【リブート前】ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です   作:所羅門ヒトリモン

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#76 瞳の所以

 

 

 

 ──沈黙。

 それこそが、はじめに訪れたものだった。

 

「……」

 

 瓦礫街へと繋がるアーチ型の石橋。

 その下にある、対吸血鬼や籠城戦のため、深く深く、円状に都市を取り囲む水堀には、分厚い氷が張っている。

 それゆえ、『暖気灯』によってほのかに暖められていた街中とは違って、突き刺さるような寒さが足元にはあった。

 しかし、

 

 ──ジッ、と。

 

 まるで、突如としてそういう石像にでもなったみたいに、僕の前には五人の培養混血児たち……ホムンクルス=カムビヨンが一斉に跪いている。

 その様子は、まさに厳粛といった二文字そのものだ。

 この一年と半年。すでに見慣れたリアクションだが、ほんの数日ぶりとはいえ、突然に目の当たりにすると、やはりいささか鼻白んでしまうのは避けられない。

 

 僕は一瞬「ぅ」と呻きかけ、迷った末に、「はぁ」と溜め息を零した。

 

 目の前にいる五人だけでなく、総計で六百人の培養混血児が()()である。

 それだけではない。リュディガーが率いる六十人の教団員──つまりは、人間までもが等しくこう(・・)なった。

 “壮麗大地(テラ・メエリタ)”での一件を経てからというもの、僕はなんだか神のような扱いを受けている。

 

(はぁ……ほんとうに、勘弁してほしい。あんなとんでもないモノと一緒になんて、されたくないんだけど)

 

 概念的な神ではなく、この世界に存在する本物の神について。

 カース・オブ・ゴッデスという原作を知っているがゆえに、僕は心底頭を抱えていた。

 

 リュディガーの『教団』はもともと、『教会』が広める神ではなく、カルメンタリス島に存在する数多の人外を崇める邪教集団だったはずだが、いまでは大嵐の巨龍撃滅と同時に、ほとんど同じ信仰へと立ち戻ってしまっている。

 

 島のアポトーシスであり、女神の自殺細胞。

 

 あの大嵐の巨龍を殺してしまったのだから、それも仕方の無いコトなのかもしれないが、だからといって、蓋を開けてみれば一介の取り替え児に過ぎない僕なんかに、何という期待を注いでいるのやら。

 第一、鯨飲濁流も大嵐の巨龍も、どちらもベアトリクスとの憑依融合があったから乗り越えられたのであって、僕単身では普通にバッドエンドを迎えている。

 

 あれから、魔女因子の制御(コントロール)によって、肉体の一部を半魔女化させる(すべ)はたしかに手に入れたものの、使い魔との融合を封じられたいま、かつてと同じ障害が立ちはだかっても、同じように乗り越えられるとは限らない。

 

 いや、不可能とさえ言えるだろう。

 

 膨大な魔力によるゴリ押しはできず、

 魔女としての豊富な魔法の選択肢も消え、

 人外ゆえの、有り得ない身体能力にも頼れない。

 いま、ここに()るのは、ラズワルドという一個の人間。それだけの力でしかないのだ。

 魔法だって、

 

 “(イグニス)

 “(ノクティス)

 “夜這う瑠璃星(ラピス・ラーズリ)

 “黎明穹(アウローラ)星河一天(ラピスラズリ)

 

 まともに使えるのは前者の二つだけ。

 刻印魔法である後者二つは、最近になってようやく一日に一度、気絶無しに『星』が使えるようになって、『穹』に至っては……成功率も低く、成功しても二割ほどの出力でしか放てない。

 挙げ句、成功したらしたで、三日はガス欠になるという──それ本当に成功って言えるの? 状態だ。

 

 まさにザコである。

 

 “火”や“夜”とて、大半の魔物にとっては小手先の技に過ぎない。

 唯一の救いなのは、僕自身がいまだ十二歳という成長過程にあり、今のところ魔力量も日に日に増していっている点だ。

 だが、この世界の魔法は完全なる才能。

 持ち前の魔力量がいつどこで打ち止めになるか考えると、不安は早々に拭えない。なので……

 

(──期待が、重い)

 

 培養混血児たちの視線や対応は、僕の身には凄まじく重たかった。

 

(……けど、何が一番辛いかと言えば、その期待を他ならない僕自身が、誰より裏切れないところだよな)

 

