東方空蝉録   作:Amaryllis___

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最終決戦

黄衣の王を打ち倒し、私達は赤錆の目立つ扉の前に辿り着いた。

それは、先程までの無機質な石畳とは少し時代感の異なるものであった。

石畳を中世と例えるなら、この扉はまさに平成といった趣。

平成の廃工場とか、まさにこんな雰囲気だったように思える。

 

 

「私は魔術とか奇跡には明るくないけど…この先が異様だっていうのは、わかる。」

 

「えぇ…その通りね。この扉を開けた先には、きっと極めて強大な存在が待ち受けているわ」

 

 

時代感の差異。

それだけならなんてことはない、似たようなものを探せばいくらでもあるだろう。

しかしそれを抜きにしても、この扉からは異様な気配が漂っていた。

 

想像を絶する程に歪められたような空気。

現世とは到底かけ離れた次元。霊界、冥土…

 

……悪夢。

 

そんな邪悪な気配がひしひしと感じるのだ。

長いこと、幻想郷という非常識な理に囚われていた故の感覚が、私をそうさせているのかもしれない。

しかし、それはどうでもいいことだ。

 

能力があることを除けば、至って凡人の私が感じ取れるレベルの気配であることが問題なわけで。

 

 

「ふむ」

 

 

恐れ…はもちろんある。あるに決まっている。

恐れを抱かない者など、異形と何が変わろうか。

 

だからと言って、進まない理由にはなり得ない。

ここまで来て“やっぱり帰ります”など、この2人が許しても私自身が許せないのだ。

 

 

「よし…行こう。」

 

「えぇ」

 

 

己を鼓舞する意味も込めた言葉と共に、私が扉の取っ手に手を伸ばそうとすると、突如腕を掴まれる。

後方を見やると、メアリーが指を口元に当てながら首を振っていた。

 

 

「小癪にも、この扉には高度な呪いが施されているようだ。抗呪の法を用いねば扉に触れた途端お陀仏さ」

 

「呪い。」

 

 

そう言うと、メアリーは十字状の短剣を己の手に突き刺した。

血色の悪い色白の肌から流れ出した鮮血が、無機質な石畳に滴り落ちる。

 

 

「“呪禁”」

 

 

メアリーがそう呟くと、淡い光がその身体を包み込んだ。

 

 

「メアリー、それは?」

 

 

華奢な手を貫いているというのに眉一つ動かさないメアリーに少しの恐れを抱きながら問い掛けた。

短い付き合いだが、私はメアリーの異常性を深く理解し始めている気がする。

 

神を強く信仰する類の人間は、大概が逸脱した精神力を持ち合わせていると言うが、メアリーはその領域を遥かに凌駕していた。

 

そんな私の心境など意に介すことなく、メアリーは平然と答えた。

 

 

「己の血液を触媒とした抗呪の法さ。キミ達は一歩後ろに下がっていると良い」

 

 

メアリーはそう言うと、淡い光を纏った手で不気味な扉に触れ、焦らすこと無く押し開いた。

不快なカナギリ声をあげながら開かれた扉の先から、吐き気を催す程の高圧な魔力が吹き出し、思わず嗚咽してしまう。

 

扉の先に待ち受けていたのは大広間。

朽ちた天井からは月光が降り注ぎ、広間の中央に積み上げられたガラクタと、その頂上に座した少女を照らしていた。

 

 

「…納得しました、貴女が絡んでいたのですね。」

 

 

とうに死したはずの妹、柊灯莉の姿をした少女は、その容姿に似合わない丁寧な言葉遣いでにこやかに語りかけた。

その目線は私でもカメリアでもない、メアリーに向けられている。

 

 

「当然だとも。我が神を侮辱する存在、愚妹マリア。」

 

 

一転、灯莉の瞳から感情が消え失せた。

 

 

「巫山戯るなよ、イカれた渇仰者が」

 

 

先程までの雰囲気とは打って変わった態度に、私は思わず目を見開いてしまう。

こんなの、絶対に灯莉じゃない。

灯莉の肉体を乗っ取った悪魔に違いない。

 

 

「お前は、誰だ。」

 

 

私は少女を睨みつけながら、即座に召喚したポンプショットガンの銃口を少女に向けた。

メアリーは愚妹と言っていたが、それはそのままの意味なのだろうか。

灯莉と同じ姿をしているだけの、メアリーの妹。

 

少女は何かを思うように目を伏せると、やがて私の瞳を捉えた。

そこに先程のような激情は感じられない。

 

 

「久しぶり、お姉ちゃん」

 

 

ぱあ、と明るい表情を浮かべながらそう言った少女。

ついさっき覚えたばかりの違和感はどこへやら。

まさに実の妹、灯莉であると断言できるほどの愛らしい笑顔がそこにあった。

 

 

「灯莉…なの?」

 

「うん、そうだよ」

 

 

あどけなさが残る笑顔で灯莉は私の問いに答えた。

 

私は声を震わせながら灯莉に手を伸ばす。

悪夢だなんて全て偽り。創られた紛い物に過ぎない。

 

