煙に酔う戦士達
「能力?」
「あくまでも私の勘だがな」
ふらりと現れた妹紅は陰謀説を唱え、困惑する私達にその旨を話してくれた。
気づけば幻想郷に居て、何故か私の能力を求める。
そんな異常事態を、妹紅は何者かの能力によるものではないかと考えたのだ。
カメリアが他者を操る能力を持つのと同様、似たような能力でカメリアを支配した者が居るという事だろう。
「なるほど…一理あるね。」
確かにその可能性は大いにある。
幻想郷には様々な能力を持った者が多々存在する。
弱い能力から強い能力まで、この幻想郷を作った大妖怪は「境界を操る程度の能力」とかいう末恐ろしい能力を持っているらしい。
何が恐ろしいって、境界を操るって言ってるだけで対象の限定が全くないのよ。
世界の境界も操れるし、物の境界を操って分断する事も出来る。
やろうと思えば脳内すらも…いやまさかな。
「なんでもありなのね?この幻想郷は」
フゥーっと煙を吐いたカメリアは、灰を落としながら妹紅に微笑んだ。
その妖艶な微笑みに、もし私が男だったならば放っておかないだろうと思った私であった。
…どうでもいいな。
「そろそろ寝よう、体に毒だよ。」
「お前もだぞ灯音。肋骨、折れてたんだろ?」
妹紅に釘を刺され、笑って誤魔化しながら煙草の火を消しておもむろに立ち上がる。
カメリアも同じように煙草の火を消して立ち上がろうとしたが、よろけて倒れそうになったので手を掴んでグイッと引っ張りあげた。
「ありがとね。」
「うん、部屋まで送るよ。」
妹紅にしばしの別れを告げ、カメリアに肩を貸して私は歩き出す。
カメリアも伊達に戦場で生きてきたわけではない。
腿に銃弾を受けても一人で歩く事などざらだった。
しかし折角私がいるんだ、肩くらい貸してやらねばというものだろう。
「貴女が傭兵としてロシアに来た時の事を思い出すわ」
「…あの時は逆だったね。」
私が昔ロシアで戦っていた時、足に銃弾を受けてしまい、カメリアの肩を借りた事があった。
再会は最悪であったが、今こうして昔に戻ったように思えるというのは、きっといい事なのだろう。
カメリアは恐らく、能力で何者かに遣わされたのだろう。
彼女が嘘を言っている可能性もゼロではないが、私は彼女を信じる。いや、信じたいと言うべきだろうか。
どちらにせよ、私はまた昔のように軽口を叩き合える仲に戻れればいいなと、切に思った。
…そんなことを考えているうちにカメリアの部屋に着いたので私はカメリアに別れを告げて自分の部屋に戻り、布団に潜り込んだ。
「…しょうもない、寝よ。」
余計な事を今考えても仕方がない。
そう自分に言い聞かせて思考を断つと、先程までとは打って変わって私はすぐに微睡みに誘われたのだった。
○
「相変わらず表情の割には優しいのね、灯音」
灯音に部屋まで送ってもらった後、私は布団に入らずに普段着に着替えていた。
ここの主人、永琳から借りた浴衣を丁寧に畳み、いつものトレンチコートに身を包んで障子を開け放った。
草木の匂いに満ちた風が頬に当たる。
「故郷には遠く及ばない寒さねぇ」
2丁の銃の弾倉を確認してから、ブーツを履いて縁側から庭に降り立つ。
足が痛むが、こればかりは仕方がない。
自我がはっきりしていなかったとはいえ、私が灯音を襲ったのだ。これは揺るぎない事実であり、非は全て私にある。
とても隣には居られない。
「
そう言って私は永遠亭の門を越え、黒い竹林の中を歩き出した。
これは私が自分の罪から逃げる為にしているようなものだ。
自我を保てない事がこうも恐ろしいとは。
暇さえあれば灯音を捕らえろと脳髄が呼びかけているような錯覚。
もしあの場に妹紅が来なかったら、私はあのまま灯音を何処かへ連れ去っていたのだろう。
