【リブート前】ダークファンタジー系海外小説の世界で人外に好かれる体質です 作:所羅門ヒトリモン
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その空間は、まさしく貴族世界の
リンデン城、城館。
宰相の招きに応じ、ルカともども人目を偲ぶように赤鉄門を潜った僕たちは、待ち構えていた使いの者に導かれ、まず城館の離れへと案内された。
白樺の木と、張り巡らされた水路。
道中、舗装された見事な石畳を歩きながら、視界に入ったのはどこもかしこも対吸血鬼を筆頭にした破邪の工夫ばかり。
秘宝匠の手掛けた鉄柵や、変わり種になると古代英雄を模した石像などまでが自律警備を行っていた。
(いやはやなるほど)
赤鉄の中央、他ならぬリンデン城の敷地内ともなれば、まったくもって当然だろう景色の数々。
そして、そういった
「っ」
「おっと、大丈夫?」
「! も、申し訳ございません御子様! おっ、お手を煩わしてしまい、も、もう大丈夫です!」
「……キツかったら言うんだ。四人も、頼んだよ」
「「「「ハッ!」」」」
最初に影響を受けたのは、やはりと言うべきか黄金瞳を片目に持つネイト・
彼女は軽く頭痛を覚えたみたいに一瞬よろめき、どうやらそれは、半魔ゆえの身体反応に違いなかった。
ホムンクルスとはいえ、混血児は魔性の血を引き継ぐ。
ベアトリクスでさえ、黒鉄門を間近にした際には苛立ちを隠そうともしなかったのだ。
瓦礫街では何の変調も無さそうだったため、これならば大丈夫そうかと思っていたが、赤鉄門の内側では、いや、赤鉄門だからこそ影響が出始めたのかもしれない。
(しまった……)
しかし、そんな僕の懸念とは裏腹に、以後、五人の様子は特に危なげなところもなく(もしかしたらそう振舞っていただけなのかもしれないが)、少なくとも表面上は普通だった。
「大丈夫そうですか?」
「はい」
確認してきたルカさんにも頷き、僕らはそうして、ついにリンデン城館の離れへと到着したのである。
城館の中は重厚で、リンデンが城塞都市であり古代遺跡でもあるためか、歴史と伝統の雰囲気が肩に伸し掛るように広がっていて、見るものを威圧するような造りに感じられた。
……田舎育ちどころか、生まれ変わって以降はほとんどが野宿育ちも同然の僕である。
(別世界かな?)
素直に、そう思った。
紅い絨毯、煌びやかなシャンデリア、壁にかけられた絵画に鹿の頭骨(ベアトリクスが見たらどんな反応をするだろう?)。
廊下なんか等間隔に花瓶が置かれていて、見たこともないような花が大変センス良く飾られている。
「ようこそおいでくださいました。お客様、どうぞこちらへ」
しまいにはザ・執事みたいなナイスミドルまで現れて、僕は内心ポカーンと圧倒されていた。
ゼノギアのことやネイトたちの手前であることがなければ、恐らく、いとも簡単に動揺を晒してしまっただろう。
ルカさんなど、「あ、あのシャンデリアは……まさか!?」「ほほほ。灯火のロゥの最新作『白夜』ですな」「す、すごい! まるで本当に沈まない太陽がそこにあるみたい……!」と、何やら一般人丸出しになっているし、きっとさぞや高級品で満ち溢れているに違いない。
富とは、分かりやすすぎるほどに力である。
だが、およそこの城館で──否、リンデンで、最も力を持っているのは、たった一人の男に他ならない。
──宰相、ザディア。
王国の最重要人物と言っても何ら過言ではない文字通りの大人物。
彼は座り、
テーブルやイスなどの調度品類はもとより、並べられた料理や、たかが水差しにいたるまで、すべてが一級品と分かる部屋の中で。
あるいは、これぞ
「……夜を纏う黒髪に、彼岸を見透す青き眼。噂は本当だったか。
いや、失礼。ともあれ、歓迎しよう。古き呪いの子よ、連れの者も含めて、ささやかながら晩餐を用意した。
今朝獲れたばかりの鹿肉だが……香辛料はお好きかな」
悪く言えば、いささか奇醜とまで呼べる姿かたち。
ともすれば、この世界では人ならざる異形のモノかと疑う者もいたかもしれない。
しかし彼──王国宰相ザディアは、自らのそれを尊大な人間力で以って、遥かに凌駕せんとしているようだった。
身なりが上等なのは言うまでもない。
一国の権力者が、その肩書きに相応しいだけの風格と品格を兼ね備えたマトモな衣服を着ているのは当然だ。
