人に限らず、万物にはやがて終焉が訪れる。
それは絶対に否定することの出来ない、宇宙の理そのものなのだ。
「まぁ…俺が言えたことじゃねぇけどよ」
「キミは魔術的根拠が存在するじゃないか」
さて、生物として当然の理を逸脱した存在に対しても、幻想の力は効果を発揮するのだろうか。
十中八九、答えは否。
ただでさえ蚊帳の外な私が、ここで何かを成そうなんざ夢のまた夢であろう。
それにこの状況、カメリアを守る者が居なくなれば、その弱みをアリアが見逃すはずがない。
(それでも、思考を凝らす事はできる。)
所詮は力無き者の思索。
雀の涙程度の効果さえも期待できまいが、やるだけやってみよう。
どこかで聞いたセリフじゃないけど、諦めたらそこで終了なのだ。
弥音とメアリーは一見冷静だが、内では多少なりとも焦りを感じているのだろう。
そこにひとつ、床を蹴る音。
「これで無茶ができるようになった、ね!」
「おっと」
必死に解決策を模索している最中、アリアが止水を召喚してメアリーに突撃する。
多少の不意は突かれたらしいが、流石はメアリー。
十字に輝く障壁を即座に精製し、難なくそれをいなした。
そして間髪入れずに発動した反射魔術がアリアに牙を剥くが、やはりダメージにはなっていないようである。
私が模倣した止水の一撃には及ばずとも、それは決して低い火力では無い。
アリアが位置していた地点からは粉塵が舞い、平然としたアリアが現れた。
「無駄もいいとこだね」
クスリと笑ったアリアは再びアルテミスの詠唱を始める。
ダメージが通らない今、私達はただ守りに徹することしか出来ない。
それに、いくらメアリーが常軌を逸した術師であっても、この場の全員を完全に護ることは不可能だろう。
「クソッ、“覇道”すら通らねェならオレは役立たずだ!」
「チッ…私の岩窟を拡張したとしても、強度が落ちて破砕するだけだろうね」
圧倒的な力を持つ彼女達が、ただ悪態をつくことしかできない状況。
正直、打つ手は無い。
でも何故だろう。
私の“よく当たる”勘が、間も無く悪夢の目覚めが訪れると告げている。
根拠は全くない、でも何故か私はそれを信じていた。
アルテミスは、間も無く発動する。
私の持てる術では、アルテミスに太刀打ちできない。
そんなことは数分前に理解した。
無理をしようものなら、また誰かが犠牲になるだけだろう。
「………。」
諦めたくはない。
策はまだあるはずだ。
しかし、私が召喚できるものでは対抗のしようがない。
例え捨て身の一撃を狙おうとも、それこそ飛んで火に入る夏の虫というもの。
それはもう、理解している。
この時、既に皆の理解が一致していた。
しかし
私の勘は、本当によく当たるらしい。
「この気配……。」
「…そうか、乖離の甲斐はあったか」
この瞬間、私と弥音だけは…
全く異なる理解を得た。
歓喜、哀切、希望…混濁した感情が沸き上がる。
無意識に濡れた目を擦り、それでも再び湿る瞼を抑え続けた。
意味深な言葉を零した弥音は、酷く悲痛な苦笑いをしている。
「ふむ…?」
メアリーは気配自体には気づいたようだが、神託によるお告げとはいえ、それは靄に包まれ陰っているのだろう。
だが、この時アリアは気づいたのだろう。
その来訪者の正体に。
アリアが不必要であると切り捨てた、無垢な幼子の霊魂に。
興味本位からか、アリアはアルテミスの詠唱を中断した。
「一緒に葬られに来たのかな、哀れで可愛いね〜」
「お前は黙ってろ!偽りの存在がよ」
邪悪に口角を吊り上げながら煽るアリアに、複雑な表情をした弥音が叱咤する。
未だ姿を見せず、ゆっくりと近づいてくる気配に、その場の誰もが集中した。
既にかなり近くまで迫っている気配は、あと数秒もしたら私達の前に姿を表すだろう。
しかし私にとってその数秒は、永劫にも似た時間であった。
その数秒だけで、脳内のメモリーが暴れ回り、私の頭をショート寸前にまで追い込む。
姿は見えずとも、それが誰であるのかは確信できているのだ。
だからこそ、暴れながら脳内の深海に沈んでいく。
弥音がぽつりと零していた、乖離とはなんだったのか。
それはきっと、彼女が現れる理由。
或いは試練だったのかもしれない。
「なるほど、乖離とはそういうことであったか」
足音が近づく。
どうやらメアリーも、この時点で察したようだ。
暗い寂しげな広間に、ぽつりと。
先刻も見たはずなのに。
本当の意味で、懐かしい。
なぜ満面の笑みを、こうも邪悪に見せることが可能なのか。
アリアはとても楽しそうに笑っていた。
「もう一人の私、いらっしゃ〜い」
その場の全員が振り返る。
それはまるで、舞い散る灰のように。
夜闇を照らす月光のように。
「同じ外殻をもちながら、こうも邪気が違うとはね」
「…来たんだな」
「本当に…久しぶりだね…。」
それはもう、儚かった。
「…灯莉。」
私のダムは崩壊し、瞳から止めどない涙が溢れ出る。
そんなボロ雑巾のような顔を見た灯莉は、苦笑しながら私に手を振った。
きっと、彼女の中には今もカナ・アナベラルが存在しているのだろう。
凄惨な記憶を封じる為に縋った存在は、そう易々と手放すことは出来ない。
しかし、そこまで精神を犯されていながら、彼女はこの広間に足を踏み入れた。
その内に秘めるのは何だろうか。
灯莉が現れたのは嬉しいけど、同時にとても辛い。
何度も言っているが、私の勘はよく当たる。
「………。」
灯莉からは特別な力を感じないが、間も無く悪夢は終わるだろう。
しかし、目覚めと同時に、私は大きな十字架を背負うことになる。
無神経な私の勘は、そう告げていた。
「同じ私なはずなのに、な〜んでそんな矮小なのかなぁ」
アリアは気づいていないのだろう。
この中で唯一、灯莉だけが脅威であることに。
その証拠に、アリアは油断しきった表情で灯莉を見下ろしていた。
そんな売り言葉に伏せ気味な瞳を返し、灯莉はゆっくりとアリアに人差し指を向ける。
「…こんな鏡は嫌だランキング、ナンバーワン」
儚い金髪の少女は、小さな身体を震わせながら軽口を叩いた。