東方空蝉録   作:Amaryllis___

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夢のような呪い

かつて息をしていた時代の記憶を呼び起こす。

 

一組織の長を務め、続く部下達を率いてきた。

俺を慕う人間は確かに多かった。だが、だからこそ、俺自身の罪とは重厚なものなのだろう。

暗く血腥い道を歩んできた俺を光へと呼び戻したのは、己の体躯に似つかわしくない甘い感情だった。

 

山中で出会ってしまった諸悪の根源は当時、酷く萎びていた。

 

 

「灯音、燻莉に会ったんだろう」

 

「…うん、私が殺した。」

 

 

頬を濡らしながらも灯音は頷く。

殺した…なんて簡単に言えるフリをするなんぞ、強がる癖は俺譲りかね。

 

メアリーは防護結界を展開し、カメリアに治癒の魔法をかけている。

なんでも、彼女は灯音と恋仲なんだとか。

知らぬ間にでかくなったもんだ。

 

 

「元は妖を喰らったアイツの業だろうさ、思い詰めんな」

 

「…でも、」

 

「かと言って、この畜生を許すわけじゃねぇ」

 

 

燻莉は業を背負った身で現世に放られた。

現世は、幻想が在り続けるには厳しい環境だ。

灯音は燻莉の性質を強く継いでいた為に悪夢の憑依を免れたが、灯莉はどちらかと言えば俺の性質を強く継いでしまった。

 

それ故だろう、灯莉の霊魂を食い物にしたのは。

 

これは燻莉の業と俺の過去が齎した罰だ。

灯音も灯莉も、何も悪くない。

 

事実を再度脳に刻み込み、天使へと向き直る。

 

 

「なァ?天使さんよ…」

 

 

娘達を自分達の業に巻き込んだ事実、そして灯莉の自我を崩壊させた張本人への憎悪が止めどなく滲み出る。

俺が賜った雷は感情の起伏によって出力が変わる為、ある種この憎悪は好都合だった。

 

 

「あんたは私がミンチにしてやったよね、なんで生きてんのかな」

 

 

静かに傍観していた天使…以降は灯音に倣ってアリアと呼ぶことにしよう。

アリアが確かな苛立ちを見せながら俺を睨みつけた。

また、同様に俺もアリアを睨み返す。

 

 

「さァてね……まぁ、考察はあの世でやってくれや」

 

「チッ…死に損ないがっ!!」

 

 

アリアは舌を打ち、顔を歪めながら光線を放つ。

その光の眩いこと…曰く童話では神聖なものとして語られる天使だが、所詮は想像の立ち位置に過ぎない。

 

現実とは、悪夢よりも夢らしいものだ。

 

 

「“覇道”」

 

 

俺は黒い雷を掌から放射し、アリアの光線を相殺した。

 

悪夢とは、其れを司る天使によって結末が定められる。

登場人物、行程、環境…全てが彼女の脳内で構成され、始点に至るのだ。

言ってしまえば、その悪夢のシナリオに載ってしまった時点で、悪夢から逃れる術は消え失せる。

 

しかし、シナリオから逸脱した事象が介入すれば或いは……

 

 

「悪夢は、瓦解する」

 

「だったら…“再編”すればいいだけっ!」

 

 

再編。

アリアがそう叫ぶと天上に金色の目玉が浮かび上がった。

全てを神々しくさせる黄金も、度を越せば呪いとさえ思える不気味さを孕むものだろう。

 

生成した目玉にアリアが手をかざした瞬間、数多の十字架が目玉を覆い尽くした。

その十字架は、とても数え切れる量では無い。

ハリセンボンのような姿になった目玉は、無惨にもそのまま砕け落ちた。

 

 

「私がそれを許すと思ったかね?キミの悪夢はとうに潰えたのだよ」

 

「くっ…寄って集って鬱陶しいなぁ…!」

 

 

得体の知れぬ渇仰者、メアリー。

唯一の不安要素である禁術を除けば、彼女を止められる術は存在しないと言っても差し支えない。

或いは、最強と謳われる楽園の巫女くらいだろうか。

ギリギリと歯を磨り潰すように、アリアは強い苛立ちを孕む表情でメアリーを睨みつける。

 

 

「あの中に突っ込んでいける気力はないかな。」

 

 

振り返ってみると、後方の灯音がカメリアを抱きかかえながら人外3名の戦いに見入っていた。

出血こそ止まっているが、カメリアの顔色は依然として悪く、同様に意識も取り戻さないままである。

 

信念としては介入したいのだろうが、様々な危険性を分析し、留まることを選択したようだ。

 

賢明な判断と言えよう、流石は俺の娘だな。

 

 

「そもそも、アンタが来るって分かってたら門は閉じてたのに…なんなの!」

 

「結果論じゃないか。それ以前に、そんな魂胆は端からお見通しだよ」

 

「フン、漫然と長生きしてるオメェとは違ぇっつーことさね」

 

 