髪型ももちろんそう。
深みのある茶色の髪を、つややかに後頭部で結っている。
王国の上流では一般的なものだろう。
だから、目を見張るべきなのは、何よりもその佇まいだった。
ザディアには卑屈がない。
通常、周囲から否定の言葉を投げかけられ育った者は、望むと望まざるにかかわらず、多少なりともそれが当然になってしまう。
差別や虐待といった行為を長く受け続けると、被害者は不当な環境で生き抜くため、次第に加害者へ
それは暴力であったり、あるいは精神的な攻撃から身を守るために本能がそうさせる、一種の自己防衛反応。
斯く言う僕自身も、チェンジリングとして少なからず覚えがある。
けれど、ザディアには同種から感じ取れる、劣等感ないし引け目のようなものが一切感じられない。
それどころか、アムニブス・イラ・グラディウス。
彼の刻印騎士団長と同等の、いや、それ以上とすら思えるプレッシャーの源泉が、その矮躯にはギッシリと詰め込まれているように思えてならなかった。
たとえ、横に並べば、未だ十二歳に過ぎない僕と比べて、明らかに身長が低かろうとも。
眉間に寄った皺や、目尻に刻まれた労苦の証、頭髪に混じる少なくない白などが、年齢による重みを告げている。
ゼノギアの年齢が、たしか三十の前半だった以上、その父親であるザディアは倍の歳でもおかしくない。
長い時間と経験に紐づく権力者の息遣い。
ゆえに──僕はこの時点で大いに予測して然るべきだったのだろう。
静かなる晩餐を終え、黙々と片付けられていく食器たち。
口の中にこびりつく見事なまでの
旅の始まりから旅の終わりまで。
道中で遭遇した驚きの事件だけでなく、“
すべてを伝えるコトは、もちろん難しい。
けれど、ゼノギアがいたから救われたものがある。
せめて、それだけは知ってもらいたい想いで、できる限りの言葉を尽くした。
だからこそ、
「──感謝はしよう。ひとりの父親として、息子のワガママに付き合ってくれたことには感謝しかない」
王国宰相ではなく、ひとりの父親としてザディアは感謝を口にした。
そこに関してだけは、願い通りの結果となった。
一方で──
「妖精の取り替え児と二体以上の大魔、並びに七百人近い人間の居住可能なスペースに、挙げ句、信頼できる宝石商との繋ぎ? ハッハッハ、なるほどな。後者だけならば、別に考えられないコトもないが、前者の意味を、君は本当によく理解しているだろうか?」
僕がリンデンに舞い戻った真の目的。
自分たちが安全に暮らせる土地の入手──事実上の領土割譲要求と言われても仕方がない──に関しては、大きな壁が立ち塞がった。
§ § §
「そもそもの話になるが、君は王国……いや、このカルメンタリス島で暮らす人々の暮らしというものを、どれだけ理解しているのだろうか。
不躾ながら、君の人生については、多少なりとも知っている」
常冬の山の麓に存在する、世捨て人どもの村で産声を上げたチェンジリング。
赤子の内に橋の下へ捨てられ、本来であればそのまま死ぬはずだったところを、故意か偶然か白嶺の魔女に見出され命を拾う。
それからおよそ十余年、雪と氷に囲われた山奥でたったひとりきり。
ああ、魔女は数に入れていない。
私がこれから話すのは、あくまで人の世のあらましであり、人としての領分に則っている。
私自身、生まれてからこのかたずっと人間を続けているし、白か黒かで言えば白。朝か夜かで分ければ朝。
だから、どちらか片方の世界しか知らない以上、語れる世界は必然片方だけの世界になる。
もっとも、君の場合は夕方などの
「要は、立場の話だよ」
たとえ、かつては人だったのだとしても、いまが違うのなら線引きはしなくてはならない。
人外とは、人の世界とは外れたところに居るから人外だ。
ゆえに、アレらを人間である我々は我々と同じ尺度に含めて考えてやるわけにはいかないし、仮にそんなことをしたとしても、最後は容易く食い破られるのが人間の悲しき脆弱さ。
ならば、私の言葉はどこまでも
「こんなナリだが、これでも宰相を務めていてね。政治家として多くの人間と知り合う機会を得てきたから、人間についてはそれなりの見識がある。
政治家の仕事など、大半は面倒な
治水や建築、法の整備に祭儀の手配。
宰相ともなると、無駄に顔を出さなければならない式典も増えてくるし、繋いだ顔の数で言えば恐らく優に千は超えてくるだろう」
