燻莉が愛用していた鉄塊のような大剣を“煙鉄”と名付け、見事私はその召喚すらも成し遂げた。
覚醒を成し得たと言っても差し支えない程に急激に練り上げられていく能力。
止水の召喚、煙鉄の命名、召喚…。
イレギュラーな事態であることに変わりはないが、現状その風は私の瞳と同じ方向に向いている。
吹き飛んだ“アイツ”……いや、いい加減にマトモな呼称をしよう。
マリアとアカリが混ざった存在、安直だが“アリア”と呼ぶことにする。
瓦礫に埋もれたアリアは態とらしく痛がりながら、邪魔な廃材を退けつつ立ち上がった。
「いてて…自分で殺したくせに、よくその“業”を使おうと思ったね」
「っ……贖罪だよ、僅かばかりのね。」
確かに燻莉を殺したのは私だが、その原因である悪夢を作ったのはアリアだ。
冷たく燃え上がる矛盾した感情を押し殺し、私は平静を装うように返した。
それを見透かしたのか、嘲笑うかのように鼻を鳴らしたアリアは、乱れた髪を直しながら歩を進める。
「悪夢に身を委ねれば全部楽になるのに、どうして気づけないの?」
「悪夢なんて、所詮は夢でしかないよ。」
その言葉に反応するように、アリアが歩みを止めた。
「…ふーん」
そう、一言だけ返したアリアは片腕を天上へ突き上げる。
突き上げた手はやがて光を纏い、輝く錫杖を生成した。
程度こそ違えど、柊家は皆類似した能力を行使しているようだ。
それが柊の血によるものなのかは分からないが、燻莉も灯莉も様々な武器を用いている点を見れば、柊特有の由来があるという結論には容易に辿り着くものだろう。
「私の安らぎは、いつでもこの悪夢だったよ」
「なにを言って…。」
錫杖の尖端を私に向けながら、アリアは片目から涙を流した。
どうあれ、灯莉は灯莉なのだと。
そう錯覚してしまうように。
しかし今更迷いは生まれない。
ここで対峙してしまった以上、ここで識ってしまった以上、私の本来還るべき場所は廃墟と化したのだから。
「異なるものだとしても、乖離されていなければ可能であるということか。」
「え?」
傍らで暫く口を開いていなかったメアリーが、不可思議な事を呟いた。
彼女の言い回しは難解だが、だからこそその言葉には何かしらの真意があるはずだ。
しかし彼女の言葉をすぐに理解する事は、未だ私には難しいらしい。
「私は少し戦線離脱だ、時間を稼ぎたまえよ」
「なっ…!?」
カメリアをも遥かに上回るであろう実力を持つメアリーが、戦線から脱する事になる。
アリアの攻撃をいなしてきたのは一重にメアリーの術があってこそだった。
即興で新たな戦法を構築し、メアリーが復活するまでの時間を稼がなくてはならない。
戦況は常に変化していくもの。故に兵士は戦いに於いての適応力が高いのだが、それを差し置いても、現状その重みは計り知れない。
「それは高望みしすぎなんじゃないかなぁ」
思案の余裕も無く、アリアは錫杖から無数の鎖を放射し、メアリーの四肢と胴体を貫いた。
メアリーの巨大な十字架が落下し、重い金属音が響く。
手放した武器も、口から流れる血さえも気にせず、メアリーは不敵に笑った。
「ククク…この女なら問題ないさ」
「説得力のない虚栄、哀れだね」
全身を鎖で穿たれた事など、メアリーにとっては些細なことなのだろうか。
あたかも私を信用しきったような言葉を平然と放った。
「…言ってくれちゃって、期待に答えないとね。」
そんな虚勢を張りながら、思考を巡らす。
ただ、メアリーだけを狙った理由が気になる。
メアリーの防壁は強力だし、メアリーの行動を封じるのは理解できるが…
