神の怒りが燻っていたとしたら。
いずれその怒りは燃え上がり、甚大な被害を齎した後、全ては怒りと共に灰と化すだろう。
何者にも神は止められないのだ。
神は偉大であり、尊ぶべき存在である。
この世界には無数の宗派が存在しているが、私は既存の宗派に属しているわけではない。
私にとっての神は月光。これもまた一つの宗派と言えるだろう。
月光は本来、太陽の光が反射しているだけのものである。
しかし、そんな科学的に証明されているただの光を何故神と呼ぶのか。
親指ほどの乾草を茶紙に乗せ、器用に巻いていく。
その乾草の詰まった紙筒に着火し、ゆっくりと煙を吸い込む。
簡単な話だ。こうしてこの煙を媒体とすれば、月光に神の存在を可視化できるのだ。
月光は美しい。夜の静寂に希望を注ぐ勇者ともとれるその存在は、いつでも私の支えであった。
その月光が今、私に降り注いでいる。
「さて、こんなに月も白いのだから…」
引き金に当てた人差し指に力が入る。
その引き金に起こされようとしている撃鉄がゆっくりと、しかし着実に動き出し始めた。
私は銃を持っていない方の掌を脱力したまま上に向けて笑いかけた。
「楽しい夜になりそうね?」
ドンという爆発音と共に、排莢口から空薬莢が飛び出す。
そして発射された弾丸はくるみの脇腹をいとも容易く抉りとった。
弾速が予想外だったのか、銃を初めて見たのかは分からないが、くるみは目を見開いて銃創を凝視した。
「…やってくれたね!」
一瞬の空白を置いて、くるみは怒りに満ちた表情で駆け出す。
素早い動きで私に詰め寄ったくるみは黒剣を振り下ろした。
私はそれを軽く上半身を反らすことで回避し、くるみが黒剣を振り下ろした際、踏み込んでいた足に向けて銃弾を2発撃ち込んだ。
体重をかけていた足に銃弾を受けたことで大きくよろけたくるみに、続けて回し蹴りを放つ。
とても小柄なくるみは回し蹴りによって大きく吹っ飛び、近くの竹に背中を打ち付けた。
「そんな生易しい動きじゃ私には届かないわよ」
背中を強く打ち付けられたことで肺の空気を全て吐き出してしまったくるみはゲホゲホと咳込み、私を睨みつけた。
「外来人のくせに…!」
「さすが、人間じゃないだけあるわねぇ」
銃弾を三発も受けてしまえば、大抵の者は痛みのあまり声を出すこともままならない。
私は素直な賞賛をくるみに送り、持っていた拳銃をしまってもう一つの拳銃を取り出した。
デザートイーグル。
銃に詳しくない者でも、名だけは聞いたことがあるであろう有名な銃だ。
デザートイーグルは一般の拳銃に比べて威力がかなり高く、その威力故に反動も大きいので実用性はあまり無いと言われている代物である。
「これじゃないと駄目かしらね?」
劈く銃声と共に放たれた弾丸がくるみの右肩から血飛沫を捻り出す。
右肩が使えなくなったくるみは黒剣を左手に持ち替え、その場で振りかざした。
「何をしているの?」
「調子に乗ってる人間に神罰を与えるのさ!」
くるみの不可解な行動を訝しんだ私は、もう一発撃ち込もうと引き金を引こうとした。
するとその刹那、くるみの振り下ろした黒剣が黒い炎を生み出し、銃弾もろとも私を飲み込んだ。
「ッ!本当にこの世界は意味がわからないわッ!」
燃え盛る炎に包まれ、即座に脱出した私は再びくるみに銃口を向けようとした。
しかし既にくるみは消失し、私は情けなくキョロキョロとくるみの姿を探す。
すると突然背後から殺気を感じ、咄嗟に身体を捻った途端、左肩に鋭い痛みを感じた。
振り返ると殺気の主はもちろんくるみで、黒剣で私を切り裂けた事がよほど喜ばしかったのかニコニコと微笑んでいる。
「私の黒炎はどうだった?熱くて堪んないでしょ!」
「そうねぇ、お気に入りのコートがちょっと焼けちゃったわ」
それを聞いたくるみは目を見開いた後、いよいよ爆発寸前と言わんばかりの表情で私を睨みつけた。
虚勢でしかない返答だが、彼女にとっては充分な挑発であったようだ。
全く、尽く緩い戦士である。怒りは精神を掻き乱して冷静さを欠いてしまうので、私にとっては願ってもない事だが。
「もう殺してやる!ムカつく!ムカつくぅ!!」
くるみはそう叫びながら黒剣を振り回し、私に迫ってきた。
(ふふふ、なんとも荒い動きだこと…)
その光景に笑いを隠しきれず、私は冷静に黒剣を回避して掌底をくるみの胸に打ち込んだ。
ここまで来たんだ、折角ならば楽しまねばというものだろう。
「神罰を与えられるのは貴女よ。あの月を見てご覧なさい、神は私に味方しているの。」
私はコートの内側から大きめのマチェットを抜き、月光に煌めかせた。
そして昔観た映画の真似をして、「」の形をマチェットを持った右腕が上で、左腕が下になるように構える。
くるみは吸血少女というくらいだし、ヴァンパイアと相違ないだろう。多分ね
「神力が宿るのを感じるわ!私が倒せるか!!」
「なんでこんな情緒不安定なのこいつ…なんなの…」
私の言動と行動を見て、若干引き気味に呆けたくるみは隙だらけであり、私がそこを逃すわけがなかった。
ハッとしたくるみは、私が振り下ろしたマチェットを焦ったように黒剣で防ぎ、バックステップで後退した。
「逃がさないわよ」
彼女が後退するならば私は前進すればいい。
単純な理論で私は後退したくるみにどんどん追い打ちをかけていく。
鬼気迫る連撃で焦りが生まれたのか、くるみは私に反撃しようとして大きく空振りをしてしまった。
今だ!と私は隙を見せたくるみにマチェットを振り下ろそうとした。
するとなんたることか、マチェットは白い光を帯び始めたのだ。
なんとも不思議な力だ、しかし私はこの力を知っている。
「…やっぱりこの世界は意味がわからないわ。」
これは古来より月を信仰していた者が辿り着くとされる魔術の頂、“
古の文学書に書いてあったことを覚えていただけで、実際に見たことも聞いたこともなかったので、完全な
私が信仰していたのは月ではなく月光であるが、まぁ恐らく似たり寄ったりで同一化されたのだろう。多分ね
「もーわけがわかんない!」
うわあああと叫んだくるみは私から距離を取り、再び黒剣を構えた。
「文学書にフィクションなんて存在しないのね」
月光と月の神託によって神々しく照らされた竹林。
その竹林にて、額から冷や汗を流すくるみの顔と、口角の吊り上がった私の顔が白く浮かび上がっていた。