誰しも、生まれながらにして業を抱えている。
この悪夢もまた、その業が災いしているのだろうか。
だとしたら私の業は、どれほど深いものなのだろう。
拘りや矜恃があったわけじゃないけど、一般的な善意を持って生きてきた。
人を殺した経験は、そりゃ何回かあるよ。
職業柄、どうしてもそれは仕方のない事だと思うし。
もちろん、善い事でないことは理解している。
ならばそれ相応の罰があって然るべき、なのかもしれない。
罪人が法に裁かれるように、嘘がいずれバレるように。
万物には天が定めた方程式が存在する。
とはいえ、まぁ、
それでも受け入れたくない物って、あるよね。
「ぁ…………。」
冷たい空気が私の頬を撫でたように錯覚する。
灯莉が喉を貫いた時のあの血飛沫は、赤い結晶となりそして散りばめられた。
喉に十字架が穿たれた張本人もまた、赤い結晶の石像へと変化している。
カナも私と同じように、その赤い結晶を眺めていた。
灯莉は、アリアは、
赤き封印によって、その時間を停止したのだ。
「灯莉……。」
気づけば涙は止まっていた。
それは現実を受け入れられていないから。
あれほど目覚めを渇望していたのに、
今はまだ悪夢の中でありたいと、悪夢であってほしいと。
そう願っている自分がいる。
なんて願いも束の間、広間が重い音を立てて鳴動し始めた。
この場にいる誰もが、思わず辺りを見渡す。
天井から降り注ぐ塵の雨に気づいたメアリーは、訝しげに目を伏せた。
「崩壊……?この領域は、全て奴の術中であったのか…」
崩壊。
詳しい原理は知らないが…
魔術的な事象は、その術者が死に絶えた時点で術式が白紙化されるようだ。
恒久的な付加術も存在するらしい為、例外はあるだろうが。
この空間そのものが一般的な魔術領域であるなら、このままでは全員が瓦礫の下敷きになる。
「そりゃ想定外だが、俺の魔術にかかれば…ッ」
するとメアリーの言葉に反応した弥音が、何らかの魔術を行使しようとした。
しかし、その瞬間。
誰もが異変に気づいたのだ。
「…魔術が使えねぇ」
「見ればわかるさ……おそらく封印術の影響かね」
それを聞いた私は隣のカナを見る。
するとカナも何らかの魔術を行使しようとしているのか、標識を床に突き立てて目を閉じていた。
魔術を使えないこの状況を、各々が再確認しているようだ。
まぁ私は魔術を使えないから、それを自分で確認することはできないけど。
解決策は見当たらない。
私はカメリアを背負って立ち上がった。
「…出口に向かって走ろう、みんな。」
正直、今から走ったところで間に合うとは思えない。
とはいえ、行動できることがこれくらいしか無いのも事実。
皆も同じ認識なのだろう。
私の言葉に頷き、すぐさま走り出そうとした。
すると、広間の扉が不気味な音をたてて裂け始める。
不可思議な出来事に、思わず立ち止まる私達。
「な、なに……。」
あまりにも見慣れぬ光景に困惑してしまう。
裂け目をよく見てみると、扉が裂けているわけではなく、扉前の空間だけが裂けているようであった。
その裂け目はどんどん拡がり、大きな瞳のような形へと変化していった。
困惑する私を他所に、カナが安堵した表情で私に微笑む。
「…よかった、無事に帰れそうだよ」
「え…?」
何を根拠にそう言っているのか皆目見当もつかず困惑していると、裂け目から見知った顔が現れた。
「無事!?早く入ってきて!!」
「えっ、蓮子!?」
裂け目から現れたのは、私が地下の宇宙に落ちてから行方不明になっていた外来人の少女、宇佐見蓮子であった。
一体どういう原理でどういう術なのかは知らないが、恐らく何かしらの転移術なのだろう。
「あー!助けてくれたおじさんもいる!みんな早く入ってきて!」
蓮子が弥音に気づいたのか、嬉しそうに手を振っている。
そうか、2人を助けてくれたのは弥音だったのか。
おじさんと呼ばれた弥音が複雑な顔をしていて、私の頬が少し緩んでしまった。
「…………根暗女、こいつは楽園に通じてるらしい。行くぞ」
「…そのようだね。想定外の連続だが、まぁいいだろう」
そんな会話をして、メアリーと弥音は足早に裂け目へ入っていく。
「お姉さんも、早くおいでね」
カナも2人に着いていくように、私に一言だけ残して裂け目へ入っていった。
カメリアもいるし、私も行かないとね。
でも。
「最期に、言わせて。」
背後、広間の中央を振り返る。
そこには塵に塗れた赤い結晶像。
「灯莉。」
別れを実感し、再び涙が溢れ出す。
そんな涙のせいで最期の姿が歪んでしまう、傍迷惑なフィルター。
でも、そのフィルターで煌めいた結晶。
それは宝石のように美しく
磔刑のように残酷で
「さようなら、愛してるよ。」
泡沫の夢のように、儚かった。