東方空蝉録   作:Amaryllis___

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彼岸花には刺がある

私の主観だなんて、とても久しいと思わないかしら?

光の騎士ヴァルロとの一騎打ちは、思っていたよりも苛烈なものになっているわ。

 

大剣による強力な斬撃、大盾による叩き付け。

体格の差も顕著に現れているし、二刀流じゃ相手取ることなんて出来ない。

 

なんて、普通は思うのだろうけど…

お生憎様、私は普通じゃあない。

 

他でもない灯音の恋人、カメリアなのよ。

 

 

「久々の主役なのよ、活躍させてもらうわ」

 

「……」

 

 

緋焔刃で攻撃を素早く捌き、大太刀による攻撃で体力をゴリゴリと削っていく。

体力といっても、召喚された身であれば関係ないことなのかもしれないが。

 

しかし、連撃を打ち込んでいる最中で強引に押し出された大盾によって私は吹き飛ばされた。

 

 

「盾って厄介ねぇ……」

 

 

後方に吹き飛ばされた私は、立ち上がりながら衣服に付着した砂埃を払った。

 

正直、私にとっては大盾による叩き付けの方が苦手である。

刀でいなす事も出来ないし、避けるにしても後方へ離脱するしかない為だ。

 

 

「まぁ、仕方ないわね」

 

 

再び始まった金属同士の激しい攻防によってけたたましい音が轟く。

月光で肉体と武器を強化しているとはいえ、多少の工夫は必要そうである。

 

マリアは月光についての知識を持ち合わせていなかった。

できる限り手札は残しておきたかったのだが、そんな悠長なことも言ってられないようだ。

 

 

「変質、月光・紅」

 

 

刹那。

私を包む月光が紅く変色し、燃えるように鳴動を始めた。

 

月光の魔力は質量を持つ。

そしてその形状や性質は、多種多様に変質させることが可能である。

 

人間としての力を色濃く発揮させる白い月光とは違い、紅い月光は吸血鬼としての力を重んじる幻想の性質を持っているのだ。

 

混血であるが故に、それは可能とされた。

 

一度後退し、右足を強く踏み込む。

 

 

「これ……痛いわよ?」

 

 

紅い月光の魔力を充填し、跳躍。

 

更に充填、刀がより一層紅く変質する。

 

警戒するように大盾を構えるヴァルロを空中から見下ろし、更に充填。

私の白い体でさえも、より紅く変質する。

 

紅く、紅く、紅く。

血を渇望するかの如き紅へと染まり───

 

 

「“ヒガンバナ”」

 

 

───放つ。

空中から叩き付けるように両の刀を振り下ろし、紅い月光が爆ぜる。

強烈な紅い爆発はヴァルロの大盾を破壊し、紅い月光は天上へと伸びる毒々しい棘を彷彿とさせる形状に変質した。

 

まるで、彼岸花のように。

 

 

「ッ………なんとも読めぬ魔術よ」

 

「あら、喋れたの。痛いでしょ?」

 

 

砕け散った大盾の破片の雨を浴びながら掛け合う他愛のない言葉。

召喚された騎士は口を開かなかったので鎧の中は虚ろが広がっているものかと思っていたが、どうやらその予想は外れていたらしい。

 

紅い月光は虚ろに対しても効果的だが、生命として確立しているのであれば更なる力を発揮する。

 

 

「……ふん。盾は失われたが、それだけだ」

 

「?何終わった気になってるのよ」

 

「……!」

 

 

両の刀を再び構え、重心を大きく傾ける。

 

 

「“諸行無常”」

 

 

月光で彼岸花を咲かせたのは所詮、前座でしかない。

 

花は散り行く瞬間こそ美しい。

ならば次は、散らせなければなるまい。

 

私は傾けた重心のまま体を捩り、回転を始めた。

幾重にも薙ぎ払い、幾度となく刀を振り下ろす。

 

繰り返される斬撃によって月光の彼岸花は散ってゆき、ヴァルロの重厚な鎧に無視できない傷を次々と刻み込んだ。

 

 

「ぬぅ……!」

 

 

大剣である程度は防いでいるヴァルロだが、それだけでは余りある程の物量に為す術もないようである。

 

圧倒的な速度の斬撃によって散る彼岸花は、まるで血飛沫のような様相であった。

 

 

「紅白だなんて、縁起が良いと思わない?」

 

 

ヴァルロの大剣を緋焔で弾き、その隙を突いて大太刀による強い斬撃を放つ。

度重なる連撃で脆くなっていた部位がとうとう破壊し、屈強なヴァルロの白い肌が露出した。

 