 リュディガーとの約束も然り、僕の抱く夢の問題も然り、あの日守ると決め、絶対に寄り添うと誓ったモノたちの手前、情けない振る舞いは避けねばならない。

 そういうの、男としてというより人として。なんというか、めちゃくちゃカッコ悪いと思ってしまう。

 前世の自分からはまったくもって考えられない変化だが、ベアトリクス、フェリシア、鯨飲濁流にグラディウス、ゼノギア。

 これまで出会ってきた人魔との接触を通して、僕も変わった。その変化が、結局いいことなのか悪いことなのかは、まだ分からないけど……

 

 ともあれ。

 

 

「──お前たち、何故ここに?」

 

 

 目の前で跪く五人。

 ベアトリクスの幻術がかかっているのか、僕の()には微妙にダブって姿かたちが映る少年少女たちに向けて。

 僕の言葉も、必然、彼らがそう望む通りのものへと置き変えられる。

 

(……まぁ、これについてはこの子たちの信仰心云々というよりも、培養体(ホムンクルス)と接するには、そうした方が遥かに円滑にコミュニケーションが進むから──ってのも大きいんだけれどね)

 

 人間の手によって造られた偽りの生命であるところのホムンクルスは、自分たちが被造物であるコトを最も自覚している。

 自分たちが何ゆえ培養され、どういう設計思想のもと、如何なる用途のために産み出されたのか。

 道具であるコトを自覚している道具──なんて表現してしまうと、途端に物悲しい響きを伴ってしまう気がしてならないが、

 当のホムンクルスからしてみれば、人間と違い、生まれた理由が初めから分かっている分、その理由に従って生きるコトは何よりの幸福と感じるらしい。

 

 ──それを、被造物ゆえの盲目と取るか、あるいは、なにかと曖昧模糊に日々を暮らしがちなそこらの人間などよりも、余程完成した生命だと捉えるのかは……個人によって千差万別だろう。

 

 僕としては、少しだけ、羨ましいとも思うのが正直なところだ。

 

 それはさておき。

 

 

「見たところ、ちょうどそれぞれ五人でここまで来たみたいだね。ベアトリクス……いや、リュディガーの命令かな? ──ああ、もうそんな風に跪いてなくていいから。膝が凍っちゃうだろ? ほら立って立って!」

 

「「「「「は、ははっ!」」」」」

 

 

 半ば強引に混血児たちを立たせる。

 立たせると、五人ともリュディガーの計らいか、普段はあまり見かけないイイ格好をしているのがハッキリ分かった。

 恐らく、世慣れしていない五人を慮り、変装させることで道中の怪しさを少しでも削ごうとしたのだろう。

 下級貴族の令嬢然としたネイトを中心にし、その供回りといった様相の出で立ちがキチッと揃っている。

 護衛兼荷物持ちのアノス、世話係のクゥナとミレイ、ヨルンは……たぶんだが小姓だろう。片手に三つも指輪を嵌めてるので、小姓にしては多少分不相応な感じが否めないが……まぁ、どっちみちただの変装である。

 大柄で筋骨逞しいアノスひとりいれば、早々絡んでくる輩もいない。

 十人規模の野盗や傭兵連中に出くわせば、それなりの危険もあったかもしれないが、先ほども見ての通り、淡いの異界を使ったショートカットをしていたようだし、恐らく変装の必要も無かったのではないだろうか。

 だいたい、ホムンクルス=カムビヨンは全員が魔力を持っている。

 

(リュディガー、過保護じゃね?)

 

 思わず、フフッと鼻で笑ってしまった。

 

 ──そんな僕に、

 

 

「で、では、恐れながらここは代表して……わたしから、御子様へと申し上げます」

「ん」

 

 

 やはり、この中で一番質の高めな格好をさせられているからか、ネイト・(ノウェム)が震える声でそう申し出た。

 僕は頷き、続きを促す。

 すると、

 

 

「お、仰る通り、わたしたちは宗主様……いっ、いえ、リュディガー様とベアトリクス様の命によって、御子様の下へ派遣された五人です」

 

「うん。ただの連絡要員……ってワケじゃあないね? 僕に何か報せたいなら、ベアトリクスを使えばいいだけだし」

 

「──はい。わたしたちは、リュディガー様とベアトリクス様より、御子様のお側仕えを申しつかって参りました。で、ですので、これよりはここにいる五名、何なりと御子様の手足として使っていただければ……」

 

「────なるほど」

 

 

 どうやら、過保護だったのはリュディガーだけじゃなく、我らがベアトリクスも同様だったらしい。

 

(側仕え。側仕え? よりにもよって、そう来たか!)

