【リブート前】ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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#65 城塞都市の今

 

 

 

 フードを被ってくれ。

 

 一年と半年ぶりの再会を経て、挨拶もそこそこに済ませた晴れやかな冬の朝。

 薄く氷の張った堀の上を、綺麗なアーチ型の石橋を渡って通り過ぎ、かつては目を見張るほどの立派な壁が存在した跡地(・・)をも抜けて。

 旧黒鉄──現在は『瓦礫街』と名を変えたらしい雑然とした街並みの中。

 老グラディウスが最初に突き出してきた条件は、「まずチェンジリングである素性を隠してくれ」というモノだった。

 

 

「坊主の帰還は嬉しいがよ、ちょっとばかし時勢が悪くてな。本当なら大恩ある坊主に対して、こんなコト言いたかなかったんだが、今はちと状況がマズイのよ」

 

 

 見上げるほどの巨躯が申し訳なさげに頭を下げる。

 自分よりも遥かに歳上の人物にそうされて、尚且つ心から尊敬できる相手となれば、従わない選択肢など存在しない。

 元よりチェンジリングたる身上において、自らの身体的特徴を隠すのは当然の処世術。

 この一年、フードを被らなかった時間の方が珍しい。

 チェンジリングである僕に向かって非礼を詫び、心苦しさをも抱いてくれる。それだけで気持ちとしては有り難かった。

 

 なので、言われた通り素直に頭巾(フード)を被る。

 

 気持ち目深に。

 覗き込まれなければ表情も見えないくらいに。

 

 

「髪と目を隠すのは別にいつものコトなのでお気になさらず。そこのシルバーさんにはもうバレちゃってますけど、要は他の一般市民たちに無闇な混乱を起こさせないように、ってコトですよね」

「ああ。すまねぇが、今のリンデン……とりわけ瓦礫街はヒリついててな。市民たちになるべく不安を抱かせたくない。ッチ、復興がもっと早く進んでれば良かったんだが──アレを見てくれ」

 

 

 先頭を歩くグラディウスがクイとしゃくった顎の先。

 黒と白の瓦礫群が、無造作に積み上げられ、まるでバリケードのように点々と路上を塞いでいた。

 グラディウスはそれを、眉を怒らせて説明する。

 

 

「黒鉄と白鉄の残骸を利用して作った急場しのぎだ。この都市(まち)では未だに、ああいうモンがゴロゴロと散らばってやがる」

「……と言うと?」

「当初の予定じゃあ、今頃はとっくに本格的な対処ってヤツが行われているはずだったんだよ。あんな粗末なモンは早々に片付けられてな」

 

 

 鯨飲濁流の大魔法。

 自らを木の中の木、巨いなる大樹、霊威漲る大威容へと姿を変える“変身(メタモルポセス)森神(シルウァヌス)”。

 天と地を覆う紅蓮の大晩餐会によって、城塞都市リンデンの三防壁、その内の二つが破られたのは未だに記憶に新しい。

 悪鬼が滅ぼされ、その脅威が去ったといえども、人々に残された爪痕は街の景観という形で伺い知れる。

 

 だからこそ、生き残った秘宝匠を中心に、王都の支援も借りて、崩壊した黒白の居住地を一刻も早く前以上(・・・)に作り直そうと動いていた。

 

 だが、

 

 

「坊主が知ってるか知らねぇが、ちょうどテメェさんらがここを出て行ってすぐ後のコトだ。王国だけじゃねえ。五大国の周辺では次々にとんでもねぇ事件が起こりやがってな」

「事件?」

「おうよ。山が崩れ、村が滅び、森が焼け、街が滅ぶ。──古の灑掃機構、神の聖遺物、光輝なる『天使』とやらが、その活動を再開したコトでな」

 

 

 曰く、不浄なり、醜怪なり。地上は穢れに満ちている。

 

 

「最初は伝説の天使様じゃなあく、似たようなバケモノが現れたって噂が主流だったんだが、中央の教国から大々的に「アレは本物だ」って宣言が行われてな」

 

 

 おかげで人界は大騒ぎになっちまったと、グラディウスは不機嫌も露に吐き捨てる。

 

 ──魔を撃滅する神の兵器。

 ──人類を救う希望の裁定者。

 ──白金に輝く彼のモノの御名を讃えよ。

 

 何も知らない大衆は、最初、大いに喜んだ。

 

 しかし。

 

 

「灑掃機構……天使のコトなら僕も知っています。アレらはすでに壊れてしまっている」

「──まぁ、坊主なら知っててもおかしくはねぇか。そうだ。灑掃機構は壊れてやがる。バケモノだけじゃねえ。ヤツらは人間も殺すようになった欠陥品だ」

 

 

 ゆえ、今を生きるほとんどの人間たちには、なぜという疑問がまるで(いなご)の群れのように大挙するコトになった。

 人類を守り、その生活に安堵を与え、聖なる神より使命を与えられたはずの灑掃機構が、何故に人類をも脅かすのか。

 無辜の民衆を中心に、秘宝匠らも集まって、皆が皆、教会に答えを求めた。

 

