東方空蝉録   作:Amaryllis___

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現在、丑三つ時

天使というイメージからは想像もつかない埃と塵に塗れた広間。

しかしそれでいて溢れ出すマリアの神々しさが、その違和感さえも華麗に払拭していた。

 

 

「救済とはいえ、やはり手始めの挨拶は礼節でしょうか」

 

 

マリアは慈愛に満ちた表情でそう言うと、菫色の大鎌をその場で振りかざした。

凝縮される魔力、非術者でさえ視認可能な光は月光の魔力を用いるカメリアにも緊張を顕にさせる。

 

痛烈な攻撃が来る──。

 

直感的にそう理解した私とカメリアが即座に回避の構えをとると、予想通りマリアの斬撃はこちらに牙を向く。

 

 

「“岩窟”」

 

 

しかしその刹那、突如として前に割り込んできたメアリーによって回避行動の必要は無くなった。

 

 

「私が居るのを忘れないことだ、ペ天使め」

 

「…ッ!メアリーがダジャレを…ッ!?」

 

「KYな所も好きよ、灯音」

 

 

十字の大剣をゴツンと床に突き立て、呟くように魔術を行使したメアリー。

岩窟という名称通り、隆起した床面が私達3人の盾になるように展開された。

 

バツが悪そうに舌を打ったマリアは大鎌を肩に乗せ、苛立ちを隠さずにメアリーを睨みつける。

 

 

「1番ペテン師っぽいのはアンタだろ、いくら止水でも薄波(さざなみ)じゃあ駄目か」

 

 

実姉というのもあってか、メアリーに対してだけは強い口調で話すマリア。

止水やら薄波やら妙ちくりんな事を言っているが、はて

私の想像が正しければ、或いは…

 

淡い期待を持って左手に力を込める。

 

形状、力の質、重厚感、名称。

人間の脆弱な脳内で精錬させた異質な武器を、具現化する。

 

 

(…固有種“止水”、召喚。)

 

 

ダメで元々。

試しにやってみただけなのだから、別に大した期待は持ち合わせていなかった。

しかしいざ召喚の工程を正当な順で丁寧にこなしてみると、最早慣れきった感覚の後に、私の手には菫色の大鎌が収まっていたのだ。

 

 

「……できた。」

 

 

それはもう吃驚。

召喚主である私が1番吃驚しているつもりだが、やはりこの広間に存在する私以外の3人も同様に驚いてくれたようである。

 

 

「…紛い物ではないようですね、流石です」

 

「ほう、止水さえも召喚してしまうとは大したものだよ」

 

「すごいわ灯音、両手が空いてたら拍手しているくらいよ」

 

「えっ、えっ、そ、それほどでも…。」

 

 

3人から一斉にお褒めの言葉を頂いたことで、基本的に暗く腐っている私は困惑してしまう。

いやほんと、褒められ慣れてないから…。

カメリアだけならまぁね?あの子私のことならなんでも褒めるから。

まぁ私が圧倒的な力を披露してしまったのがいけないんだけれどね、なんて調子乗れる場面じゃないわ。

 

今は目の前にいる、灯莉とマリアが混ざった曖昧な存在を打ち倒す。

それだけを考えなければ、悪夢はきっと輪廻する。

 

 

(それにしても、この鎌…。)

 

 

異質な武器を召喚したのが初めての経験だった為か、はたまた異質なこの武器がそうさせるのか。

私にはほぼ無縁と思っていた、魔力のようなものを止水から感じるのだ。

 

止水といえば、読んで字の如く流れずに溜まっている水のことを指す言葉のはずだ。

私は語学や歴史に特別深い理解が及んでいる訳では無いが、確かそうだったと思う。

 

彼女が止水と呼んでいたのがこの鎌ということは、簡単な推理である。

 

 

「物語の主人公なら、少しは見せ場が欲しいからね…。」

 

 

私は右手に持っていたレバーアクションのショットガンを役目を与えずに消し、腰を低くして両手で止水を構える。

すると、心做しか魔力が少しだけ歪んだ気がした。

 

 

「……まさか」

 

 

もし止水が魔力を水面のように展開させる力を持つのなら、恐らく薄波とはその魔力を波打たせる攻撃の事なのだろう。

そう、まさに先程メアリーが防いでくれた攻撃のように。

 

勘づいたであろうマリアがこちらを警戒するが、こちらの準備はとっくに整っている。

 

 

「“薄波”!」

 

「その性質さえも…っ!?」

 

 

私は止水を握る力を強くし、踏み込んだ勢いで凪いだ。

すると穏やかだった魔力の水面が動き出し、重なり続けて段々と荒々しくなっていく。

 

 

「これが薄波…?いや、これじゃまるで…」

 

“波浪”

私の脳内にパッと浮かんできたのはその単語だった。

先程マリアが放った攻撃とは程遠い、段違いの破壊力が生まれたのだ。

薄波なんて言葉では到底表せない、まさにそれは波浪であった。

 

