陽の光を見るのは何年ぶりだろうか。
そう思ってしまう程に、私の悪夢は果てしなかったのだ。
カナ達を追うように裂け目に入り、その先に広がった景色は私の眉間に皺を寄せた。
実際は1日ぶりくらい、かな?分からないけど。
太陽の眩しさに漸く慣れてくると、そこは博麗神社だった。
博麗神社には珍しく、それなりの大人数が集まった境内に一種の新鮮さを感じる。
境内には蓮子、メリー、鈴仙、あと見慣れない兎耳の子供。
それと先に裂け目を通った弥音、メアリー、カナも無事に幻想郷に辿り着いていたようだ。
同じ裂け目に入ったのだから、当然と言えば当然だが。
そういえば博麗神社の巫女である霊夢の姿が見えないが、まぁ一旦置いておこう。
「幻想郷…帰ってこれたんだ。」
「これでみんな来れたかな?メリー、もう大丈夫だよ」
私達全員が裂け目を通過したことを確認した蓮子は、額から汗を流しながら手を翳しているメリーの肩に手を置いた。
それに反応したメリーが手を引くと、私達が通ってきた裂け目が鈍い音と共に消失する。
「……ふぅ、なんとかなってよかったわ」
「メリーが繋げてくれたんだ、ありがとね。」
蓮子とメリーは現世の一般大学生だと思っていたので、あんな能力を持っているとは思っていなかった。正直、事の詳細を聞きたい気持ちはあるが、それを聞く体力すら残っていない私は素直に礼だけを伝える。
すると鈴仙が私のもとに歩いてきた。
「カメリアさん、永遠亭に運ぶよ」
「カメリア、大丈夫だよね……?」
不安が先走り、つい気弱な質問をしてしまう。
悪夢が終わっても、カメリアが居ない世界なんて嫌だから。
「正直、それは分からないよ」
「……そっか。」
下手な希望的観測をさせない為か、鈴仙は安直に回答を述べて私に背を向けた。
確かにお世辞にも無事とは言えない容態だから、当たり前といえばそれまでなんだけど。
しかし、鈴仙は「でも…」と付け加え、
「必ず元気になってもらうから、任せて」
背中を向けたまま親指を立てた鈴仙はあまりにも頼り甲斐があって
私は安堵のあまり、また涙を流しそうになってしまった。
「っ……うん、ありがと。」
振り返った鈴仙は私に微笑みかけ、見慣れない兎耳の女の子に合図を送った。
その女の子はカメリアを荷車に載せると、えっちらおっちらと神社の外に歩き出す。
どんどん遠ざかっていくカメリアに、言いようのない焦燥を感じたが
「うん、きっと大丈夫。」
私は鈴仙、もとい永遠亭を信じることにした。
信じようが信じまいが、私に出来ることなんざ無いんだけどね。
こんなこと言ったら元も子もないか。
さて、閑話休題。
境内に目を戻すと、メアリーが既に帰り支度を進めていた。
「メアリー、もう帰るの。」
「私は役目を終えたのでね、失礼するよ」
そう言って、メアリーは足早に鳥居へ歩き始める。
どことなく何かを警戒しているようにも見受けられたが、何か苦手な要素があったのだろうか。
それにしても、もう少し落ち着いて礼を言いたかったものである。
うだつの上がらない表情を向けていると、メアリーは歩を進めながらこちらに振り返った。
「ククッ……そう遠くない未来に会えるさ」
「え?それはどういう…」
「まぁまぁ楽しかったよ、またいつか会おう」
聞きたいこともマトモに聞けず、メアリーはそのまま立ち去ってしまった。
言いたいことだけ言って退散なんて、私の周りは勝手な奴ばかりだ。
ほんと、勝手な奴ばっか。
やば…なんかまた悲しくなってきた。
でも、泣くのは今じゃないよね。
「さて、灯音」
「ん?どうしたの。」
弥音の声に反応して振り返ると、弥音が真剣な眼差しを私に向けていた。
一匙の嫌な予感に気付かないフリをして、私は弥音に向き直る。
