Persona Another S.E.E.S   作:あおい安室

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思いっきり遅れたけれどちゃんと書いてます(震え声)
ペルソナ杯期間中の更新はこれが最後になりますね。大会終了後も時間を見つけて執筆していく予定ですので、ゆっくりとお待ちいただけると幸いです。


潮見湊子の夜

 カタカタカタ。月夜の中で一人、パソコン仕事。

 

「おや、こんばんは。外側からの観測者の方、また会いましたね。フランと申します」

 

 ボロボロのビルの屋上で、月明りに照らされた包帯女がパソコンのキーボードを叩き続ける様子は明らかに異常な光景である。しかし、ベルベットルームというものはこんなものかもしれない。

 

「皆様はペルソナ全書という物をご存じでしょうか。ワイルドの皆様の心の海から現れたペルソナを記録して管理するために我々ベルベットルームの住人が持っている特別な本です。私の客人も形は違えどワイルドであるため、こうしてデータ上にペルソナ全書に近い物を作成しているのです」

 

 カタカタカタカタカタ、ターン。一仕事終えて一息ついた彼女がふと、一枚の写真を取り出した。写真に写っているのは明るい茶髪でポニーテールの少女。ローマ数字の22を象った特徴的なヘアピンを身に着けた彼女の腕には、『S.E.E.S』と書かれた赤い腕章があった。

 

「つい先日、ペルソナ全書作成に当たって他のベルベットルームの住人であるテオドアという方に相談を仰ぐ機会がありまして、その際に彼が担当している客人の姿を見ました。それがこの方なのですが……奇妙なことに、この少女と外見がよく似た方が私の客人の周りにもいるのです」

 

 パソコンの周りに置いていたタロットカードを一枚めくる。手にしたカードは13番、死神のアルカナは彼女の客人である無門誠の先輩、潮見湊子の姿を映し出した。表情が若干暗いところ以外はフランが手にしている写真の少女とそっくりな外見をしている。

 

「テオドアの客人は別世界の住人であるそうです。こちらの世界には彼女と同じ役割を持つ方がいるそうですが、性格も性別も異なる人物であると主から伺いました」

 

「ここで一つ疑問が生じます。別世界のワイルドを持つ人物と同じ容姿を持つ潮見湊子は何者なのでしょうか? 似ているのは単なる偶然? 私にはどうもそう思えないのです」

 

 死神のアルカナをフランは握りつぶす。光に還ったそれが新たなカードを形成する。

 

「我々が受け持つ客人は、ワイルドを持つ者。ワイルドを持つ者は様々な事件や己を取り巻く環境に立ち向かいながら一つの物語を形成する。ならば、潮見湊子は――」

 

 カードに描かれているのは犬を連れ歩く一人の人間の姿。そのカードは、『愚者』。

 

「ワイルドに近い素質があった。物語の中心となる素質があったのではないでしょうか」

 

 もっとも、その物語はすでに終わっているのかもしれませんが。

 

 

 

「……私のコミュランク? この流れで上がります? どう考えても潮見湊子のコミュを進める鍵イベントの扱いなのでは……?」

 

 

 

 ハジマリノ記憶 / 時間不明 / 研究施設

 

 

 

「君に番号を与える。今後は被検体22番だ。準備はいいか」

 

 私の役目と、与えられた番号。それが潮見湊子となる前の私の名前だった。

 

「はい、バッチリです」

 

 当時の私は小学校低学年くらいの年齢で、この頃から私の記憶は始まっている。それ以前の記憶は全くなくて、当時の記憶も高校三年生となった今では大分おぼろげになっている。

 

 お母さん、もとい潮見夜子の話では私は孤児院にいたらしい。親の失踪だとか虐待だとかで孤児院に入っていた子供で、ある意味孤児らしいといえば孤児らしい。そんな私に引き取り手がついたと思ったらペルソナ使いを生み出す実験の非検体にされていた。