それならば、ついでに私やカメリアの行動を封じることも出来たんじゃなかろうか。
或いはメアリーにのみ作用する術であるとか、そんなご都合主義な事は無いと思うんだけれど。
アリアの中にマリアが存在する以上、可能性としては捨てきれない。
「悠長に構えてられる余裕は無いと思うよ〜」
「…っ!」
やはり思考の余地も与えず、マリアは続けざまに術式のようなものを展開し始めた。
小さな身体を包み込むように三対の翼を丸め込み、何かをブツブツと呟いている。
この隙をついて攻撃を仕掛けるか?とも考えたが、それを許すほど彼女は甘い相手ではないはずだ。
それに、アリアが言葉を呟けば呟くほどに蓄積されていく不気味な力。
その術は、戦況をさらに悪化させるだろう。
冷や汗が一筋、頬を流れる。
「“空蝉顕現”」
その言葉を垣根に、冥い世界がアリアを中心に広がる。
今朝の夢でも、数刻前も目にした光景。
宇宙と相違ないその世界には邪悪な力が満ちており、それは“空蝉”とは到底かけ放たれていた。
「…やっぱり…全部そうだったんだ。」
あの夢も、あの時も。
頭の中では理解していたはずだが、いざ証拠を見せつけられると胸が張り詰めてしまう。
吹っ切れたつもりが、未だに弱いまま。
そして三対の翼が一気に開かれる。
展開された翼にはそれぞれ魔法陣が浮かび上がっており、それはまるで瞳のようであった。
「綺麗でしょ?」
「………。」
いつもなら少しくらいの皮肉や冗談交じりの言葉を返すところだが、今の私にそんな余裕は精神的にも物理的にも存在しない。
ギョロギョロと揺れていた六つの瞳が突如として私を凝視したかと思うと、一斉に眩い光線を放ってきた…というのも理由の一つだ。
「凶悪になったもんだね。」
「んひひっ」
その光線を煙鉄の面で防ぎ、漸く軽口を返しながらアリアへと駆け出した。
煙鉄を肩に預けることで片手を空け、走りながら召喚したロケットランチャーをアリアの翼に向けて発射する。
着弾するよりも先に光弾で弾頭を破壊したアリアの隙をついた私は、煙鉄を全力で振り下ろした。
分厚い鉄塊はアリアを分断するはずだったが、振り下ろし終わった頃にはアリアは数歩ほど後退していた。
「灰になっても悪夢は見れるから安心してね、お姉ちゃん」
再び充填される力を感知し、即座に距離をとる私。
アリアの言う“空蝉”が展開されたからか、先程まで以上の濃密な力が収縮していく。
止水?煙鉄?そりゃアリアには有効な幻想だけれど…
私の能力は武器しか召喚できない、魔法も使えない。
傷を負わないためには回避行動をとるか、武器で防ぐしかないのだ。
つまり、不可避な攻撃を私はどうすることも出来ない。
「これは、無理だ。」
圧倒的な魔力量、素人目から見ても分かる。
煙鉄を信じるか?いくら幻想の産物だとしても、全ての物質や事象には向き不向きが存在する。
到底受け止める事は不可能、回避も不可能。
宇宙の理を逸脱できないように、この悪夢から逃れる術も無いのだろう。
冥い水底に沈んでいくような絶望を感じた。
私の勘は、よく当たるから。
「極大魔法、“アルテミス”」
ついに発動する魔法。
贋作の星々が明滅し、アリアを起点に次々と爆ぜていく。
一つ一つの爆発で簡単に命が散らされるだろう。
それ程の威力、それが文字通り星の数ほど襲いかかる。
揺るぎない決意も虚しく、反射的に目を瞑った。
「灯音ッ!」
「…え?」
閉じられた視界でも尚、知覚できる“紅い魔力”と温かい声。
そして、間髪入れずに私を包み込む体温。