 

 戸籍もない流浪のチェンジリングに、何て分不相応な響きだろう。

 僕、貴族でも何でもないのだが。

 

(ま、まぁ、リュディガーの意図は分かる)

 

 恐らく、信仰心に篤い教団員たちを束ねる宗主(リーダー)として、組織の中から膨れ上がった不満を解消するべく、僕のもとに何人かの世話係を派遣せざるを得なかったんだろう。

 しかし、ただの人間を送り付けても、チェンジリングである僕を思えば、有事の際に足手まといになるのは到底否めない。

 だから、培養混血児たちから何人かを見繕って、僕のもとへ送り出した。

 さしずめそんなところではないだろうか? というか、ベアトリクスが素直に協力した様子からも、明らかにそうとしか思えない。

 

(参ったな……リンデンはいま、割と危険な場所なんだけど)

 

 鯨飲濁流の悪しき遺産。

 未だ正体見えざるとはいえ、その横顔がチラチラと覗いている以上、培養混血児たちがここに来るのは望ましいコトじゃない。

 

 もちろん、送り返すのは簡単だ。

 

 僕が一言「いますぐ帰れ」と言えば、ここにいるネイトたちはさして抗弁することもなく、素直に命令に従うだろう。

 けれど、それはあまりに酷な対応と言える。

 創造主や上位者に従うことを何よりも優先しているはずのホムンクルスに、お前たちは役立たずだから帰れなどと(のたま)うのは、それこそ、存在の全否定に他ならない。

 まして現状、僕はこの子たちにとっての神である。

 神からの存在否定など、最悪……死に等しい衝撃のはずだ。

 

 人と人ならざるモノとが互いに共存し寄り添え合える世界を目指すいま、僕は培養混血児たちを何があっても守り通す。

 

 しかし、その『守る』という言葉に含まれる意味は、単にその生命だけであっていいはずがない。

 

 精神(こころ)も、身体も、魂も。

 人が心を狂わせ魔へ堕ちるなら、魔が心の純粋な下僕(しもべ)であるならば。

 どちらも守り通さなければ、真の意味で約束を果たしたとは言えなくなる。

 

 だから……

 

(──いや、待てよ?)

 

 五人へ向けて、いったいどう言葉を返したものかと眉間に皺を寄せていた僕だったが、そこでひとつ、天啓的なアイディアが閃いた。

 

 ネイトの片目、右の黄金瞳──それは愛する使い魔の金色の双眸にも似ている。

 

 そこで思い出すが、白嶺の魔女は我が子を失った母親たちの霊が、首のない女の死体と霊格ある羚羊の頭蓋骨とを依代にし、魔女へと変生した壮絶なバックボーンを持つ。

 

 しかし、()()()()()()とはそもそも何だ?

 

 これは原作でも明確には語られず、一部の考察厨と呼ばれる熱狂的なファンによって噂された話なのだが……森の貴婦人、つまりは深層貴種(ハイ・ダーク)……エルフたちには共通して、ある身体的特徴があった。

 

 長耳という一般的なエルフ像と一緒に、COGのエルフはその両眼が、耀くような()()なのだ。

 

 そして、黄金は古来より()()だとか()()()()だとか、()()の象徴だった。

 

 ──このことから、一部のファンの間では黄金瞳は深層貴種(ハイ・ダーク)の証であり、白嶺の魔女が如何に恐るべきとはいえ、あれほどまでに強かったのは、依代とした頭部の羚羊が存命時、高位の深層貴種だったからではないかと誠しやかに議論されていた。

 

 あいにく、これまであまり気にしたコトがなかったため、その真実を本人に確認してみたコトは無いが……ひょっとしたらひょっとする。

 

 僕はネイト・Ⅸ に近づき、その右目を下から覗き込んだ。

 

 その様子に、ほか四人が「!」とか「!?」とか息を飲んだり、感嘆符混じりの身動(みじろ)ぎをするのが分かるが──別に取って食ったりはしない。

 

 妖精の取り替え児(チェンジリング)は青い瞳を持つ。

 そして、深層貴種(ハイ・ダーク)は総じて黄金の瞳を持つのだとしたら……互いに視えている世界は、果たしてどう違うのだろう。

 

 久しぶりに、純粋なファン心理として、大きな好奇心が湧きあがっていた。

 

 

「──綺麗な目だ」

「……ぁ、ぇ!?」

 

 

 と同時に、リュディガーはもしかしたら知っているんじゃないか? という直感が脳裏を掠める。

 もしかしたら、僕のもとにホムンクルス=カムビヨンを寄越したのは、そういう意図もあるのかもしれない。

 

 ──役立てろ。

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その光景を、ジィッ……、と見つめるもうひとつの黄金瞳があったコトに、ついぞ気が付かぬまま……

 

 

 

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