 怒るべきだったのかもしれない、拒否するべきだったのかもしれない。残念ながら当時の私は幼くそういった感情はまだ育ち切っていなかった。されるがままに実験を受ける毎日を送っていた。

 

 そんな私には仲間がいた。

 

「ニーニーちゃん、また髪の毛ボサボサだね。ほら、整えてあげるからおいで」

 

「意味ないんじゃないかなぁ……この子の髪毎朝ボサボサになるんだし。癖が強い」

 

「女の子はおしゃれするからこそ意味があるんだっての。俺らの目の色どりになるしさ」

 

「そうそう。絶対ニーニーは美人になるって僕の勘も言ってるし」

 

 私と同じく実験を受けていた孤児たちである。夜子の話では全部で100人いたらしいが、私は全員に会ったことはない。それでもかなりの人数の同じ被検体に出会った。

 

 被検体が受けるのは、隠された時間で、化け物と戦うための力を身に着ける実験。

 

 怯えている人もいたけれど、物語の中に出てくるような話を聞いたのは幼い子供たちである。面白がって実験に積極的に参加する子も少なくなかった。私は周りに流されるままだったけれど。

 

 でも、私はそんな日々が好きだった。

 

「ねえ、一つ聞いてもいい……ですか?」

 

「タメ口でいいって。私たちは同じ仲間なんだしさ、ニーニーちゃん」

 

「……なんで私をニーニーちゃんって呼ぶんですか?」

 

「あー、それね。研究員の人たちって私たちのことは数字で呼ぶけど、私たちはここに来る前はちゃんと名前があった」

 

「名前……」

 

「それをみんなで教えあってるんだけど、あなたは教えてくれないじゃない。だからあなたの番号、22番から取ってニーニーちゃんってみんな呼んでるのよ」

 

「なるほどなー」

 

「で、この際だから私に名前教えてよ。皆にも伝達してあげるから」

 

「私、自分の名前がわからないんです。誰からも名前を呼ばれたことがありません」

 

「おおう……みんな孤児だから結構な暗い過去持ってる子多かったけどまさか名前呼ばれたことがなかったかぁ……よし!みんなしゅうごーう!」

 

「えっ?」

 

 パンパン、と私が話しかけた背の高い女の子が手を叩く。それを聞きつけた子供たちが集まってなんだなんだと騒ぎ立てる。

 

「皆も知ってると思うけど、この子はニーニーちゃん。実はさっき名前を聞いてみたら、名前がないってことがわかったの。せっかくだから皆で名前考えてあげない?」

 

「ええっ!?」

 

「ニーニーちゃんの名前か。俺乗った!」

 

「私も考えるー!可愛い名前、考えてあげる!」

 

「は、はいいっ……!?」

 

 研究所には娯楽が少ないから、私の名前を考えるという遊びには多くの人が飛びついた。ハム子とか明らかなふざけた名前や琴音っていうかわいらしい名前までいろいろとな候補が出てきて。

 

「じゃあ……多数決の結果ニーニーちゃんは今日からハム子ちゃんで!」

 

「「「異議なし!」」」

 

「当事者に異議があるんですけど!? どこからハムが出たの! 次点の湊子で決定!」

 

「「「えええー」」」

 

「なんで当事者が異議を上げたら皆がっかりするの……」

 

 実験で力が強化された子供に取り押さえられながらもなんとか私の異議を通し切った。こうして被検体22番は湊子へと生まれ変わった。私という人間はこの日からようやく生き始めたのだろう。

 

 

 研究所の中で実験を受ける日々だったけれど、私は皆と過ごす時間が楽しかった。

 

 

 だけど、この時点で私には実験の悪影響が出ていた。名前を呼ばれた記憶がないのは事実ではない。過去の記憶を失ってしまったのだ。それを悔めるほどの余裕は、なかった。

 

 

 被検体が一人、命を落とした。

 

 

 カワリユク記憶 / 時間不明 / 研究施設

 

 

