【リブート前】ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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#73 記憶の呼び水

 

 

 

 組合の中は、思いのほか閑散(かんさん)としていた。

 入る前は、それこそ職人たちの怒号が飛び交う非常に忙しない空間なんじゃと想像していたのだが、

 いざ目の当たりにしてみると、そこは大勢の事務員と思しき人影がひっそりと静かに仕事をしているだけで、むくつけき男たち──つまりは職人らしき大人は、二〜三人しかいなそうだった。

 

 

「ようこそ、リンデン秘宝匠組合へ。

 シルバー氏は身支度を整えますので、騎士団のお二方はどうぞあちらの応接室でお待ちください。ただいまお茶を淹れて参ります」

 

「ど、どうも。あっ、お気遣いなく……!」

 

 

 丁寧な受付の対応。

 普段、あまり他人から(うやうや)しく接してもらえる機会がそんなに無いのか、ルカさんは微妙に緊張した面持(おもも)ちで会釈など浮かべている。

 その後ろを黙ってついて行きながら、僕はフードの位置をひそかに微調整した。

 刻印騎士団の数少ない生き残りとして顔が知られているのだろうルカさんと違って、僕はまだこの街で一部の人間にしか存在を知られていない。

 ベアトリクスみたいな幻術は使えないし、無用な混乱を招かないためにも、髪と目の色を隠すのは当たり前の注意だった。

 

 

「意外と、静かなところなんですね」

「え?」

「いや。てっきり、僕はもっと騒がしいところだと想像してましたから」

 

 

 応接室に入り、客用のソファと思われる長椅子にルカさんと腰掛ける。

 すると、腰と背中がまるで沈み込むような柔らかさに溶け合った。

 

 文明の香りに戦慄が禁じ得ない。

 

 一瞬、あまりの多幸感に脳の奥からイケナイ分泌物がドパドパ出てきた錯覚さえした。

 

 

「ああ、そうですね。秘宝匠組合なんて聞くと、いかにも筋肉っぽいですから、始めて来た人は驚くかもしれません。

 でも、組合なんて、どこもこんな感じらしいですよ?

 あまり大きい声じゃ言えませんが、秘宝匠の皆さんはやっぱり()()()()が強いですし、皆さん自分のお店がありますからね」

 

「なるほど」

 

 

 ルカさんは小声で教えてくれる。

 どうやら、秘宝匠組合というのは結構事務的な場所なのかもしれない。

 外観はあんなに主張が激しいのに、中身は意外と落ち着いている。

 

 しかし、それも考えればそんなに不思議じゃないのかもしれない。

 

 組合というと、つい仕事の斡旋(あっせん)場のようなイメージを持ってしまうが、秘宝匠ともなれば、わざわざ仕事を斡旋してもらわなくとも評判はついてまわる。

 そうなると、大抵の秘宝匠にとって、組合に顔を出すのは何か用事があって必要に迫られた時か、あとは持ち回りの役目である組合長に選ばれた時くらいなのだろう。

 

 ちょっとこの辺は記憶があやふやなのだが、たしか、秘宝匠組合は秘宝匠たちの住所を一番に管理する組織だったはずだ。

 

 お役所的な仕事を秘宝匠自らやる必要はないし、となれば、あとは事務方の仕事を任せられる人間を雇っておきさえすればいい。

 

 要は、そういう背景があるんだろう。

 

 僕は感心しながら納得した(にしても、この椅子は素晴らしい……)。

 

 

「……ふぅむ。

 まぁ、それはそうと、シルバーさんにはちょっと申し訳ないことをしちゃいましたね。まさか、あんなことになるなんて……」

 

「あ、あー……」

 

 

 ルカさんは何とも言えない表情(かお)で苦い笑み。

 その反応も、まぁ無理はない。

 大の大人が路上で小便を漏らした。

 直前の酒臭さも相まって、ルカさんはドストレートに彼の心を抉ってしまったからだ。

 

 うら若き女性からすれば、冴えない中年男なんてただでさえ軽蔑の対象だろう。

 

 そこに加えて目の前で小便漏らし。

 正直な反応として、思わず「臭ッ!」と言ってしまうのも理解はできる。

 

 僕としては、たしかにシルバーの反応には傷つくところもあったものの。

 剣や槍を振りかざして迫ってくる帝国兵に比べれば……今さら、小便を漏らされる程度は別にどうということもなかった。

 

 とはいえ、

 

(これから話を聞こうって相手には、ちょっとばかし気まずいファーストインプレッションになっちゃったと思うけど)

 

