血塗れの女
〜霧の湖〜
冬期は白と青のコントラストに彩られる湖。
人里では、妖精や中小妖怪に悪戯を仕掛けられると悪評の曰く付き物件だ。
そんな白霧のかかった肌寒い湖で、私は朧気な意識の中、木にもたれかかっていた。
(…私は何をしていたんだったか…)
こんなことを言うのも、つい先程までの記憶がまるで無いからなのだが…
白い肌に流れる血が、イレギュラーな事態を明確に物語っていた。
そう、確実に普通ではないことは確かなのだ…
しかしその“イレギュラー”が一体何なのか、皆目見当もつかなかった。
すると遠くの方から2人の幼い会話が聞こえてきた。
「そんなに言うなら見てて、あそこにいる人間おどかしてくるから!」
「え?ちょっと本気にしないでよチルノちゃん!」
(子供…?こんな血塗れの姿見せて大丈夫なのかな…)
会話を終えたその子供達は、足音を立てないように私に少しずつ近づいてきた。
「おい人間!」
そう言った気の強そうな少女は、青いワンピースに氷のような水色のショートカットであった。
その隣には気の弱そうな、それでいて優しそうな碧色のサイドテール少女。
青と碧、綺麗なその組み合わせに目を奪われつつ、青色の少女に返事をしようとする。
(………?)
声が出ない。長いこと乾燥した寒いところに居たようだし、恐らく喉が冷えきって乾いているのだろう。
とはいえ目は一応開いているし、視力だってしっかりと……?
そう思った瞬間、ねるねるねるねを練った時のように視界がぐにゃりと歪んだ。
(これ、今どうなってんの?)
頭も回らず、困惑を余儀なくされる。
やがて頭に強い衝撃を感じ、歪んだ視界は黒に包まれた。
「──!───!?」
「───!─────!!」
(あー…もしかして死ぬ?まだ一話だけど?)
作品的に余計な事を思いながら、身近に迫る“死”を実感する。
聴力は消え失せ、視界もゼロ。
やがて睡魔のようなものに襲われ、私はそのまま意識を手放した。
○
水と氷が光を反射して美しい世界を見せてくれる霧の湖。
とはいえその環境はとても良いとは言えず、特に冬といったらとにかく寒い。
私は、寒いのが嫌いだ。
だから霧の湖を通る時はいつも防寒用の魔法を自身にかけている。
今日は人里に行くから霧の湖を通っているのだが、どうやら少し様子がおかしい。
「チマミレ!ヤバチャン!」
「ケガ!ヤバチャン!ドウスルノ!」
遠くの方で2つの幼い声が聞こえてきた。
声のした方を見てみると水色の頭と碧色の頭。
おそらく、寺子屋に通っている妖精のチルノと大妖精だろう。
「騒がしいわね…」
何かあったのだろうかと思いながら彼女らを眺めていると、妖精たちの前に見覚えのある女性が倒れているのが見えた。
(あの人は確か……)
妖精が遊んでいるだけならまだしも、“彼女”が倒れているのであれば、もしかしたらこれは大事なのかもしれない。
何があっても私に損があるわけではないが、恩は恩で返すべきだろう。
私は少し早足で妖精達の傍まで歩いた。
「チルノ、大妖精、何があったの?」
多少の焦りからか、少し声が上擦ってしまい、それに驚いた大妖精とチルノは肩をビクッと震わせた。
冷や汗をかきながら振り向くチルノ、困った顔で振り向く大妖精。
最初に言葉を発したのは氷の妖精、チルノであった。
「あ、アリス…!人間、ヤバイ!血、ヤバイ!」
「少しは落ち着きなさい…。大妖精、説明してくれる?」
パニック状態でマトモに喋れないチルノは諦め、困惑こそしているものの多少落ち着いている大妖精に説明を促す。
大妖精は礼儀正しく両手を重ね、姿勢正しく私を見上げた。
「えっと……かくかくしかじか…」
「まるまるうまうまってわけね、大体はわかったわ。」
“かくかくしかじか”というのは便利なものだ。作品的にも執筆的にも時短になる。
「はぁ」とため息をついた私は、雪のように白い肌をした彼女…
彼女の背丈は私より少し小さいくらいで、胸は私より少し大きいくらいである。
だが、抱き上げてすぐに違和感を感じた。
(ちょっと軽すぎない…?)
いくらスレンダーな体型とはいえ、今の彼女は余りにも軽かった。
永遠亭に運ぼうと思っていたが、これは一刻を争う自体かもしれない。
チルノ達を永遠亭に遣わせて、彼女は一度自宅に運ぶことにした。
「灯音は私の家で看病するから、あなた達は永琳か鈴仙を呼んできてくれる?」
「わ、わかった!」
「わ、わかりました!」
悪戯好きとはいえ、こういう時に素直な所はやはり彼女らが根っからの不良では無いということなのだろう。
さて、まずは早急に家に帰って灯音に治癒の魔法をかけることが先決だろう。
魔力の温存のために先程までは歩いていたが、緊急の事態なので彼女を抱きかかえたまま高速で飛行する。
「はぁ…全く、予定がめちゃくちゃね。」
本日二度目のため息をつきながら全力で飛行する。
ため息をつくと幸せが逃げていくと言うが、私の場合は現在進行形で幸せを感じないので関係ない。
そもそも、ため息で幸せが逃げるって何なのだろうか。
幸せに質量など存在するのだろうか。
偉人の考えることはよくわからない。
そんなどうでもいい事を考えながら、私は超速で自宅に向かったのだった。