ゴリラのようにゴツゴツとした体型、不揃いな無精髭。
とうの昔に見慣れたはずの姿だが、改めて見てみると全くの別人にも感じてしまう。
そう思わせるだけの、強烈なオーラが漂っているのだ。
「久しぶりに面を拝めて良かった」
「…うん、私も。これから父さんはどうするの。」
「そうさね……」
私の問いに顎髭を撫でながら項垂れる弥音。
その時点で、もう察しがついていた。
というよりも、既に見えていた物から目を逸らしていただけなんだけど。
仕方がないこと。
これは、生命が生命たる以上、逃れられないのだから。
「還るよ、“居場所”に」
「………うん、そうだよね。」
目を伏せる私に対して、弥音は苦い表情を見せた。
私も良い大人なんだし、そうなるのは目に見えていたはずなんだけどね。
それでも、どうしても、事実だけは本人の口から聞きたかった。
「だからな、相続の時間だ」
「うん…うん?何の?」
余計沈んだ空気になると思っていたのだが、存外突拍子もない事を言い出す始末。
暗い別れよりは余程マシなのだが、なんとも間が悪いというか。
とはいえその表情は真剣で、場を和ます為の軽口ではないようだ。
相続とかそういう話に縁が無かった私は、ひと握りの不安を押し殺せずにいた。
それでも着実に迫ってくる大柄な弥音の姿は、さながらデモンズウォールのようである。
これから私は死の宣告を受けるのだろうか。いや、間違いなくそれは私ではない。
弥音の大きな手が、私の小さな肩を包み込む。
「オレが遺せる財産なんぞ、これくらいなもんでよ」
「?……っ!」
訝しむと同時に、鋭い衝撃が全身を駆け巡った。
バチバチと灼けるような…痛み?最早それが痛みかどうかも理解できない。
私の身体は明滅し、ピクピクと脈打っている。
声を出そうにも、声の出し方が分からない。
永劫にも思えたその苦しみは、案外呆気なく終わりを迎えた。
「っ……なんか…身体が軽い?」
「悪ィな、オレの力を全て託した」
私の身体には軽快感が残り、不可思議な全能感さえあった。
今ならフェルマーの最終定理を一文で纏め、瞬く間に千里の峠を越える事ができそうな。
不気味なまでの全能感。
「そいつは強い感情によって出力を切り替える。本当に必要な時、必ずお前の助けになるさ」
強い感情。
その言葉で連想されたのは、つい先程のカメリアの姿。
あの時、自分の無力さをどれほど嘆いただろうか。
守りたい、助けたい、力が欲しい。
嗚咽混じりに燻ったあの感情は、どれほど強いものだったのだろう。
「……ありがと、父さん。宝物にするね。」
弥音は照れ臭そうに自らの顎を撫で、背を向けた。
しんみりした別れは嫌なのだろう。
硬派な男ぶって、本当は誰よりも情に熱い。
昔と全く変わらない父親の背中を見て、自然と笑みが零れた。
「私が行くまで、母さんと灯莉をよろしくね。」
「まかせとけ。盆にでも三人で会いに行くから、ちゃんと墓参り来てくれよ」
「ふふ、考えとく。」
子供じゃないんだ。
そんな使い古された常套句を真に受けるわけがない。
けれどここは全てを受け入れる幻想郷。少しくらい夢見ても良いよね。
それに、二度と会えなかったとしても、安心してお別れを言えるのは今回が初めてなんだ。
だから、私は笑みを浮かべたまま手を振る。
「またね、父さん。ゆっくり休んで。」
「おう、またな。ちゃんと飯食えよ」
手をヒラヒラと振った後、弥音の背中は光を帯びる。
それはやがて輝く塵を撒き散らし、弥音の肉体共々消滅した。
えらく呆気ない別れに感じたが、言いたい事はちゃんと言えた。それだけで十分だろう。
今はただ、手を振り続ける。
未だ舞い続ける、その光の塵が消えるまで。