1938年頃にジャパリパークが南洋諸島に転移してきたことで、歴史は大きく動いた。
南方への進出を大日本帝国政府はジャパリパークに軍隊を進駐させ、日本の影響下に組み込んだ。
日本の南進に危機感を覚えた米英仏ソ蘭の5ヶ国は対日制裁をちらつかせて、日本を牽制した。
そして、日本はジャパリパークに残されていた技術を使い、1939年までに日中戦争を終わらせ、中華民国に
「満州国の承認及び海南島の割譲」を認めさせ、極東での覇権を確立。
これを受け、米英仏蘭の4ヶ国は一部の日本の対外資産の凍結及びそして禁輸処置を実施。
ちょうどこの頃、ジャパリパークに駐留していた日本軍部隊の一部がサンドスター山付近でサンドスターを発見し、ABCD包囲陣の国々に大きな衝撃を与えた。
その2日後にソ連の満州侵攻計画が発覚。
これを受け、日本軍はソ連を攻撃。
サンドスター兵器やセルリウム兵器の使用により、北樺太や沿海州、カムチャッカ半島、モンゴルを瞬く間に制圧。
この状況を打開しようと、ソ連はフィンランドを攻撃。
しかし、日本からドイツ経由でフィンランドに送られてくるサンドスター兵器やセルリウム兵器により、ソ連軍は苦戦。
フィンランド兵の死傷者とソ連兵の死傷者の比率が1対50という絶望的な状況に追い詰められた上にソ連領のカレリア地域やレニングラードが占領され、さらに、エストニアをフィンランド軍に占領された。
この状況を打開するのは不可能と考えたソ連政府は日芬両国に講和を申し出た。
その後、フィンランドの首都であるヘルシンキでソ連代表アレクサンドル=ボゴモロフは講和条約に調印。
内容としては、コラ半島やエストニアをフィンランドに割譲し、日本に沿海州やカムチャッカ半島を割譲。
モンゴルは新しくモンゴル連邦として独立することが定められた。
さらに、日本側がフィンランド政府にユダヤ人を日本に亡命させることを要求する三ヶ条の要求を提出。
三ヶ条の要求
·フィンランド政府はユダヤ人を日本に輸送するための港や空港を確保する。
·フィンランド政府はフィンランド国内に日本軍が駐留することを許可する。
·フィンランド政府はドイツ政府からのユダヤ人の引き渡し要求を受諾してはならない。
フィンランド政府はこれを快諾し、エテラ港とヘルシンキ=ヴァンター国際空港を確保。
これは戦後の独芬冷戦の原因となる。
その後、イギリス政府はドイツのポーランド侵攻の可能性を予測し、ポーランドに圧力をかけた。
結果、ポーランド共和国は1940年1月13日にドイツに宣戦布告。
しかし、ドイツ軍は日本からのセルリウム兵器の供給を受けていたため、3日でワルシャワを占領。
これを併合した。
事態に焦った英国はノルウェーを攻撃。
これを併合し、ドイツの壁とした。
その2日後にはドイツ軍が北欧へ侵攻し、英国領となっているノルウェーに侵攻。
米国もドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が始まった。
ドイツ軍は早速、フランス戦線へ部隊を集め、マジノ線を迂回し、フランス領内に侵攻。
サンドスター兵器を前線に投入したことにより、フランスはその日の内に降伏した。
さらに、ドイツ軍は西部戦線が片付いたため、独ソ不可侵条約を破り、ソ連へ侵攻を開始した。
ドイツと密約を結んでいたイラク、イラン、トルコもソ連に宣戦布告。
ソ連は中東、極東、ヨーロッパの三正面作戦を強いられた。
さらに、中華民国国民政府軍がソ連へ宣戦布告。
カザフスタン全域が占領されたことで、1942年11月13日にソ連は降伏した。
西では、ドイツ軍がアフリカ戦線で圧勝し、南アフリカを攻略。
その後、英国政府は1945年2月13日枢軸国の戦力を理由にドイツと講話条約を結び、戦争から離脱。
その後、1947年2月5日にアメリカとドイツとの間の講和条約«ニュルンベルク条約»が締結され、ヨーロッパでの第二次世界大戦は終結した。
しかし、太平洋では、アメリカ本土決戦で日本軍が大敗。
ルイジアナから撤退を開始。
1952年2月13日にはロサンゼルス大撤退により、日本軍はアメリカ本土から撤退した。
1953年5月13日にはアメリカ軍がオアフ島に上陸。
オアフ島攻防戦が始まった。
しかし、日本軍の要塞線に阻まれ、米軍の侵攻は頓挫。
戦線は膠着してしまう。
その2年後に行われた日本軍の爆撃機«富嶽»によるロサンゼルス空襲により、アメリカは継戦能力を失い、米国は日本に講和を申し出た。
翌日には両軍に停戦命令が発令された。
これにより、第二次世界大戦は1955年2月25日に終結した。
その後、日米英との間で講和条約«東京平和条約»が締結された。
戦後の世界を順に解説していく。
まずは、太平洋地域。
日本はハワイやミッドウェーから手を引き、アメリカに返還。
日本の太平洋権益については、全面的に認められた。
アメリカ合衆国は満州国を承認。
また、新たに香港自治政府が樹立された。
次に東南アジア。
東南アジアはほぼ、史実通り独立したが、タイとインドは異なっていた。
タイは戦勝国であることから、フランスに奪われていたラオスとカンボジアを併合。
また、セイロン島、マレー半島、ボルネオ島北部は南亜特別区として日本に編入された。