東方空蝉録   作:Amaryllis___

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霊魂返還

私は、ずっと逃げていた。

何年も何年も、本当の意味で自分から逃げていたのだ。

この先だって、ずっとそうするつもりだった。

 

なのに、彼女が来てしまったから。

 

 

「あなたが私だなんて、今でも信じたくないよ」

 

 

私が成すべきこと。

嫌という程理解している。

理解した上で、覚悟を決めてここにやってきた。

 

それでも、長きにわたって私を追い続けてきた恐怖が、私の後ろ髪を引っ張り続けるのだ。

 

失敗したら、またあの悪夢を直視することになる。

 

それがあまりにも怖くて、不安で、身体の震えが収まらない。

 

彼女はこの気持ちをどこまで理解しているのか。

それは分からないけど、アリアは愉快そうな表情で私を見下ろした。

 

 

「ありがとね灯莉、その恐怖は悪夢の純度を更に高めてくれる」

 

 

その言葉で、鼓動が喚き出す。

 

うるさい。

私の全身に響き渡るアップテンポの打音が、身体の震えをより強める。

 

 

「…これは、()()()だから」

 

「へぇ〜?」

 

 

己を鼓舞する為に、そんな言い訳を呟く。

けれどその声は酷くか細くて、自分の矮小さをより強く感じさせた。

 

こんなことを続けてても埒が明かない。

 

 

「…灯莉、ごめんね。」

 

「えっ…?」

 

 

とても辛く悲しそうな声が、私に謝罪する。

その声の主は涙を流しながら、痛々しい微笑みを私に向けていた。

 

でも、それがどれほど酷い顔だろうと。

悪夢に抗い続けてきた彼女の存在は温かく、私の鼓動を幾分か落ち着かせた。

 

 

「私こそ遅くなってごめんね、お姉ちゃん」

 

「っ…ううん…謝ることないよ…。」

 

 

いつだってお姉ちゃんは温かくて、かっこよかった。

淡白で静かな彼女の言葉には一欠片の悪意もなく、全てに愛情が詰まっていたのだ。

 

感謝の言葉も、謝罪も、ここで伝えきれるほど些細な量ではない。

 

 

「私が、全部終わらせるから」

 

 

言葉で伝えられないなら、行動で最大限示すしかないよね。

震えは止まらないけど、覚悟はより強固になった。

 

すると、これまた悲しそうな男の声。

 

 

「…いいのか、灯莉」

 

「お父さん」

 

 

男らしく頼り甲斐のある父親、弥音。

そんな彼の弱々しい表情に、思わず顔を背けてしまう。

直視してはいけない気がして。

 

それでも一言だけ、どうしても伝えたかった。

 

 

「私を守ってくれて、ありがとう」

 

 

可能な限り明るく、私は彼に満面の笑みを向ける。

そして即時に顔を背け、アリアを睨みつけた。

 

そうしないと、堪えていた涙が溢れてしまいそうだから。

 

 

「……よし」

 

「無駄を極めたお別れは終わった?」

 

 

未だにアリアは余裕綽々といった面持ちで私を見下ろしている。

 

不愉快だ。

こんな浅い存在に、私達の人生が狂わされた事も。

戦わず、逃げ続けてきた私自身にも。

 

これからまた、2人を泣かせてしまう事も。

 

 

「“霊魂返還”」

 

 

()は、()に、還る。

お母さんより産み落とされた大切な体、お姉ちゃんやお父さんと数多の思い出を刻んだ肉体。

そして同時に、全てを狂わせた肉体でもある。

 

もはや穢れの権化と言っても過言では無い存在に、この霊魂を転ずる。

 

私のシェルター(カナ・アナベラル)から、足を踏み出した。

 

私は、アリアと同一化を果たしたのだ。

 

 

「…は?今更この身にアンタが還ってきて何になるの?」

 

 

盃に還った私を押し退け、アリアが口を動かす。

まだ体の制御は完全では無いけど、これは紛れもなく私の体。

どれだけ口を勝手に動かされようが、腕さえ動かせれば何も問題は無いのだ。

 

もう、好きにはさせない。

 

 

「カナ!お願い!」

 

「うん、灯莉」

 

 

私が呼び掛けると、カナは古ぼけた十字架のような金属塊を私に投げ渡した。

つい先程まで私が宿っていた姿、カナ・アナベラル。

彼女には長いこと寄り添ってもらっていたから、どれだけお礼を言っても足りないくらいだ。

 

けれど、彼女への礼と別れの言葉は、ここに来るまでに済ませてきた。

 

 

「聖…遺物…?いや…有り得ない!アンタにそんな度胸はないッ!」

 

 

漸く私が為そうとしている事を察したのか、アリアは甲高い声で喚き散らかす。

 

でも、もう遅い。

私がこの肉体に還った時点で、運命は確定しているのだ。

 

とはいえ、遅いのは私も一緒、かな。

 

最期の景色。

お姉ちゃんはお父さんの腕にしがみつきながら不安そうな顔をしている。

お父さんは男らしく直立しているが、悲哀の念を隠しきれない表情を浮かべている。

カナは少し寂しそうに微笑んでいる。最期は笑ってって私がお願いしたからかな。

メアリーって人は……前髪が長くて、ちょっと分かんないや。

 

こんな業を背負いながら、最愛の家族に看取ってもらえるなんて私は幸せ者だね。

 

ありがとう、お姉ちゃん、お父さん。

最期にお話出来て、嬉しかったよ。

 

 

「これで、本当にさよならだね」

 

 

私は右手に持った聖遺物を己の首にあてがい

 

 

「バカ!やめ……」

 

 

躊躇なく、突き刺した。

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