弥音との別れから程なくして、博麗神社の主である霊夢が現れた。
事の顛末をある程度説明し、霊夢は気怠げな表情を崩さずに小さく息を吐く。
「少なくとも、灯音さんが無事で良かったわ」
「うん、ありがと。」
蓮子とメリーは、ひとまず博麗神社に泊まる事が確定したので、カナに神社本殿の案内をしてもらう為に席を外した。
この場には、霊夢と私の二人だけが残っている。
私も泊まる事を勧められたが、様々な事柄によって疲弊しきっていた為、どうにも気が乗らず断った。
今夜は一人になりたいのだ。
そんな心が、分かりやすく顔に出ていたのだろう。
霊夢は困ったように溜息を吐いた。
「お茶くらいは出してあげるから、気が向いた時にでもうち来なね」
「ふふ、親戚のお姉さんみたいだね。ありがと、考えとく。」
こんな年下の少女に気を遣わせてしまっては、アラサーの立つ瀬がない。
包容力で負けるだなんてお笑い草も良い所である。
気をつけて帰ってねと、霊夢は背を向けて歩き出した。
歩みに連動して揺れる赤いリボンを見て、ふと言葉が漏れる。
「……私の勘なんだけどさ。」
その一言で、揺れていたリボンがピタリと止まった。
「今回の件、霊夢が色々と動いてくれてたんだよね。」
数秒の沈黙。
カナが私の目の前に現れたのも、カナがあの城に辿り着いたのも、きっと運が良かっただけではない。
香霖堂に幽香が来た時だってそうだ。
私は、私がいないところで霊夢に助けられているのだろう。
私の勘は、よく当たるから。
「……勘なんて、アテにするもんじゃないわよ」
所詮はただの戯言。
それを否定も肯定もせず、霊夢は今度こそその場を立ち去った。
霊夢は博麗の巫女という立場上、現世に関する事柄に深く関わることが難しい。
肯定が出来ないのはそれ故だろう。
…というのは建前。
霊夢のことだから、そんな理論よりも照れくささが勝っているに違いない。
「そんなこと言ったら、怒られそうだけど。」
そんな推察も一段落。
さっさと帰って、さっさと寝よう。
煙草に火を灯し、家路へと着く。
博麗神社から人里への林道は、珍しく妖怪が現れない平和な道のりだった。
知能を持たない妖怪なんて、居ても居なくても私には大したことでは無いわけで。
無気力に歩いていたら、私はいつの間にか自宅の前に立っていた。
道中、私は一体何を考えていたのだろうか。
それすらも理解出来ぬまま扉を開けてしまったら、私はどうなってしまうのだろう。
別に、どうなるわけでもない。
「……変なの。」
何も考えていないようで、何かしら考えていたのだ。
負の感情があるから無気力になってしまうだけ。
吐いた息の音は、開扉の音にかき消されていた。
数ヶ月ぶりにも思える我が家の匂い。
あれほど大切にしていた一人の空間が、今は酷く冷たいものであった。
環境は人を変えるって、よく言ったもんだね。
軽い入浴を済ませ、そそくさと布団に潜り込む。
畳まれたもう一つの布団を見なかったことにし、毛布を頭から被った。
身体は暖まっても、心は寒いまま。
色々な事があった。
それは説明するのも億劫な程の情報量。
とても眠りにつける精神状態ではなかったが、不思議な事に睡魔は早々にやってきた。
心はどうあれ、身体は正直なのだ。
「それじゃあ、おやすみ……。」
やがて、視界が暗転した。
〇
波打つ青い水平線。
極光に照らされ、ジリジリと焼ける浜辺。
数多の喧騒が鳴り響く中、視界に映る人影は三つだけだった。
黄金の髪を靡かせた少女が駆けている様を、大人びた男女が微笑みながら眺めている。
それらは私がよく知っている存在だった。
(そういえば、こんな事もあったっけ。)
私の頬を、一筋の光が伝う。
こんなに熱いのに、落ちた雫は蒸発しない。
「お姉ちゃんもおいでよ!」
金髪の少女が私に呼びかける。
過去に囚われてちゃ前に進めない、なんて言うけど。
思い出を閉じ込めておく事くらい、許して欲しいものだ。
「…うん。」
過去が有るからこそ、私は私たり得るのだから。