となれば、どうしたって関わってきた人間の分、それぞれの人生を垣間見るワケで。
点と点が繋がっていき、やがて線が結ばれて、小さな縮図が全体の俯瞰を映し出す。
宰相とは、言ってみれば人間社会を最も広範に掌握している人種と言えるかもしれない。
「では、翻って君は?」
白嶺の魔女討伐に訪れた刻印騎士団との邂逅から、伝説の吸血鬼撃滅。
そこからリンデンに一時留まるも、滞在は短く、壊滅的被害を被ったリンデンにチェンジリングを留め置く余裕は無かったため、半ば追われるように“
「無論、そう仕向けたのは私だが、そこから数えて更におよそ一年と半年。君はこれまで、人間社会とはまるで関わらずにやって来た。今しがた語ってもらった話を聞く限りでも……その認識に間違いはないと思っている」
──ゆえに。
「少しばかり、情報の共有をしておきたい。
互いの意識を擦り合わせ、より望ましい着地点へと双方が納得を得られるようにするには、前提となる共通認識が必要だ」
人間の世界。我々の社会。
実際の営みを通して知れる空気感や閉塞感。
カルメンタリス島の人々が、現状、どれだけ厳しい状況に置かれていて、どれだけ必死に食いつないでいるか。
まずはそれを、改めて詳らかにしておこう。
「では始めに、これを見るがいい。
左から順に六枚。それぞれ銅、銀、金が大小に別れて二枚ずつ。
あしらわれた意匠は表がカルメンタ神で、裏が初代王だな。
いずれも我が国が正式に鋳造している貨幣で、俗に王国鋳貨、王国貨幣と呼ばれている代物だ。
大きい方は一般の鋳造士が手掛け、小さい方は王家お抱えの
君はこれらを、価値の高い順に並べられるかね?
「普通に考えれば、金貨が最も高価なのは決まっている。
大きい金貨、小さい金貨。大小の差はあっても、金貨であることに変わりないのなら、物の価値は道理を弁えぬ野蛮人でも分かるはずだ。銀にしろ銅にしろ、それは同じ。すなわち──」
大金貨>小金貨>大銀貨>小銀貨>大銅貨>小銅貨
「──このように、本来であればそう考える。だが……」
先ほども述べた通り、王国の貨幣はその大小によって手掛けた職人が異なる。
神の祝福を授かるほどに腕の良さを証明されている秘宝匠と、言い方は悪いが、平凡な鋳造士。
そして、カルメンタリス島全土では中央の教国によって、女神カルメンタを信仰する信仰基盤が広がっており、秘宝匠の立場と権威はどの国でも並々ならない。市民からの信頼が違うからだ。
「よって、真の価値はこうなる」
小金貨>小銀貨>小銅貨>大金貨>大銀貨>大銅貨
「……材料が同じ鋳貨でも、秘宝匠が携わったかどうかで、こんなにも価値が変わってしまうワケだ。それぞれに含まれる金銀銅の含有量は、一般の鋳造士によるものの方が当然高いはずなのに。まったく、ふざけた話だよ。
まぁ、それはそれとして、君はこれらを実際に使ってみたコトはあるかね?
いや、恐らくは見たことがある程度ではないのかな?
ここを出立する前、ゼノギアにはそれなりの額を渡した記憶がある。帝国領を抜ける前には、当然、何回かは宿にも泊まったはずだ。
ヤツが持っていた金に、小貨幣はもちろん無かっただろうが、率直に尋ねよう。
大人一人と子ども一人、一晩いくらくらいかかったかね? ああ、別に答えられずとも構わない」
答えは、大銀貨一〜二枚が相場の値段になる。
これはもちろん、宿のレベルや食事の回数によって変わってくる話になるが、一般的な
「……というより、庶民に流通している貨幣は、
大金貨はまぁ、町の名士やちょっとした小金持ちであれば、手にしていてもおかしくはない。
だが、やはり、一般的なのは大銀貨までであるだろう。
小貨幣……聖鋳貨に至っては、恐らく存在自体を疑われている」
つまり、我が国の民が日々の生活で最も慣れ親しんでいるのは、
それさえあれば生きていくのに支障はなく、それさえあればどうにか生きていけるのだ。
一日の食事にかかる費用は、平均で大銅貨六枚前後といったところ。
一回の食事として、だいたい二枚の大銅貨が必要で、それだけあれば、肉と芋の入ったスープ粥が一杯、あるいは、串焼き肉四本程度は手に入れられる。
「狩猟と牧畜、内地にある王都近郊での農耕が王国全体の生活を支えている」
しかし、
「ご存知の通り、我らが国は北の大地だ。