 実験中の事故でその日検体は命を落としたという。ただの偶然だ、もうこんなことは起きないよ、誰も死なないよ――誰もがそう信じたかったけれど、また一人命を落とした。

 

「嘘、だろ……この前一緒に遊んだばっかりなのに」

 

「ちょっと、あなた達わざとやってるんじゃないの!?」

 

「落ち着けよ、あいつらに言ったってなにも変わらないよ」

 

「だが、これで確かなことがわかったな」

 

 私たちは仲間の死をきっかけに知った。

 

 私たちが受けている実験は命を落とす危険があるということを。逃げ出そうとした子供が鎮圧される姿を見てどこにも逃げ出せないということを、知った。

 

 これがきっかけで被検体はいくつかのグループに分かれた。それでも実験に喜んで参加し続ける子供たち、逃げ出す方法を探そうとする子供たち、現実から逃げ出そうとして精神的に壊れた子供たち等、色々なグループが生まれた。私はどこかに属しているつもりはなかったけれど――

 

「実験が完成すればここから出られる」

 

 誰かが言ったその言葉を信じて苦しい実験にも耐え続ける日々を送っていた。文句ひとつ言わない私は適性値こそいまいちだったけれど、研究員からは評価が高かった。

 

 そして、研究員にひいきされるように見えた私を目障りに思った子供たちも、いた。

 

「お前達何をしている!」

 

「ちっ、行くぞ!」

 

 騒ぎに気付いた研究員が私を取り囲んでいた子供たちを散らすと、中心で倒れ伏している私を抱きかかえた。

 

「22番、すぐに医務室に連れて行く。待っていてくれ」

 

後から聞いた話だと、この時の私は顔も体もあざまみれで歯も折れていたらしい。無残な姿に痛めつけられた私は研究員の腕をつかんでいた。

 

「――お願い、が、あります。あの子たちを、あまり叱らないで」

 

「君は何を言ってるんだ?被検体同士での関係の悪化は我々研究員にとっても不利益でしかない。問題を起こした彼らには何らかの処罰は必要だ」

 

「それは、わかります。でも、厳しくしないで。皆、不安なんです」

 

 大きな罰を与えられたら、崩れかけの私たちの関係は、どうしようにもなくなります。

 

「そうは言っても……既に何人も犠牲者が出て被検体はもはやバラバラと言っていい状況じゃないか。どうしようにもなくなってるんだよ、既に。君の思いは無駄でしかないよ」

 

「それ、でも……! 私たちは、仲間だから……! きっと、いつか元の関係に戻れる、戻らなきゃいけないんです。これ以上皆をバラバラにしたくない……!」

 

 お願いです、研究員さん。危険な実験でもなんでも受けます、だから――

 

 血の味がする口を必死に動かして言葉を紡ごうとしたとき、研究員は私の口を人差し指で抑えた。もう喋るな、と目が言っていた。それでも、と喋ろうとした時研究員はため息を吐きだした。

 

「はぁー、わかったよ……私にできる範囲でやってみる。期待はしないでよ」

 

「あ、りが、研究員、さ」

 

「研究員さんって呼ぶのは禁止。私はそこまで彼らのことを思えるあなたに入れ込むって決めたんだ。これからは私のことをヨルコねーさん、って呼びなさい。いいね?」

 

 わかりました。そう答えようとしたら睨まれた。頷いて返すとニッコリ笑った。

 

 

 こうして私は潮見夜子と出会った。

 

 

 私は負傷が激しかったため次の実験には参加できず、医務室で待機することになった。その間にヨルコねーさんは私にある実験の提案をしてきた。

 

「武器型ペルソナ……?」

 

「まだ机上の空論にすぎないけどね。よく言えば初心者向けペルソナ、悪く言えばただの劣化品だけど、君は適性的に通常のペルソナを発現するのは難しい。適性を上げる実験もあるにはあるけど……」

 

「今の私の状態ではそういった実験も受けられませんね」

 