 呑んだくれで働かずのシルバー、黒ずみだらけの灰銀。

 ルカさんから聞いた話だと、彼はこのところずっと酒浸りの毎日だそうだ。

 元大看板の秘宝匠。

 失った過去の栄光にすがり、今では日がな組合の外で座りぼうけ。

 

 あの謎の怪物に襲われた直接の被害者として、シルバーにはどんなことでもいいから話を聞いておきたい──が。

 

(果たして現状、素直に話を聞かせてくれる流れなんだろうか、これは)

 

 まさか、あのまま何事も無かったように外で話を始められるワケもない。

 汚水は適当にルカさんが魔法で処理したが、シルバーの着替えや風呂の用意などは助けを求める必要があった。

 なので、つい組合の門を叩いて世話を見てもらうことになってしまったが。

 

(シルバーさんも組合も、互いに気まずい感じだったな……)

 

 秘宝匠の資格を剥奪された男と、剥奪した側。

 シルバーの胸中は如何ほどだろう。

 刻印騎士団としては、あくまで自分たちの仕事に集中さえしていればいいとは思うが、それはそうとして、やはりどうしても気まずさは感じてしまう。

 

 ──と、

 

 

「失礼します。お茶を持って参りました」

「あっ、貴方は!」

 

 

 ルカさんがやにわに立ち上がった。

 僕は驚き、思わず一緒に立ち上がってしまう。

 

 ルカさんの視線の先には、腰の曲がった老人。

 アンティークっぽい木製のダイニングワゴンを押しながら、何とか歩いているといった様子のお爺さんがいた。

 

 白い髭を豊かに伸ばし、身につけているものは簡素な修道服。

 先ほどの受付とは、言うまでもないがまったくの別人。

 

 だが、ルカさんの反応は、明らかに見知らぬ他人に対するものじゃなかった。

 

 

「ルカさん、このひとは……?」

「知らないんですかッ、ラズワルド君! いえ、知っているはずが無かったですね!」

 

 

 尋ねると、ルカさんはにわかに興奮した様子で語調を強めた。なんだ。いったいどうした。

 困惑を隠しきれない僕に、ルカさんは捲し立てるように言葉を続ける。

 

 

「このひとは──灯火のロゥ!

 ラズワルド君もさっき話していた、暖気灯の開発者で、現大看板です!

 そして、リンデン女性市民(独身)が最も自宅のインテリアに欲しがるステキな蝋燭台──挿した蝋燭を自然と花の香りにし、部屋中をいい匂いにしてくれる『百花灯』でも有名な、あの超一流秘宝匠ですよ!」

 

「ふぉふぉふぉ。刻印騎士のお方にそう言ってもらえるとは、ありがたいことです」

 

 

 興奮したルカさんのセリフに、老人──否、灯火のロゥはぺこりと頭を下げる。

 

 

「なぜここに!? お忙しいはずでは!?」

 

「いえいえ。鑿と槌を振るうばかりしか脳のないワシらボンクラと違い、日夜このリンデンを生命を賭けて守ってくださる騎士の皆様方に比べれば……そんなことは全然ありません」

 

「貴方の作品は五ヶ月先まで予約でいっぱいなのに!?」

 

 

 ルカさんはもはや悲鳴に近い域で仰天している。

 対し、灯火のロゥは穏やかに微笑んでいた。

 ……よく分からないが、このままでは話がどこまでも逸れてしまう気がする。

 

 

「えっと、その灯火のロゥさんが、どうして僕たちにお茶を?」

 

「おお、そうでした。失礼、まともな挨拶もしないで。

 ワシはロゥ。肩書きや仕事については、今しがた語られた通りですな。今日はたまたま組合に用がありまして。

 受付に行けば、刻印騎士のお方が二人もいらっしゃると言うではないですか。

 日頃の感謝を伝えたく、是非にとお茶汲み係を申し出たのです。

 お若い騎士様方、どうぞこの老骨をお見知り置きください」

 

「とんでもないですッ! 私の方こそ、貴方と会えて光栄に思います!」

 

「ふぉふぉふぉ。いやはや、嬉しい限りで」

 

 

 灯火のロゥはニコニコと目尻にシワを寄せ、カップに二人分のお茶を注ぐ。

 差し出されたお茶は、ホッとするほど温かかった。

 ──しかし、

 

 

「すみません。大看板ともあろう方が、わざわざお茶汲みを?

