは僕一人でアポを取って来ようという流れになったのだが。

 

(まさか、いきなり第一村人が襲われてるところに遭遇しちゃうんだもんなー)

 

 ベアトリクスやフェリシア、精霊女王(ディーナ)の、それはもう轟々とした反対を押し切って、「安全だから! いやもうほんと、ちょっとそこまで行くだけだから!」と、ようやく賛成を得られたにも拘らず、なんというかもう、出鼻からしくじった感が半端じゃない。

 

 女三人集まれば姦しいとはよく言うが、物理的にも魔力的にも敵わない彼女たちから寄って集ってブーブー言われると、ちょっとだけ面倒だ。

 

(まぁ、いざとなったらリュディガーに矛先を向ければいっか)

 

 僕が一人で行動できるようになったのは、言ってしまえばあの男が優秀すぎるのが原因である。

 この一年、リュディガーの魔術師としての腕には助けられっぱなしだった。

 胸元のネックレスもそうだが、結界の構築や霊骸柩楼を指し示すコンパスの作成など、なんだあのオッサン。有能すぎて地味に困る。

 

 ……無論、だからといって犯した罪が許されるコトは永遠にないし、あれから一年以上の時が流れた今現在も、()を思い出すその度に、僕の心はザリザリとノイズが走る。

 

 単純な感情だけで推し量れる関係性ではない。

 

 僕もリュディガーも、あの日の勝者と敗者としての線引きが先にあり、けれど、同時に存在するある種の同族めいた感覚をも共有しているため、どうしても互いを憎み切れないのだ。

 

 同族嫌悪ならぬ同族理解とでも言おうか。

 

 自分と相手が似ているがために、その葛藤と精神の軋みを我が事のように理解してしまう。

 十二歳と五十五歳。

 歳の差を考えれば、これ以上ないくらいにおかしな話ではあるのだろう。

 

 とはいえ、どちらも目的のためなら簡単に手を汚す決断をしてしまう。

 

 どんな理由があろうと、どんな背景を背負っていても、その一点において、僕らは人として実にどうしようもない。

 同情などとは無縁であるし、私怨を考え出せば、いつ殺し合いに発展したとしてもてんで不思議はなかった。

 

 ただ──この一年、僕とリュディガーがそうならなかったのは、すべては『約束』のため。契約と言い換えてもいい、決して破れない取引を行ったからだ。

 

 リュディガーとリュディガーに付き従う六十人の追放されし者たち。それと総勢六百のホムンクルス=カムビヨン。

 僕は彼らを守り、彼らはその対価として僕の思うままに動く。

 リュディガーが僕のために呪具を作ったりしているのも、それが理由だ。

 

 ──ゆえに、

 

(帰って来るのに、思っていたよりも時間がかかりすぎた)

 

 妖精の取り替え児とカムビヨンの仔ら。

 この一年、人間らしいマトモな生活などロクに望めない日々が延々と続いた。基本的な生活形態は野宿である。

 というのも、“壮麗大地(テラ・メエリタ)”を出て、精霊女王の領域を抜けてからというもの、どこに行っても僕らが受け入れられる場所は無かったからだ。

 

 目と目を合わせて怯えられる程度は日常茶飯事。

 石を投げられるくらいはまだマシで、一番困ったのは帝国兵を呼ばれるコト。

 人ならざるモノにも果敢に剣を振りかざして迫り来る精悍な兵士たちの相手は、ベアトリクスらを宥めるという意味で最も大変だった。

 

 単純な食料事情や寝る場所の確保もそう。

 数人規模であれば、まだどうにかできる問題も、六百人以上となると様々な面で立ち行かないコトが発生した。

 

 だからこそ──安全な生活拠点。

 

 七百人くらいは容易に暮らせる『家』を、僕は可及的速やかに手に入れなければならない。

 

 培養混血児たちはその特性上、リュディガーによる定期的な検査……メンテナンスを必要とする。

 元より黒鴉神のための生贄になるはずだった子どもたちだ。

 その設計思想には、普通の人間ほどの寿命が初めから組み込まれていない。

 今のところは、どうにか騙し騙しやってこられているが、そろそろ本当に限界だろう。

 

 調整を加え、今後も生命活動を持続させるためには、創造者の魔術……つまりは魔力(宝石)の新規獲得にも乗り出さなければいけない(リュディガーが元々溜め込んでいた分は、すでに底を尽きかけてる)。

 

 だが、もちろん、それほどの過大タスク、リュディガーひとりでは当然手が回らない。

 

 リュディガーから直接手ほどきを受けた六十人の教団員。

 彼らにも手伝ってもらい、手分けして仕事をこなさなければ、遠からずして大量の死体が転がってしまうだろう。

 

 ゆえにこそ、彼らも含めた大規模共同体をセットで住まわせられる安全な住空間。

 

 まずはこれを確保しなければ、僕はあの日、せっかく救ったたくさんの命を、みすみす死なせるハメになってしまうのだ。人、それを無能と呼ぶ。

 

 ──よって、僕にはこれから、以下のような試練が待ち構えているだろう。

 

 ①与えられていた当初の課題に対する結果──失敗の報告

 ②①を受けたリンデン側の反応を見つつ、生活拠点の確保交渉

 

 大まかに簡略化すれば以上の二点だ。

 

 だが、①には①で、②には②で、どちらも複数且つ複雑な問題が秘められているのは言うまでもない。

 ぶっちゃけて言えば、どう説明しようとも門前払いされそうな気がしてならないのが正直なところだ。

 ヴェリタスのアドバイスが無ければ、たぶん、僕は試してみようとも思わなかっただろう。

 

(──大丈夫。予定外ではあったけど、市民の一人を助けられたのは幸先がいい。グラディウス老なら快く歓迎してくれるはずだ)

 

 現在進行形で命を救ったはずの中年男性から絶賛凄まじく引き攣った顔で見られているが、大丈夫。大丈夫だよー。僕、怖くない。人畜無害なチェンジリングさ!