 

「人が私を…超越するなァァァ!!!!」

 

 

マリアが崩した口調で叫びながら波浪に飲み込まれる。

何かしらの防御策を講じたのかは定かではないが、流石の私もこれでマリアを倒せるなどと驕ってはいない。

 

 

「魔力が荒れてる…まさかこんな事が分かるようになるなんて…。」

 

「灯音、警戒を緩めないようにね」

 

 

魔力の波浪によって何も視認できなかったが、どうやらマリアが遠隔で反撃を仕掛けてきたらしく、カメリアが月光の魔弾によってそれを相殺してくれた。

 

月光の魔力…そういえば燻莉はこの術を知っていた。

私的な考察だが、魔術というよりは信仰の賜物といったように感じる。

 

どこかカメリアとメアリーからは似たような性質を強く感じるのだ。

 

 

「こんなにも高純度な月光が降り注いでいるのは、きっと運命なのかしらね?」

 

 

微笑みながらそう言ったカメリアは、大太刀と緋焔を掲げた。

崩れた天井の隙間から覗く美しい月が、カメリアとそれぞれの刀身を純白の月光で包み込む。

 

 

「……不可思議な術を行使する方ですね。ヴァルロ、相手なさい」

 

 

カメリアの術を警戒したマリアは、光り輝く鎧を纏った騎士を召喚した。

背丈は八尺程、黄衣の王よりも大柄な体躯からは、それに見合った高貴さと魔力を放っている。

 

警戒の目を向けるマリアに対し、クスクスと笑うカメリア。

 

 

「不可思議、ですって?随分と学が無い天使なのねぇ」

 

 

ヴァルロと呼ばれた騎士には何の反応も示さずに煽るカメリアに、マリアは少しずつ顔を赤くしていく。

精神面の防御力を見るに、やはりマリアは見た目通りの精神年齢なのかもしれない。

 

 

「純血の人間…というわけじゃないようですが、天使を愚弄すると罰が下りますよ……ッ!」

 

「あら、お子様天使がどんな罰を下すの?ピコピコハンマーかしら?」

 

「クックック…もっと言ってやれ、カメリア」

 

 

うん…いや、カメリアの煽り方が酷いのかもしれない。

もし私も似たようなこと言われたら、結構ムカつくもん。

怒りが滲み出るマリアを更に煽るカメリアと、不気味に笑う上機嫌そうなメアリー。

そして、ついに半泣き状態になりかけているマリア。

 

傍から見たら成人女性二人組が少女を虐めている酷い映像である。

これはPTAが黙ってないね。

 

 

「〜〜〜ッ!ヴァルロ!さっさとその白髪の女を殺しなさい!ついでにクソ姉も!」

 

 

遂に堪忍袋の緒が切れたマリアが魔力を爆発させながら叫ぶと、ヴァルロと呼ばれた騎士は即座にカメリアへと斬り掛かる。

不意打ちでも無い分かりやすい攻撃にカメリアが出遅れるはずもなく、大太刀の幅広い刃でヴァルロの大剣と鍔迫り合った。

 

やがて、劈く金属音と共にヴァルロの大剣を弾いたカメリアは一度後方に退き、その場にいたメアリーに話しかける。

 

 

「この子、貴女の妹とは思えないくらい幼稚なのだけど」

 

「私も妹だなんて思いたくないさ、ところでヴァルロの相手は任せていいかね?」

 

「えぇ、貴女の防壁は優秀だもの。いざという時に灯音を守れる立ち位置であってほしいの」

 

「クックック…キミ達は本当に面白いね、流石は恋仲と言うべきか」

 

 

おかしな話だ。

最終決戦の最中であるというのに、彼女達からは一切の緊張を感じない。

油断をしているわけでは無いようだが、とても闘争とは似つかわしく無い雰囲気である。

 

兎に角、突如現れた金色の騎士ヴァルロをカメリアが相手取ると言うのならば、私の立ち位置はもう少々後方へ移すべきだろう。

 

先程カメリアがメアリーに伝えた通り、メアリーに防御魔法を展開してもらい、隙を見て先程の強力な薄波…以後、“波浪”と呼称することにしよう。

私の能力の賜物である、波浪を後方から放つのが最善だろう。

 

 

「幻想の力を帯びた武具は、神力を扱う相手に対して更なる効果を発揮するからね。積極的に行使していくと良いだろう」

 

「わかった、マリアが慣れる前に一層強力なのを叩き込むよ。」

 

 

単純だが、充分有効な作戦だろう。

現状の私達が持てる全てをマリアに放ち、この悪夢を早々に終わらせてやる。

大切な局面で急くのは良くないが、焦らないなんぞとても無理な話である。

 

今、私達には追い風が吹いているのだ。

これを利用しない手は無いだろう。

 

 

「ククク…救済は近いようだ」

 

 

しかし戦況とは裏腹に、その場を覆う大いなる邪念は未だ拭えずにいた。

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