 グラディウス団長ならまだしも、僕たちはしがない木っ端騎士に過ぎませんが」

 

 

 言外に、他に用件があるのでは? と匂わせる。

 が、

 

 

「おやおや。だとしても、我々に代わり、いざという時に矢面に立ってくださるのはどなたであろうと変わりありますまい。

 ワシは見ての通り、教会にも籍を置いております。

 先日の司教様の件で調査をなされていると聞けば、なに、この程度は当然というものですよ」

 

「そう……ですか?」

 

「ええ。そうです」

 

 

 灯火のロゥは深く頷いた。

 どうやら、本当にそれだけしかないらしい。

 

 

「まぁ、強いて言えば。シルバーのやつがご迷惑をおかけしたそうですし、そのお詫びも兼ねてというところですな」

 

「シルバーさんとお知り合いなんですか?」

 

「ふぉふぉふぉ! 知り合いもなにも、やつはワシの弟子だった男ですよ。

 最近は酒に溺れて何ともまぁ情けないったらありゃしませんが、アレでも一応、昔は可愛がっていた不肖の弟子でして──やつの生命を救っていただいたことも、感謝せねばと思っとったところです」

 

「……ああ、そういうことでしたか」

 

「ええ。そういうことです」

 

 

 しみじみと、老人は何度も首肯を繰り返す。

 僕は少しだけ、自分を恥ずかしく思った。

 他人の善性を素直に信じられず、どこかで裏があるんじゃないかと疑ってしまうのは、我ながら人間の在り方が小さい。

 この世界じゃ当然の注意だと頭では分かっていても、こういう相手と出くわしたとき、どうしても自分の狭量を感じてしまう。

 

 

「さて。それでは、ワシはこの辺で失礼いたします。

 お若い騎士様方、どうぞシルバーのやつをよろしくお願いいたします」

 

 

 灯火のロゥは最後にそう言い残すと、来た時と同じようにカラカラとダイニングワゴンを押して帰って行った。

 

 

「……優しいお爺ちゃんって、ホントだったんですね」

 

「もう! 信じてなかったんですか? だから言ったじゃないですか。まぁ、値段はちっとも優しくないんですけど」

 

 

 ルカさんは「ハァ」と溜め息を吐くと、ズズズ、とお茶を啜った。

 ……この様子だと、灯火のロゥの人柄は結構な常識らしい。

 隣で僕が失礼な物言いをしたのに、ルカさんはまるで心配した様子が無かった。

 あの程度のことでは、灯火のロゥが怒りださないとハッキリ分かっていたのだろう。

 次からはもう少し、他人の人物眼を信じてもいいかもしれない。そう思った僕だった。

 

 

 

 ──それからしばらく──

 

 

 

「待たせたな。で、何が聞きたいんだ?」

 

 淹れてもらったお茶も飲み終わり、僕もルカさんも手持ち無沙汰になっていた頃。

 どことなく身綺麗になった様子で、シルバーがようやく現れた。

 依然として、酒は抜け切っていない顔色をしているが、髭を剃り、服装もキチッとした格好に変わっている。

 

 全体的に、清潔感を意識した様相だ。

 

 少なくとも、腰に提げられていた酒瓶はどこにも見当たらない。

 

(よかった。意外と話せそうだ)

 

 僕とルカさんは互いに安堵し、まずは情報の整理から始めることにした。

 それによると、

 

 

 ①怪物は姿が見えないが、実体はある。

 ②人間を襲い、口の中に()()()をねじ込もうとして来て、恐らくだが目的にそぐわない場合はそのまま殺害。または、結果的な爆死へと導く。

 ③それなりの速さで動けるっぽいが、足は遅い。司教にしてもシルバーさんにしても、最終的に捕まるまで、ある程度逃げ続けることができているのがその証拠。

 ④人間の四肢や首を同時に絞めることができる多腕、ないし触手持ち。

 ⑤()()()()()()知性がある。

 

 

「ざっとまとめると、こんなところですか」

「お、おう……それで合ってるぜ」

「ふむ」

 

 

 僕は頷き、ルカさんと顔を見合わせた。

 心当たりのある怪物がいるか視線で問いかけ合うも、どうやら互いに皆目見当もつかないらしい。

 眉間に皺を寄せて首を捻るも、考えれば考えるだけ、この怪物が相当に厄介な存在に思えてならなくなるだけだった。

 そもそも、

 

 

「司教が死ぬ際、「資格なし」って言われたのが気になりますね。完全に、何らかの目的があって人間を殺してるとしか思えない」

 

「で、ですね……姿が見えない怪物といえば霞鬼──南に棲息するジンが有名ですけど、あれは実体がありませんし」

 

「シルバーさん、自分の口の中になにが捩じ込まれかけたかって……分かったりしますか?」

 

「わ、分かるわけねーだろッ!? オレが知りてぇくらいだ!」

 

 