私の望んだ未来がそこに…だなんて

 

 

「それは、都合が良すぎるよ。」

 

 

ドン、と乾いた音が弾けた。

もう一方の手で密かに向けていた銃口から散弾が発射される。

射出された弾丸は全て灯莉の眼前で時が止まったように停止し、やがて力を失ったかの如く垂直に落下した。

 

 

「15年越しの再会だよ?酷いなぁ」

 

「……プレゼントはお気に召さなかったみたい。」

 

 

違和感はあるけれど、彼女は確かに灯莉なんだと思う。

魔力とか霊魂とか、そういう非科学的な概念に明るくない私だけれど、柊としての本能がそう悟っている。

 

私は妹を愛していた。

いいや、燻莉も弥音も愛していた。

私は無愛想だったけれど、家族は私にとって掛け替えの無い存在だったはず。

 

突如終わりを迎えた日常。

必然か、はたまた偶然か。

 

それが今、目の前で悪魔じみた笑みを浮かべている少女の手になるものなら。

灯莉によるものなら…

 

 

「改めて久しぶり、灯莉。早速だけど…さようなら。」

 

 

私は即座に召喚した手榴弾のピンを抜き、それを灯莉に投げながら、手に持っていたショットガンをレバーアクション式の物に切り替えた。

 

一度後方に下がった私は、隣のカメリアとメアリーを見る。

白くて綺麗なハーフヴァンパイア、カメリア・スカーレット。愛してる。

幽鬼のような渇仰者、メアリー。苗字は知らない。

 

私と目が合ったカメリアが妖艶に微笑む。

 

 

「灯音、貴女が望むなら私はいくらでも命を賭けるわ。こんなに月も白いのだから、派手にいきましょ?」

 

「うん…ありがと、ぶちアゲよ。」

 

 

天空から降り注ぐ雨がやがて晴れるように。

何日越しもの悪夢もやがて終わりを迎えるのだ。

 

終わらせるのは他でも無い、私達。

透き通ってて綺麗な雨と澱んだ悪夢を同等に考えたくはないけれど、畢竟は同じ事。

 

 

「メアリー。」

 

「私は私のドグマに従うだけだよ。気にする事はないさ」

 

「…わかった。最後の戦い、よろしくね。」

 

 

相変わらずと言ったような雰囲気で淡白に答えると、メアリーは十字架に祈り始めた。

ある意味では安心かな。随分と濃いキャラだとは思うけれど、メアリーには散々助けられたし。

 

ああそれと…とメアリーは付け足す。

 

 

「あの少女の霊魂は2つ。1つは私の愚妹、もう1つはキミの妹だ。間違いないだろうさ。」

 

「…うん、なんとなく感じるよ。ありがと。」

 

 

予想通り…だなんて、そんなことを言うつもりは無いけれど。

きっとそうなんだろうなっていう勘が、確かに私の中に存在した。

 

仮に混ぜ物だとしても、やることは変わらない。

 

 

「流石だね、偶像崇拝が過ぎると変に冴えるもんなの?」

 

「…どうも妹という存在は、私には合わないらしいね」

 

 

嫌味ったらしく褒める灯莉に、分かりやすく苛立ちを見せるメアリー。

友人と家族の仲が悪い時みたいな空気感を覚える。

ほら、友達と遊んでたら家族に遭遇してさ。

友達を見ただけで不良っぽいとかなんだとかで親が勝手に友達嫌ったり…みたいな、あるあるだよね。無いか。

 

 

「嫌われちゃった…まぁいいや。あとはよろしくね、天使さん」

 

「天使…?」

 

 

灯莉はそう言うと、空を仰いで両の腕を広げる。

すると灯莉の背から純白の翼が展開され、羽片を散らした。

 

その姿は本当の意味で“天使”のようで───

 

 

私の肌をビリビリと痺れさせるような魔力を容赦なく放ち続ける存在。

翼を展開した灯莉はゆっくりと此方を向き、菫色に光り輝く大鎌を生成した。

 

 

「私は天使“マリア”。一時的に柊灯莉の盃を借用しております」

 

「天使、マリア…。」

 

「天使って鎌を持つものなのかしら」

 

 

あまりの神々しさに唖然とする私とは違い、とぼけたようにツッコミを入れるカメリア。

確かに大鎌を持つのは天使というより死神って感じするけどさ。

 

 

 

「メアリーの…妹?」

 

「えぇ、残念なことに」

 

 

私の問いに対し、両手を上に向けてオーマイガーと言わんばかりのベタなポーズでマリアは答えた。

天使というのは本当の意味で天使なのだろう、であれば姉であるメアリーは一体どういう存在なのだろうか。

 

この姉妹仲だから、色々あるのだろうけど。

 

 

「私はやがて神として顕界する存在なので、抗うのは無茶であると忠告させていただきます」

 

 

口元を吊り上げて私達を挑発するマリア。

隣でメアリーの舌打ちが聞こえた気がした。

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