「その通り。それでも受けさせようとする馬鹿がいたからドクターストップかけた。こう見えてもおねーさんは偉いのだー」

 

「わー、パチパチ」

 

「……褒めてるの?」

 

 一応そのつもりです。色々と知識が足りてないのかそれともわざとやってるのか判断できないなぁ。苦笑しながらヨルコねーさんは武器型ペルソナに関する資料を手渡してきた。

 

「人型、正しいペルソナを付与することは早すぎる技術かもしれないし、適性が低い子には難しい。一段階下げて武器型の劣化させたペルソナならば安定するんじゃないか? これが私の理論であり、成功すれば無茶な実験を抑止しつつ実験後の負担も軽減できるかもしれない」

 

 その理論はまだまだ実験不足でデータが足りないけれど。

 

「君がボロボロなのはわかっている。けれど、協力してほしい。これが最後の実験だから」

 

 君のためにも、君の仲間を救うためにも。そう言って伸ばされた手を私は取った。

 

「わかりました。私のような適正が低い子でも、役に立てるのならば」

 

 こうして私は皆とは違ってヨルコねーさんの特別実験の被検体となった。私以外にも参加者はいないのか尋ねたけれど、被検体を何人も動かすことは出来なかった、とのこと。体感だけどこれまでの実験よりは大分負担も少なかったから他の仲間たちもこの実験に参加してほしかった。

 

 

 それができなかったことを知るのはもう少し後。

 

 

 特別実験を受け始めてだいぶ時間が流れた。研究所暮らしが続くと日付感覚が曖昧だから正確な時期は不明だけど年単位で時間が流れてたかもしれない。

 幾多もの実験を経て、ついに私は召喚器を手にすることになった。

 

「被検体22番、実験ナンバー168547、記録開始します」

 

『復唱。被検体22番、実験ナンバー168547の開始を許可する。実験用召喚器のロックを解除した。実験に移れ』

 

「わかりました――ペルソナ!」

 

 体の奥に詰まっていた何かが抜けていく感触と共に、光の粒子が周囲に漂い始めた。意識を集中すると、光の粒子は一本の西洋剣を形成し、手の中に納まった。

 

『やった……やったよ! ついに実験は成功だよ! よくやったね、22番!』

 

「ありが、とう、ござい――」

 

 お礼の言葉を言い切ろうとして、意識がふらつく。剣を杖代わりにして何とか倒れずに済んだけれど、剣は光の粒子へ還ってしまい、私は地面に倒れ伏した。

 

「はぁっ、はぁっ……か、体が……重い、です」

 

『召喚のフィードバックかな。それにしては派手すぎる……その辺りは要検証かな。実験はいったん中断、被検体22番を休ませるよ』

 

 カメラ越しにこちらを見ているヨルコねーさんの指示で実験室に万が一の時にために待機していたスタッフが駆け込み、私を回収する。回収するスタッフは無表情で私に関心を抱いておらず、笑みを浮かべていた私を奇妙な物を見る目で見ていた。

 

 これで仲間たちを救うことができるかも知れない。

 

 あの背が高い女の子は無事だろうか。久しぶりに会ってみたくなった。会ったらどんな話を使しようか、どんなことをしようか。未来への希望を私は膨らませていたが、時同じくしてその希望に陰りを指す事態が起きた。

 

 

 エルゴ研、つまりこの研究所の解体である。

 

 

 私が在籍していた研究所とは違う別の研究所で、事故が発生。あまりにも被害が大きかったことと近年あまり成果を上げられなかったことがきっかけで解散が命じられたのだ。

 

「そういうわけで君も私もお役御免。実験は終了だね」

 

「私はこれからどうなるんですか?」

 

「孤児院に戻されることになるんじゃないかな。君の体に残っている後遺症は日常生活を送る分には問題なさそうだしね」

 

「後遺症?」

 

「聞いて……ないのか。前任者め」

 