 シルバーは唾を飛ばしながら顔を青くする。

 チェンジリングと会話をしている時点で気が気でないのだろう。

 あまり長時間拘束していると、またぞろ小便を漏らしそうな様子だった。

 

 ……ともあれ。

 

 

「何にせよ、人間の身体に寄生するタイプかな……突然変異の女郎蜘蛛(アラクネア)とか」

 

「卵を産み付けに来たってことですか?」

 

「ォ、ヴォえっ!」

 

 

 シルバーが盛大に嘔吐(えず)いた。

 カルメンタリス島には女郎蜘蛛(アラクネア)という巨大な蜘蛛の怪物がいる。

 胴体に美しい女の姿をした疑似餌を持ち、体力と精力に優れた男を好んで食す化け蜘蛛だ。

 多くは洞窟などに棲息しているが、時おり人里に降りてきて、繁殖のために人間を攫う。

 その昔、恋人に裏切られた女の怨念が形になったとも噂され、殺すには焼き殺すしかない。

 

 卵を産み付けられた人間は、最初は食事の嗜好が肉食よりに変わる程度の変化だが、やがて、段々とそのタガが外れていき……最後には家畜だけでなく気の知れた隣人さえも毒牙にかけようとしてしまうらしい。

 

 原作だと、たしか魔法魔術学校(エルダース)の地下墓地で僕が襲われる。

 

 閑話休題。

 

 

「……とりあえず、アラクネアだとしたら多腕ってのもクリアできるし、人間を襲うのも理解はできます。ただまぁ」

 

「知性があって言葉も喋るのは……蟲系の異形だと幾ら突然変異だとしても、やはり考えにくいですね……」

 

「はい。なので、やっぱり断言はできませんね」

 

 

 僕とルカさんは「お手上げだ」と一緒に肩を竦めた。

 すると、

 

 

「……な、なぁ、魔法って線はないのか?」

「え?」

「いや、ほら、オレは専門家じゃねーけど、バケモンの中には魔法を使ってくるやつもいるんだろ?

 だったら、アレももしかして、何かの魔法だったんじゃないかってよ。

 素人の的外れだってんなら、忘れてくれていいが……」

 

 

 シルバーが段々尻すぼみになりながらも、貴重な意見をくれた。

 なるほど、魔法。その線はたしかにありえる。

 しかし……

 

 

「魔法……そうなると、いよいよ正体が分かりませんね。

 パッと思いつく呪文にあんな現象を起こせるものはないですし、そもそも、魔法は使い手によって千差万別です。

 ベアトリクスがいれば、すんなり分かったかもしれないけど……」

 

「魔女の知識ですか……でも、呪文を洗ってみるのはいい選択肢かもです。

 これだけ正体のよく分からない怪物なら、いっそ魔法による産物と考えた方が納得もしやすいですし」

 

「シルバーさんが聞いた声も、実は()()の言葉だった……? ははぁ、なるほど。そう考えると、一歩さらに踏み込んで詰められますね。

 ──アレはなぜ、シルバーさんを狙ったんでしょう?」

 

「目撃者を殺すため、ではなさそうですね」

 

「はい。そんな人間的な思考はしていないでしょう。

 恐らく、シルバーさんが狙われたのは偶然じゃない」

 

「最初から、シルバーさん()標的のリストに入っていた……?」

 

「恐らく。資格がうんぬん評価を下しているくせに、アレは無差別な人体実験はしていない。

 対象をきちんと選別し、そのうえで、なにか成し遂げようとしていたと考えるべきです」

 

 

 ならば、アレはおそらく人間を使った魔法的な試験と見て問題ないだろう。

 その目的は(よう)として知れないが、間違いなく人間を選んでいる。

 司教とシルバーという二例しかないのは根拠に乏しいかもしれないが、これは確信に近い。

 なぜなら、両者にはともに共通点が存在する。

 

 片や、リンデン教会の第一位。

 片や、リンデン秘宝匠組合の元大看板。

 

 ともに名のある肩書きを背負ったリンデン有数の男たちだ。

 

 そして、

 

 

「アレは、僕と遭遇して、そこから行動を中断した」

 

 

 妖精の取り替え児(チェンジリング)を見つけたにもかかわらず、あれから何の音沙汰(リアクション)もない。

 

 ()()()()()()()()()なら、まず有り得ない状況だ。

 

 

「────気狂(きちが)い?」

 

 

 ハッとし、ゾッとする。

 僕はひとつの心当たりにブチ当たった。

 

 

 

 

 

 







次こそ今章のヒロインを絶対に出します!

ちなみに、あと20人くらい高評価が入ると、
本作の投票者数が1000人になるんですが……|´-`)チラッ

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