外着しか無いのは不便なので、私の寝間着をカメリアに貸すことにした。
この寝間着は現世のものであり、私はいつも職場…香霖堂で服を購入している。
香霖堂の商品は“無縁塚”と呼ばれる所から拾ってきた物が多い。
無縁塚とはその名の通り“無縁”の人妖を埋葬する為の場所であるが、人口も少ないし面積も狭い幻想郷には無縁の人間など殆どいないので、大概現世から迷い込んだ人間等の遺体が埋まっているのだ。
しかし、現世の道具もたくさん流れてくるそうで、霖之助はいつもここから商品を仕入れている。
確か3つの世界との結界が重なっているだとかなんだとかでとても危険らしい。
まぁつまるところ、香霖堂は現世の商品を取り扱っていて、私にとってもかなり都合がいい場所ってこと。
私は幻想郷に来て数年経つが、服だけは未だに現世の物を着用しているのだ。
すると突然、カメリアは私の寝間着に顔を埋め出した
「灯音の匂いがするわ〜」
「やっぱ返して。」
始まって早々にこんなセクハラ行為できるカメリアを私は尊敬する。嘘、尊敬はしてない軽蔑してる。
私が寝間着をひったくろうとすると、カメリアは寝間着をギュッと抱えて離さなかった。
細身の割に力が強すぎない?
ひったくるのを諦めた私は煙草に火を灯し、煙を肺の奥深くに押し込める。
「全く…。」
肺に充満した煙をフゥーっと吐き出しながら、私は窓の外を見やった。
紅に染まった空は既に陰りが差しており、月の位置的には午後4時頃といった所だろうか。
夕飯はどうするか…と考えながら空を眺めていると、カメリアに肩をトントンと叩かれた。
何だと思い、振り返ってみるとそこには寝間着を着たカメリアが前屈みになってニコッとはにかんでいた。
「着心地結構良いのね、似合ってる?」
「………似合ってない。」
「それは残念ねぇ〜?」
本当にカメリアは何を着ても似合う。そう、ムカつく程に。
私が寝間着としてしか着れないような服も、彼女ならば平気で外に着ていくだろう。
私がムキになって嘘を吐いていることを見抜いているのか、カメリアは微笑みを一層強くさせて私の隣に座った。
「…この一服終わったら夕飯の買い物行ってくるから、のんびり待ってて。」
この何でも見透かしているような表情が本当に嫌いだ。
まるで私の脳内にまで不法侵入されているような気分で、本当に。
でもそんなこと言えるわけもなく、私はそっぽを向いてカメリアにそう言った。
全くなんだというのか、私がなにかしたのだろうか。
一時でもいいので一人の時間を与えたまえ、神よ…。まぁ、信仰なんぞしてないんだけれどね。
「駄目よ。」
「…え、どうしたの。」
のんびり待ってろと言っただけなのだが、カメリアは突然冷たい声で言い放った。
振り向いてカメリアの顔を見てみると、先程微笑んでいた彼女の面影はまるで無く、彼女はどこまでも深く堕ちてしまいそうに無機質な冥い瞳を私に当て続けていた。
「貴女は私が守るって、そう言ったわよね?」
「ただの買い物だし。それに、それは私がカメリアより弱いって言ってるように聞こえるけど?」
どこまでも一緒にいようとするカメリアについに鬱陶しさを感じてしまい、私はつい冷たく嫌味を言ってしまった。
やばっと思って「ごめん。」と言おうとする私をカメリアは静止した。
「そうよ、貴女はもう私より弱い。」
「…はぁ?」
怒らせてしまったのだろうか、とも思ったが彼女の表情は依然変わらない。
本気で言っているのだろうか。
だとしたら少し…腹立たしいが、そこまで言うならばよろしい。
いっそボディーガードになってもらう事にしよう。
真意が未だに読み取れないが、結局のところは着いて行きたいのだろう。
「…そう、じゃあ一緒に行こ?何かあれば全部カメリアに任せるから。」
私が諦めてそう言うと、カメリアは再び心底嬉しそうに笑顔になった。
「ふふふっ、私に任せて頂戴!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら雑技団のように寝巻きを脱ぎ捨てて、普段着に着替えるカメリア。
感情が本当にわからない…てか脱ぎ散らかすのやめろ。
わざわざ、スローイングナイフや催涙スプレー等が括り付けられた重いタクティカルパンツを履き、動きやすそうなトップスを着たら肩に大きめのマチェットを掛け、灰色のトレンチコートを上から着るカメリア。
そしてダメ押しと言わんばかりにコートのベルトについた2つのホルスターに自動拳銃を2丁突っ込んだ。
あまりにも重装備すぎる。
「そんな完全装備にしなくても…寝間着の上にコート着ればいいのに。」
「何があるか分からないでしょう?」
私は心底不思議に思ってしまったが、言ってから気づいた。
私の場合は能力があるからいつも無防備に外出できているだけなのだ。
能力がある生活を当たり前だと思ってしまっていた自分の主観的すぎる考え方を反省する。
でもカメリアなら武器が無くても大丈夫そうな気がするよね。そう思わない?
「じゃあまぁ…行こっか。」
「灯音、寒くないの?これ、着ないのかしら?」
カメリアに言われて、私は昨日店を飛び出した時と同じ過ちを犯そうとしていたことに気づいた。
まぁ上着を着ずに薄着で外に出ようとしていたわけだ。
家出てすぐには気づかないんだけれど、しばらく歩くとなんだか震えてきて、そこで漸く気づくのよね。
私はひとまずカメリアからデニムジャケットを受け取って袖を通した。
ちなみに、昨日の昼間着てたライダースジャケットは香霖堂に置いたままである。
「ん、ありがと。」
「えぇ、じゃあ行きましょうか?」
途中カメリアの不安定すぎる情緒に振り回されたが、こういう時にやはりカメリアは優しいなと心から思うのだ。
カメリアが友人で良かったなと、こういう小さな事で再認識できるというわけだ。
「灯音が迷子にならないように、おててを繋ぎましょ?」
やーっぱ前言撤回。
迷子になるのはお前やろが、母親のつもりか??
私が「いらない。」って言っても問答無用で手掴んでくるし…私に拒否権ないなら最初から聞かなくていいよ…。
てか力強すぎない?全く振りほどけないんだけど。
「やめてよ、変な誤解生まれるでしょ。」
「私は構わないわよ?」
「私が構うの。」
「私が構うの。」ってなんだよ自分でもよく分からないけれど、要はカメリアは私達の関係をなんと思われようとどうでもいいらしい。
私としては結構嫌なのだが…人里にも数年住んでるから知り合い多いし。
(はぁ…私の平穏な人里生活も今日で終わりか?)
そうやってどれほど悲痛な叫びを心の中に反芻させても、カメリアの握力は弱まらない。
為す術なく、私はカメリアに手を握られたまま2人で歩き出すのであった。