暗い空間を、散りゆく眩い羽が照らす。

黒い雷とは違い、光源としては上質なものだ。

神への不信と神への狂信が交わり、計り知れぬ連携と火力を生み出している。

自らを“神になる存在”と宣う者としては、客観的に見て酷く矮小であった。

 

この渇仰者と俺の力が交われば、そう感じ取れる程度という事だ。

 

 

「くぅ……“アルテミス”ッ!!!」

 

 

崇高なる血を持つ実力者をも容易く戦闘不能にした魔法、アルテミス。

 

しかし、強者の物差しが通用しない種別の力を持ってすれば或いは──

 

 

「“要塞”」

 

「“覇滅”」

 

 

メアリーの岩窟を数倍まで練り固めた堅固な防御術、要塞。

それは鋼鉄すら凌駕する驚異的な硬度で、あらゆる脅威から俺達全員を守護し得る。

 

そして、覇滅。

俺が強い憎悪を向けた相手にのみ作用する撃滅の術。

稲妻を放射する覇道とは違い、ある程度の距離であれば障害物を無視して対象に牙を剥く。

 

この女とは、あまりにも術が噛み合いすぎるのだ。

 

 

「がッ…は……っ、聞いてない、そんなの」

 

 

想定外の術に、血反吐を吐きながら崩れ落ちるアリア。

俺がアリアに向けた憎悪は計り知れないものだ、当然だろう。

寧ろ、その憎悪を持ってしても形を保っているのだから大したものだ。

 

或いは、アリアが灯莉の形を利用している故に憎悪が薄れているのだろうか。

 

心底不愉快なことだ。

 

 

「覇王、か……知らない間に人間離れしちゃったんだね、父さん。」

 

「…こんなもん、ただ復讐と憎悪だけに魂魄を捧げた無法者の末路さ」

 

 

少し寂しそうな面持ちで灯音が呟いた言葉に、俺はそんな言葉しか返せなかった。

覇王として君臨しようが、親としては失格ってわけだ。

 

ごめんな。

俺が父親としてお前にしてやれる事は、この程度のもんだけなのさ。

父親としての矜恃もクソもない、愚かな男さね。

 

心の中で反省文を構築しようが、それが伝わることは無いのだろう。

と、ネガティブな思考を重ねていた訳だが。

 

 

「どうやら、まだ何かあるらしいね」

 

 

メアリーが十字架を床に突き立てながら、これまた意味深な言葉を呟いた。

珍しい事に、そんなメアリーの表情からは動揺が見て取れた。

普段から能面を貼り付けたような不気味な女が感情を見せるなんぞ、どうも焦燥を感じざるを得ないものだが。

 

 

「…野郎、これ以上何をするってんだ」

 

 

ユラユラと立ち上がりながら血反吐を床に吐き捨てたアリアは、徐に両腕を広げて飛翔した。

確かに彼女は悪夢を司る邪悪な天使、一筋縄でいかないことは理解しているが、この状況を裏返すほどの策があるとはとても思えなかった。

 

満身創痍に成り果てても尚、不敵な笑みを零すアリアに訝しげな瞳を向ける。

 

 

「後戻りが出来ないから使いたくなかったけど…仕方ないね」

 

「今度は何…。」

 

 

未知の策を仄めかすアリアに対し、心底疲れきった言葉を発する灯音。

 

無理もない。

灯音は幾重もの悪夢に振り回されてきたんだ。

一刻も早く目覚めたいと望むのは当然だろう。

 

ふと、隣から淡い光を感じた。

それが陰険根暗女の術であることは容易に想像がつくが、果たしてどういった効果を齎す物なのか。

それは恐らく、この女以外に理解できる者は居ない。

 

先程動揺を見せたメアリーだが、その術を行使すると、その顔色は更なる変化を見せた。

 

 

「どうやらあの女、理を破るつもりらしいね」

 

「あん…?もう少し直接的な言い回ししてくれ」

 

 

なにか重要な情報を掴んだらしいが、この女の言い回しはいつも抽象的すぎて理解が及ばない。

別に平時であれば構わんのだが、この局面で彼女の素敵な癖を披露されると参ってしまう。

 

理を破るとはどういう意味か。

理とは、簡単に言えば“至極当然の常識”で間違いないだろう。

この際、“魔術”もその常識に当て嵌めて良いのだろう。

他で言うなら例えば…時間は全人類、同じ速度で流れたりだとか。

 

傷が一瞬で塞がることは有り得ない、とか。

だがこの理を破ったところで、この女は表情を変えないように思える。

結局、また怒涛の攻撃を仕掛ければ終わる話だからだ。

 

ふむ。

 

…なるほど、理解してしまった。

メアリーが表情を変えた理由、そしてこの天使が破る理…

 

 

「ククッ…冴えてるじゃないか、その考え通りさ」

 

 

乾いた笑いと共に、メアリーは汗を流した。

何せこの数秒間で、事態は手遅れになったのだから。

 

ああ

 

天使ってのは、もう少し美しいものだと思っていたよ。

 

 

「あの女は、不死と成り得た」

 

 

その言葉の間もなく、神々しい光が俺達を照らした。

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