 そして、

 

 

「中央の教国──いや、教主は言いやがった」

 

 

 灑掃機構に過ちはありません。

 神の遣わし下さった聖遺物には、神の意思が込められている。

 ならば、いと尊き天罰者がその稲光を纏う時、そこには必ず打ち倒すべき悪(・・・・・・・)が有ったに違いありません──と。

 

 

「結果、天使の現れた場所には滅ぼされるべき悪ありきと。今じゃほとんどの人間が怯えながら空を見上げる毎日だ。『天罰令』なんつぅ、けったいな法令も作られつつあるらしいしな」

「天罰令?」

「詳細は俺も知らねぇよ。ただ、良くはねぇ仕組みだってのはたしかだ。ったく、人間が人間を悪と断定し、勝手に裁くなんてのは傲慢がすぎるってんだ」

 

 

 ブツブツ、ブツブツ。

 グラディウスは気に入らねえ、気に入らねえ、と呟く。

 ルカさんはそんな上司の言動に気が気でないのか、周囲をキョロキョロと見回し怯えていた。

 

 ……恐らく、密告や噂の類を懸念しているのだろう。

 

 今の話の流れ的に、神やそれに連なるモノを悪し様に口にするのは『罪』と捉えられかねない。

 影響力のある刻印騎士団の長がそんな様子では、人によってはいつ自分たちの都市(まち)が『悪の都』と判定されてしまうか不安の種にもなるだろう。

 ただでさえ防衛機能が低下しているのに、その上、天使という新たな脅威にも気を配らなければならないのだ。

 リンデン市民に押しかかっているストレスは尋常ではない。

 最悪の場合は、栄えある刻印騎士団の長とて追放の対象になり得る。少なくとも、そう懸念させる程度には情勢が不安定というコトか。

 僕としては……やや、気にしすぎな気もしないでもないが、ともあれこれで納得はした。そら、チェンジリングが表立って歩けないワケである。

 

 魔を撃滅する灑掃機構。

 魔に近しい取り替え児。

 

 一般市民からしたら、こっち来んな厄災め! てところだろう。

 今更ではあるが、僕の立場はさらに悪いものになっていたようだ。ははは、まだ下があったとは。

 

 ──とはいえ。

 

 

「天使出現による社会情勢については分かりました。

 けど、それがどうリンデンの復興に影響したんです?」

 

 

 天使が復活し、その裁定に怯えているのなら、自分たちの都市が悪ではないと証明するためにも、普通はより一層と聖なる街造りに励むのでは?

 

 言外に匂わせた疑問に、グラディウスは大きく鼻を鳴らしてみせた。

 そして目をグルリと回し、部下へと説明を任せる。

 

 

「ハッ! ルカよ、教えてやれ」

「っ、は、はい! え、えっとですね、現在のリンデンは端的に言うと二分化(・・・)されているんです」

「二分化?」

「ヒッ、ぁ、いえ、すいません!

 そ、そうです。ちょうど今、私たちが歩いている瓦礫街。

 それと、崩れ去ってしまった黒白の二門と違い、伝説の吸血鬼による襲撃を受けても、今なお堅く聳え立っている赤鉄門。

 ──分かりやすく表現すると、現在のリンデンではこの二つの居住区で、半ば対立の構造が生まれています」

「ケッ、お偉いお偉いお貴族様や、業突く張りのデブ司祭。特権階級の金持ちにとっちゃ、オレたち旧黒鉄や旧白鉄の人間は滅びるべくして滅びかけたって言いてえのさ」

滅びる(・・・)べくして(・・・・)滅びかけた(・・・・・)……?」

 

 

 一番後ろで小さく吐き捨てる中年(シルバー)の声。

 僕は振り返りながら、聞き捨てならない言葉にどうしても言葉尻に険が混ざるのを抑え切れなかった。

 それに、おどおどとしたルカさんが訂正するように注釈を続ける。

 

 

「え、えっと、正確には違います。城主様や市議会、司祭様方は現在も多くの復興策を推し進めておいでです。……ただ、一部の赤鉄市民(有力者)の間で」

 

 

 吸血鬼の魔手に落とされた黒白を、再び同じリンデンとするのは危険ではないのか。

 天使の思考回路など誰にも分からない。

 ならば、魔の悪辣に犯された黒白をいっそ切り離し、神聖にして絶対なる至高の赤鉄門のみをそのまま保つべきなのでは?

