カメリアを背負いながら通路を歩き続けること数分、ずっと代わり映えのなかった通路に突如変化が訪れた。
「なんだここ…。」
思わず立ち止まって眺めてしまうほどの変化。
壁には数多もの鏡が出現し、足元には黄色い印が浮かび上がっている。
パッと見は暗くてよく分からなかったが、よく見てみるとそれはどこかで見覚えのある印だった。
「嫌な感じだけど…思い出せない。」
「黄の印か、大物が来たね」
メアリーはこの印を知っているらしい。
その意味を追求しても良かったが、静かに十字架を構えるメアリーに倣って、私もライフルを召喚して構える。
直感が「今すぐ引き返せ」と警告を発している。
しかし、それでも私は逃げるわけにはいかない。
尋常ではない悪寒によって身体中に鳥肌が立ち、額からは冷や汗が垂れる。
別に気温が下がった訳では無い。しかしそこには確かに冷気が満ちていた。
やがて前方の暗闇から人影が現れた。
目測で七尺程の巨体を黄色い衣で包んでいる。
頭部をすっぽりと覆う程のフードを深く被っているので輪郭は掴めないが、それが異形であることを私は直感的に理解した。
「…これが“黄衣の王”。」
「ご明察。奴は異星の邪神、ハスターだね」
異形に於いてのメアリーの知識量は頼もしいが、時々どうにも不気味に思えてしまう。
何故こうも詳しいのか、何故これらに対して恐れないのか。
実はメアリーは人間ではなく、妖の類だったりするのだろうか。
謎は深まる一方だ。
「…っ、止まった…?」
私達の数歩先で立ち止まった黄衣の王は突如、両腕を広げた。
腕を広げたことで捲れた袖から、蛸足のような触手が何本か現れる。
記述通りの異形に、再び滲む冷や汗。
「私が相手をしよう。君は下がっているといい」
珍しく好戦的なメアリーは私にそう言うと、背丈ほどの十字架を肩に乗せた。
メアリーに任せれば大概の異形はどうにかなるだろうし、この黄衣の王ですらも例外ではないだろう。
しかし私は首を縦には振れないでいた。
とてもありがたい申し出だが、これは私の戦いでもあるのだ。
そんな私の心を見透かしたメアリーは、手のひらサイズの十字架を片手で2つ取り出しながら更に言葉を続けた。
「…君の考えは立派だが、彼女のことを失念していないか?」
「…っ。」
そうだ。今カメリアは戦闘不能だ。
どちらかがカメリアについていなければ、カメリアに何かあった時に助けることが出来ない。
私は何を焦っていたのだろう。
この城に入ってからどうにも頭が回らない。調子が出ないのだ。
「…わかった。お願い、メアリー。」
「我が神を軽んじ、害し、あまつさえ滅するなどと宣うか。ハスター、どうやらキミは一線を越えてしまったようだ」
「…。」
黄衣の王はメアリーに任せ、私は彼女の言う通りにカメリアを抱えて後ろに下がった。
既に戦闘モードに入ったメアリーは私の言葉には応えず、黄衣の王に向かって何かを呟いている。
何も語らない黄衣の王と会話をしているように聞こえるが、メアリーには一体何が聞こえなにが見えているのだろうか。
人外の部門に於いて普遍的な知識しか持ち得ない私では、彼女の理解は到底及ばないようだ。
「十字の信仰の下に、キミを救済しようか」
“救済”
メアリーはそう言うと二つの小さな十字架を黄衣の王の足元に投げつけた。
硬質な石床を刺し穿ちた十字架は淡い光を放ち、やがて对になるように二本の光柱を形成する。
「偶には月の魔術とやらを拝領しよう」
長い前髪の隙間から見えたメアリーの瞳が金色に光る。
すると神々しく突き立てられた光柱から突如黒い靄が発生し、一変して黄衣の王は暗闇に包まれた。
「“暁闇”…信仰には値しないが、月に由来する魔術は興味深いものが多いね」
もはや完全に隠れきってしまった黄衣の王に、メアリーは続けざまに光線を放つ。
蛸が焼けたような匂いが辺りに立ちこめ、場違いながらも私の空腹感を煽った。
光線が命中したのを確認したメアリーは腰に提げていた細身の十字剣を抜き放ち、未だ暗黒に包まれたままの黄衣の王に駆けていった。
現状ではメアリーが黄衣の王を圧倒している。
でも物語には定石というものがあって
突如として反響する金属音。
なぜ黄衣の王に対してそんな音が鳴るのか皆目見当もつかないが、答え合わせは間髪を入れずに始まった。
どこから取り出したのやら、光り輝く大鎌が黄衣の王の袖から露出していたのだ。
「ほう、光の錬成魔法か。意外にも小器用な芸を披露するじゃないか」
そんな予想外の展開にも関わらず、剣を手離さなかったメアリー。
むしろ冷静に相手の術を分析し、あまつさえ気の利いた冗談を投げる余裕すらある。
私にはこの渇仰者を尊敬すると同時に、ひたすらに不気味で堪らなかった。
メアリーは黄衣の王と会話をしているようにも見えるが、対する黄衣の王は依然として何も語らない。
それどころか「耳を傾けるまでも無い」と言わんばかりに、黄衣の王は光り輝く大鎌をその場で振り抜く。
その瞬間、壁に掛けられた数多もの鏡が音を立てて割れた。
鏡が割れたことで、幾重にも折り重なった鏡像が壁一面に展開される。
すると突如、予想外の方向から聞き慣れた声が届いた。
「……素敵な目覚めね」
「っ!大丈夫?」
今の今まで気を失っていたカメリアが良くも悪くも虹彩に光を通した。
狂気に満ちていたような精神も、どうやら落ち着いたらしい。
「大丈夫じゃないわ…なんて冗談を抜かすくらいには大丈夫よ」
今にも失神しそうな程に顔色が悪いカメリアだったが、私を心配させまいとしているのだろう。
彼女は分かりやすい嘘を吐いた。
本意を見抜かれる事なんぞ、深く理解しているから。
「……そう、安心した。」
だから私も嘘を吐く。
本意を見抜かれる事なんぞ、こちらとて同じこと。
だからこそ、嘘の掛け合いで気を紛らわせているのだ。
しかし、そんな束の間の安息が続かないのは当然なことで。
続けざまに憂いと憤怒を帯びた声でカメリアが切り出した話───
「灯音、全て思い出したわ」
それは私の心を揺さぶるには充分すぎるものであった。