【リブート前】ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です 作:所羅門ヒトリモン
敵サイドの始動。
──そして、同時刻、深き地の底。
陽光降り注ぐ地上からは遠く離れ、
城塞都市リンデンにて、今や唯一無二となった至高の聖壁──
常ならば遺体の埋葬か、特別な儀式に際してのみ開かれ、けれど、一年半前の吸血鬼事件を受けて以後、大幅な増築を余儀なくされたため、いまは昼間、かなりの人足が出入りしている工事場。
──そこに。
「……」
「……」
ひとりの男と、ひとつの
ここ最近は多くの職人たちが足を運んでいるはずの地下墓所で、どういうワケか、謎の静寂が展開されていた。
……男と、濃闇。
それ以外は誰も、何もいるはずがない。
男の持つ小さな燭台、その上で揺れる暖かな灯火だけが、唯一の光源だからだ。
地下とは、言うまでもなく地中である。
窓のない地下では、出入口付近を除いて明かりなど存在しない。人が立ち入る際には、必ず松明などの携帯が不可欠になる。
ゆえに必然、暗き地の底で明かりを必要とするのは、人間である男……脂ぎった顔を悲痛に歪め、肥満体の法衣姿を絶えず窮屈そうに晒すリンデン教会の司祭……名を、レイノルドのみ。
如何な濃闇、如何な地下墓所といえど、城塞都市リンデン、その赤鉄の内奥ともなれば、下手な怪異が発生するはずもなく。
この瞬間、レイノルド以外の光源を他に確認できないなら、デブ司祭の他には誰もいないと考えるのが、あまりにも至極当然な結論だった──のだが。
「ぉ、おお……、神よ!」
「……チッ、やめろ」
レイノルドが思わず祈った瞬間、濃闇の中から明らかな
そして、小刻みに震えるレイノルドの真ん前へ、ぬらりと
一歩、二歩。
たったそれだけで、決して天井が低いとは言えない
恐らく、いや、間違いなくレイノルド自身の畏怖がそうさせているのだろうが、しかし、隻腕という『欠け身』であり、ともすれば手負いとも言える外見でありながら──怪物は事実として巨躯でもあった。
アムニブス・イラ・グラディウス。
刻印騎士団の長と同じか、あるいはそれ以上のデカさ……
レイノルドは「ヒ、ヒィッ」と腰を抜かし、尻もちをついた。
その無様さに、怪物は苛立ったように唸り声を上げ──けれど殺さない。
目の前にいかにも不出来な肉人形が転がっているというのに、爪も牙も振るわず、ただもう一度不快げに舌を打つのみだった。
……なぜか?
もちろん、答えなど知れている。
「……豚、例のものはどうした」
「はっ、ははは、はいぃ! いっ、言われた通り、死体の中からすべて掻き集めております……!」
「──ほう? いいぞ! 豚の分際で、よく働いた。約束を守ったな」
ジャラリ、と音を立てて口角を吊り上げる怪物。
対し、脂汗をダラダラと垂らし、へこへこと媚びるような姿勢のレイノルドを見れば、すべては察するにあまりある。
両者の力関係はこれ以上ないほどに明瞭。
加えて、何らかの取り決めのもとに命が担保されているのは、怪物が口にした『約束』という単語からも一目瞭然。
怪物はレイノルドから
レイノルドはそれを緊張した面持ちで見やる。
小包の中には、およそ百粒ほどの『種』が入っている。
種は赤黒く、いずれもどことなく心臓を模した形をしており、包越しにも音が伝わるほど、ドクドクと奇妙に脈打つ不思議なものだ。
しかも、時折り唇のような亀裂が入ったかと思うと、次の瞬間には見間違えだったかのように消えている──明らかに尋常の植物ではない。
あくまでも霊的な、只人にとってはどこまでも曖昧で不確かな代物……レイノルドにはこれが何なのか、ついぞ分からずじまいだった。
だが、これを渡しさえすれば、目の前の怪物はレイノルドの命を取らないと約束し──
(うっ、ううう……! 許してくだされ、ミニャック殿……!)
先日起こった、同僚にして友でもあった
ならば、レイノルドは……必死になってその藁へと縋る他に道がない。
なぜ自分なのか。なぜこの場所だったのか。
すべては天の采配による不幸な因果としか考えられないが、ひと月ほど前、すべては妙な報告を聞いたところから始まった。
──地下墓所の死体が動いた気がする? バカめ……ここは赤鉄門の内側なのだぞ!