 

 

「ふざけた言説だが、運悪くその意見が一定の賛同者を得始めた頃、天使が南に向かったって話もあってな。何の関連性もねぇのは明らかなんだが、連中にとっちゃ自分たちの主張を強めるのに何でも良かった」

「王都からの支援も、それによって一時停止してしまったような状況です」

「つまり、リンデンは今、一部の特権階級(バカ)がバカ極まるバカ騒ぎを起こしちまったせいで、最低限の復興しかできてねぇってコトだ」

「……それは、また……」

 

 

 予想外というか、これだから人間はというか。

 遣る瀬無さと同時に呆れや憤り、嘆きの混じった感慨が急速に胸裡を占めていく。

 

(けど、状況については理解できた)

 

 王都からの支援があったにもかかわらず、城塞都市リンデンに未だ安穏とした空気が流れていない理由と背景。

 分かたれた赤鉄と以前の黒白。瓦礫街という独特な街並みが形成されたワケや、教会権威の握る社会的影響力など。

 久しぶりの人里ゆえに、何が待ち構えているかと内心かなり戦々恐々としていたが、どうやら想像以上に一筋縄ではいかなそうだ。しかも、

 

 

「問題は復興だけじゃありませんね。貴方のコトだ。たった一人でこの広いリンデンすべての防衛を担っているんでしょうが、どう考えても人手が足りていない」

「……まぁな。そこのシルバーは坊主のおかげで何とか助かったが、つい昨夜も一人死なせちまった」

「現在の戦力はどうなっているんです?」

「刻印騎士団四名を除けば、正規の防衛力は残っていません。心苦しい話ではありますが、基本は有志による自警団が主になっています」

「無茶と無謀を勇気と履き違えたバカな若造どもだがな」

 

 

 超ヤバいじゃん、という言葉は何とか喉奥にしまいこんだ。

 破魔の赤鉄内ならまだしも、この瓦礫街まで一般市民による自警が基本となっているようでは、もはやお世辞にも人類最高の対魔都市とは言えない。

 

 ──凋落。

 

 思わず、その二文字が頭の中に浮かび上がった。

 

 

「とはいえ、腐ってもリンデンだ。残骸と成り果てようと、黒も白も寄せ集めればそれなりの効果は発揮する」

「襲撃の頻度はどれくらいで?」

「まぁ、月に一度か二度だな。大半はゴブリンどもだが、稀にそうじゃねえのもいやがる」

「さっきのあれがそうですか」

「ああ、正体が分からねえのは初めてだが。坊主は分かるか?」

「いえ、僕もよく分かりませんでした」

「そうか……」

 

 

 チィッ、と全身で舌を打つ全身鎧。

 人々の陽だまりを何より愛する彼にとって、一度ならず二度までも、自らが遅れ馳せ参じたというのは、恐らくこちらが思っている以上に腹立たしい事実なのだろう。

 

 グッ、と握られる力拳に怒りが渦巻く。

 

 ……僕としても、その気持ちが分からないでもない。実際に対峙した者として、あの正体不明には何か得体の知れない気味の悪さのようなものを感じた。

 知性もそこそこにありそうだったし、ぶっちゃけ嫌な予感がビシビシしている────が、それはそれとして。

 

 ピタリ、足を止めて僕は問いかける。

 

 

「グラディウス翁。あの──もし、もしもの話ですが、刻印騎士団の人手不足問題。これを、少しでも解決できる人材に心当たりがあるって言ったら、どうします?」

「……なに?」

「というか、正直に言って()はどうでしょうか? たしか、貴方は以前、僕のコトを名誉騎士として迎え入れたいと言っていたはず」

「………………」

 

 

 慎重な声音に本気を感じ取ったか、刻印騎士団の長はゆっくりと僕を見つめ下ろした。

 そして言う。

 

 

「──チッ、一人でいる時点で()()()()とは思ってたが、坊主。何を持ちかけるつもりだ。俺はテメェのコトは嫌いじゃないが、テメェの背後にいる連中まで好きってワケじゃねえぞ。第一、あの()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 害意も悪意も敵意も無いが、厳然とした事実を告げる重い声。

 言わんとしているコトはハッキリ分かっている。

 この都市を発つ前、誰あろうアムニブス・イラ・グラディウスから直々に言葉をかけられたのは、僕なのだ。

 その重み、一言一句思い出せる。

 

 ── 坊主、テメェがこのクソッタレな世界で自分の我意(エゴ)を貫き、旧白嶺や嬢ちゃんみてえなヤベェのと今後も共に在り続けようってんなら────今一度、その行動を以って自らの善性を証明する他に道はねえ。

 

 たとえそれが、どれほど不平等で理不尽な代物だったとしても、世界はそのようにできているのだから。

 

 ──と、それを受け入れ、お行儀よく従い、自らもそうすべきだと考えた結果が、“壮麗大地(テラ・メエリタ)”でのあの終幕。

 

 けれど、僕はもう以前の僕とは違う。

 昨日に戻るコトはできないし、明日はいつだってより良い今を積み重ねた先に、粛々と。

 

 だから、だから──僕は言う。

 

 厚顔無恥だと、どの面下げてと罵られようと、失敗の責任を果たすために。彼の想いを知っている者として。

 

 

 

 

 

「城塞都市リンデンに申し出があります。率直に言えば、取り引きをしませんか? 今度は公平に、対等の立場で」

 

 

 

 

 

 最厄地に行って魔術師の悪巧みを調査しろ。

 護衛対象ももちろん生かして帰せ。

 

 ……考えてみれば、ああ、なんて一方的で、こちらが圧倒的に不利な取り決めだろう。開き直ったからって文句は言わせない。

 

 

 

「僕の一年と半年を語るのは、そこからです」

 

 

 

 

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