…飛沫が床に落ちる音。
須臾に私は理解した。
理解したからこそ、瞼を開くのが怖い。
「……っ。」
恐る恐る瞼を開く。
愛しい影、生暖かい液体、消えゆく紅い光。
月光の魔力を纏ったカメリアが私を包み込み、アリアの極大魔法から庇ってくれたのだ。
しかし魔力を纏っても尚、その威力は計り知れない。
「怪我は、ないわね?よかった…」
「ぁ…っ…うそ………。」
顔を上げたカメリア、口元から伝う赤い液体。
視線でそれを辿っていくと、雫は足元の血溜まりへと落下した。
「ゃ……やだ……。」
重ねて、カメリアの背中からは無数の鋭利な石が生えていた。
お世辞にも怪我というレベルではない。
今にも命の灯火が消えそうな様子のカメリアに、私の全身は震え、大量の汗が吹き出す。
「大丈夫よ、灯音。私が、貴女を……」
「やめ…て…、もう……。」
目頭が熱くなると共に、視界が歪む。
虚ろな瞳は、死への距離を強く実感させた。
「まも…る……から………」
絞り出すような、か細い声。
全身の力が一気に抜けたように、カメリアはガクリと私に倒れ込んだ。
私は、呆然と立ち尽くす。
「少し想定外だったけど、アルテミスはまだ撃てるんだよ〜」
アリアが再び魔力の充填を始めた。
それでも私は立ち尽くす。
カメリアが、死んだ?
嘘、そんなの嘘。カメリアは生きている。
本当に?この状態で?種族差を加味しても無理があるのでは?
生きていたとして、どう助ける?ここからどう抜け出す?
嫌。
「嫌だよ…カメリア……っ。」
しゃがみながら、既に意識のないカメリアを抱きしめる。
冷たく…はなっていない。しかし、当然ながら返答もない。
私の頬が次々と濡れていく。
頬を伝つ熱い雫は徐々に冷めつつ、やがて地へと落ちる。
カメリアが居ないなら、悪夢を終わらせても意味が無い。
メアリーには悪いが、私の時間稼ぎもここで終いだ。
何もかも、うんざりだ。
「萎えるから、つまらないもん見せないでよ」
アリアの声が聞こえる。
数秒と経たずに、アルテミスは再び発動するだろう。
発動し、全てが終わるだろう。
ここまでカメリア達と歩み、戦い、乗り越えてきた事も全て。
もう、それでいい。
ごめんね、カメリア。
再び、目を瞑った。
「それでいい、そのまましゃがんでろ」
声が聞こえたと同時に、バリバリと響き渡るけたたましい音。
それは遠い昔に聞いた事のあるような、そんな男の声だった。
「……は?」
アルテミスを放とうとしていたはずのアリアが、間の抜けた声を漏らす。
私が瞼を開くと、そこでは靡く黒いマントがバチバチと雷電を纏っていた。
それは遠い昔に見たことがあるような、そんな風貌。
すると今まで黙っていたメアリーが口を開いた。
「遅かったじゃないか、“覇王”」
「…らしいな」
覇王と呼ばれた男はメアリーの方を向き、掌から黒く光る雷のような物を放つ。
放たれた雷はメアリーを穿ちていた鎖を消滅させ、メアリーを自由にした。
だが、それよりも
「どういうこと?なんで?」
「……落ち着けよ」
私はその男に警戒と銃口を向けた。
その男は、私が知っている…とてもよく知っている男だった。
この状況に、メアリーは肩を竦めて視線を他所へと反らした。
「なんで…なんで、生きてんの…。」
再び、私の瞳から涙が溢れ出る。
歪んだ視界では、その男が少し寂しそうな微笑みを浮かべていた。
様々な感情が混じり合い、私が漸く捻り出した言葉。
「……父さん。」
「…遅くなっちまって悪ィな、灯音」
“覇王”と呼ばれたその男は、死んだはずの父親である柊祢音だったのだ。