鎧が破壊された事に気づいたヴァルロは即座に大剣を振り上げたが、その刃が届くよりも先に私は緋焔と大太刀を露出したヴァルロの肌に突き刺し、鎧の他の部位を砕きながら強引に切り開く。

 

血飛沫のように散る彼岸花の中で、本物の血飛沫が舞った。

 

 

「き……さまァ……」

 

 

ガクンと膝を崩したヴァルロを見下ろし、私は自身に纏わせていた紅い月光を落ち着かせる。

 

 

「流石に少し強かったわね、返り血が付いちゃったわ」

 

 

はぁ。とため息を着いた私は、少し離れた地点の灯音達を見やる。

 

かつて夢幻館で戦った女が使っていた大剣を振り回し、懸命に攻撃を続けている灯音。

少し変化した風貌のマリアは灯音に対抗しているが、その全ての攻撃がメアリーによって無効化されていた。

 

巨大な十字架をコツンと床に打ち付けるだけであらゆる攻撃を無効化できるなんて、とても敵に回したくない存在である。

 

あの渇仰者は一体何を信仰しているのか想像もつかないし、扱う力も底が見えないので非常に不気味ではあるが……

 

今は協力関係にあるので、気にするだけ無駄だろう。

 

 

「一先ずは、安心そうね」

 

 

私はポケットを弄り、取り出したトロイカに火を灯した。

 

 

「驕ったな」

 

「……え?」

 

 

突如後方から聞こえてきた、聞こえるはずのない声。

失われたはずの、声。

 

 

戦慄に抗って後ろを向くと、そこには──

 

 

「うそ……」

 

 

倒したはずのヴァルロと、大剣の重厚な刃が眼前に迫っていた。

 

確かに倒したはず……そう思ったのだが、どうやら詰めが甘かったらしい。

予想外の出来事に何の対抗もできず、ただ身近に迫る死を覚悟するのみ──

 

 

「……なんて、ね?」

 

「何……!?」

 

 

刹那、ヴァルロの全身から血飛沫が噴き出した。

 

何が起こったか理解できぬまま膝を崩すヴァルロ。

ヴァルロは困惑しながら己の体を見ると、全身を数多もの赤い棘が貫いていることに気づいた。

 

現状を知った上で納得がいっていないであろうヴァルロは、ひび割れた兜から露出した片目で私を睨みつけた。

 

 

「なぜ……だ……」

 

「知らないの?」

 

 

膝をついた状態で私を睨みつけるヴァルロを不敵な笑みをもって見下ろす。

 

“諸行無常”によって散らされた彼岸花の花弁、紅い月光の一部は未だにフワフワと漂っていた。

その紅い月光が一斉に変形し、ヴァルロを貫いたのだ。

 

諸行無常は、終わっていなかった。

 

 

「“彼岸花には、棘がある”」

 

「……見事」

 

 

騎士らしく勝者を称える言葉を遺し、うつ伏せに倒れたヴァルロはそのまま命を失った。

天使が召喚した騎士なだけあって中々の強敵ではあったが、ハーフヴァンパイアである私には到底力が及ばなかったようだ。

 

 

「残念だけれど、私に騎士道精神は存在しないわ」

 

 

私はそう捨て台詞を吐くと、フィルター近くまで燃えたトロイカをヴァルロの血溜まりへ投げて消火する。

ジュッと音を立てて消えた火はか細い煙を伸ばし、月光を覗かせる天井の穴へユラユラと消えていった。

 

 

「…ふぅ」

 

 

ほっと一息。

鮮やかな勝利とは裏腹に、私の身体には無視できない生傷が幾らか刻まれている。

 

別段、これしきの傷などハーフヴァンパイアの私にかかればすぐに塞がるので気にする必要は無いのだが。

 

 

「私は灯音のものなのに…怒られちゃうかしら」

 

 

心配は単純、愛する灯音のことである。

なに、私にとって最も優先すべきは灯音なのだ。

 

私は灯音の意志によって動かされ、灯音の願いによって生まれた。

そんな混血の吸血鬼、カメリア・スカーレットなのだから。

 

 

「ヴァルロとの戦いも終わった事だし…そろそろ灯音達に加勢しようかしら…!?」

 

 

と、振り向こうとした時。

私の視界は暗黒に染まり、数多もの小さな光が埋め尽くした。

至極不可解な現象、至極不気味な状況。

 

しかし私はこれを知っている。

否、誰でもこれを知っている。

 

ここで見えるはずのないもの。

数刻前、あの廊下でも見てしまったもの。

 

 

「…!灯音…ッ!」

 

 

それはまさに、“宇宙”であった───

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