 ヨルコねーさんは若干怒りを浮かべながら副作用について教えてくれた。これまでの実験で私の体にはいくつか異常が起きており、そこで初めて記憶を失ったことを知った。同時に痛覚が鈍くなっておりちょっとやそっとの傷では痛みを感じなくなっていることを聞かされた。

 

「痛みは感じないのに疲労は感じるんですね……」

 

「着眼点そこなんだ。相変わらずどこかズレてるね」

 

「そうかなぁ……何はともあれお世話になりました」

 

「あはは、それじゃあお大事に。君の体をいじった身で言うのも変だけどね」

 

 苦笑するヨルコねーさんにお辞儀すると、ヨルコねーさんの研究室を出た。これから、か。今までもぼんやりとそんなことを考えていたけれど、本格的に考えるのはこれが初めてだ。私一人で考えても答えは出せない気がした。同じ被検体仲間の誰かに相談してみようか。

 

 ヨルコねーさんの研究に付き合うようになってから、私に暴力を振るってきた子供が手を出さないようにとヨルコねーさんの研究室傍に用意された部屋で寝泊まりしていた。

 

 被検体が生活している区画に行ってみよう。長い間顔を見せていないけど、元気にしているだろうか。そんな私の期待は――山積みにされた研究機材に打ち砕かれた。

 

「……何、これ」

 

 生活区画はどこもかしこも研究機材置き場になっていたり、空き部屋になっていた。埃が積もっている箇所もあったことからかなりの時間放置されていることがわかった。

 

 一体いつからこうなっていた?

 

 見慣れた場所が変わり果てた様子を目にして絶句していると、一人の研究員が声をかけてきた。

 

「ん? その服は……被検体か。まだ生き残ってるやつがいたんだな」

 

 まだ――生き残ってるやつがいた?

 

「どういう意味ですか、それは!?」

 

「なっ、言葉通りの意味に決まってんだろ。被検体は特別実験で全滅したんだよ。何人かは生き残ったかもしれねぇけど、ここにいた連中は皆死んだよ」

 

「ぜんめ、つ……いつの話ですか」

 

「しつこいな。って、お前22番か。お前が暴行された騒ぎがあっただろ。あの翌日だよ」

 

 へたりこんだ。あの日の翌日。私は暴行されたことが原因で実験に参加できなかった。その実験が、『特別実験』。皆が命を落とした特別実験。

 

「――あ」

 

「あ?」

 

「あ、あ、あ……うぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 感情が暴走する。怒り、悲しみ、絶望、苦しみ。どうしようにもないほどの感情が行き場を失って暴れ回り、叫びと共に涙があふれている。研究員が戸惑っている姿を最後に、意識が落ちた。

 

 

 

 

 気が付くと、白い天井をぼんやりと眺めていた。

 

 ペルソナ能力を発現させる過程で私は感情的になりやすくなるように精神を改造されていた。それが原因で感情の渦に意識が耐え切れなかったことが原因ではないか。

 

「今後の生活にも支障をきたす可能性が高そうだし、影時間だったらペルソナの暴走を引き起こしていたかもしれない。何らかの治療が必要かな……上の許可を取らないとなぁ」

 

 医務室で目覚めた私にヨルコねーさんは頭を抱えながらカルテを読み上げた。私の容態よりも、今は気になることがあった。

 

「ヨルコねーさん。治療よりも気になることがあります。特別実験って、なんですか」

 

「……あれは実験じゃないよ。エルゴ研の失態の一つと言ってもいい。ペルソナが覚醒済み、覚醒が不十分な被検体含めた全員を用いたタルタロスへの特攻だよ」

 

 タルタロス。ペルソナを覚醒させた被検体が挑むべき場所であり、シャドウの巣。影時間の間に出現する巨大な塔型の迷宮にいつか私も挑むことになると聞いていた。

 

「上の方が強硬手段に出てかなりの被検体を投入した。最終調整も武装面も私たちは出来る限りのことをした。けれど生きて帰れるわけがない。攻略に向かった被検体は次々に消息を絶った」