一年を通して日は短く、薄い凍雲が絶えず空にかかって、作物は実りにくい。
恐らく、どこか根本的なところで、土地が痩せきっているのだろうな。
なにせ、他国に比べれば、うちはバケモノどもすら
まったく……喜ぶべきか、悲しむべきなのか。
どちらにせよ、この国は存在的強者であるバケモノどもでさえ寄り付かない、厳寒の土地というコトになる。ならば獲れる獣とて限られよう?」
そんな中で、封建制度を敷く王国では、各領地に対し通常の封建制度で求める納税や臣従の義務の他に、国力の安定と増強を得るため、未開拓地の調査・開拓を義務としている。
これは、下手をすれば地方勢力の増強に繋がり、反乱などのリスクを不用意に高めかねない愚策のようにも一見思えるが、実はそういうコトばかりではない。
領土の拡大は、時の権力者ならば誰しも望む。
しかし、カルメンタリス島ではこれが中々に容易ではないのだ。
如何にバケモノ少なしといえども、北方にだって恐るべきバケモノは存在する。
貴重な人材を投じて、みすみす
例年、あれやこれやと理由をつけては、遅遅とした進捗状況を報告し茶を濁す繰り返し……
「加えて、今代の王は老齢でな。すでにもう、仕方のないコトだと諦めてしまわれている。
そのため、我が国の領土はおよそ三十年ほど前から変化がなく、宮殿の一部の貴族は、近隣にある小国と戦争を始めた方が早いとまで吐かして久しい。
だが、そんなことをすれば他の四大国が黙っていない。
連中とて、どうせ血を流すにしても、人間同士で争った方が遥かにマシと考えるに違いはないのだ。
第一、侵略が成功したとして、利益が釣り合うとも限らん。元の原因が解決していない以上、結局は愚かな一時しのぎ」
ゆえに、王国の民を生かす安定した食糧の供給を望むならば、侵略による簒奪ではなく、自力による獲得が最善だった。
無論、輸入や貿易という手もある。
しかし、他国に自分たちの生命線を委ねる行為はいずれ後悔を生むだろう。
「そこで話を戻すが、君は大銅貨一枚を稼ぐのに、どれだけの仕事が必要だと思うかね?
ちょっとした小遣い程度の額だが、露店で小腹を満たす程度は可能な額。
しかし、平均的な王国民の一日の食事を思い出してくれたまえ」
大銅貨が六枚。
仮にそれを一ヶ月分と数えて、
6×30=180
大銀貨にすれば、月あたり十二枚が必要な金だとする。
実際は家賃であったり、風呂代であったり、他にもいろいろ嵩むであろうが、一旦はこれで考えてみたまえ。
旅籠に泊まれば、二週間もかからず財布は空になるな。
「とはいえ、これはあくまで一般的な町人を例に出しての例えだ。
君は刻印騎士団に入団し、その戦闘能力を誰あらんあの憤怒の剣に認められている。
……となれば、やや若年であるのを考慮しても、一流の傭兵や連隊長に支払うくらいの俸禄は、当然のように与えられて然るべきだろう」
大金貨六枚。
大銅貨にしておよそ1800枚分の価値。
「おめでとう。君はこの時点で、中流の仲間入りを果たした。
けれども、しかし、君が望む安全な土地の値段は、それよりも遥かに……遥かに高い。
まぁ、もし金で買うならの話だが……そうだな。およそ
ちなみに、小金貨は一枚あたり大銅貨三万枚程度の価値と考えてくれていい。
君の一ヶ月の働きが大金貨六枚なのだとしたら、十六、いや、十七ヶ月働いてやっと一枚。単純計算だと六百六十六ヶ月以上必要になるのかな? ふむ。何年だろう?」
五十五年だ。
「端数を切り落としたとしても、それだけの年数が必要になるわけだな。
そしてこれは、日々の生活費などを一切考慮していないから、実際は一生かかっても無理という結論になる。
魔法使いの長命ぶりを考慮の一端に入れたとしても、実にバカバカしい人生と言えるだろう」
以上を踏まえて──さて。
「君はそれでも……我が国の領土を求めるのだろうか?」
王国貨幣の円換算は以下で設定しています。
数字によわよわなので、本文中の計算がもし間違ってたら
笑って指摘くれると助かります……ヘヘッ
◆聖鋳貨
小金貨:3000000円
小銀貨:1500000円
小銅貨:100000円
◆通常鋳貨
大金貨:30000円
大銀貨:1500円
大銅貨:100円
物価とかの相場も、中世ヨーロッパを参考にしてますが、
あんま細かくしてもあれなので、基本大雑把な設定ですね……ヘヘッ