黄衣の王、真名をハスター。
その名の通り黄色の衣を纏っている異形の存在。
黄の印、エルダーサインが彼を象徴している。
数多の触手で構成されたようなその姿が特徴的だが、見落としがちな大きな特徴がもう一つある。
それは、“狂気”“洗脳”という点に於いてとても大きな関係を持っていることだ。
「私が幻想郷に居たのも、貴方を襲ったのも、全て彼奴の手になるものだったのよ」
「でも…あれは夢幻館の陰謀だったんじゃ…。」
あれは夢幻館の陰謀によるもののはず。
そう言いかけて私は思い出した。
先程の既視感の正体。
かつて森で再開した時、カメリアの瞳に浮かんでいたものだった。
それに加えて、燻莉がカメリアを知っていたこと。
幽香自身がカメリアに一度も視線を送っていないこと。
くるみが「偶然の産物」と言っていたこと。
夢幻館の事件から私は少し考えることがあった。
もしも燻莉が悪夢に呑まれていたとしたなら──
それは夢幻館ではなく、全てに於いて灯莉の手になるものではないのだろうか。
もちろん、まだ灯莉がそうであると確定した訳ではない。
私の中のヴィランは灯莉ではなく、燻莉なのだ。
けれど何故か、本能が否定を止めない。
それはそう。
悪夢とは、望まないものだからこそ悪夢なのだ。
嫌だ、嫌。
信じたくない。
「……私は
「あっ……。」
そんな黒い渦に引き込まれているうちに、カメリアは黄衣の王に向かって行ってしまった。
手を伸ばしても、既に届かない。
戦場で鍛えられたはずの私の身体は、ただ震えるのみで言う事を聞こうとしない。
肌を刺すような恐怖、深い水底に堕ちていくような失意。
「ふふっ。弱いね、私。」
乾いた笑いと反比例して縦に湿る頬。
人は己の弱さに気づいた時、また一つ強くなるという。
そんなもの、この悪夢の中では世迷言に過ぎない。
最愛の人に守られ、最愛の人を守る。
そう決意したはずなのに、私は一方的に守られている。
こんなもの、ヒモと何が変わろうか?
「おや月光の信徒、お目覚めかい?」
「貴女の事はよく知らないけれど、借りがあるのは理解しているわ」
「ならば今、この大物を以て返してもらうとしよう。私はせっかちなんだ」
頭を垂れる私の前では、カメリアとメアリーが黄衣の王に向かっている。
底の知れぬ渇仰者、メアリー。
月光を拝領する半吸血鬼、カメリア。
彼女らであれば、この大物らしい黄衣の王も難なく打ち倒すだろう。
それはそう、メアリーだけでも容易いだろうね。
ならば私はここで座っていても、構わないのではないか?
全て投げ出して、二人を待てば良い。
そうして目を瞑っていれば、いずれ誰かが私を起こしてくれる。
だから、おやすみ。
「……なんて、冗談は止してよ。」
弾ける火薬
跳ねる空薬莢
「灯音…?」
「ほう、3人パーティとは粋じゃないか」
気づけば私の手には、銃口から煙を放つマークスマンライフルが握られていた。
脳を使うのは終わりだ。
なーんにも考えず、経験豊富な己の五体に身を任せればいい。
「私は元傭兵、アカネ・ヒイラギ。人呼んで
私はこの悪夢を終わらせる。
ヴィランが燻莉だろうが灯莉だろうが、これが悪夢であることに変わりはない。
夢は覚めるもの。
エンドレスナイトなんて冗談じゃない。
私は悪夢の中でも狩人であり続ける。
「ククク…創作的な展開になってきたようだ」
「…ふふ。私の鬼嫁は怖いわよ、ハスター?」
「誰が鬼嫁だ、惚気女。」
不気味に笑いながら冗談を投げるメアリー。
一拍置いて、微笑みながら揶揄うカメリア。
それに怒る私。
そう、これでいいのだ。
命を賭ける時は楽しまなければ意味が無い。
「こんな噛ませ犬、一瞬で殺すよ!」
何度迷おうとも、何度間違えようとも
生物が行き着く先は等しく“死”であるのだ。
であるならば、私は己が信ずる道を進むのみ。
灯莉や燻莉に、ましてやこんな偉そうな触手野郎にどうこうされる筋合いは無いのだ。
黄衣は破れ、触手が弾ける。
9mmの熱が貫き、刃が切り裂き、十字が消し潰す。
打ち合わせたかのような子気味良いリズムで、一連の流れは行われた。
もはや動かぬ肉塊も同然となった黄衣の王を見下ろす。
「頭を低くして生きないと弾が当たるよ。」
新しく召喚したショットガンの弾を装填し、銃口をその頭に突きつける。
「こんな風に、ね。」
私の指先は湾曲した金属に触れ
やがて、引かれた。
狂気と洗脳の権化が、今ここに没したのだ。