 

 多分、命を落としたんじゃないかと思う。

 

「……私に、武器型ペルソナの実験を行ったのはそれに参加させないためだったんですか」

 

「少なくとも当時の私はそこまで考えていなかったよ。単純に実験材料を手放したくなかっただけだから。もっともあなたに暴行を振るった原因はそう考えていなかったけれど」

 

 外部への持ち出しは厳禁。読んだらすぐに処分するから。

 

 そう言って一枚の手紙を取り出した――中身は、背の高い女の子が書いた遺書だった。

 

 

 6月 / 夜 / 河川敷

 

 

 

 満月の夜、あの戦車との戦いから一夜明けた日の夜。「打ち上げやろう!」とヨルコねーさんに提案されたので深夜のバイト先であるなかむらを提案した。

 

「団体客、だーい歓迎。ごゆっくーり」

 

 店長の中村さんの承諾も得られたため、つい先ほどまでバカ騒ぎしていた。仲間や友達とこうして共に楽しい時間を過ごすことは実に興味深い経験であった。保護者であるヨルコねーさんが同伴しているため未成年である私たちが同席することを中村さんは黙認してくれたのだが。

 

「……アタシの酒、飲めないのかい? 可愛い坊やちゃん」

 

「誰が坊やだ! あんた酔っぱらい方が変な方にひねくれてんな」

 

「実際、マモちゃんは時々可愛いところ、ある」

 

「は!?」

 

 大人二人に弄ばれる守の姿も実に興味深いというか、面白かった。助けを求める視線を泣く泣く無視して逃げ出そうとした時、湊子先輩に腕を掴まれた。

 

「ねぇ、ちょっと話があるんだけどいいかな」

 

 

 そう言って河川敷に連れ出されると、湊子先輩と私は月明かりに照らされた河を眺めながら座り込んだ。しばらくの間そうしていると、湊子先輩は過去の話を始めた。被検体だった頃の話から始まり、特別実験の話に差し掛かったあたりで湊子先輩は話を一旦止めた。

 

「私がタルタロスに行かなくてもよくなったのは暴行事件があったから。だけど、その暴行事件はタルタロスに行って命を落とした被検体の一人が指示した物だってことが分かったんだ」

 

「特別実験を察して意図的に実験に参加しなくて済むように暴行を指示したのか」

 

「そういうこと。彼女が残した遺書を通してそれを知った。私、何も知らなかったんだよ」

 

 湊子先輩は召喚器を取り出して月に向かってかざした。

 

「遺書を残したのは私に名前を与えるきっかけを作った背の高い女の子。この召喚器は形見なんだ。彼女はおよそ20人を率いて全員を生還させる奇跡を起こしたんだよ」

 

「生還? 全滅していなかったのか?」

 

「回収された時点では全員瀕死で、どれだけ治療を施しても延命させることしかできない状態だったんだよ。なんとか遺書を書けたけど、私が遺書を受け取った時点では意識がなかった」

 

 彼女が生還させた皆も似たような状態で、タルタロスから帰ってきた時点で死んでたも同然だったんだよ。バァン、と指鉄砲で頭を撃ち抜く。死を意味するジェスチャー。

 

「遺書を受け取った私は彼女と、彼女が救った命を含めて全部殺した。研究材料として延命されることを望まない旨が遺書にあったから、私が殺したの。その数が22人」

 

 私の被検体番号と同じ数、殺したんだ。皮肉だよね。

 

「頭のヘアピンはそういうことか」

 

「うん。被検体であったことと、私が背負うべき罪の数を忘れないために身に着けたんだ」

 

「……興味深い考えではある。だが私には……」

 

「理解できないよね。私も自分でおかしいっていう自覚がある。だけど、もう私は止まれないんだよ。実験から生き延びて、仲間たちを殺した私はもう止まることは出来ないんだから」

 