何処か…、何処なのだろうか。
ろくでもない思考ばかりが頭を埋め尽くす割に、大事な情報は全て頭の中から抜けているようだ。
「本当…嫌になるわね」
歩きながら自分の煙草を取り出し、ジッポライターで火をつける。
煙草の箱には
人間とは不思議なものだ。何事もすぐ嫌になるが、煙草を吸えば何事もすぐ良いように見えてしまう。
この感覚が中毒性なのだろうか。
果たしてそんな事は分からないが、人間、煙草があれば精神面は基本的に治るものだ。
「一時の憩なんだけれどね」
仄かに香るバージニアの葉が私の悩みを濁らせてくれる。
さっきも言ったように、そんなの一時の憩でしかないわけだが、人間一度ハマるとやめられないものだ。
さて、そんなことを言っている私だが、実はほんのちょっと命の危機に瀕している気がするのだ。
この幻想郷には妖怪という脅威が無数に存在するという話は聞いていたが、永遠亭を出て早々お出ましとは思わなんだ。
まぁ、命の危機とは言ってもほんのちょっとなんだけれどね、ほんのちょっと。
「いつでも来ていいわよ、遊びましょ?」
そう言って私は懐から自動拳銃を取り出し、銃弾を装填する。
常識の通用しない幻想郷といえど、妖怪の気配なんぞ簡単に察知できる…ようだ。これは今知った。
すると気配の主は、特に驚く素振りも見せず簡単に姿を見せた。
「何が、遊びましょ?よ。こっちはわざわざこんなしょうもない世界まで来てやってんのにさ〜…」
気配の正体は私が思っていたようなものではなく、なんと長い金髪を降ろした少女であった。
黒いスカートに白いシャツのような服を着ているその少女は、背中から背丈よりも大きい黒い翼を生やしていた。
煙草の煙をフゥーっと吐いて私は訝しんだ。
「ん〜…悪魔か何かかしら?」
私がそう聞くと、その少女は可愛らしい笑顔で「あはは!」と笑った。
笑って剥き出された犬歯は鋭く尖っており、それはさながらスクランパーのようであった。
だが恐らく、この歯は本物なのだろう。確証はない、完全な直感だ。
「ちょっと惜しい!私はくるみ、まぁ〜吸血少女といったところかな?」
吸血少女…なるほど、それでその歯なのか。
つまるところ、私はこれから血を吸われるのだろうか?
永遠亭でいくらかご馳走も貰ったし、血はある程度回復しているが、生憎見知らぬ少女に分けてやれる血は持ち合わせていない。
「そんな種族もいるのねぇ〜…それで?私に何か用?」
私はニコッと笑顔を見せつつ、多少のプレッシャーを含んだ声でくるみに問いかけた。
するとくるみは一瞬呆けた表情を浮かべ、すぐにまた笑いだした。
よく笑う女の子だ、灯音とは正反対なタイプね。
「何言ってんの、任務達成できなかったからわざわざ連れ帰りに来たの!君は覚えてないんだろうけどね!」
「…そう。」
任務…失敗…覚えていない…
この三つの情報だけで、私の悩みは簡単に解消されたようだ。
やはり妹紅の仮説は正しかったというわけだ。
「好都合よ、どうやら、私も丁度あなたを探していたようでね。」
親指と人差し指で挟んだ煙草を中指でくるみに向けて飛ばす。
遠隔根性焼き。小さな火傷程度にしかならないが、別に攻撃のために使った訳では無い。
煙草をゴミ箱に捨てた。たったそれだけの事だ。
「熱ッ…だいぶ調子に乗ってるようだね」
先程までの笑顔はどこへやら、くるみは鬼のように怒った表情で私を睨みつけた。
とはいえ、そんな可愛らしい見た目では覇気も何も感じられないというものだ。
結構強いようだけれど、私には到底勝ち及ばない。
私はもう、灯音に迷惑をかけるわけにいかないのだ。
「半殺しにしてやる」
「なら、私は3/4くらい殺すわね」
私はくるみの脳天に銃口を向け、くるみは不可思議な力で黒剣を生成してその切っ先を私に向けた。