東方空蝉録   作:Amaryllis___

109 / 114
理

人に限らず、万物にはやがて終焉が訪れる。

それは絶対に否定することの出来ない、宇宙の理そのものなのだ。

 

 

「まぁ…俺が言えたことじゃねぇけどよ」

 

「キミは魔術的根拠が存在するじゃないか」

 

 

さて、生物として当然の理を逸脱した存在に対しても、幻想の力は効果を発揮するのだろうか。

 

十中八九、答えは否。

 

ただでさえ蚊帳の外な私が、ここで何かを成そうなんざ夢のまた夢であろう。

それにこの状況、カメリアを守る者が居なくなれば、その弱みをアリアが見逃すはずがない。

 

 

(それでも、思考を凝らす事はできる。)

 

 

所詮は力無き者の思索。

雀の涙程度の効果さえも期待できまいが、やるだけやってみよう。

 

どこかで聞いたセリフじゃないけど、諦めたらそこで終了なのだ。

弥音とメアリーは一見冷静だが、内では多少なりとも焦りを感じているのだろう。

 

そこにひとつ、床を蹴る音。

 

 

「これで無茶ができるようになった、ね!」

 

「おっと」

 

 

必死に解決策を模索している最中、アリアが止水を召喚してメアリーに突撃する。

多少の不意は突かれたらしいが、流石はメアリー。

十字に輝く障壁を即座に精製し、難なくそれをいなした。

 

そして間髪入れずに発動した反射魔術がアリアに牙を剥くが、やはりダメージにはなっていないようである。

私が模倣した止水の一撃には及ばずとも、それは決して低い火力では無い。

アリアが位置していた地点からは粉塵が舞い、平然としたアリアが現れた。

 

 

「無駄もいいとこだね」

 

 

クスリと笑ったアリアは再びアルテミスの詠唱を始める。

ダメージが通らない今、私達はただ守りに徹することしか出来ない。

 

それに、いくらメアリーが常軌を逸した術師であっても、この場の全員を完全に護ることは不可能だろう。

 

 

「クソッ、“覇道”すら通らねェならオレは役立たずだ!」

 

「チッ…私の岩窟を拡張したとしても、強度が落ちて破砕するだけだろうね」

 

 

圧倒的な力を持つ彼女達が、ただ悪態をつくことしかできない状況。

正直、打つ手は無い。

 

でも何故だろう。

私の“よく当たる”勘が、間も無く悪夢の目覚めが訪れると告げている。

根拠は全くない、でも何故か私はそれを信じていた。

 

 

アルテミスは、間も無く発動する。

 

 

私の持てる術では、アルテミスに太刀打ちできない。

そんなことは数分前に理解した。

無理をしようものなら、また誰かが犠牲になるだけだろう。

 

 

「………。」

 

 

諦めたくはない。

策はまだあるはずだ。

 

しかし、私が召喚できるものでは対抗のしようがない。

例え捨て身の一撃を狙おうとも、それこそ飛んで火に入る夏の虫というもの。

 

それはもう、理解している。

この時、既に皆の理解が一致していた。

 

 

 

しかし

 

 

 

私の勘は、本当によく当たるらしい。

 

 

 

「この気配……。」

 

 

「…そうか、乖離の甲斐はあったか」

 

 

 

この瞬間、私と弥音だけは…

 

 

 

全く異なる理解を得た。

 

 

 

歓喜、哀切、希望…混濁した感情が沸き上がる。

無意識に濡れた目を擦り、それでも再び湿る瞼を抑え続けた。

 

意味深な言葉を零した弥音は、酷く悲痛な苦笑いをしている。

 

 

「ふむ…?」

 

 

メアリーは気配自体には気づいたようだが、神託によるお告げとはいえ、それは靄に包まれ陰っているのだろう。

 

だが、この時アリアは気づいたのだろう。

その来訪者の正体に。

 

アリアが不必要であると切り捨てた、無垢な幼子の霊魂に。

 

 

 

興味本位からか、アリアはアルテミスの詠唱を中断した。

 

 

 

「一緒に葬られに来たのかな、哀れで可愛いね〜」

 

「お前は黙ってろ!偽りの存在がよ」

 

 

邪悪に口角を吊り上げながら煽るアリアに、複雑な表情をした弥音が叱咤する。

未だ姿を見せず、ゆっくりと近づいてくる気配に、その場の誰もが集中した。

 

既にかなり近くまで迫っている気配は、あと数秒もしたら私達の前に姿を表すだろう。

しかし私にとってその数秒は、永劫にも似た時間であった。

 

その数秒だけで、脳内のメモリーが暴れ回り、私の頭をショート寸前にまで追い込む。

姿は見えずとも、それが誰であるのかは確信できているのだ。

 

だからこそ、暴れながら脳内の深海に沈んでいく。

 

弥音がぽつりと零していた、乖離とはなんだったのか。

それはきっと、彼女が現れる理由。

或いは試練だったのかもしれない。

 

 

「なるほど、乖離とはそういうことであったか」

 

 

足音が近づく。

どうやらメアリーも、この時点で察したようだ。

 

 

 

暗い寂しげな広間に、ぽつりと。

 

先刻も見たはずなのに。

 

本当の意味で、懐かしい。

 

 

 

なぜ満面の笑みを、こうも邪悪に見せることが可能なのか。

アリアはとても楽しそうに笑っていた。

 

 

「もう一人の私、いらっしゃ〜い」

 

 

その場の全員が振り返る。

 

それはまるで、舞い散る灰のように。

 

夜闇を照らす月光のように。

 

 

「同じ外殻をもちながら、こうも邪気が違うとはね」

 

「…来たんだな」

 

「本当に…久しぶりだね…。」

 

 

それはもう、儚かった。

 

 

「…灯莉。」

 

 

私のダムは崩壊し、瞳から止めどない涙が溢れ出る。

そんなボロ雑巾のような顔を見た灯莉は、苦笑しながら私に手を振った。

 

きっと、彼女の中には今もカナ・アナベラルが存在しているのだろう。

凄惨な記憶を封じる為に縋った存在は、そう易々と手放すことは出来ない。

 

しかし、そこまで精神を犯されていながら、彼女はこの広間に足を踏み入れた。

 

その内に秘めるのは何だろうか。

灯莉が現れたのは嬉しいけど、同時にとても辛い。

 

何度も言っているが、私の勘はよく当たる。

 

 

「………。」

 

 

灯莉からは特別な力を感じないが、間も無く悪夢は終わるだろう。

しかし、目覚めと同時に、私は大きな十字架を背負うことになる。

 

無神経な私の勘は、そう告げていた。

 

 

「同じ私なはずなのに、な〜んでそんな矮小なのかなぁ」

 

 

アリアは気づいていないのだろう。

この中で唯一、灯莉だけが脅威であることに。

 

その証拠に、アリアは油断しきった表情で灯莉を見下ろしていた。

 

そんな売り言葉に伏せ気味な瞳を返し、灯莉はゆっくりとアリアに人差し指を向ける。

 

 

「…こんな鏡は嫌だランキング、ナンバーワン」

 

 

儚い金髪の少女は、小さな身体を震わせながら軽口を叩いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。