 召喚器を仕舞うと湊子先輩は立ち上がった。何か言葉を駆けようとしたが、彼女の思いをを受け入れる寛容さ、彼女の背負った過去に触れる勇気が私には足りなかった。

 

「昨日私と戦ったベンケイ。彼も私と同じ被検体なんだよ。例の遺書にはタルタロス探索中に見かけた逃げ出した被検体についてもある程度触れられていて、その中にベンケイの名前があった」

 

「なんだと? となると湊子先輩とあいつは昔からの知り合いなのか?」

 

「被検体時代の面識はないけれどね。私が彼女たちを殺したことをどこかで知ったあいつは私のことを恨んでいる。だから、その復讐で三年前のシャドウ封印時に大々的に妨害工作に出てきた」

 

「タルタロスへ挑んだ時の仲間の復讐、か」

 

「そうだよ。あいつは私の仲間の元へシャドウを差し向けたり、直接殺したりと多くの命を奪った。私は殺されても文句は言えないことをしたけれど、それを許すにはあいつはやりすぎた。だから、三年前にあいつとの決戦で、あまりもの強さに殺してしまった。なのに、生きていた」

 

「……それで、どうするつもりなんだ?」

 

「今度こそあいつと決着を付ける。二人には協力してほしい。歪んだ目標であることはわかっているけれど、決着を付けなきゃ――あいつに奪われた命が救われないから」

 

 湊子先輩がそっと手を差し出し、握手を求めてきた。

 

 その表情は決意を秘めた無表情だったけれど、どこか泣き出しそうに見えた。恐らく先輩はベンケイを殺すつもりなのだろう。自分のやっていることが歪んでいると分かっていながらも、誰かにそれを肯定してもらえなければ。誰かと共に道を歩まなければ心が持たないのだろう。

 

 

 

 私にはその手を取ることしか、できなかった。

 

 

 

 湊子先輩との絆が歪んだ感覚を覚えた。例えるのなら、リバース。方向性が真逆にひっくり返った感覚でこのまま関係を深めるのは危険である、と直感がささやいている。

 

 

 しかし。

 

「あっ、街の明かりが消えた。もう影時間か」

 

 私はそれでも湊子先輩と絆を深めていくしかない。

 

「――ちょっと、ごめんね。ペルソナ!」

 

 湊子先輩が召喚器を取り出して、処刑剣を実体化――させるはずが。

 

「ペルソナの形が、変化している!?」

 

「ああ、やっぱりか。なにか変わったような感覚があったんだよね。前よりもペルソナの力が上がってるし、普通の西洋剣型になったから突きも使える。これならきっとベンケイにも勝てるよ」

 

 一振り、二振りとペルソナを使う湊子先輩の力は上がっていることが見て取れるが、柄の金装飾の輝きは紫色の刃が放つ怪しいオーラに飲まれていた。まるで、心が穢れるかのように。

 

「この子の名前は――ティルフィング、か」

 

 いい名前だね。そう呟く彼女に私は言い出すことができなかった。ティルフィングは石や鉄を布の様に引き裂き狙った獲物を外さない名剣であると共に、手にしたものに死を与える魔剣である。

 

 

 彼女が魔剣を手にした意味を踏まえて。歪んだ形でも絆を進めるしかないと誠は誓った。

 

 

 

 ――夜が、明ける。




 潮見湊子のペルソナ
・エグゼキューショナーズ・ソード
 処刑人が使う剣。潮見湊子の罪の意識によって元々の西洋剣から変質した。元々バランス型であった能力が魔寄りに変化しており、デビルスマイルや亡者の嘆きと言った死に関するスキルとスクンダと言った相手の力を奪うスキルに特化した。

・ティルフィング
 前述の逸話を持つ魔剣。ベンケイを殺す覚悟を決めたことで変質。さらに力が伸びて斬撃系のスキルを身に着けたことで己を傷つける力がこれまで以上に増加。元々のスキルや魔が高い特性も維持しているが、扱う本人を間違いなく死へ近づけている。
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