「…はぁ、いくら騒霊でも体が持たないよ…」
私は博麗神社の縁側で横になり、悪態をつきながら青空を眺めていた。
私がかつて己の中に招き入れた魂がいるのだが、現在そいつの状態が非常に悪いのだ。
その精神状態は霊体の持ち主である私にもある程度の影響を与える。
この状態が続けば私、カナ・アナベラル自体も消えかねない。
私は瞳を閉じて思考の中で文を構成することで、内に眠るもう一人との会話を試みた。
『ねぇ、貴女も本当は気づいてるんでしょ?』
『………』
返答はない。
『……灯莉、返事して』
『…違う』
彼女は、自分が柊灯莉であるということを頑なに認めようとしない。
私、カナ・アナベラルと一体化することで“柊灯莉であるという事実”を否定したかったのだろう。
しかし、魂そのものが変容することは有り得ない。
『違くない。そろそろ現実に…悪夢に向き合おうよ』
『違う!!私は柊灯莉じゃない!!!』
魂に直接響く叫びが突如轟き、思わず顔を顰めてしまう。
私はかつて、柊灯莉の魂を引き入れた。
その時の灯莉の身体はとてもボロボロで、霊魂そのものも弱まっていた。
柊灯莉その人と、強い神力を宿したもう一人の魂。
この二つの霊魂が灯莉の中に存在していたのだ。
「……灯莉のお姉さんは今、必死に悪夢と戦ってるんだよ」
「………」
灯莉は尚も心を閉ざしている。
結界渡りをしたとて、この霊体は所詮カナ・アナベラルという低級騒霊のものなのだ。
そんな騒霊に一体何ができようか。
なすすべもなく、悪夢の主によって簡単に消滅させられるだろう。
「…この物語、終わらせるのは灯莉だよ」
私はそれだけ言い放ち、静かに瞳を開けた。
○
灰が舞い散る瓦礫の山。
その上に座した肉体に私が宿った。
金色の髪が揺れ、ゆっくりと開いた瞼からは赤い瞳が顔を覗かせている。
何故か今の盃には、肉体の持ち主が居ない。
「かねて祈りは潰えました」
念じることで指先から光球を生み出し、そこに映る映像を眺める。
暗い通路を、黒髪の女が白髪の半吸血鬼を抱えて歩いている映像。
彼女らは着実に玉座へと距離を詰めている。
「どうも不自然ですね」
彼女達があれほどの悪夢から自力で覚めたとは到底思えない。
私が配置した異形達も、こうも早く突破できるなんぞ有り得ない。
何かしらのイレギュラーが発生しているはずだ。
映像をよく見てみると、彼女ら2人の三歩先辺りで微妙に歪んでいる点を見つけた。
訝しげに思った私は顎に手を当てる。
「……ふむ」
人の形にも思える歪みだが、輪郭は全く掴めない。
上位の存在である私の力を持ってしても認識できない存在。
もし彼女らを導いている存在がいるとすれば、十中八九この歪みの主だろう。
「貴方は……どなた?」
盃に、私が帰る。
「大丈夫だよ、天使さん」
私は歪んだ笑顔を浮かべながら唇に指を当てた。
「大好きなお姉ちゃんには、何度だって素敵な悪夢を見せてあげるから」
未だに夜が明ける気配はない。当然悪夢も終わらない。
悪夢を見るというのは幸福極まりないことであるのに、どうして覚醒したがるのか。
私に宿る天使の霊魂から神力を拝借し、文献の存在を召喚する。
今
「
私はそう呟き、ゆらゆらと揺れる灯にキンセンカの花弁を焚べる。
暗い通路に、黄色い印が浮かび上がった