 

 ニッコリと笑顔を浮かべて話しかける。

 

「──はじめまして。僕はラズワルドと言います。いやぁ、先ほどは危ないところでしたね。一応、火傷とかは大丈夫だとは思いますけど、お怪我はありませ……って、ん?」

 

 と、その時。

 僕の耳は、ガシャリ、ガシャリと。

 突如として接近する豪快な金属音──懐かしい気配を感じ取った。

 

「ハハ、さすが」

 

 目の前の男から視線を切り上げ、ゆっくりとその背後──城塞都市リンデンを見つめる。

 

 さぁ、見るがいい。

 

 記憶にある最後の姿からは、さすがに幾らか掛け離れた様子となってしまっているが、城塞都市リンデン。その黒鉄と白鉄の二門が崩壊しているのは未だ変わらない。

 

 だが、それがいったいどうしたというのだろう。

 

 この一年と半年、城塞都市リンデンが依然として滅びず、今もこうして復興の最中にあるだろうのは、彼の騎士がきっと誰より奮迅の活躍をしていたからに他ならない。

 

 鋼の英雄は、いつだって人々の窮地に駆けつける。

 

 ──御歳百三十二歳。

 

 遠目に見ても確信できる。

 久しぶりに目にした憤怒の剣は、記憶に誤たず、最高の英雄好漢だった。

 

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 

 

「見つけた……見つけたぞ……ついに見つけたッ!!」

 

 静寂の森に声が響く。

 音という音を、降り積もった雪がすべて吸収し、立ち所に搔き消してしまう雪深き森。

 玲瓏としたその声は、然れど、憎悪を孕んだ狂喜を滲ませ、邪悪な魔力を胎動させていた。

 

 空間に満ちる血霞(ちがすみ)

 

 辺りには餓狼──胴体無き魔性の狼──の群れが、至る所に死体となって散乱している。

 朝光に照らされて、足元から立ち上る血煙。

 鼻の奥を刺激する強烈な血腥ささは、餓狼たちが未だ、この場で惨殺されて間も無いコトを告げていた。

 

 その中心に、大小二つの影がある。

 

 一つは大柄で、黒い毛並みを持った隻腕の人狼。

 身の丈二メートルを超える隆々とした体躯には、幾本もの鉄枷が繋げられているが、そのどれをもまるでアクセサリーのようにぶら下げている。

 

 そして、もう一つの小柄な方。

 

 こちらは鉄枷の人狼に比べるとあまりにも対照的で、パッと見ただけでは人間のようにしか思えない。

 線の細い色白の美女。煌めくような金の髪。

 深い、深い、緑の衣に身を包み、上品な森の香気を携える。

 ともすれば、さるやんごとなき身の上のご令嬢かとも窺えるだろう。

 

 しかし──耳だけは。

 

 その、斜めに伸びた特徴的な耳だけは、女が令嬢でも、ましてや人間でもないコトを何より雄弁に語っていた。

 

 金の髪、緑の衣、長き耳。

 

 挙げ句の果て、森の香気纏った類まれな美女となれば、その正体は言わずとも知れていよう。

 清澄な水と神聖な空気を尊ぶ森の貴婦人。

 トレントたちと共生関係にあり、かつては偉大なるシルウァヌスと共に、一つの都市すら滅ぼしたと伝わる深層貴種(ハイ・ダーク)

 

 すなわちは、エルフである。

 

 ……だが、どういうワケか本来のエルフとは違い、この個体に清らかさは欠片も無かった。

 

 気品に満ちた佇まいと清廉なる魔力。

 森の貴婦人エルフと言えば、時に森で迷った幼子を、優しく外まで送り返すほどの心美しさを持つと云われている。

 それなのに、このエルフには微塵もそういった気配が見当たらない。

 

 浮かんだ狂相と鬼気迫る空気。

 

 張り詰めた糸を思わせるその雰囲気は、明らかに『エルフ』としての破綻を表している。

 

 ……しかし、そういう意味なら人狼の方とて様子がおかしい。

 

 通常、狼憑きとも呼ばれる人狼には理性など存在しない。

 人狼にあるのは、満月の夜、殺した人間の(かわごろも)を被り、妊娠期間の母親を襲い、その胎児を新たな人狼へと変える本能。ただそれだけ。

 

 ゆえに、満月でもなければ夜でさえない朝方。

 人間を襲いに周囲を彷徨うでもなく、かと言って次の満月まで眠るでもない。

 その上、エルフなどという種族的に最も縁遠い属性の相手と一緒にジッとしているなど、怪物としての本能(ルール)から間違いなく逸脱していた。

 

 二体の異形は興奮したように顔を突き合わせる。

 

 

「見つけた、見つけた……王殺し(・・・)の取り替え児!」

「我らが闇の公子、悪の華を殺した……」

「然り、然り然り、然りッ! つまりは我が夫、我が最愛、我がシルウァヌスの仇なれば!」

「愛しいな」

「怨めしい」

「殺してやろう」

「愛してやろう」

 

 

「「楽しみに待っているがいい──群青の空」」

 

 

 オマエの世界を、必ずや真紅に染め上げる。

 

 悪辣なる悪鬼が遺した災い。

 過去、鯨飲濁流という絶大なる『力』に惹かれた生粋悪。

 

 ……城塞都市リンデンに、今、再びの地獄が待ち構えていた。

 

 

 

 

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