始めは世迷言だと一笑に付した。
しかし、墓所の管理人に任じている者から、同様の報告が繰り返し上がり、あまりにうるさいので……
──気がする、では刻印騎士団に声をかけるワケにもいかぬ。どうせ心労が祟った末の錯覚であろう。
だから、ここは自分の目で確かめて、事の真偽を正してくれようぞ、などと豪語してしまったのが、運命の分かれ道だった。
吸血鬼による被災を受け、友人であるミニャックが変わっていくのを誰より直近で目の当たりにして来たのはレイノルドである。
彼のようにとまでは行かずとも、善行のひとつやふたつ、自分だってできるのだぞと。
それが、まさか……
(ほ、本当に動く死体があるとは……!)
それも触手のようなウネウネが胸部から生え、まるでヒトガタの蔦のように変わりかけた死体だった。
レイノルドは追われ、危うく絞殺される手前まで行き、そして──
(こ、この怪物に、救われた)
もちろん、それは単なる結果に過ぎない。
レイノルドが逃げ込んだ先、たまたま目の前の怪物が土壁に穴を開けて侵入していなければ、蔦の死体は目標を変更などせず、そのままレイノルドを殺したはずだ。
だから、救われたのは本当に結果でしかない。
……が、その救われたというのも実に懐疑的なもので、蔦の死体が無惨にブチブチと八つ裂きにされている横で、レイノルドの心境は当然、何一つとして変わらなかった。
当たり前である。一難去ってまた一難なんて話ではない。
アルカヌム・アルゼンタム。
前大看板が手がけた史上最高の大銀聖堂の真下まで魔のモノが入り込んでいる、存在しているという事実だけで、目をひんむくほどの凶事だというのに、それが一夜のうちに二度もだ。
レイノルドの精神的余裕は完全に消失したと言っていい。
哀れな第一発見者がそのまま第一犠牲者になるのは、古今東西、ありふれた話である。
数秒後に訪れる死の幕引きを微塵も疑わなかったし、末期の祈りすら頭に巡らせられなかった。
……ゆえに、想定外だったのは怪物から『取引』を持ちかけられたコト。
──ニンゲン、お前を殺すのは俺にとっては欠伸をするほどに容易い。
──だが、ここで死体を出せば、あの英雄……憤怒の剣が嗅ぎつけるんだろう? せっかく上手く忍び込んだのに、今の段階で、それは避けたくてなァ……
──だから、ああ、そうだな。こういうのはどうだ?
──ここはひとつ、互いに益のある選択と行こうじゃないか……
そうして始まったのが、今こうして眼前に広がる奇妙な主従関係だった。
取引、約束、契約。
呼び方は何でもいいが、それによって、レイノルドはたしかに命を拾うことに成功した。
しかし、成功しただけ。
両者の間に横たわる隔絶とした力の差の前では、レイノルドは『豚』であり、怪物は次第に上位者としての態度を隠そうともしなくなったし、元より隠す意味も無かったのだろう。
レイノルドは命令され、聖職者であるにもかかわらず、夜な夜な人目を忍び
あまりの辛さから、アムニブス・イラ・グラディウスに泣きつくコトも繰り返し頭には過ぎったが、レイノルドはリンデン教会の司祭……残念ながら彼の刻印騎士団長も無敵ではないことを知っていた。
ゆえに──怪物への恐怖が勝った。
……『種』は、どれもすべて、
「──これが何なのか、気になるか豚?」
ガクガクと震えるレイノルドに、怪物が言う。
耳横まで裂けた凶暴な口。
赤黒い虹彩の中でドロドロと喜悦を滾らせる狂相。
……言葉など、まともに差し挟めるワケがない。
本音では「約束通り働いたのだから、さっさといなくなってくれッ」と言いたくて堪らないが、愚かな豚に反抗の気概は無かった。
豚にできるのは、ただ主人の不興を買わぬよう、従順にしているコトだけ。
そんなレイノルドに、怪物はやたら気安く、今日はなぜだか肩へ手など回してくる────ニゲラレナイ。
「そんなに震えるな。これでも俺は、お前に感謝しているんだぞ? お前という豚がいたおかげで、俺は再び『王』に触れることができた」
「も、もったいなき、ぉおぉ、お言葉、です」
「ハ、ハハ、ハハハハハ──そうか。お前は良い奴だなァ? そんなお前には特別に、教えてやろう! というか、俺が話したいだけなんだがな?」
「っ、はフッ、ぅぅ!」
「おっと。すまんすまん、つい力が入ってしまったよ。肩、大丈夫か? 血が出てる。骨も砕いちまった。痛くはないか? そうか! じゃあ大丈夫だな。
──それで、ああ、この『種』なんだが、お前もたぶん、薄々とは気づいているんだろう?
なにせ、ニンゲンどもの死体に直接ハサミを入れて、きったねぇ肉袋に手を突っ込んで、死に物狂いの形相で一つ一つコイツを見つけたのは、お前だしなァ……!
いやぁ、俺の手はデカすぎて、そういうチマチマした作業には向いてないから……ホント、真剣に感謝してるんだぜ?」
クックックッ、と怪物は大口を開けて嘲笑う。
「鯨飲濁流は、王の中の王だった。
あれほどの怪物、あれほどの悪魔、あれほど憎悪を焚きつける天才はふたりといない。
よもや、テメェが死んだ後ですらッ! 嫌がらせのように災いを撒き散らす……いやはや、いやはや!
ホント、どうしようもねぇくらいに執念深すぎて、俺みてぇな半端もんの大魔としちゃ、千年経っても追いつけそうにねぇって話なんだわ……だからよ?」
ひとつ、思い出話をしよう。
怪物は片目を閉じ、ニコリと囁く。
「一年と半年前、この
太陽の輝きすらも奪う天体操作魔法! 巨大な大樹へと変身する大魔法!
闇の
種子はバラ撒かれ、そして咲いた血染花ッ!
「苗床にされたニンゲンたちが、下級の
知っていたか?
バラ撒かれた種子の内には、ニンゲンのカラダを食い破らず、芽吹きもせずに留まっていたものが少なからず残っていた。
無論、本体である鯨飲濁流が消滅したのだから、その派生である血染花も、消滅するのが世の道理。
しかし、忘れてはいないだろうか?
吸血鬼とは、幾多もの弱点を抱え、怪物としてポピュラーであるために確実な対抗策すら編み出されておきながら、それでもなお、夜の王としての名を
変身を得意とし、魔法にも秀で、催眠や魅了……複数の種族能力すらも持ち合わせている。
──では、吸血鬼にとって一番の種族能力とは?
いや、吸血鬼と言われて最もはじめに連想するのは、果たして何だろうか?
「決まっている……吸血鬼は血を啜る怪物だ。
我らが王は、そのあまりの食欲ゆえに、血だけでなく
──すなわち、血を吸った動物を己の『子』へと変える繁殖能力。
そして、親と子はたしかに強固な結びつきを持つが──存在としては別個の存在だ。
親が死んだところで子は死なない。
ならば!
「発芽する前だったために、
一部、自力で芽吹いた根性持ちもいたみたいだが……出会い頭にうっかり殺しちまったし、俺は王に憧れるモノとして、今度こそ王子たちの面倒を見てやらなきゃいけねぇ。いやさ、有効利用させて貰わないとバチが当たるってもんよ」
──つまり、だ。
怪物──いや、鉄鎖流動と呼ばれる巨漢の狼憑きはそこで大きく口を開け、ギラリとした欲望のままにレイノルドの首を持ち上げた。
「ァ、あがッ……!?」
「王が最後にやり残したこの都市の陵辱ッ!
王が最期に俺へ遺した王子を救う使命ッ!
……ついでに、あの最高に可愛らしい取り替え児をブチ殺せれば、これ以上にシアワセなコトってのァ存在し無えぇよなァッ!!??」
ジャラジャラと、ジャラジャラと。
カチャカチャと、カチャカチャと。
身体に縫い付けられ、あるいは埋め込まれるほどに嵌められた鉄枷や鉄鎖で盛大に音を鳴らしながら、元混血児の人狼は興奮した様子でレイノルドの口を無理やりこじ開けさせた。
「安心しろ──約束通り、お前をあの
「ン! ンんーッ!?」
「ハッハッハッ! ギャッハハハハッ! ……今さら抵抗は遅ェぜッ! 試しに一発……逝ってみろやァァッ!!」
種を一粒、人狼はレイノルドの口へ放り込んだ。
と同時に、波打つように唱えられる魔の呪言。
「“
悪鬼の落とし胤が、此処に覚醒の鼓動を告げる。
tips:リンデン教会
城塞都市リンデン赤鉄門内奥に位置するアルカヌム・アルゼンタム大聖堂を中心とした教会勢力者たちの居城。
修道士・修道女・神父たち凡そ二百名が在籍。地下墓所の管理も担う。
外観は一面の銀色で、前大看板シルバーによる聖銀装飾がふんだんに凝らされている。
以前は業突く張りのハゲ司教、デブ司祭の二名によって運営が為されていたが、吸血鬼事件を経てハゲ司教ミニャックは人が変わったように改心。
階級的には不足があったものの、司祭であるレイノルドが以降は中心となった。
ふたりの仲は良く、生来の俗っぽさから非常に気が合っていた。
レイノルド自身も、ミニャックほどの改心はしていなかったが、多少の影響は受け変化はしていた模様。
しかし、聖職者としてはあまりに生臭である期間が長すぎたためか、彼らの祈りはとうとう神へは届かなかった。